第一三三話 シャルロッタ 一五歳 死霊令嬢 〇三
「……馬車での移動で間に合うのでしょうか?」
『私一人であれば追いつきますが、貴女の準備も考えるとこれが望ましいと考えました』
黒いローブに身を包む這い寄る者が対面に座るラヴィーナに応えると、彼女はそうですか、と答えた後窓の外をじっと見つめている。
王都を出立するにあたって、ラヴィーナと訓戒者は夜の闇に紛れて出立している……伯爵家にはアンダース殿下より一言だけ「娘を交渉役に」とだけ伝えているとかで、出立前に両親からはかなり心配されていたっけ、とふとなぜこんな仕事を受けてしまったのか、多少の後悔が滲んでいる。
「……シャルロッタ嬢は普通ではありませんよね?」
『それを知っていらっしゃるので?』
「ええ、まあ……触れて気がつきました、魔力のうねりが普通の人間のそれではなかったので……」
『……古き時代、神鳥はその素性を隠し飛び立つ時まで能力を隠したそうです、彼女はその故事に習っている存在かと思います』
「神鳥ね……異教の伝承にある巨大な鳥は、破壊の後に地面を飛び立ち、大地を癒すというけど……それに似たようなものですかね?」
『はい、ここではない世界、ここではない時間で動く場所、その地にある伝承にも似たようなものがあるそうです』
時折鼻をつく這い寄る者の匂いが不快ではあるが、知的な受け答えや謎かけのような言い回しは案外嫌いではない……見た目は不快そのものだし、触れたくない存在ではあるのだけど。
彼の言葉によるとシャルロッタはエルフの森……ラヴィーナからすると驚くような話ではあったが、そこで数日滞在した後馬車に乗って移動をしているということだった。
ただ身軽なこちらと違って、彼女達は人数も多く戦闘要員ではない侍女を連れているということで歩みは遅い……対してこの馬車を引くのは、漆黒の肌を持ち驚くほどの速度で走る冥界の馬……ナイトメアと呼ばれる妖魔である。
「しかし……妖魔が馬車を引くとは……」
『我々が使役するものは数多く、ナイトメアの数は少ないですが移動には役立ちます……飼い葉で飼育するわけではないので面倒ですが』
飼育方法は聞いてはいけないのだろうな、と多少辟易した気分になる……魔法の才を持った自分だからこそわかるその怪物の恐ろしさ。
ラヴィーナは自領で幾度か魔物退治に参加している……その時出会ったどんな恐ろしい魔物よりも、目の前の這い寄る者は恐ろしい存在だと理解している。
だが彼が本当に恐ろしいのは、それだけの実力を隠し持っていながらもまるでそれを感じさせない部分にあるかも知れない。
「……私の魔法についてはすでにお聞きになられていますかね?」
『死霊魔法……命亡きものを使役するものですね』
「はい、残念ながら無から有は生み出せず……どこかで不死者を作り出す必要があります」
そう、不死者は死体や霊魂といった触媒が必要になる……軍隊レベルの数量を生み出すには大量の死体が必要になるのだ。
例外もある、それは死霊の蠢きのように強制的に霊魂を呼び出す一部の魔法だけで、ゾンビやスケルトンといった実体のあるものは触媒を使わねばならない。
それ故に死霊魔法に特化した魔法使いは白眼視されることにもつながっている。
『……その点は私にお任せを、貴女はこの馬車に乗り追撃をお願いします、遭遇前までには触媒をお届けしますので』
「あ、ちょ……ッ!」
ラヴィーナが止める間もなく這い寄る者は影の中へとその姿を消していく……彼がナイトメアをどう動かしているのかわからないが、自分の言うことを聞くのだろうか?
