第九九話 シャルロッタ 一五歳 王都脱出 〇九
——王立図書館はイングウェイ王国に伝わる様々な記録や文献を収めた公共施設の一つだ。
「これでもなさそう……これも違う……」
わたくしはエルネットさんとリリーナさんと共に王立図書館へと入り、過去の文献を確認している。
ここは公共施設とはいっても一般市民は入場できない場所であり、貴族家による身分証明なんかが必要らしいがさすが金級冒険者というべきか「赤竜の息吹」はすんなりパス。
むしろわたくしはここにきたのが初めてだったこともあって、彼らよりも丹念に身分証明などを求められ、なんだか倍くらい疲れた気分で調査を開始することになった。
「あー、もう甘いものが欲しいですわ……最初っからあんなことになるとは……」
「ここの衛兵達は第一王子派なんでしょうね……だからシャルロッタ様に少しでも嫌がらせがしたかったのよ」
リリーナさんが隣で神学に関する書類を開きながらわたくしへと話しかけてくる。
身分証明をしている間の衛兵達の表情というか、視線がとても気持ち悪かった……ジトっとしたあの視線や、どこ見ているのかはっきりわかるあの感覚はいつまで経っても慣れない。
一度確認だ! とか息巻いてわたくしの長い髪の毛を触ってきた時にはさすがにキレそうになった……リリーナさんがタイミングよく割り込んでブチ切れたのでお淑やかなご令嬢というイメージは壊さずに済んだけど。
「……それにしてもわたくしに嫌がらせをして後で報復されるって思わないんですかね……」
「インテリペリ辺境伯家はどうかわからないけど、衛兵程度じゃシャルロッタ様が報復したって話はなかなか聞かないでしょ? だからああいう態度に出るのよ」
「それこそ誤解も甚だしいですわ……」
わたくしの返答に「違いない」と笑うと、確認し終わった本をまとめて返すためにリリーナさんがいくつかの本を抱えて立ち上がる。
一応わたくし貴族の間では「嫌がらせするとガルムを連れて屋敷を破壊しにくるやべーやつ」って扱いになっているんだけどな……まあ、受けた屈辱は今度倍返しでもするとして当面はそんな些細なことに構っている暇などないのだ。
文字の読み過ぎでキリキリと痛む頭を軽く叩きながら、次の書物を軽く開いて何ページが流し見していく……混沌に関する文献は思っていたよりもあった。
だけど内容はスカスカで訓戒者に関する内容など全くといっていいほどなかったのだ、むしろ不自然なくらいに。
あれだけの存在混沌に関する研究なども文献に残されているのに、眷属の情報などもびっくりするくらい少なく悪魔に関する学問なども数えるほどしかない。
まるで削除でもされているのだろうか……と疑いたくなるくらい混沌に関する情報が少ないのは意図してコントロールされているからだろうか?
うーん……無いものを探しても仕方ないのかもなあ、と考えているとコトリとわたくしのそばに芳醇な香りを立てる紅茶が入ったカップが置かれる。
あれ? こんな気の利いたサービス、図書館ではないはずなのに……とカップを見ていると、不意に背後から声をかけられた。
「探し物は見つかったかな?」
「……え?」
その声は少し前に聞いたばかりだったが、もう遠い過去のようにも思えるくらい懐かしいものだった。
振り返るとそこには半分空間に溶け込むような半透明の体を持つ生霊のようにも見える元勇者スコット・アンスラックスその人だったからだ。
ここ図書館よね? と周りを見渡すと驚くべき変化が生まれている……全てが灰色の空間と化しており、本を抱えているリリーナさんや、若い司書の女性になぜか言い寄られて困った顔をしているエルネットさんは時間が止まったように静止している。
「スコットさん……ですよね? 神の御許へ行ったのでは?」
「前よりも柔らかい応答ありがとう、完全に滅びたと思ったのだがね……」
スコットさんはふわりとわたくしの隣へと滑るように移動すると、優しく微笑む……成仏という概念はこの世界にはないが、神の御許へと送られるという概念は存在している。
わたくしの感性からすると「成仏」に近いものではあるが、あの時わたくしの一撃で仮初の肉体は完全に破壊していたはずで魂が残ることもなかったような気がするのだけど。
スコットさんは自分の分のカップをどこからともなく取り出すと、一口啜ってから満足そうに一度頷く。
「実は女神様より言伝をもらって私がメッセンジャーとなることを許された」
「……なんであの女神様、自分で来ないんですかね」
「お忙しいのだよ、特に君を中心とした状況の変化が著しく、世界の綻びを止めるのに躍起になっていらっしゃる」
「直接きたらぶん殴ってやるところでしたのに、スコットさんではそうもいきませんわね」
それを聞いて「ありがたいね」と笑うとスコットさんはかなり真剣な顔でわたくしをじっと見つめる。
生霊のように見えるとはいえ、彼の顔はかなり整っている……何というか映画にでも出てきそうな超イケメンのため、ほんの少しだけ羨ましい気分にさせられる。
