(幕間) 竜殺し 〇五
「……説得できんとなったら今度は腕力か……人間は野蛮でいかん、だがお前のその目に宿る炎……それは私にとっても興味深いものだ、故に了承した」
「そりゃどう……もガッ!」
レッドドラゴンは口元を歪めて笑う……それは竜が相手を認めて戦いを受託した時に見せる笑い、わたくしはその瞬間にまるで反応できないドラゴンの鍵爪の薙ぎ払いを受けて大きく横へと飛ばされる。
まだ一四歳に満たないわたくしは同い年の女性と比べても体重は軽めである、回転する視界に一瞬混乱するも肉体には痛みなどなくむしろ人の体であれば引きちぎれてしまうような一撃すらいつの間にか復活していた防御結界により無傷で済んでいる。
空中で回転しながら魔力を集中させる……詠唱なしで魔法を使うのは本来あるべき効果が出なかったりもするのだけど仕方ない、わたくしの足元に白く輝く魔法陣が出現し、まるで磁石で張り付いたかのように空中に静止する。
「……まだ本調子じゃないのか……でも戦えるわ」
「グワハハハハッ! やはりな! お前は強者だ! よかろう一撃を食らって死なないお前に名乗ろう……私はリヒコドラク、赤鱗のリヒコドラクだ!」
名乗りをあげるが早いか、リヒコドラクは口を大きく開くと炎を散弾のように撃ち放つ……竜の吐息の撃ちわけが出来るのか?!
そしてわたくしの目には放たれた炎は一発一発に必殺の威力が篭っている事が分かってしまう……魔法結界がないと一発で即死、いやかろうじて命を繋ぐこともできるかもしれないけど、相当に苦しむだろうな。
ま、そのくらいじゃないとドラゴンとは言えないよね……左手を掲げると数十の氷でできた弾丸を作り出して撃ち放つ……散弾には散弾、だけどわたくしの知っている魔法には拡散して攻撃を撃ち放つものは数少なく、一発一発の威力は竜の吐息ほど強くない。
「……やってやりますわよ! 氷結の槍ッ!」
だから……わたくしが放つ氷の弾丸はその一つ一つが本気で相手を貫くレベルの威力を秘めた必殺の攻撃になっている……超高速で撃ち出された氷の槍が飛来する炎と衝突すると、空中で爆発してあたりに爆風を撒き散らす。
その光景を見たリヒコドラクはニヤリと口元を大きく歪めた……こいつ、この世界に一定数存在する戦闘狂ってやつだ、魔獣であるからこそこういう性格はかなり厄介だ。
魔獣である以上人間よりそもそもの戦闘能力が高く、そして普通の冒険者では絶対に殺せない……本当になんでこいつに攻撃した奴がいるんだ、バカじゃないのか。
『ハハハハッ! これは楽しいッ!』
「わたくし万全じゃないのにッ! 破滅の炎!」
翼を羽ばたかせて再び拡散するブレスを撃ち放ったリヒコドラクに、わたくしは破滅の炎を連打で撃ち放つ……再び空中で双方の攻撃が激突し爆発四散するが、やはり本調子ではないわたくしの魔法の方が少し押され気味だろうか。
ドラゴンはその巨体からは想像できない速度で一気にわたくしへと肉薄する……なんて厄介な、と思う間もなくわたくしの防御結界に明らかに必殺の一撃……鋭いかぎ爪による攻撃が命中する。
凄まじい衝撃と再びわたくしは宙を回転しながら大きく上空へと飛ばされていく……視界がくるくると回転する中、わたくしはこれ以上好き放題させないために姿勢を制御しつつ右腕を深く引き絞る。
「——我が拳にブチ抜けぬもの無し……」
わたくしは空中に静止すると同時に狙いをつけて全身の力を拳へと込めていく。
敵も予想していたのか、口元に笑みを浮かべたままわたくしのいる地点までその巨大な翼を羽ばたかせて突進してくるリヒコドラク、先ほどまでの攻防でわたくしの防御は魔力で無理やり強化していることも理解しているのだろう。
その上でそれ以上の攻撃を繰り出し、確実にわたくしを殺そうとしている……とんでもない脳筋ドラゴンだ、こいつは強い……そしてわたくしと同等レベルの戦闘狂だ。
わたくしの口元に笑みが浮かぶ……いいわよ、やってやんよ! 後どうなろうと知ったことか、わたくしの目の前で大きく口を開いてこちらを殺しにかかってくるドラゴンをブチのめしてやろうじゃないか。
『……クハハハッ! 小娘……貴様は強いな、だが生物の頂点たる私が貴様のような人間に負けることはないッ!』
リヒコドラクが迫る……生物の頂点? 確かにトゥルードラゴンは強い、人間では倒す事が難しい魔獣の一つではある……だがそれは普通の人間が戦ったらの話でしかない。
ああ、ドラゴンは強いよ……その鱗は剣を通さない、圧倒的な硬度としなやかさを持っている……その翼は空を飛ぶどんな鳥よりも早く、優雅に飛行する。
かぎ爪は鉄の鎧を簡単に引き裂き、人間を容易く真っ二つに千切ってしまう……噛みつきは巨人すら一撃で殺すだろう、だが……。
「リヒコドラク……わたくしと出会ったのが不運ね?」
『何をバカな……人間ごときがトゥルードラゴンを殺せるとでも?!』