不安になって一心不乱に走り続けるナイトメアを見てみるが、コチラの視線などお構いなしに前を向いて走っている……まあ、あの紳士的な化け物が乗ってろと言うのだからそうするしかないだろう。
触媒……つまり死体が彼女の死霊魔法には欠かせない、死の匂いが充満する場所であれば生霊などは簡単に呼び出せるが、上位の不死者となるとそうはいかない。
「ガルムや冒険者との戦闘を考えると最低限首無し騎士くらいは必要になるだろうな……騎士の死体か……」
ラヴィーナは冷静に計算を行う……シャルロッタは這い寄る者に任せるとして、その他を足止めまたは倒すだけの能力があるものを作り出す必要がある。
質の高い兵隊を使って確実に仕留めるか、数の暴力を利用するか……いや、数だけではあっという間に制圧されてしまう可能性が高い。
質と量を両立させてこそ目的を達成できるだろう……それで在れば、冒険者を足止めするための下位不死者とガルムを足止めするための上位不死者を混ぜておく。
「よし……割合はこの程度で……私を守るための不死者も用意する必要があるわね……」
——イングウェイ王国の各地にある小さな砦……ブラックガード砦の衛兵は見慣れない黒い影が近づいてくることに気がついた。
「おい、止まれ! ここは王国の防衛拠点……一般人の立ち入りは禁止されている!」
黒いローブを目深に被った人物が音もなく砦へと向かってくるのが見え、当番兵であるロゲールは相方であるアロイスに砦に駐屯している隊長へと報告するように指示をすると、ローブの人物へと槍を向けて怒鳴った。
だがその声が聞こえているのかどうなのか、ローブの人物は彼の目の前まで歩み出るとゆっくりと、だがぎこちなく頭を下げて不思議な摩擦音をあげる。
『こんばんわ、或いはこんにちは……良い夜ですな』
「な、なんだこいつ……頭に響く……」
『私は言葉を失っていますが、コミュニケーションを欠かすようなものではありません』
「め、面妖な……そこを動くな!」
『……この砦にいる生命は……ふむ六〇体程……まあこのくらいあればいいでしょう』
「何を……ッ!」
突然ローブの人物の手元が動いたかと思った次の瞬間、ロゲールの視界に黒い何かが割り込む……続いて額の激痛、無理やりに頭を掻き回されるような強烈な感覚と共に、彼の意識が暗転していく。
力を失い頭から血を流して地面へと音を立てて崩れ落ちたロゲールを見て、ローブの人物……這い寄る者はフードを捲り上げると、その異形を月の光に曝け出す。
力強い顎を開き、口元から深く息を吐き出すと異変に気がつき、武器を持って殺到してくる王国軍の兵士たちを見て、本当に嬉しそうに顎を鳴らした。
『……普段であれば餌に使うのですけどね……今回は皆様をダンスにお誘いしましょう』
「な、なんだあれは……!」
「怯むな! 殺せっ!」
「おおおっ!」
這い寄る者がゆっくりと前へと歩き出す……兵士が突き出した槍をひらりと躱すと、無造作なくらいにその細くしなやかな腕をふるう。
まるでバターを切り裂くかのように、兵士の着用している鎖帷子が切り裂かれ、血が吹き出す。
向かってくる兵士の攻撃をまるで止まっているかのように躱し、そして相手を切り裂く……だがその攻撃は最小限、体を切断することも可能なほどの強力な斬撃を放つこともできるが、触媒としての価値を残すために手加減している。
ああ、本当であれば全力で肉を引き裂き、砕き……噛みちぎろうと言うのに、辺境の翡翠姫と戦う時までは我慢しなければならないとは!
『……ああ、私はイラついているのですねえ……カカカッ!』
「ば、化け物……」
気がつけば兵士たちはそのほとんどが地面へと倒れ、血まみれになって命なき骸として横たわっている……這い寄る者がまだ生きている兵士の前へと立つ。
その若い兵士は涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、震える手で剣をなんとか支え、腰を抜かして失禁しながら必死に這いずって距離を取ろうと後退している。
隊長格のものではない……そうか夢中になって殺した中に隊長らしきものもいたか……這い寄る者はふうっと息を吐き出すとその兵士に微笑む。
『……さあ、君の人生の終わり……そこには血と涙とそして恐怖がそこにはある……絶望のダンスを見せてくれてありがとう、そしてさようならだ』
「ひ、ひいっ!」
免れない死を迎えた人間が取れる行動はそれほど多くない……諦めるか、争うか……だが目の前の兵士は自暴自棄からか、それともなけなしの勇気を振り絞ったのかそのどちらでもないのかわからないが、とにかく前に出た。
そう、それは命が弾ける前の小さな輝き……這い寄る者の感情を映さない目に驚きの色が混じる……ローブを掠めた刺突は、彼の肉体にほんの少しだけ、小さな傷を作ることに成功した。
「傷を……あたバァっ!」
兵士の顔に驚きと、希望が浮かんだ次の瞬間、胴体と切り離された頭が地面へと落ちる……残された肉体はビクビクと震えて血を吹き出しながらゆっくりと倒れていく。
這い寄る者はローブの切れ端からにじむ、白い体液を見て軽く舌打ちをすると、すぐさま肉体を修復していく……油断はない、だが蜂のひと差しとも言うべきか、最後の攻撃を避けなかったことで傷を作ってしまった。
ああ、腹がたつ……だがこの怒りは取っておかねばならない……彼は背後の空間をこじ開けていくとそこへ無造作なくらいに兵士の死体を放り込んでいく。
『数はそれなり……これだけ新鮮な死体を持ち帰れば、ラヴィーナ嬢も生きの良い不死者を作り上げられるでしょうねえ』
——この夜、一つの砦から全ての兵士が消えた。
血の跡や、争った形跡などもあったが、王国が動乱に向かう中、しばらくの間このブラックガード砦の異変は人々には気が付かれなかった……兵士たちの行方はその後もわからず、いつの間にかこの砦は幽霊砦として恐れられ、荒れ果て朽ちていくのであった。
_(:3 」∠)_ やっぱ匂いするんじゃん!(今更
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