第一二九話 シャルロッタ 一五歳 蒼き森 一〇
——ノルザルツの眷属は人間やそれ以外の種族の男性、女性問わず快楽とそれ以上の恐怖と苦痛を以て、その生命を弄ぶことに夢中になっていた。
「……ねえ、アンタ……随分と楽しそうね?」
わたくしは捩くれた山羊の角を生やした漆黒の肌と、美しい造形をもつ女性の姿をした悪魔の耳元でそっと囁く……彼女はそれまで悲鳴をあげるエルフを嬲る手を止めると、ギョッとした顔でわたくしへと振り返る。
ああ、女性型で恥辱を与えるのなんかノルザルツの眷属しかいないんだけど、こいつはどう見ても快楽の悪魔だな。
悪魔が何かを言おうとしたのをわたくしは手で制すると、少し意地悪い笑みを浮かべてから彼女へと囁いた。
「……お楽しみだったかしら? でも残念ね、次は地獄でお仲間とヤっていなさい」
「き、貴さッ……ぐべえええええっ!」
悪魔が何かを言おうとしたのを、彼女の腹部にめり込むわたくしの拳が黙らせる……くの字に曲がったまま、大きく跳ね飛ばされた悪魔だが、エルフごと消滅しないように手加減した攻撃だったため、完全に消滅させることはできなかったようだ。
ま、味方を殺しちゃうと後味悪いもんね……わたくしはその辺にあった布を裂いて先ほどまで弄ばれていた女性のエルフにそっとかけてやる。
彼女はまだボロボロだけど息がある、だが周りには絶望と苦痛の表情を浮かべたまま絶命している二桁を越すエルフの姿が……全員が全員こっぴどく乱暴されたようで、その凶行を止められなかった、と言う部分についてわたくしの胸がちくりと痛む。
「……ノルザルツの眷属は全部クソ野郎ですわね? すんなり地獄に行けると思うなよ?」
「……お、おま……うげえええっ……」
内臓を吐き出しそうなくらいの勢いで紫色の液体を吐き出す悪魔……体を振るわせ、腹部を押さえながら必死に立ちあがろうとしている。
だが素直に立ち上がらせてやる義理もない……わたくしは彼女の前へと一瞬で移動するとほぼノーモーションの右拳を顔面へと叩き込む。
拳を思い切り振り抜くと、悪魔の頭部はまるでスイカを爆発させたかのようにパァンッ! と言う軽い音と共に弾け飛び、その辺の地面へと血液と脳漿を撒き散らした。
ビクビクッ! と残った胴体が細かく痙攣すると引きちぎれた首から血液が何度か吹き出すと、そのままどう、と倒れて動かなくなる。
「あ、名前聞くの忘れてましたわ……これで三人……四神の属性に合わせて召喚したとしたら、あとはワーボスの眷属かしらね」
「ゲホッ……あっ……あ、あ……」
突然うめき声が聞こえてわたくしはその声の主……先ほど軽く布をかけてあげたエルフの元へと歩み寄る。
彼女は少し虚な瞳で空を見上げている……どうして自分が解放されたのかわかっていないようだが、先ほどパッと見たかぎりこのエルフの女性は過度の暴行により内臓をズタズタにされており、今息をしているとはいえあまり長く持つとは限らない。
辛うじて息をしている……と言うところだろうか、あのまま目を覚まさなければ苦痛も無く逝けたのだろうが……わたくしはそっと彼女の頬を優しく撫でると、せめて苦しまないように苦痛を和らげる魔法をかける。
「……大丈夫? 悪魔は倒しましたわ……」
「貴女は……美しい……女神様? 私たちを助けに……がはっ……」
「もう喋らない方が……皆さんのおかげでわたくし無事に目覚めましたのよ、ありがとう……」
「……よか……っ……」
彼女はそのまま深く吐息を吐くと次第に命の火を消していく……元々限界近くまで身体を痛めつけられていたのだから仕方ないけど、それでも混沌の眷属共の拷問から解放されたことで気が抜けてしまったのだろう。
彼女の瞳から涙が溢れ、光を失っていく……わたくしは黙って彼女の目を閉じてやると、深くため息をついてから立ち上がる……怒気を孕んだ魔力があたりに広がると、軽い地響きがあたりに響く。
いやいや、まあ待て……ここで怒り狂ってもこのエルフ達は蘇らない……この世界でも、前の世界でもわたくしが知る限り死者を蘇らせることはできなかったのだから。
だからこそ命は尊いのだと、常日頃思っている……叶うならば生き返らせたい人はたくさんいるんだけどね……無理だけどさ。
「さて、最後のも片付けに行くかな……ユルの方が強いだろうけど、エルネットさん達にもお礼言わなきゃだし」
「……この幻獣如きが……ッ!」
肉体を再生させたデ・ルカスは突如現れた幻獣ガルム族のユルと戦闘に突入していた……ガルムとの戦いは経験にもあり、魔法能力とその俊敏な肉体、そして多少の差異はあるものの大半が炎を無効化するというかなり厄介な能力があることを悪魔は理解していた。
この闘争の悪魔が行使できる魔法の中で最も破壊力を持っていたのが先ほど放った悪魔の炎だったのだが、それを封じられているために格闘戦を余儀なくされている。
