第一三四話 シャルロッタ 一五歳 死霊令嬢 〇四
「今日はこの村で休みましょう、ちょうど宿も取れましたので……」
わたくしと「赤竜の息吹」は街道から外れた小さな村エクロレに到着していた。
この村は主要な街道からは少し外れた位置に存在しており、中立派に属する貴族の領地にあることからも潜伏先としてはちょうど良いとエルネットさんが考えてくれた場所の一つだ。
とはいえ、もしさらなる追っ手がやってきた場合は早々に逃げ出さないといけないだろうが……それでもマーサの体力などを考慮すると一度ここで休まないとダメだろうという判断になっている。
目の前にあるクズ肉と野菜を混ぜた質素なスープをスプーンでちょいちょい突くと、私は意を決してその肉を口の中に放り込む……筋張ってて硬いし、微妙に痛んでいる気もする。
「……お貴族様の口に合うかどうかわからんのですが……」
「い、いいえ……せっかく出していただいたものを食べないというのは失礼になりますから、ありがとうございます」
うう、吐き出したくなるのを堪えながら必死の笑顔で宿の主人に微笑むと、彼は少しだけ頬を赤らめながら頭を軽く下げてすぐに厨房へと戻っていく。
貴族なんだよねえ、わたくし……庶民が口にする食事なんか一度も食べたことがないので、この塩でしか味付けしていない上に、口に入れるのもしんどい食事は慣れていないんだ。
肉はクズ肉で、野菜は芯が残っているようなものだ……だが王国の民はこれが普通なのだ、と思うとしょうがないと考えてしまう。
「皆さんよくこれを口に入れられますね……」
「僕らは慣れてますから……もっとひどい食事で食い繋いだこともありますよ」
「……想像したくないですわ」
何度か吐き出しそうになりながらも、わたくしはその肉をなんとか嚥下して飲み込む。
これ豚とか牛の肉じゃないんだろうな……それを考えただけで吐き気を感じるけど、せっかく出されたものなのだから食べ切らないといけないだろう。
他のスープに浮いている野菜を黙って口に入れると、必死に飲み込む……それを見たマーサが同じように目を閉じて質素な食事を口に運んでいる。
辺境伯家の食事はきちんとしてたもんな……わたくしはなんとかスープを完食すると、死ぬほど硬いパンをどう食べようか少し悩む。
「まだマシな方ですよ、下手するともっと凄まじいの出てきますからね」
「……国民の標準的な食事を理解してなかったのは申し訳ないですわ」
エミリオさんの言葉に、深くため息をついて意を決してパンを口に含む……硬すぎて正直よくわからない味に眉を顰めるけど、内戦になって仕舞えばさらに酷いことになるだろう。
これでもまだマシな方だ、前世のライン時代にはさらに酷い食事を食べたこともある……それでも転生して一五年間、わたくしは貴族の食事に慣れてしまっている。
柔らかく味付けされた肉や、ふわふわのパンが恋しい……わたくしが必死に食事を食べる様を見て、マーサが申し訳なさそうに話しかけてきた。
「シャルロッタ様……申し訳ありません、私が調理できればもう少しいいものが出せたのですが……」
「潜伏中なのですから仕方ないですわよ? それにわたくし、もう少し庶民の生活を学ぶ必要がありますわね」
「……それにしてもこの村の食糧事情がおかしいですね」
エミリオさんがパンを無理やりかじり取ると、何かがおかしいと言わんばかりに手に持ったパンを見つめる……それに同意するようにリリーナさんも頷くが、この村は中立貴族の一人であるナザム子爵の管理地であるはずなのだ。
貴族の支配下である村の食糧事情が良くないってのはよろしくない……いつぞやの話になるが、領地での反乱や暴動は貴族生命に結構なダメージを与えるし、そもそも労働力になる住民にこんな食事をさせているのっておかしいのではないか?
