第一三一話 シャルロッタ 一五歳 死霊令嬢 〇一
——ラヴィーナ・マリー・マンソンは伯爵家令嬢として生まれた。
『ラヴは特別な才能を持っているね? それは大切なものだから、大事にしないとね』
幼少期に親がつけてくれた家庭教師の魔法使いは彼女の中に眠るある一つの資質を見出した。
本を読むことと、屈託のない笑顔が魅力的な黒髪の少女はその魔法使いの推薦により、彼女が最も得意とする適性……「死霊魔法」の研究に没頭することとなった。
そこから彼女の生活は一変する……小さいながらも死者を自由に操るという才能は、人々から恐れられ友人の少ない孤独な生活を余儀なくされる。
だが彼女自身はそれほど気にしていなかった……元々貴族令嬢向きの性格ではなかったこともあって、好きなだけ読書と研究ができるという喜びが優ったからだ。
死者を操るという魔法はそのイメージからは暗く邪悪なものに見えてしまうのだが、実際にはそうではない……根本的には死んだものとの対話を行い、浄化することが根底に存在しており使い方によっては正しい使い方ができるはずだと彼女自身も思っていた。
ただ、死者を操るという魔法自体にあまり良くないイメージを重ねる人々からすると、彼女は不気味な存在に写った。
彼女にしか会話ができない怪しい影、彼女が命令すると動き出す死者……次第に根も葉もない噂話が彼女の耳に届くようになる。
『マンソン伯爵家令嬢は死体を愛しているらしい』
『彼女は死者を操る……夜中に死んだ男とダンスをしているらしい』
『マンソン伯爵家令嬢は恋人ができるとその男を殺して、下僕にするらしい』
噂が噂を呼び、ある時間違った依頼が冒険者組合へと持ち込まれ、郊外にあった彼女の研究室が冒険者に襲撃されるという大事件が起きた。
研究室には確かに死体だけでなく、人間の臓器や小動物の遺体などが転がっていた……それらは全て公的な書類などをもとに入手されたものだったが、それでも研究室で不死者の研究がされていたという事実だけが、センセーショナルな見出しとともに王国内部を駆け巡った。
噂を否定することもなく、自身の研究に没頭していたラヴィーナは、いつの間にか彼女が「死霊令嬢」という不名誉な呼ばれ方で貴族の間で有名人になっていることに気がつき……そして今に至るようになる。
「……で、死霊令嬢ラヴィーナは聖女の仲間へと……今では大事な友人の一人に……いい話ね」
その言葉にほんの少しだけ不満そうな表情を浮かべるも、すぐに無表情のいつもの顔へと戻るとラヴィーナは黙って頷く。
目の前に座る聖女ソフィーヤ・ハルフォード公爵令嬢の肩書は凄まじかった……彼女は確かに我儘で自分を抑えることのない気の強い女性ではあるが、それでも聖女認定後に聖教の信徒として様々な場所で笑顔を振り撒き、まるで生まれ変わったかのようだ、と言われるくらい精力的に活動していた。
彼女が言葉を発せば、その言葉に誰もが従いたくなる……抗いがたい魅力のようなものを彼女は有しており、今では第一王子派の貴族たちが聖女の巡礼を待ち望んでいるのだと言われるほどだ。
そんな彼女の仲間として認められたラヴィーナは、今までとは違った扱いを受けるようになり待遇の改善に少しだけホッとした気分になっていた。
「私はソフィーヤ様に見出してもらわなければ、怪しい学生の一人ですから」
「うふふ……大丈夫よラヴ、貴女の能力はもっと敬われるべきだわ……だって可能であれば死者の軍隊を作り上げることもできるのよね?」
「できますよ、不死者には階級があるので上位の個体ほど作りにくく、使役し難いですけど」
ラヴィーナが実際に死者の軍隊を作ったことはないが、それでも過去の文献では死霊魔法によって死者の軍勢を作り出した例がいくつか見られるからだ。
彼女が試したのは一〇数体の同時使役だが、この実験で彼女はさらに多くの不死者を使って集団運用することなどを論文としてまとめ上げていた。
その論文を見たソフィーヤに呼び出され、今こうしてお茶を共に飲んでいる……一方は論文の内容に興味を持ってもらったことに感謝し、もう一方は良い手駒が出てきたことに感謝しながらだが。
「……もし、シャルロッタ・インテリペリの捜索に力を借りたいと話したらラヴはどうする?」
「シャルロッタ様ですか……? 王都から自領へと戻られたと聞いていますが」
ラヴィーナの目から見てもほんの少しだけ、不思議な感覚のある令嬢シャルロッタ・インテリペリ……ソフィーヤの命令で彼女を取り押さえたこともあったが、触れた時に彼女は気がついてしまった……あの体を流れる魔力の強さは他の皆が考えるよりも遥かに膨大で奥底が見えないということに。
そして……魔法の才能に恵まれた彼女だからこそわかるその奥に潜んでいる凶暴な何か……あれはなんだったのだろうか? 嫌な感じではなかったが……。
貴族令嬢としては破格と言ってもいい……このことは誰にも言っていない、信じないだろうしもしかしたら彼女自身も知らない可能性があるからだ。
ただまことしやかに流れてた「シャルロッタ嬢は幻獣ガルムと契約している」という噂が本当で、確かにあれだけの魔力を有していればガルムも使役できるだろうとはラヴィーナは思っていた。
「……追撃をアンダース殿下は望んでいてね……ラヴィーナの手を借りたらどうかしら、とお話ししたのよ」