「フハハッ! 我が主人の魔力がまた膨大なものへと変化した……我もそれに合わせて能力が底上げされているようだ!」
「何を馬鹿な……」
「これが証拠だッ!」
だが先ほどからデ・ルカスの攻撃をものともせず、ユルはその鋭い牙を剥き出しに悪魔へと的確に傷を与えていく。
牙による攻撃を躱すと、間髪を容れずに炎魔法火炎炸裂が打ち出される……その威力も尋常ではなく、爆発で体勢を大きく崩したデ・ルカスに急接近したユルの爪が、悪魔の腹部を切り裂いていく。
速度が凄まじい……目で見て反応するのは難しく、殺気を感じた瞬間に防御をしなければ間に合わない、先ほどの冒険者達は固唾を飲んでこちらの戦況を見ながら先ほどまでの疲労と傷を癒している。
せっかく追い詰めたというのに……腹立たしい気持ちを抑えつつ、悪魔は自らの周囲へと結界を張り巡らせていく……こういう使い方はあまり本心ではないが、仕方ない。
「……混沌魔法……純血の屠殺場ッ!」
「……混沌魔法とはあの時の……」
その言葉と共に悪魔の周囲にどろりとした血液の渦が生み出される……その血液の渦は近くに落ちていた木材や石材に触れると白い煙を上げて溶解させていく。
慌てて「赤竜の息吹」の元へと移動したユルが防御結界を展開していく……彼らは疲労と怪我ですでに魔法に対する防御能力を喪失しつつある。
放置はできない、彼らはシャルロッタを護衛する冒険者であり、彼女にとっても年上の友人として稀有な存在なのだから。
「ユ、ユル……!」
「この魔法はシャルですら苦戦した混沌魔法の一種です、でも安心してください我の結界を破ることはできません」
次第に濁流のようにユルと「赤竜の息吹」を囲む結界へと押し寄せる血液の波が結界に衝突するたびに大きく白煙をあげているが、さすがにこの防御結界は貫けないようだ。
だがエルネット達を守りながら反撃する能力はユルには無く、現状手詰まりといった状況が生まれている……この場に彼らしかいなければ……という前提条件がつくが。
「あらあら……ずいぶん広範囲に魔法を撒き散らしているのね?」
「……な、だ……誰だっ!?」
「……シャルロッタ様? 目覚めて……」
空中にいきなり姿を現したのは、眠りにつく前と同じ服装で銀色の髪を靡かせる戦乙女……シャルロッタ・インテリペリその人だった。
だが以前とはまるで違う……その場所にいるだけで、恐ろしいまでの存在感のようなものを感じて肌がビリビリと刺激されるようなそんな圧迫感を感じてエルネットは言葉を発せなくなる。
これが人間? むしろ……神話などで人類と戦う最強の敵、魔王がそこにいるかのような恐ろしいまでの何か、彼は何度か無理やりに息を吐こうと咳き込む。
背後へと目をやるとリリーナやエミリオ、デヴィットも同じような状況になっているらしく、軽く胸を叩いてゼエゼエと息を吐いているのが見える。
「……ゆっくり呼吸をしてください、シャルは目覚めたばかりで周りに漏れ出す膨大な魔力のことに気がついていません」
「これがシャルロッタ様の本当の力なのか?」
「ええ……我が初めて出会った時も怪物だと思いましたが……今はもう亜神と言っても過言ではない状況ですね……」
シャルロッタが笑顔のまま、混沌魔法純血の屠殺場の渦の中へと降りていく……だがその全てを溶解するはずの血液は彼女に触れることなく白い煙を上げて蒸発していく。
さらに彼女が前進していくと圧力に押し負けているのか、まるで海を割る聖人の神話かのように、血液の海が真っ二つに割れていく。
恐怖に駆られたのかデ・ルカスは魔法を解除しつつ、逃げ出せるように後退りをしながらシャルロッタに向けて叫んだ。
「……お、お前はなんなんだ……勇者? いや勇者どころでは……強き魂とは一体なんなんだ……?!」
「……知らないわよ、死になさい」
シャルロッタはその言葉に表情を変えて、その拳を無造作に振り抜く……ユルはその拳戦闘術を見ていたため何を行ったか理解していたが、エルネット達からは本当に何気なく拳を振るったようにしか見えなかった。
だが次の瞬間デ・ルカスの上半身はちぎれ飛び、彼の背後にあった森は数キロメートル先まで地面を割りながら、爆音を上げて大爆発を起こして消滅した。
彼女はふり抜いた拳の威力に「あれ?」といった少し驚いた表情を浮かべつつも、ポカンとした表情でシャルロッタを見ていた「赤竜の息吹」のメンバーへと振り返ると、それは見事なカーテシーを披露しながら普段通りの笑顔で微笑んだ。
「……只今戻りましたわ皆様……寝ている間わたくしを守っていただいて本当にありがとうございます」
_(:3 」∠)_ 第三階位の悪魔が即蒸発……という戦闘能力になったわけです
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