「殺せるわ、わたくしならね? 拳戦闘術……大砲拳撃ッ!」
「……な?!」
わたくしの音速を超える拳が撃ち出される……衝撃波が空間を貫き大気を震わせ、そして巨大な体躯をもつトゥルードラゴンへと衝突すると、そのままの勢いで地面を抉り爆発音と共に土煙と土砂を撒き散らしていく。
うーん、威力は本気の時と比べるとさほどでもないけど十分ドラゴンを倒せるだけのダメージは出せるってことか……まあ、今はこの程度で満足するしかないな、下手をすると何もできずに死んだ可能性すらあるのだから。
次の瞬間わたくしの魔力が不安定になったのか、次第に足元の魔法陣が明滅を繰り返すようになっていく……こりゃ潮時か、わたくしはゆっくりと地上へと降り立つと大きくため息をつく。
疲労が激しい……だがわたくしはまだやらねばいけないことが残っているため、そのままそれまで息を潜めてぶるぶると震えたままの彼へと声をかける。
「ティーチ、いるんでしょ……死んでないですわよね?」
「……あ、あんた……ロッテ……いやシャルロッタって……あの……その……」
「おしゃべりは結構……それより貴方は口が硬い方かしら?」
「……い、言わない……まさかお前があの……いやドラゴンを一撃で殴り飛ばすような女なんて……ひいっ!」
「ユル、やめなさい……わたくしは無事よ、ティーチは案外紳士的だったわ」
ティーチは先ほどまでの強気な態度はどこへやら、完全にわたくしの顔を見て怯え切っているしなんなら少しズボンが濡れてしまっているのか、股間の辺りから匂いを発しているのがわたくしの感覚にもわかってしまっている。
だがその背後に黒く大きな毛皮……いや怒りに満ちた瞳で彼をじっと見つめる巨大な幻獣ガルムの姿を見て、泣き出しそうなくらいの表情になってしまっている。
「……シャル、こいつは貴女に良からぬ劣情を抱いているのでは? それは許せません、今ここで八つ裂きに……」
「そうだったとしてもせっかく生き残る事ができた彼を無碍にすることはないでしょう? ティーチ、貴方がくれた薬湯ありがたかったわ、だからね……」
ティーチはわたくしとユルを交互に見ながら必死に頭を上下に振る……彼はこう怯えているけど、わたくしは彼を殺そうなんて思ったりはしていない。
マカパイン王国……イングウェイ王国の隣に位置し国境はインテリペリ辺境伯領に隣接しており、昔から国境紛争で色々な揉め事を抱えてきた国の一つだ。
おそらく斥候部隊が領内に入ってきたということは偵察と領民の拉致を目的にしていたが、彼自身はそれに対してかなりイラついている様子を見せていた。
「わたくしと契約しましょう、魔法を使って……お互いの秘密を守り、お互いを尊重するお友達として」
「と、友達……? 俺は確かにアンタを汚すようなことはしなかったけど……どうして命を助けるんだ?!」
「そりゃあ……わたくしに情報をくれるいいお友達ができるならそれに越したことはないじゃない」
わたくしが満面の笑みで彼に向かって微笑むと、その笑みが何を意味しているのかを理解したのかティーチは急に青ざめ、その場で死にそうなくらい恐怖と安堵とそして不安が入り混じった表情に変化していく。
つまりわたくしが求めているのは彼をマカパイン王国内へのスパイとして……わたくしの協力者として活動させるということに他ならない。
わたくしは軽く髪をかき上げて彼に優しく微笑むと、指を口元に当てて軽く首を傾げる「お願いシャルロッタちゃんポーズ」を見せつつ。最大限の優しい声で語りかけた。
「シャルロッタ、優しいティーチにお願いがしたいな? 聞いてくれるでしょ? ……裏切ったらカエルになるだけだから、大丈夫怖くないよ♡」
——マカパイン王国に一人の英雄が誕生した。
「竜殺し」ティーチ・ホロバイネン、若者は王国斥候部隊に所属する兵士だったが、仲間を屠ったドラゴンへと単身で勇猛果敢に挑み、そして見事打ち取りその証明となる爪を持ち帰ったことで、公式に認められた戦士となった。
彼は言う「俺には戰の女神がついていた」のだと……彼は何度も死にかけたが、戰の女神が顕現し彼へと助力したとされている。
だが彼はこうも話した「竜の呪いでこれ以上は詳しく話す事ができないのだ」とも……だが竜の爪を持ち帰った功績は計り知れず、彼は斥候部隊の一員から王国貴族へと格上げされるとマカパイン王国にこの人ありとされる有名人として社交界へと引っ張りだことなった。
彼の所持していた名もなき剣でどうやってドラゴンを撃ち倒す事ができたのか……それは後世の歴史家でも解明できない大きな謎として語り継がれることとなった。
_(:3 」∠)_ 結果的にはワンパンで沈めるわけで……やっぱりサイキョー。
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