「……それがソフィーヤ様のお望みであればやりますが……私は死霊魔法を使えるとはいえ、相手には冒険者もついておりますよね? 一人ではとても太刀打ちできるとは……」
「大丈夫よ、お手伝いさんが来ることになっているから」
「お手伝いさん? それはどんな……」
ソフィーヤの後ろから不気味な黒いローブに身を包んだ何かが出現する……強い匂い、ホコリと油が入り混じったような独特の匂いを撒き散らしながら、まるで顔が見えない奇妙な人物がそこには立っている。
ゆったりとした仕草で、ローブの人物はラヴィーナに向かって頭を下げた……そして、何かを噛み合わせるような凶な摩擦音を発するが、突然ラヴィーナの頭の中へと直接言語化された男性の声が響くのがわかった。
『初めまして、私は這い寄る者……見えざる神の訓戒者である』
「頭の中に直接?!」
「面白いでしょ? 摩擦音だけで何を言っているかわからないのに、意味がわかってしまうのよ、これ飲むかしら?」
くすくすと笑いながら、ソフィーヤは這い寄る者に余っていたゴブレットへ多少乱暴にワインを注ぐと、彼へと手渡す……ローブの端から漆黒の細い昆虫の前肢にしか見えない手が覗き、恭しくゴブレットを受け取るとフードをあげる……そこでラヴィーナは思わず息を呑んだ。
フードの下にはゴキブリに瓜二つな大きな複眼に細い触覚、そして頑丈で太い顎のついたこの世のものとは思えない不気味な顔が見えたからだ。
『……失礼、私の顔を見て驚かせてしまい申し訳ない』
「……い、いえ……」
こいつは怪物だ……しかも博学で様々な書物を好んで見たラヴィーナですら知らない、奇妙で邪悪な……だって這い寄る者と名乗るローブの男の背後には巨大な影が……。
彼女が完全に怯え切っていることに気がついたのか、忌々しそうな表情でラヴィーナを見て軽く舌打ちをしたソフィーヤだが、傍に控える這い寄る者へと目配せをすると、少し考えたのち訓戒者は少しため息をついたかのように息を吐くと、ラヴィーナの前に跪く。
『これは呪いだ、私は見えざる神と契約し人の姿を失っている……声も失ったが、こうして知性あるものとして生きている、それは信じてほしい』
「の、呪い……? 見えざる神とはなんですか?」
『見えざる神は深淵の中に座す姿なき神、人々の信仰から消え失せそれでもなおこの世界に止まろうとする意思のようなもの……君の任務を私が助けよう、姿を恐れるならローブを被り影のように徘徊する、それでなら安心できるだろうか?』
「……信用できるのですか?」
ラヴィーナは恐る恐るゴキブリ面の怪人へと話しかける……本質的には邪悪ではあるが、恐ろしく高い知性と理性を兼ね備えているようにも思える。
何より知的探究心の旺盛なラヴィーナにとって未知への興味が次第に優っていく……悪癖ではあるが、そうでなければ彼女のような死霊魔法師は死への探究を成し得ないのだ。
這い寄る者はほんの少しだけ顔を傾けるような仕草をした後、改めてラヴィーナへと深く頭を下げた。
『信用してもらうしかないな……私はそれなりに強いので、君のために働けるだろう』
「ラヴィーナ、這い寄る者は見た目は酷いけど信用できるわ」
「……わかりました、では這い寄る者、私に協力をしてください」
『……御意、約束は絶対、契約に等しい……私はあなたを守るだろう』
這い寄る者がラヴィーナの言葉に合わせてもう一度深くお辞儀をすると、強いホコリと油の匂いを残しつつその場から消えていく。
異様な圧力から解放されたラヴィーナはふうっ……と大きくため息を吐くと、ソフィーヤへとほんの少しだけ恨みがましい目をむける……なぜあのような怪物と組んでいるのか、聖女たるソフィーヤが何を考えているのか……わからなかったからだ。
だがソフィーヤは大きな扇を広げて口元を隠すと、美しい瞳でラヴィーナを見つめて笑う……またあの目、でも彼女を信用しないといけない気分にさせる不思議な瞳。
頭の片隅にあった危機感が薄っぺらなものへと変化していく……そうだソフィーヤの頼みであれば聞かなければいけない、聞かないと……お友達ではなくなってしまうのだから。
「では私はこれで……ソフィーヤ様のために頑張ります……」
ソフィーヤは扇に隠された口元を歪めて笑うと、最大限の愛嬌を込めて可愛い友人へと微笑み返す……ラヴィーナほどの魔法使いであってもやはり抗えない不思議な魅力。
彼女のいうことを聞かなければいけない、と思わせる不思議な感覚が今は心地良い……黒髪の令嬢がその場を去っていく合間、ソフィーヤは手元にあった這い寄る者へと渡したゴブレットを見ると、彼が口をつけたワインが腐臭をあげて、あっという間に傷んでいくのを見てもう一度クスッと笑う。
「ええ、ラヴィーナ……あの泥棒猫ちゃんをお仕置きしてね、お願いよ……」
_(:3 」∠)_ ゴキブリの匂いって嫌ですよね(食事中の人すいません
「面白かった」
「続きが気になる」
「今後どうなるの?」
と思っていただけたなら
下にある☆☆☆☆☆から作品へのご評価をお願いいたします。
面白かったら星五つ、つまらなかったら星一つで、正直な感想で大丈夫です。
ブックマークもいただけると本当に嬉しいです。
何卒応援の程よろしくお願いします。











