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第一四三話 シャルロッタ 一五歳 魔剣 〇三

 ——銀色の髪をした少女は何度か手を握ったり開いたりしながら、その手のひらに美しく輝く炎を生み出す……その様子を見て侍女であるマーサは少女が超常の力を有した存在なのだと改めて思い直した。


「……まあ、こんなものですわね……月のものが来なければなんとかなりますわ」

 わたくしは炎をゆらゆらと動かすと、ポカンとした顔でわたくしが魔力を操作しているのを見つめているマーサの視線に気がついた。

 多分見慣れていないのだろうな……わたくしはすぐに炎を手のひらから消すと、軽く手を叩いて何もないよとばかりに彼女に苦笑いを浮かべる。

 そんなわたくしに気がついたのか、彼女は慌てたようにそれまでわたくし達が着ていた服のほつれを修繕するがマーサはまさかわたくしがそんな能力を持っているなどと本当に思っていなかったのだから、仕方ないなと思う。

「……マーサ」


「はい、なんでしょう?」


「本当にごめんなさい、わたくしずっと嘘をつく気はなくて……でも言ったらマーサに嫌われるんじゃないかって……」

 それ以上は言葉が出ない、わたくしにとってインテリペリ辺境伯家の皆と、マーサは大事な人なのだ……そういう人に嘘をつかなきゃいけないことはずっと後ろめたさを感じていた。

 視線を落として手元を見る……先ほどまで魔法を操っていた白い指、細い手……これは見慣れたわたくしの身体。

 でもわたくしが転生をしなければ、()()()()()()()()()()()()()()()()という少女が持つべきだったものかもしれない。

 本当にそうなのかはわからないけど……今のわたくしが本当に生まれるはずだったシャルロッタなのか、という疑問は多少なりともかかえてきている。


「シャルロッタ様……」

 わたくしの手に働き者で少し荒れ気味の肌をもつマーサの手がそっと添えられる……温かい手だ、ずっとこの手がわたくしを育ててくれている、可愛がってくれている。

 わたくしは顔を上げてマーサを見つめる……ほんの少しだけ目があった時に彼女は怯んだようにも見えたけど、気丈に少し震える唇を噛み締めるように、ぎこちなく笑う。

 優しいな、怖いと思っていても彼女は自分の仕事を全うするために自分にできることをちゃんとしようとしているのか。

「マーサ……ブラウスを汚してしまってごめんなさい」


「あ! そうでしたお怪我は……? あれだけの血が出てしまったら……」


「わたくし普通じゃないから大丈夫よ、傷も直したわ」


「あ……そ、その……」

 お互い意図せずに言ってはいけないことを言った気分になって、視線を外して押し黙る。

 普通の人間はあれだけの出血では助からない、むしろ胸のど真ん中を突き刺されたら即死する、狩猟服とブラウスの背中から一突きにされてケロッとしているわたくしが異常なのだ。

 まあそれは勇者として前世で積み重ねた努力と研鑽があるからなんだけど、それを説明するわけにもいかずなんとなく黙ったまま沈黙の時間が流れていく。

「早く……領地へと戻りたいわね」


「……そうですね……」


「戻ったらゆっくりお茶を楽しんで、お菓子を食べたいわ」


「なら私がとても美味しいお茶をお淹れしますよ」


「お願いね、約束よ?」


「はい」

 マーサとわたくしはお互い目を合わせて微笑むと、そのまま黙ったままわたくしは手持ち無沙汰になり、着用している服の妙に毛羽だった生地を弄び、マーサは黙々とわたくしが普段着用しているブラウスの破れを補修している。

 普段だったら捨てちゃうんだけどね……流石に同じものは手に入りにくいし、まあ戻れたら捨てるかもだけど、それでも今あるものは大事に使わないといけないからね。

 しかし……防御結界を貫く一撃とは……確かに攻撃に魔力を集中させれば防御は薄くなるのは道理だけど、それをやってのけるとはね。

「鎧……作ってもらおうかな……戻ったら考えるか……」




「シャルロッタ様は?」


「マーサさんと一緒にいるよ、ずっと黙ったり余所余所しい感じだけどそのうち元に戻るでしょ」

 エルネットとリリーナはシャルロッタ達が泊まっている場所と別の酒場で情報収集を終えて、一休みしているところだ。

 エミリオとデヴィットは彼女達が宿泊している宿に詰めているが、二人はある程度自由に動いてこの街の状況や、現在の王国の状況などを可能な限り収集してから戻るつもりだった。

 この街は比較的平穏な生活が享受できている、冒険者組合(アドベンチャーギルド)の支部に立ち寄っても似たような話をされており「回せる仕事なんかない」と冷たくあしらわれたのだが。

「そっちはどうだった?」


「あー、なんかね……この街を支配している子爵? の息子が第一王子派に味方しようって檄を飛ばしてるらしいよ、先代から今の第一王子派に属している貴族とは仲が良かったらしいけど……でもここは比較的インテリペリ辺境伯領に近いから、住民は少し迷惑に感じているみたい」


