第一二三話 シャルロッタ 一五歳 蒼き森 〇四
——深く深く蒼色をした森の中へ、エルフに囲まれた冒険者達は進んでいく。
「うわ……こりゃすごい……」
エルネット達の目の前には蒼き森……そこには人間が暮らす都市とは違って木を樹木と組み合わせた不思議な建築物が並ぶ巨大都市が広がっていた。
イングウェイ王国の王都の建築物も歴史があり、重厚で華美な造りの建物が多く地方から出てきたお上りさんが気絶しそうなくらい驚く、なんて笑い話なども存在しているのだがこのエルフの都市はそれとは違った威厳を感じる作りになっている。
木造建築の粋を結集したといっても過言ではないだろう、青々と繁る樹木そのものをくり抜いて作られた邸宅だけでなく、どこまでもまっすぐ伸びる石畳の大通り、そして活気あふれるエルフ商人たちの呼び込みの声。
「……エルフってお高く止まっているイメージがあったのにちょっと違うねえ……」
「それは偏見だ、我々も普段の生活は君らと変わらんよ」
緑髪のエルフ……アスターと名乗る彼はエルネット達に苦笑いのような表情を浮かべて微笑むと、物珍しそうにユルとその背に乗せられたシャルロッタを見ようと近づいてくるエルフの子供達へと身振りで離れるように伝えている。
子供達の視線に耐えきれていないのかユルは本当に困った表情でエルネット達に視線を送ってくるが、今の状況ではどうしようもないので我慢してくれと首を振る。
それを見たユルは深くため息をつくと、諦めたような顔で黙ってアスターの後ろについて歩いていく。
「……ところでアスター殿はどうして森の外へ?」
「我々の長である広葉樹の盾が神託を受けた……」
「お、おいアスター……人間どもにそんなことを……」
赤毛の女エルフ……アスターの紹介によるとガーベラという名前だそうだが、そのガーベラがアスターへとくって掛かろうとしたのを彼は身振りで止めると、そのままエルネット達へと説明を始める。
曰く神託は「強き魂が訪れる」というもので、その直後に長である広葉樹の盾がアスターとガーベラに対してすぐに森の外へと調査に向かうように命令を下したのだという。
強き魂は見ればすぐにわかるとも……アスターはユルの背中で眠り続けるシャルロッタの顔を一度見ると、エルネットの目を見つめて笑う。
「……私はこのシャルロッタ嬢が強き魂だと思った……ただ間違いである可能性も高いため尋問はさせてもらう……それに私たちも一枚岩ではなくてね……」
「アスター!」
「いいんだ、今の状況をちゃんと彼らに伝えないのはフェアじゃない……正直いえばエルフの中にもその強き魂を殺してしまえと主張する連中もいるんだ」
その言葉にシャルロッタの顔を心配そうに見つめていたマーサが目を見開く……しかし彼女が何かを言おうとするのを手で止めると、アスターは「もちろんそんなことは私の誇りにかけてさせない」と笑う。
道中にエルネットは彼と話して思ったが彼自身は相当に紳士で、王国の騎士にも通じる高潔さを感じさせ、シンパシーのようなものを覚えている。
ガーベラは人間に対して不信感を感じているのか、微妙な距離の置き方や「赤竜の息吹」を監視しているような素振りも見せている、他のエルフ達も似たようなものだ。
「……なあアスター、アンタ他のエルフと違って人間に慣れてるのはなんでだ?」
「ああ、私は昔この森の外に出て冒険者をやっていたからね……他のエルフよりは君らに慣れてるよ」
リリーナの言葉を聞いてにっこりと微笑むアスター……本当に稀ではあるが、エルフが冒険者として活動するものもいないわけではない……だがそれは茨の道でもあり、常に好奇の目にも晒されるため長続きしないのだと言われている。
アスターは笑顔のまま胸元から金色のペンダント……つまりエルネット達と同じ金級冒険者であったことを示す少し作りの古い飾りが取り付けられている。
それを見てエミリオが本当に感心したような顔で、彼の胸元に光る飾りを見つめて唸る。
「これは……かなり古いものですね、三〇〇年くらい前のものですか?」
「ああ、私が冒険者として活動していたのはそのくらい前だね……今でも籍が残っているといいのだけど」
冒険者組合は登録した冒険者の種族や年齢、名前、昇級の記録なども全て記録しているため支部に戻れば彼のことも聞けるはずだ。
とはいえ普通の人間が三〇〇年も生きることはないので、長い間連絡などが取れない場合は死亡扱いとして記録されることも多い……故人が生き延びて支部へとひょっこり戻ってくるケースもあるため例外も存在しているのだが。
それを悪用して他人の名義で活動したものも過去には存在したらしい……ただ、高位冒険者になればなるほど任務の危険度は増していくためメリットは少ない。
「金級であれば記録は残ってると思います、エルフとして申請されていたんですよね?」
「ああ、当時の仲間にもエルフが冒険なんて、ってよく言われたよ……もう全員亡くなってしまったけどね」
