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第九三話 シャルロッタ 一五歳 王都脱出 〇三

「おはようシャル〜」


「おはようターヤ」

 再開された学園へと登校する道中、笑顔で駆け寄ってきたターヤへとわたくしは微笑む。

 学園も数回の停止を乗り越え授業が再開されているが、教師陣の間では「今年は何でこんなに……」という言葉が囁かれている。

 例年小さな事件や事故などは存在しているが、襲撃事件だけでなくテロ未遂などの大掛かりな事件が勃発したことは学園の歴史上初めてということで、対応に追われ続けていた。

 貴族の子女を預かることもあり一時期は学園運営に対する不満や非難なども多く見られたのだけど、現在ではそういった声はある程度収まっていて授業は通常通りに行われている。

「……これは殿下の婚約者様とそのお連れですね、どうぞ」


「はい、いつもお疲れ様です」

 学園に入る前に衛兵による学生証の確認が必要となったため入り口はかなり混雑するようになっているが、衛兵はわたくしの顔を見ただけで一度頭を下げるとそのまま顔パスしてくれ、わたくしとターヤは特別に用意されている小さな門を抜けて学園へと入っていく。

 そんなわたくし達を見て他の学生からの不満そうな視線が突き刺さるが……まああの大渋滞を待っているといつ入れるかわからないしなあ……。

「毎朝本当にいいのかなあ……」


「あまり良くない気もしますわね……でも、有名になりすぎてわたくしが望まなくても忖度されてしまうし……」

 ターヤの言葉に確かになあ……という気にはさせられる。

 クリスの婚約者として扱われることにはかなり慣れてきた……特に一緒にいなくても顔は完全に覚えられてしまっているので、こちらが望まなくても色々気を遣ってもらうことが増えている。

 それと同時に「なんであいつだけ」という妬みや嫉妬の視線も増えてきた気がする……物語の中でわがままいっぱいに育ったお姫様が民衆の恨みを買って最後に処刑される、なんて話も多く存在しているがこうやって人の恨みは蓄積されていくんだろうなと現在進行形で何か良くないことが積み重なっているのをひしひしと感じる。

「でもシャルは自分からそういうこと絶対に言わないよね……それをわかってほしいなとは思うんだけど……」


「結果的に忖度されてしまっているのだから、口に出さなくても妬みは感じますわ……なんらかの形で誤解を解ければいいのだけどね」


「おい、シャルロッタ……それとターヤ嬢今日も良い天気だな」

 後ろから声をかけられてわたくしとターヤは同時に振り向くが、そこにはミハエル・サウンドガーデンが笑顔でこちらへと小走りで向かってくるところだった。

 ターヤは笑顔でミハエルに手を振ると、彼はにっこりと笑顔を浮かべて彼女へと微笑むが……わたくしは不満ありありの表情を浮かべてしまう、呼び捨てって相変わらず失礼だなこいつは!

「た、ターヤ嬢と呼ぶようになったのはいいのですが……なんでわたくしのことは呼び捨てなんですか?」


「……もうミハエル様、シャルにも優しくしてくれないと困りますよ」


「そうか、ターヤ嬢がいうなら改めよう……おはよう辺境の翡翠姫(アルキオネ)

 ターヤが少し膨れっ面でミハエルを嗜めると、彼は急に態度を変えて少し気恥ずかしそうな顔で頭をボリボリと書いてから改めて頭を下げてきた。

 ミハエルとわたくしの関係はこれでも以前よりは全然良くなっているからな……それもこれも暴力の悪魔(バイオレンスデーモン)事件をわたくしが派遣した、ということになっている「赤竜の息吹」によって解決したことが大きい。

 サウンドガーデン公爵領で被害にあった村落へはインテリペリ辺境伯家からも支援することになっており、第二王子派の筆頭である両家の結びつきがより強くなっている。

「クリス……殿下は一緒ではないの?」


「殿下ならすでに生徒会室へ向かっている、あの方も忙しいからな……」


「まあ、そうですわね……」

 クリスは再開した学園の授業と生徒会の往復だけで忙殺されてしまっており、以前のように空いた時間でお茶をするなどの時間がとりにくくなっている。

 さらに彼には公務の一部を担当することになっており、本人曰く「最近シャル成分が足りない」とのことだが、成分ってなんだろうね?

 わたくしはサプリメントとかそういうのではないのだけど……ただ、クリスがわたくしと会いたがっているということはマリアンさんが手紙を持ってきてくれたりすることで理解はしている。

「……今殿下のこと考えてたでしょ?」


「な、う……そ、そんなことはない……ですわ」

 ターヤが少しだけイタズラっぽい笑顔を浮かべてわたくしに問いかけるが……不意打ち気味だったためにわたくしは思わず顔が熱くなる。

 そんなわたくしを見てターヤだけでなくミハエルも何故かやれやれと言った表情を浮かべているが、な……なんなんだよ君ら、そういう表情で人を見るのは良くないな!