「まあ商売相手でもあるしな……特にインテリペリ辺境伯家が軍を発した時にこの街が敵対していたとしても、争うことなど出来ない」


「まあ真っ先に攻め落とされるでしょうね……インテリペリ辺境伯家ももし戦争になれば、容赦はしないでしょうし」

 インテリペリ辺境伯家は武闘派貴族、という話はイングウェイ王国内にも知れ渡っている……この小さな街は辺境伯領に近く、交易などである程度生活が成り立っている状況だ。

 それを乱してほしくない、というのはわかる気がする……エルネットでさえも戦争になってほしくないというのが本音だ。それはシャルロッタ本人からも同様の意図は感じられるので、誰もが内乱などという愚行に手を貸したくないとずっと願っているに違いない。

「……シャルロッタ様の護衛、後悔している?」


「今更だな……俺たちは彼女に助けられた、そして身に余るくらいの功績をもらった……それ以上に俺は強くなるって改めて思ったんだ、あの姿は……確かに怖いけどそれ以上に美しく気高い」


「……あんた自分の女がいる前でそんなこと言う?」


「いや好きとかそう言うのじゃないんだ、なんて言うんだろう……あの姿は勇者ってやつなんじゃないかなって最近思うんだ」


「でもクリストフェル殿下が勇者なんでしょ? 王国はそう宣伝しているわ」


「シャルロッタ様もそう言ってたけど……なんて言うんだろう、あの方は英雄とかそういう言葉がピッタリ合う気がするんだ、物語の主人公のような……子供の頃にワクワクしながら聞かせてもらったおとぎ話の中みたいな」

 エルネットも少年時代に、夢のようなそれでいてワクワクする冒険物語をずっと見て育っている、その中では魔法や剣の腕に優れた素晴らしい英雄達が、ドラゴンや悪魔を対峙する話が書かれていた。

 そう言う物語を聞かされて育ったものが冒険者となり、現実を知り……そして夢破れて去っていく。エルネット達は相当に運が良かった……死なずに生きているし、その腕は王国でもトップクラスだ。

「そうね……綺麗なだけの人ではないわね、強すぎるってのが問題なだけで」


「どうやったらあそこまでの力を持てるのだろうな……」

 ふとそう呟いてみてエルネットは頭の片隅に浮かんだ想像に喉を詰まらせて、何度か咳き込む……並大抵の努力や経験ではああはならないよな、と思い直し軽く胸を叩くと、少し非難がましい視線を向けるリリーナに苦笑を見せる。

 エルネット自身も武の人間であり、血反吐を吐くような体験や経験を乗り越えてきており、二度と思い出したくない出来事も多い。

 そんな自分でも届かない遥かな高みに存在するシャルロッタは一体どう言う経験を前世でしてきたのだと言うのか……ふとそんなことを考えて思わずゾッとしたからだ。

「……怖いなら今から降りてもいいと思うのよ? シャルロッタ様もそれは理解してくれるわ」


「俺たちは護衛だぞ? 護衛対象を放り出して逃げるなんて……」


「あの方は本来一人の方が能力を発揮できるんだと思うわ、むしろ今の私たちが足手纏い……悪魔(デーモン)を追い詰めたけど結果的には助けられているし……自分の無力さを感じるわ」


「それはそうだけど……でも俺はシャルロッタ様を見捨てて逃げるなんてしないぞ?」

 エルネットの思い描いた騎士になるという子供の頃の夢はまだ死んでいない。

 いや正確には一度死んだが、それでも彼は奮起して立ち上がった……気がつけば金級冒険者へ、シャルロッタの功績を譲ってもらって到達してしまった。

 その階級に相応しい人物たらんと努力を重ねている……ビヘイビアのボスであるシビッラと訓練をした際に、エルネットは自分が強くなれるかどうか不安を漏らしたことで、嗜められるように小言を言われたことがある。


『シャルロッタ嬢は見た目からは考えられないくらいの経験と、苦労を重ねています……前世は相当なことを成し遂げているのでしょう、でもその道のりは決して平坦ではなかったはずです。諦めたらそこでエルネット卿の成長は止まります、諦めないでください』


 だから諦めることは考えていない、ずっと遠くに見えるシャルロッタが放つ流麗かつ脅威的な剣技を自分のものとしたい、と言う気持ちをずっと抱えている。

 いつの日かあの銀色の戦乙女に認められるそんな騎士になりたいとずっと願う……そこまで考えて、本当に不満そうな表情で自分を見ていたリリーナに気がついたエルネットは苦笑を浮かべて軽く手を振った。


「ごめん、俺が愛しているのは君だけだよリリーナ……でも騎士ならば憧れのご婦人を作るだろ? シャルロッタ様はそう言う対象さ」

_(:3 」∠)_ 転生しなかったとして本当のシャルロッタはどんな人物だったのか、というのは永遠の謎になっています。


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