第一三二話 シャルロッタ 一五歳 死霊令嬢 〇二
「それではシャルロッタ様、領地に戻られた後我らの力を得たい時にはこちらを使ってください」
美しい木彫りの指輪を渡されたわたくしは、その質素な指輪の中に込められている異様なほど濃縮した魔力にほんの少しだけ驚いた。
なんじゃこりゃ……世界樹の枝でも削って作ったのか? これ……わたくしの表情に気が付いたのか広葉樹の盾はほんの少しイタズラっぽい笑顔を浮かべると、何もいうなと言わんばかりに口に指を当てるポーズを見せる。
なんだか一〇〇〇年生きてるはずのエルフなのにいちいち可愛いよなあ……惚れちゃいそう。
「祈ればいいのですか?」
「はい、祈っていただければそれが合図となります……戦いの際には私たちエルフはシャルロッタ様のために命をかけて戦うことをお約束いたします」
「わかりましたわ……ただ戦争にならないことを祈りますが……」
王国を二分する戦争など何も意味がない……内戦になって喜ぶのは他国だけだ、それに……イングウェイ王国はその歴史故に対外的にも敵国が多い。
マカパイン王国なんかはその筆頭で、過去には斥候部隊を王国へ送り込んできて荒らし回ったりしてた過去すらあるのだから……一応あの国にはわたくしと繋がっている抑えがいるからどうにかなると思うけどさ。
パンテラ公国も動きが見えないとか国境はいつも緊張気味なんだよなあ……行ったことねーんだけど。
「そうですね……私たちもそうならないことを祈りますよ」
「……それでは、お家へ戻りますわ、逗留させていただいて感謝いたします」
今回の悪魔襲撃でエルフ側に多大な犠牲者が出ているという……「赤竜の息吹」をここに案内したエルフは二名とも襲撃で死んでいる。
その二人が生きていれば……という話を他のエルフ達が漏らしていたのを聞いた、なんでも優秀な狩人であり、いざという時は軍指揮官として戦える人達だったらしい。
戦力は低下している……ただそれでも彼らが抱える戦力は今のクリスにとって重要なものとなるだろう、わたくしは見送りに出てきているエルフ達へとそっと頭を下げてからエルネットさん達と共に、エルフの用意してくれた馬車に乗って蒼き森を出発していく……数人の見送りの姿が遠く見えなくなるまでわたくしはそっと彼らに手を振り続ける。
「……本当に内戦にならなければいいのですけどね……」
「お嬢様……」
マーサが心配そうな顔でわたくしを見ているが、ほんの少しだけ彼女の目には迷いのようなものがある……これまで通り接していいのかどうなのか、すでにわからなくなっているかのようだ。
まあ、彼女にわたくしの本当の能力見せちゃったしなあ……その辺りもおいおい説明しないとダメだろうな、これは。
そうだ、すっかり忘れていたけどみんなに謝らなきゃいけなかったんだった……なんか気がついたらエルフが襲われてるし、みんな大ピンチでそれどころじゃなかったけど。
わたくしは馬車にいる皆へと軽く頭を下げると、彼らへと視線を配ってから喋り始めた。
「……この度は皆様に大変な迷惑をおかけしました、申し訳ありません」
「いや、あの状況下なら仕方ないですよ」
エルネットさんが御者台からニコニコ笑いながら気にしていない、とばかりに手を振る……まあ彼らも十分な戦力として活躍してたからなあ、横からあの悪魔を掻っ攫ってしまって悪かった気もするけどあの場合は仕方ないだろう。
「赤竜の息吹」のメンバーは皆同じように笑顔でわたくしへと頷いている……彼らはすでにわたくしの能力を知っているからまあこの反応は予想できる。
わたくしはマーサをじっと見つめる……その視線に気がついたマーサはほんの少しだけ戸惑ったように、視線を外してしまっている。
「マーサ……本当にごめんなさい、わたくし貴女にずっとお世話してもらっていたのに嘘をつき続けていましたわ」
「……いえ、でも……お嬢様に感じていた違和感がなんであったか私も理解しました……ユルもずっと、そうだったんですね……」
「怖かったら……エスタデルに戻った後侍女頭をやめても良いのですよ、別の仕事を斡旋しますわ」
わたくしの言葉に、マーサは驚いたように目を見開く……彼女がいなくなると色々困ることが多い、はっきり言ってわたくし身の回りの世話は自分ではあまりできないし、子供の頃からいるマーサ以外の侍女に変えても同じことはできないだろうな、とは覚悟している。
本音ではいなくなってほしくない、ユルもマーサのことは本気で信頼しているし懐いてもいる……他の侍女も家には居るだろうけど、彼女ほどユルと打ち解けてくれる者はいないだろう。
「私は……ずっと貴方の侍女を務めてきました」
マーサの言葉にわたくしは黙って頷く……子供の頃からずっと、彼女はわたくしと一緒にいる。
わたくしが彼女を困らせたことも数知れず……何度も叱られたし、何度も「淑女とは」という説教をされたこともある……全部わたくしにとって懐かしい思い出だ。
男性としての前世を持つわたくしが淑女としての作法を学べたのは、義姉とマーサがいたからこそだと思う……まあ着せ替え人形みたいに遊ばれたりすることも多かったのだけど。
「怖くない、というのは嘘になります……でも私はお嬢様の侍女以外の生き方を知りません」
