第一三話 シャルロッタ・インテリペリ 一三歳 〇三
「では参りましょうか、紳士淑女の戦場……今夜のお夜会へと!」
「……そんなに気合い入れなくていいと思うけどな、そんなところも可愛いねシャルは」
気合を入れてわたくしはこの日のために仕立てられた、体のラインを綺麗になぞったドレスを身に纏って馬車に揺られている。
わたくしの対面に座っているのはウゴリーノ・インテリペリ……インテリペリ辺境伯家の次男として生まれ、わたくしの八つ上になる兄でもあり、優しそうな顔とお母様と同じ少しくすんだ銀色の髪にヘーゼルナッツ色の目をした整った顔立ちが眩しいイケメンでもある。
彼は王立学園を卒業した後騎士団へと入団しており、普段は王都にある我が辺境伯家の別邸で生活している。
たまの休みになるとこうやって家に戻ってきては、辺境伯領に基盤を持つ下級貴族を集めた夜会に出席するのだけど、配偶者は王都に残して戻ってきたためわたくしを引っ張り出すことになったのだ。
ちなみにイングウェイ王国の高位貴族で領地が王都より離れているものはウチと同じように王都に別宅を構えているケースが多いが、インテリペリ辺境伯家のように領地を中心に活動しているものは数少ない。
「で、ですがわたくしでよかったのですか? マリアナ義姉様に怒られてしまいそうで……」
「ちゃんと実家の夜会では勉強がてら妹をエスコートするよって伝えてるよ」
マリアナ・ウィズ・インテリペリ夫人……ウゴリーノ兄様と同い年で、テンプテーション子爵家の令嬢にて兄様の奥さんとわたくしは比較的仲が良い、というかマリアナ様は可愛いもの好きな女子らしい女子で、初めて会った時はまだわたくしが八歳の頃だったか。
一生懸命に挨拶するわたくしを見て「シャルちゃん、私マリアナ。あなたの義姉になるのよ! よろしくね!」と満面の笑みを浮かべて手を取ってくれたとても優しい女性だ。
なんというか……ほんわかした感じの女性で、英俊の相を持つウゴリーノ兄様とは対照的に包み込むような優しさを持つ、赤い髪にオレンジ色の瞳が特徴の美しい夫人でもある。
「シャルを僕がエスコートするっていったら、ずるい私もする! っていってたよ」
「王都にいったら義姉様の元へ遊びに参りますわ、最近手紙でしかやり取りできていませんもの」
マリアナ義姉様はとにかく過保護とも言えるくらいわたくしに構ってくれているし、淑女教育に必要そうなものをくれたり、可愛いものを送ってくれる謂わば女性としての大先輩でもある存在だ。
というより男性としての記憶、精神を持つわたくしに対して女性とはどういうものなのか、と効率よく叩き込んでくれた人で、表情の作り方とか、応対の方法とか、どういうものを女性が好むのか、とか言い方を悪く言えばシャルロッタ・インテリペリ伯爵令嬢という人間は、マリアナ義姉様の好み、趣味をコピーして構成された存在と言ってもいいくらいだ。
まあそうでもしないと男性としての経験が長すぎるわたくしが、そこまで貴族令嬢として溶け込むのなんか難しすぎたってのはあるけどね。
ともかくマリアナ義姉様はわたくしにとってこの令嬢人生の師匠とも言える存在でもあり、わたくしはこの義理の姉を純粋に好きだし、尊敬もしている……むしろ男性だったら兄様になんか渡さなかったのにとすら思うくらい好きな存在でもあるのだ。
同性からも好かれ貴族令嬢としての所作が素晴らしく、お淑やかな美人と言っていい女性……ウゴリーノ兄様が彼女を幸せにしなかったら容赦しねえぞ! と心に決めている。
「そうしてくれ、マリアナも喜ぶからねシャルが来ると」
お兄様の言葉にあはは、と笑ってからわたくしは今回の夜会についてのことを考え始める。
今回の夜会を開催したのは領内でもかなり国境側に近い街、セアードの領主でもあるカーカス子爵だ。
イングウェイ王国はある一定の功績や、戦功などを挙げたものへと爵位を叙爵することがあり、最下級は騎士となっている。
インテリペリ辺境伯家はその名の通り辺境伯であり、王国内の格付けでは侯爵級の爵位として扱われているため、貴族階級としては二番目の序列となっているものの、歴史の長さや国境警備や魔物討伐などに対応するため抱えている財政規模、そして軍事力は王国でも公爵級に匹敵していることでも知られている。
領土も辺境地域としてはとても広大でぶっちゃけ運営がかなり難しく、領地内にある村や街の運営などは男爵、子爵級の貴族による統治が行われているのだ。
先日のリヴォルヴァー男爵は軍事指揮官の一人でもあるが、本来の仕事はエスタデルに程近い小さな村を運営することだったりもするわけで……案外あの豪放磊落そうな見た目でも苦労してんだろうな、とは思う。