 ムッとした表情を浮かべたわたくしを見て、二人はお互い顔を見合わせるとクスッと笑ってからターヤはわたくしへと微笑む。

「……ダメダメ、シャルってすごくわかりやすいもん、大好きな人がいるって本当にいいよね♡」




「シャルロッタ・インテリペリッ! 今時間あるかしら!」


「……あ、これはどうもソフィーヤ様、どうかされました?」

 昼食を終えて食後のお茶を楽しんでいたわたくしにソフィーヤ・ハルフォード公爵令嬢が話しかけてきた……というか、彼女から話しかけてきたのは二回目でしかなく、普段はほとんど接点がない令嬢なので、一瞬誰だっけ……と考えてしまったのはここだけの秘密だ。

 彼女はわたくしの対面にドスッ! と腰を下ろすが、それに合わせてわたくしの周りに数人の令嬢が取り囲むように立っている。

 彼女達は第一王子派に属するハルフォード公爵家に連なる伝統的な貴族家の令嬢達だ。

「……本当になんのご用でしょうか……?」


「まあ、お嬢の話を聞いてやってくれよ、殿下の婚約者様……」

 栗色の長い髪に気の強そうな表情を浮かべてわたくしへと話しかけてきたのは、スティールハート侯爵家のナディア・スティールハート。

 スティールハート侯爵家はその出自からして少し怪しい貴族家の一つで、開祖であるマルムスティーン一世の腹心であったと伝えられるが、貴族家として名が知られるようになったのは盗賊組合(シーブズギルド)の元締めとして歴史上に名前が出たのが最初であると言われる。

 まあ、あんまり付き合いたくない家の一つなんだよね……以前わたくしを攫おうと画策していた革新派(ビドア)の裏にはこの貴族家がいたともされているが、さて真相はどうなのだろうか。

「は、はあ……で、ソフィーヤ様はどう言ったご用件で……」


「この度私聖女に認定されたの……聞いているかしら」


「へ?」

 ソフィーヤは満面のドヤ顔で胸を張って宣言するが……聖女? 聖女ってあの聖女……?

 この国は女神を信仰する聖教が統一教として認められており、一応わたくしもこの信徒ということになっている。

 まあ全然信じてないんだけど……だってこの世界にわたくしを送り込んだ張本人がこの女神様なのだから。

 ただ「信仰していない」なんて口に出した瞬間に火炙り極刑拷問など考えられるあらゆる責苦を加えてくるのだろうな、というのが容易に想像できるためわたくしの本音は一切出したことはない。

「だからあ、聖教における聖女に私が認定されましたのよ?」


「そ、それはなんというか……おめでとうございます?」


「さすがお嬢です! 素敵!」

 ナディアが満面の笑みで拍手を始めると、周りのご令嬢達も一斉に拍手を始める……一種異様な雰囲気となっている謎空間に、他の生徒は近づきたくないという表情を浮かべてわたくし達を遠巻きにチラチラと見ている。

 聖女……前世においても聖女はわたくしの旅の仲間にいた神聖なる加護を操り奇跡を起こす神の使徒であった。

「赤竜の息吹」のエミリオさんも加護を得ており、治癒の加護など複数の奇跡を起こすことができるのだけど、彼ですら前世の聖女のレベルとは隔絶の差がある。

 わたくしの知っている聖女は一瞬で仲間の傷を癒やし、その眼光だけで不死者(アンデッド)を消滅させるような規格外の存在だったからだ。

「うふふ……ありがとうみんな……それでねシャルロッタ、わたくし思いましたのよ?」


「はあ……」

 なお、イングウェイ王国における聖教の抱えている戦闘部隊である神聖騎士団の団長は歴代ハルフォード公爵家によって継承されてきている。

 彼女の父親は神聖騎士団団長マルキウス・ロブ・ハルフォードであり、その娘となれば神職としてはかなりのレベルにあるはずなのだが……残念なことに現時点の能力としてはエミリオさんに及ぶようなものではなさそうだ。

 だがソフィーヤはとてつもなく獰猛な笑顔でわたくしの後ろにいた別の令嬢……マンソン伯爵家令嬢ラヴィーナ・マリー・マンソンと、女性にしては背の高いモーターヘッド公爵家令嬢ヘンリエッテ・モーターヘッドがわたくしの肩をガシッと掴んだ。

 う……この配置で立っていたということは最初からこのタイミングを待っていたということか。

「聖女として最初の仕事は、お前の契約している()()()()()()()()()()しようと思うのよ」


「……本気ですか? 先日の査問にいらっしゃいましたよね?」


「その契約者であるシャルロッタ……お前も背教者として認定してやろうかしらね……うふふ」

 だがソフィーヤはパチン! と指を鳴らすとわたくしの肩を押さえ込んでいた二人の令嬢がパッ、と手を離す……わたくしはほんの少しだけ残念な気分に駆られる。

 こいつは宣戦布告、ということか……ソフィーヤのハルフォード公爵家は第一王子派へと鞍替えした、これはクリスに「王位継承の資格なし」という態度を明確にするためだと言われている。

 これにより第一王子派は名実ともにこの国で最大の派閥へと成長した……日和見主義の貴族たちもある程度アンダース殿下支持に移っている。

「……そうなったら我が家がアンダース殿下には決して与することはなくなりますよ……」


「……ま、この辺にしておいてあげる、身の振り方を考えておくのね」

 だが、わたくしはクリスが王位を目指すと宣言したことを知っている……それ故にインテリペリ辺境伯家含め第二王子派は明確に対決姿勢こそ取っていないがそれでもこのままでは負けられないという気持ちは持っている。

 ニヤニヤと笑いながらソフィーヤは椅子から立ち上がると、扇を懐から取り出して軽く仰いだ後口元を隠し、くすくす笑いながらその場を立ち去っていく。

 わたくしは深くため息をつくと、少し冷め始めているお茶を飲み干す。


 ——思えばこの時の彼女の言葉が、その後の国のありようを大きく写していたと知るのはずっと後のことだった。

_(:3 」∠)_ 本当は聖女としてクリストフェルを助けたかもしれない令嬢が今……真の聖女へと!!


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