「……何かおかしなことになってそうな気がしますわねえ……」
「……ダメですよ、まずは村のことよりも領地へと戻る方が先決です」
エルネットさんが屑肉を口に運びながらピシャリと言い切る……読まれてたか……でも彼がいう通り、優先順位としては全然この村のことは低いんだけどね。
それでも放置はしたくないなあ……とエルネットさんを見ると、視線に気がついたのか少しお互い目を合わせて、それから彼ははあっ……と諦めたようにため息をついた。
それを見たリリーナさんが何かに気がついたのか、クスッと笑う。
「……シャルロッタ様、明日になったら村長のところに行きましょう、エルネットも納得してくれるわ」
「お、おい……シャルロッタ様に何を交渉させるつもりだ」
「でもそうでもしなきゃ納得してもらえないでしょ?」
エルネットさんとリリーナさんは仲良いなあ……わたくしもクリスとこういう和気藹々と話せる間柄ならいいんだけど、親密な友人みたいな? そんな関係を持てる人って立場上作りにくいんだよね。
マーサも違う、そういやターヤはそれに近い人物だろうか、彼女は王都に残ってるけど今は何をしているだろうか……第二王子派に所属している貴族や商人たちはすでに王都からは脱出している。
平民はどちらを支持するなんてことはないけど、それでも王都に生活の基盤がある以上残らざるを得ない、王都から離れた中立貴族の管理する村でもこんなもの。
残るのが正しいのか、それとも逃げ出すのがいいのかもはやわかったもんじゃないな。
「まあ、明日の朝に村長に軽くお話を聞いてみたいですわ、もし我が家で助力できるならしたいと思いますし……お願いしますわね」
「……エクロレ村、中立派貴族ナザム子爵の管理する領地の一つですね」
ラヴィーナ・マリー・マンソン伯爵令嬢は闇の中に黒いローブを纏った這い寄る者と共に、その寂れた村を一望できる場所に立っていた。
彼女たちの背後には、呻き声を上げる大量の命なき死者がふらふらと体を揺らしながら命令を待って立っている……大半はゾンビ……だが兵士をベースに作っているため鎧や武器を身につけており、多少なりとも戦力としてはマシだろう。
ゾンビは武器を振り回すこともできるが、鈍重で一度与えた命令を愚直にこなすだけの操り人形だ……とはいえすでに死んでいるために耐久力が高く、獰猛な猛獣と変わらない本能で相手の肉を喰らうため、数を作り出せれば十分な戦力になり得る。
『……ここまで近づいても反応がないということはすでに就寝している可能性が高いですね』
「好都合です、昼間に突入しても逃すだけですが……夜襲ができればゾンビの強みが出せると思います」
ラヴィーナはほとんどあかりのついていない村を観察しながら答える……動きの鈍いゾンビを有効に使うには、狭いところに押し込めるか夜襲しかないと考えていたから好都合だ。
それにゾンビ以外に冒険者を抑え込めそうな不死者が作り出せているのだからそれでも満足するべきだろう。
這い寄る者は黙って彼女が村の様子を観察していることを見つめている……相変わらず匂いが良くないが、彼は仕事をきちんとこなすタイプなのだと分かればそれだけでよかった。
『……私がシャルロッタ・インテリペリを抑えますので、ラヴィーナは冒険者たちの相手をお願いします』
「……ねえ、彼女はどれほど強いの?」
『……英雄であることは間違いありません』
ふうん? と感心なさげにその答えを聞いてからラヴィーナは学園で見ていた彼女の姿を思い返す……決して目立たず、貴族令嬢らしくないとても自然体な女性だったことは覚えている。
体に触れた時にその中に流れる魔力のうねりに違和感を感じたのが最後で、第二王子の婚約者である以上それ以上接近できずにいたが、確かにあの感覚からすれば恐ろしいまでの能力は秘めているだろうなとは思う。
ふと、彼女と会話できたのであればもしかして価値観を共有できる友人になれたのだろうか? と考える……いや、そうだったとして実家がアンダース殿下を支持してしまっている以上ラヴィーナにその意思に背くことなどできないのだから。
「……不死者が全滅した場合、私はどうすればいい?」
『無理をすることは良くないですな、ナイトメアは近くに待機させていますので王都まで戻られると良い』
「あなたはどうするの?」
『……命令ですので最後まで戦います』
隣に立つ這い寄る者がほんの少しだけ逡巡したかのように間をおいて答えるが、意外なものを見た気分で彼女は怪物を見上げる。
彼らは決してアンダース殿下のために動いているようには見えない、むしろ全く別の意思が介在しそれに従っているという印象だったため、最後まで戦うという返答が予想外だったからだ。
もしかしたら、このイングウェイ王国には何か彼女たちのような貴族や国民の預かり知らぬところで、大いなる意志のようなものが動いていて、その流れの中で自分は巻き込まれてしまったのかもしれない、と考えてしまう。
王都でも人気の読み物などで見る神と悪魔の戦い、その物語の中に出る脇役の一人として自分がいるかのような感覚……いやいや、そんなこともあるまい、とラヴィーナは首を何度か振ってから、背後に立っている不死者を見て、軽く息を吐く。
やるしかない、もしそんな道化のような役割しか自分に与えられていないとしても……最後まで踊るのが脇役の役目だろう。
「……いくわ、お互い勝利を目指して……アンダース殿下とイングウェイ王国のために」
_(:3 」∠)_ やっぱり一度生活レベル上げると元に戻せなくなると思うんですよ、実際。
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