で、カーカス子爵家はセアードという街の運営を行なっているが、このセアードはこのインテリペリ辺境伯領の中でも少し特殊な場所でもあるのだ。
「セアードって元々自治領になっていた街でしたっけ?」
「ああ、今でも議会は残っているよ。ただ形骸化しつつあるのは確かだね」
カーカス子爵が治めるセアードは元々議会制の自治が行われていた街だったが、犯罪組織などに一部街を支配され、議会の手に負えなくなってしまい、わたくしの曽祖父に当たるドゥーラ・インテリペリ辺境伯が領内の治安回復のために街に潜む犯罪組織を一掃した。
この時議会による運営が難しいということで、軍功を上げた当時のカーカス男爵が子爵位へと陞爵して議会との共同運営を開始した場所でもある。
当初はきちんとした運営がなされていたようだが、次第に緩みも出てきているのか現在のジェフ・ウォーカー・カーカス子爵の代になると再び犯罪組織の影が見え隠れするようになってしまっていた。
「犯罪組織を放置して、呑気に夜会開いてるのはどうかと思いますけどねえ……」
「まあ、それだからこそ盗賊組合だけじゃない犯罪組織の暗躍があるのだろう……何事も起きなければ本当はいいのだけど」
馬車が街の中をゆっくりと進む、窓から見える街並みは比較的平穏で、大通りには多くの領民が普通に歩いているが、虐げられているような表情もしていない。
時折インテリペリ辺境伯家の紋章をつけたわたくしたちが乗る馬車を目ざとく見つけて、驚いたようにこちらを指さしたりしているのが見える。
目があった領民に笑顔で軽く手を振ってあげると、あちらも手を振り返してくれる……彼らの口元を見ると「辺境の翡翠姫だ」と呟いているのが見えるが、これはもう有名税とかそういうやつだろうな。
「シャルは領内でも有名人だからね、辺境の翡翠姫の名前はインテリペリ辺境伯領内ではシャルロッタ、という名前よりも知れ渡っているかもね」
「どういう噂になってるのか知りたいわ……」
わたくしはぼそりと呟いて苦笑いを浮かべるものの、セアードの住人たちは比較的好意的な表情を向けてくれており、これはこれで悪くはないものかな、とは思う。
平和ではある、それでもなんとなくほんの少しだけこちらを見ている視線などを感じるが、敵意ではなく観察しているような視線なので今は放置していてもいいのかもしれない。
「夜までは自由にしてほしいと言われているから、今夜の宿に到着してからゆっくりと休んで夜会の時間に出かけるとしようね、シャル」
「辺境の翡翠姫はどうだった?」
「とても綺麗なお嬢様だったよ、トゥール。少なくとも噂よりもね」
革製の鎧に身を包んだ盗賊風の男女が薄暗い部屋の中でテーブルを挟んで向かい合って座っている。
男性の名前はトゥール、女性はカミラといいこのセアードの街に支部を置いている盗賊組合に所属する盗賊である。
貴族からは犯罪組織として嫌われている彼らだが実際の盗賊組合は秘密結社のような存在で、犯罪者や浮浪者たちを取りまとめる相互援助組合でもある。
通常一つの街には一つの盗賊組合支部しか置かれず、複数の支部が乱立することは滅多にない……だが現在セアードの街には二つの盗賊組合に分裂してしまっている。
「領主様はあっちを支援しているからな……俺たちはどうするか決めなきゃいけねえ」
「少なくとも父さんをハメた連中と組む気にはならないね……最悪街を出て傭兵でもやったらどうだ?」
元々二人はこのセアードにあった盗賊組合頭領の子供だった……とはいえ血の繋がりは薄く、トゥールは頭領の息子だが、カミラは後妻の連れ子だ。
それでも二人は兄妹として仲良く育ち、この街の盗賊組合による裏の治安維持に貢献してきていた。
しかし……それも半年前に盗賊組合内で内紛が起きたことで、全てが瓦解している。
切羽詰まったトゥールは恥を忍んでインテリペリ伯爵家の庇護下に入り、カーカス子爵が支援する別の盗賊組合を取り潰させようと考えていた。
「一応ドゥーラ・インテリペリ辺境伯が祖父宛にお墨付きをくれているからな……辺境の翡翠姫様かご子息のウゴリーノ様に顔をつないでもらう。すでに打診はしているから、伯爵家の人間と面会する予定だ」
_(:3 」∠)_ イングウェイ王国の貴族もやはり領地は人任せ、というケースが多くインテリペリ辺境伯のように領地と王都を往復するという人物はそれほど多くありません。
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