エルフと人間の寿命には大きな差がある……アスターも見た目は二〇代後半の男性のように見えるが、すでに三〇〇年を超えて生きているし、エルフそのものの寿命は一〇〇〇年を超えることもあり森の外へと出てくることはほとんどない。
寿命が長い分彼らは気が長く、寿命以外での死を極端に恐れる傾向がある……危険極まりない冒険者を目指すエルフなど本当に変わり者か、森の厄介者だけなのだ。
なぜかガーベラが腰に手を当てて胸を逸らすと、自慢げにアスターに手を添えてエルネット達へと語りかける。
「アスターはドラゴンを神技とも言える弓矢の腕で射抜いた英雄なのだ、貴様らのような人間が拝謁することすら烏滸がましいお方なのだぞ!」
「まあ同級の冒険者なら敬意を払うけどさ……お前は違うじゃん」
誇らしげな顔を浮かべていたガーベラに、リリーナが呆れ顔でツッコミを入れるが女エルフは頬を引き攣らせて青筋を立てながら黙って笑顔を浮かべ腰に差している小剣の柄を握る。
やれやれとばかりに首を振ったアスターを見てガーベラは舌打ちをしてから、黙って引き下がった。
ガーベラは相当に血気盛んな少女なのだろう、エルフは細身の体をしていることが多く、彼女も例に漏れず非常に細身で、顔立ちは気が強そうだが整っている。
「すまないアスター殿、リリーナもそれまでにしておけよ」
「ガーベラは人間を見るのが久しぶりなのでね……こちらこそ生意気なことを言ってすまない」
エルネットとアスターは気が合うのかお互いの顔を見て微笑むと、すぐに大通りの先に見えている巨大な樹木へと向かって歩みを早める。
蒼き森についてはアスターからある程度の話をされている……この森は人間の王国、つまりイングウェイ王国建国の前より存在している大陸でも有数のエルフの居住地となっている。
巨大な樹木……彼らはこれを創世の木と呼ぶらしいが、その樹木を中心として都市を建築しているのだという。
魔物などの襲撃を受けたことも数多く、王国に積極的に干渉することはしないが、同様に人間がこの森へと来れないように魔法による迷彩を施しているのだという。
「なのでここから退去する際も、契約を結んでもらうことになるだろうね」
「秘密を守るためであれば仕方ないな」
エルネットの返答に少し意外そうな表情を浮かべた後、「ありがとう」と微笑むアスター……結果的にエルフ達の秘密を守りきれずに、契約により身を滅ぼす人間も過去には存在している。
王国の子供達に読まれる物語にも、エルフとの契約を守れずに樹木へとその身を変えた少年のおとぎ話がよく知られており、エルフは呪いをかける、という間違った認識も田舎では伝えられていることもあるのだから。
エルネットはホッとため息をつくと、大通りの先に見える樹木を見つめて誰にも聞こえないように呟いた。
「……エルフの長か……どんな人なんだろうなあ……」
——森の中、エルフによる迷彩が施されているはずの場所に数人の人影があった……そしてその足元には、命を失い血まみれで倒れる数人のエルフの姿も……。
「あらやだ、殺しちゃったじゃないの」
漆黒の肌と山羊の角が生えた妖艶なる美女……快楽の悪魔メリチェイは指でつまむようにして、苦しげな表情を浮かべたまま絶命した男エルフの顔を持ち上げる。
引きちぎられた首からポタポタと血液が流れ出ているが、それを指で軽く掬ってから口元へと運ぶと何かに納得したかのように軽く頷く。
「……あらやだ、ではないのだメリチェイ……情報を引き出すために捕まえたのに、なぜお前は弄んで殺す」
「うるさいわねえ……第一臭いから近寄らないでよマシャル」
マシャルと呼ばれた直立するネズミ、薄汚れたローブを纏う死病の悪魔は呆れたような顔で、エルフの首を弄ぶメリチェイを見ている。
トカゲの顔をもつ禁書の悪魔は何事かを呟きながら、エルフの死体に向かってなんらかの魔法をかけており、その横で関心がなさそうに別の方向を見てぼうっとしている闘争の悪魔も立っている。
訓戒者から命じられ彼らはイングウェイ王国最大のエルフ居住地である蒼き森の外縁部へと足を踏み入れていたが、異変を感じ取ったエルフによる襲撃を難なく撃退していた。
第三階位の悪魔である彼らにとって、普通のエルフは反撃してくる食料程度の認識だ……何人来ようが敵にはなり得ない。
蒼き森の知識は彼らにはないが、数多くの命がこの近くにいることはわかっている、命を感知して殺戮を繰り広げることが彼らの存在意義でもあるからだ。
だが、今回は目的がある……シャルロッタ・インテリペリという強き魂の存在を抹消し、首を持ち帰ること……エルフどもを皆殺しにしたらそいつは出てくるだろうか?
禁書の悪魔が口元から青い舌をチラチラと覗かせながら立ち上がると、他の悪魔を見て口元を歪めた。
「……見つけた、大量のエルフもそこにいる……まずは腹ごなしの野菜バーと洒落込もうぞ」
_(:3 」∠)_ 野菜バーなう
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