わたくし女性に転生してんのになあ……ラインの時だって全くイケメンだなんて言われたことないんだぞ、いうほどひどくないと思ったけどそれでも素朴そうな青年だったてのはあるけどな。
「さて、君が今抱えている混沌に関する知識……私から伝えようと思っている」
「……それはありがたいですわね、王国には全くそういう知識が蓄積しておりませんでしたので」
「破棄させられているようだからね、ある年代を境に……」
スコットさんは軽く手を振ると一冊の古めかしい本を出現させる。
その本は少し不思議な装丁で何かの皮膚をなめしたかのように奇妙な光沢を放っているものだ……彼がその本をテーブルの上に置くと、表紙に書かれている文言でわたくしは少しギョッとする。
その文字はまるで生きているかのように蠢く何かで構成されており、不気味な色合いに混ざり合う不思議なインクで書かれていたからだ。
「……これ生きてます? ええと……蠢く王国? なんですのこれ」
「今から六〇〇年ほど前に書かれた書物だ、これを手に入れるのにはかなり苦労してね……焚書になるところを拾い上げた」
焚書……この世界でも焚書なんてあるんだな、とは思うが実はそれほど珍しい事態でもないのかもしれない。
図書館にきて思ったけど……イングウェイ王国に残された書物には過去の歴史などが王国の側からの記載であるものしか残されていない。
王国の拡大期にもいくつかの国が存在していたはずなのだけど、記録上は名前は残っているがどういった文化があったのかとか、民族がどうという記録は全くなかったりする。
この国は勝った側なのでそういったものを残すような意味を感じなかった可能性があるし、残っていると厄介なものも存在していたのだろう。
「君が考えている通り、混沌に関する文献はそれに合わせて燃やされたり破棄されたこともある、それも意図的にだ」
「……そういうことになりますよね」
「ああ、しかもそれを主導したのは王国となっているが実はそうではない、世界の裏側にいる混沌の眷属たち、訓戒者による策謀も働いている……」
スコットさんによると訓戒者は一〇〇〇年前にも存在しており、特にあの闇征く者と知恵ある者はスコットさんとも戦ったことがあるのだいう。
うん、そういうのは先に言って欲しかったな……とはいえわたくしと戦ったあと彼の肉体の崩壊がやたら早く、彼も全てを伝えられないことを後悔していたのだという。
それを女神様に相談して今回のメッセンジャー役を仰せつかったと、そういうことね。
「まあ、もっと早くきて欲しいなって気分にはなってますよ」
「未だ彼らが世界を手に入れようとしているとは思わなかったんだよ、女神様もこの世界は平和だと思い込んでいたし……」
女神様からすると停滞したこの世界マルヴァースは、多少の乱れはあるものの表立って何かが起きているとは思っていなかったのだという。
別の世界は魔王という存在が世界を滅ぼしかかっていたので、対応が忙しかったこともありまあこちらを放置していたのだとか。
職務放棄としか言いようのない話ではあるが、ワンオペで二つの世界で起きていることを対処しろと言われてもなかなかに難しいのだろう、女神様という存在であってもだ。
「レーヴェンティオラという世界から魔王が滅びたことで、魂が傷ついていた君は女神様からこの世界で休むように言われたはずだ、それにより神格を上げより高い存在へと導く……そんな筋書きだったようだな」
「……まあそうですわね、でもこの姿になるとは聞いていませんでしたわ」
「女神様に言わせると、可愛いのだからいいだろうという判断らしい……なんで拳を握りしめているんだ?」
「なんでもないですわ」
笑顔でメリメリと拳を握りしめているわたくしにスコットさんは不思議そうな表情で問いかけるが……そうか彼はわたくしの前世が男性だとは聞いていない、前も女性だったんだろうと思っている可能性もあるな。
書物を見てふうっと大きく息を吐いたわたくしを見て、スコットさんは優しく微笑むとゆらりとその姿を消していく。
あれ? また途中で消えそうになっていない? わたくしが思わず椅子から立ち上がるとスコットさんはわたくしの肩へと両手をおいて優しく笑い、消滅していく。
再び周りの景色に色が戻っていく……人の話し声やエルネットさんが困り果ててリリーナさんを呼ぶ声などが遠くから聞こえてくるような気がしてわたくしはめまいのようなものを感じて再び椅子へと腰を下ろす。
そんなわたくしの耳元でスコットさんが囁いたような気がした。
「この書物、君に預ける……ここに訓戒者について書かれている、全てではないが……だがこの情報があれば君ならなんとかなると考える……頑張ってくれ、異世界の勇者よ」
_(:3 」∠)_ ガルム連れて屋敷を放火する貴族令嬢Sさん(15)
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