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第九八話 シャルロッタ 一五歳 王都脱出 〇八

「……大丈夫なんですの?」


「ええ、すっかり体も動くようになりましたよシャルロッタ様」

 わたくしの前でニコニコと笑顔を浮かべているエルネット・ファイアーハウス……「赤竜の息吹」リーダーである彼は、本日は鎧姿ではなく少し仕立ての良い平服を着用しているが、この姿はあまり見ないのでちょっと珍しいなと思ってしまう。

 エルネットさんは先日の暴力の悪魔(バイオレンスデーモン)事件で大怪我を負い、一時は冒険者活動の危機とまで言われていた状態だった。

 しかし元々彼が持っていた生命力、回復力が尋常ではないのだろう。あれよあれよという間に彼は歩けるようになると、治療院の神官達が驚くくらいの回復を見せている。

「ほ、本当に大丈夫ですか?」


「大丈夫ですよ、もう剣を使った訓練も再開しています」

 にっこり笑って軽く袖をまくるとムキっと(ちから)コブを見せてくれるエルネットさんだが、あちこちに包帯を巻いたままなので本当かよ?! って言いたくなるような状況ではあるのだけど。

 だがわたくしの目から見ても元気そうな状態であるのはわかる……生命力に溢れているし、顔色も相当に良いので本当に暇を持て余していそうな気もしなくもない。

 まあ「赤竜の息吹」で活動可能なのはエルネットさんとリリーナさんだけで、エミリオさんはまだ動けないしデヴィットさんも同じように回復にもう少し時間がかかるとかなんとか。

「本当は全員揃ってから依頼をかけようかと思ったんですけど……」


「あの調子じゃまだまだかかりますよ、デヴィットは罰で数日お手伝いするみたいですし」

 お見舞いに行ったらエミリオさんは動けないことを悔やんでいたが、デヴィットさんは何故か収納魔法の訓練をベッドの上でやっていて神官達にめちゃくちゃ怒られてた……。

 なんでもコップを消しちゃったとか、経典を収納しようとしてズタズタに切り裂いたとか……何やってんだよ、とは思ったけど仕方ないので心付けを治療院に渡して事なきを得た。

 改めてエルネットさんの顔を見るが、満面の笑みで大丈夫です! という文字が顔に書かれているかのようだったため、まあいいか……と軽くため息をついてから営業用スマイルで微笑む。

「わかりました、私の護衛と合わせて一緒に行動していただくでいいですか?」


「ぜひ、淑女の護衛は騎士の誉と言いますし」

 まあ本人がやる気あるなら仕事振らなきゃな……どちらにせよ彼らが行動不能になっているとその間の生活費などはインテリペリ辺境伯家の持ち出しになっちゃうし。

 言い方はすごく良くないけど……働かない冒険者を雇い続けているのはあまり財政的に良くない、金級冒険者の日当は兵士よりもはるかに高く設定されている。

 働ける状態なのに働かせないのは冒険者側にも雇い主との契約を破棄できる条項として設定されているし、何より労働基準法など存在しないこの世界、「働かざる者食うべからず」という精神はとても一般的なのだ。

「……まあでも無理はさせられないですよね、調査の依頼もあるのですけど……」


「調査ですか?」


「はい、先日現れた訓戒者(プリーチャー)……あれについて調査をしようかと」

 その言葉にああ、と納得した様子でエルネットさんが頷く。

 混沌に関する記録、文献というのは実はそこまで数が多くない……宗教的な文献であれば「汚泥」とか「汚物」とか色々な表現で記載はされているが、その実混沌とは何であるか? という部分まで踏み込んで書かれたものはない。

 いや書かれてない方が普通だとは思うのだけど、それでも記録があまり残っていないというのはなんらかの操作がされているのか、本当にそういった危険がなかったのかのどちらかだと思うのだ。

「ああ……それならば自分もお手伝いできそうですね」


「はい、わたくしも久しぶりに図書館へと足を運びたいですし、護衛がてら一緒に参りますか?」


「お許しいただけるのであれば、リリーナもお供させていただければと」

 エルネットさんがその出自に相応しくしっかりとした一礼を見せる……うん、男前だな。

 わたくしは立ち上がると「じゃ早速いきましょうか」と彼へと声をかけてソファから立ち上がる……それに合わせてエルネットさんも微笑み、立ち上がるとわたくし達は部屋の扉を開けて廊下を歩き始める。

 ふと隣を歩く彼を見上げると、鍛えられた肉体は一流の騎士にも相応しくそして金級のペンダントが誇らしげに胸元に光っているのが見える。

 金級ペンダントか……冒険者ロッテは青銅級から一歩も動いていない、まあ活動自体を全くやっていないのだから仕方ないのだけど、それでもここ最近の騒ぎは冒険者活動などできるような状況ではないかな。

「あれ? エルネットさん、虫か何かに刺されました?」


「……え?」


「ほらここ、赤くなっていますよ……数箇所ありますね」

 わたくしはふと彼の首元にいくつか虫刺されのように見える赤いなにかを発見して、彼の首元に手を伸ばす。

 これはなんだろう……? 虫刺されにしては腫れてないしなあ……とそっと首筋についたその赤い部分をなぞるが、エルネットさんが少し間を置いた後に、急に顔を真っ赤にしてからわたくしの手を握って首筋から引き剥がす。