「……これから先、クリスとアンダース殿下はこの国の覇権を賭けて戦うことになるかも知れません、わたくしは見ての通り誰よりも強いですが、全てを守れるわけじゃない……危険な目に遭うことも……」
「でも、私はシャルロッタ様が、お嬢様が本当に大好きです……だからわたくしは辞めたくない……辞めたくないんです、この仕事を!」
そこまで言ったマーサの目からボロボロと涙が溢れる……わたくしは黙って彼女を引き寄せて、そっと抱きしめると彼女はわたくしの腕の中で声を殺して泣き始めた。
彼女を抱きしめながら知らず知らずのうちに目から涙が溢れてしまう……ああ、彼女もわたくしにとって本当に大事な人の一人になっているのだ、と今更ながら強く感じている。
……馬車はずっとわたくし達が向かう領都エスタデルへの道を走り続けている中、わたくしは彼女を抱きしめながら、優しくマーサに語りかけた。
「マーサ、わたくしも貴女のこと大好きですわ、ずっと一緒よ……わたくしのそばにいて下さいね」
「……イングウェイ王国第二王子クリストフェル・マルムスティーン殿下に敬礼ッ!」
領都エスタデルの城門を潜った一行はインテリペリ辺境伯家の騎士達が中央通りに並ぶ中、ゆっくりとその中へと入っていく……地方都市としてはかなり巨大な城砦であるエスタデルは辺境伯家の権威を現すかのような荘厳な雰囲気を讃えている。
よくシャルロッタが「特に何もない平和な街ですよ」と話していたが、何もないというのは言い過ぎだろう……王国内では辺境と呼ばれる場所にあってもなお莫大な兵力と、独立すら可能な経済力を持つ都市というのは数少ない。
「……なんて立派な……辺境都市と呼ぶ人が無知みたいですね……」
プリシラはこの街に来るのが初めてらしく、素直に街並みを見て感心したようにため息を漏らしている……彼女の家は伯爵家相当だが管理している領地はそれほど大きくなく基本的には王都在住の貴族家である。
第一王子派からはシャルロッタ自身も含めてあまり良い言われ方をしてなかったのだろう、まさかここまで大きな街を拠点にしているなどとは思ってもいなかったに違いない。
「我々も数回しか来ておりませんが、いつも素晴らしい街だなと思っていますよ」
「……やっぱりこんな素晴らしい家で育っているのですから、婚約者としては適格なんでしょうねえ……」
プリシラはほんの少しだけ寂しそうな表情を浮かべて、先行しながらウゴリーノ・インテリペリと相談しているクリストフェルの横顔をチラリと見つめる。
脱出行でクリストフェルの見た目よりも遥かに肝の座った性格や、侍従やついてきたプリシラに対する優しい態度、言葉遣いなどを見てきて彼女の中で色々な思いが渦巻いているのだろう。
「プリシラ様、ダメですよ……あの人本当に一人しか見てないんですから……」
「え、い、いや……私そういう意味で……」
いきなり背後からマリアンにぼそっとつぶやかれて、心臓が跳ね上がったような気分になり慌てて否定をし始めるプリシラ……だが彼女の顔は真っ赤に染まっている。
マリアンもマリアンでそんなプリシラではなく、クリストフェルの横顔を見てそっと唇を噛んでいる……どれだけ想っても遠く、さらにその傍には別格とも言える美しさを持つ女性がいることも理解をしているのだ。
「そんな暗い顔すんなよ、第一シャルロッタ様もまだ見つかっていないようだしな……そっちの方が心配だぜ」
「ああ、そうだな……」
ウゴリーノの部隊と共に移動していた最中にも、何度か伝書鷲が飛来し情報のやり取りを行なっていたようだが、インテリペリ辺境伯家側でもシャルロッタ一行の行方はわかっていないのだと報告されている。
領地の外で戦闘があったことや、かなり大規模な魔法の行使がされたようで付近一体では超巨大な魔物による災害か、なんらかの魔力爆発があったのでは? と言われている。
空が白く光った発光現象……轟く雷鳴、これら全てがシャルロッタ達が逃げているはずの道筋に近い場所で起きており、ウゴリーノもクリストフェルも気が気ではない状況ではあるのだ。
「……もし婚約者の身に何かがあったとしたら……殿下はどうされるのでしょうか?」
「殿下の性格だと、シャルロッタ様がいなくなったら王権を手放す可能性がありま……いてっ!」
ヴィクターの言葉に、さすがに不敬だろうと顔色を変えるプリシラだったが、そんな彼女の視線に気がついたのかマリアンは黙ってヴィクターのそばへと馬を移動させると軽く肘打ちをお見舞いする。
なんだよ、とばかりにマリアンを見たヴィクターだが、プリシラの視線に気がつき自分がかなり危ないことを口にしていたことに気がつき、慌てて背筋を伸ばす。
実際にシャルロッタのために王権を取ると言い出したクリストフェルならそうするだろうな、とは想ってはいるが、それでも言葉にするのは流石に侍従の責務を超えてしまうだろう。
「……言い過ぎました、ですが必ず彼女を見つけて殿下の元へと送り届けなければいけませんね……殿下はもうお一人の立場ではなくなってしまいましたから……」
_(:3 」∠)_ すっかり影の薄い第二王子兼勇者の器……いや、ちゃんと成長させなくては
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