 ん? なんで彼は急に恥ずかしそうな表情になってるんだ? とわたくしがキョトンとしていると、エルネットさんはしどろもどろになりながらもわたくしの手を両手で包んでなぜか弁解を始める。

「あ、その……ッ! これは虫刺されなどでは……あの……広義の意味では刺された、いや違う! その乱暴に手を握ってしまい申し訳……ッ!」


「……そうですか? なら平気ですかね」


「は、はい……ッ! だ、大丈夫です……!」

 エルネットさんは普段よりも慌てたような表情で、なんだか泣きそうな表情で慌てふためいているが普段絶対に見れないような姿を見てなんだか可笑しくなってしまいわたくしは吹き出してしまう。

 笑うわたくしを見て最初は困ったような顔をしていたエルネットさんだが、釣られて笑い出す……邸宅の使用人達が笑いながら歩いているわたくし達を見て不思議そうな顔を浮かべているが、それには構わずにそのまま廊下を歩いていく。

「あははっ……エルネットさんが慌てるの初めて見ましたよ、珍しいもの見られて嬉しいですわ」




「目障りな辺境伯から狙う、これは決定事項で良いな?」

 薄暗い部屋の中で数人の男性がテーブルの上に灯る蝋燭の火を前に神妙な顔で相談している。

 辺境伯……クレメント・インテリペリは武闘派貴族として名高く、彼本人も武人としてだけではなく剣の達人としても知られている。

 下手に手を出しても貴族が雇える傭兵や荒くれ者では簡単に返り討ちになる可能性が高い……なんらかの形で戦闘能力を奪ってしまえばいいのだが、彼の護衛を務める騎士達も手だれが多く、そう簡単に近づかせてはくれないだろう。

「……辺境伯を襲うにしても時と場所、そして人数が必要だ」


「人数を集めて襲うのは下策だな……逃げられる可能性が高い」


「確実な一手が必要だ、それこそ死ななくても当分動けなくなればいい」


「襲撃後、退避する目標に気がつかれずに接近し、確実に仕留める役が必要だ」

 真剣な眼差しで計画を話し合う男達はフードを深く被り、顔には仮面をつけているが着用している服装は豪華なもので、彼らの身分が非常に高いことがわかる。

 上座に当たる席には一際美しい刺繍の入った外套を纏った人物が座っており議論の行方を見守っている……テーブルの上には王都の地図と、幾つもの駒が置かれ議論に合わせて竜を模した駒の周りを囲んでいく。

 その様子を見守っていた一際豪華な外套を纏った人物が、何度か頷いた後にポツリと口をひらく。

「最後の一撃を入れるのは、こちらで用意している」


「……すると訓戒者(プリーチャー)から助力が得られるということか?」


「ああ、エンカシェ信徒を貸し出してもらった」

 混沌神エンカシェの信徒という言葉はそのままこの世界においても「暗殺者」を意味している。

 イングウェイ王国には大掛かりな拠点は存在せずエクソダス帝国の辺境に位置する砂漠地帯、その砂漠の奥にあると言われる彼らにとっての聖地に大規模な教団の施設が存在している。

 歴史の中においてエンカシェ信徒は記録にあちこちに出てくるメジャーな存在でもある。

 貴族同士の争いにおいてエンカシェ信徒を雇い入れ相手が「病死」してもらうなどの搦め手を好む貴族も多いため、表向き禁止とされている教団が未だに一定の勢力を保持しているのは皮肉としか言いようがないだろう。

 一人の男が仮面の下で舌打ちをしてから吐き捨てる。

「……あの狂信者達をか……」


「……我らの教義は命をもらうだけ、狂信者とは残念でございます」


「……な! 曲者ッ!?」

 その男の背後にいつの間にか黒ずくめの装束を纏った人物が立っていることにそこで初めて気がつき、上座に座る男性以外が一斉に立ち上がって腰の剣へと手をやるが、その人物はゆっくりと頭を下げると深く被っていたフードをおろしてその素顔を顕にする。

 グレーを基調とした肌色はすでに人ではない印象を与えているが、特徴的なのは美しいが混沌の象徴である黄金の瞳、大きく尖った耳が伝説の中に生きるダークエルフであることを物語っている。

 年齢はすでにわからない……ダークエルフは伝説には一〇〇〇年以上生きるとも言われており、見た目は若そうに見えるが果たして見た目通りの年齢なのかわからないからだ。

「わたくしにお任せいただければ、辺境伯の身動きを取れなくして差し上げます」


「できるのか?」

 ダークエルフは歪んだ笑みを浮かべて微笑むと、一度頷く。

 エンカシェ信徒の牙である彼は何度も困難な場所での暗殺を成功させてきた手だれ……それゆえに絶対的な自信を持って今回の依頼を受けている。

 何よりも訓戒者(プリーチャー)よりの依頼は名誉とされており、失敗して死んだとしても甘美なる混沌の中へと招かれる資格を得ていると言っても過言ではない。

 もう一度ゆっくりと頭を垂れるとダークエルフは暗闇の中へと姿を消していく。


「襲撃は予定通りにお願いいたします、わたくしは最高のタイミングを持って辺境伯へと一撃を加えることをお約束させていただきます」

_(:3 」∠)_ そっかー、エルネットさんの首の赤い腫れって虫刺されだよね(白目


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[一言] エルネットさん…… リリーナさんにも聞いてみよう!
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