第九一話 シャルロッタ 一五歳 王都脱出 〇一
——貴族専用エリアにある高級カフェ……テラス席に座っている二人の女性に注目が集まっている。
「うーん……サウンドガーデン公爵領で公爵の権威復活、領内の綱紀粛正を図る……へー……あ、ミハエル様も載っているわね」
王都発行の新聞オデッセイの一面には先日サウンドガーデン公爵領で起きた悪魔による殺戮事件と、その解決に次男ミハエル・サウンドガーデンと「赤竜の息吹」の活躍について書かれている。
特に第二王子クリストフェルの婚約者シャルロッタ・インテリペリと交渉し「赤竜の息吹」を借り受けたことに対する慧眼、先見性などが高く評価されている。
この行動力は今後公爵家だけでなく、第二王子派の中心として活躍する存在となるのではないだろうか……ほうほう。
「ミハエル様もかなり評価されてるのねえ……まあ、事件が解決してよかったですわ」
「……その見返りに「赤竜の息吹」が活動停止状態なんだがな、損害は計り知れないよ」
わたくしの目の前で苦笑いを浮かべる赤い髪に少しきつめの外見をもつ女性……冒険者組合王都支部ギルドマスターを務めるアイリーン・セパルトゥラ。
アイリーン様とこうしてお茶を共にしているのは、先日エルネットさん達をサウンドガーデン公爵家へと貸し出した件について、今後の相談をするためだ。
彼女は普段通りだと話している紺色のジャケットに女性向きに少し仕立て直された騎士服のパンツを着用しており、体型を気にしなければ男性にも見えるような格好だ。
わたくしは制服ではなく、外出用に仕立て直した青色のドレスに純白の飾り羽根のついた王都ファッションとしては最新鋭の広めの鍔が付いた帽子を被っており、この会合が正式なものであるというザ・ご令嬢スタイルで望んでいる。
「その点については申し訳ございません、わたくしも悪魔なんて恐ろしいものが出ているなどとは思いもせず……」
「そうだな……ちなみに「赤竜の息吹」に参加することは考えているかい?」
「さあ? ……わたくし冒険者稼業などは向いておりませんので……これまで通りエルネット卿の支援者でありたいと思うだけですわ」
「……ふーん、相変わらず腹の内が読めないねえ……そういうことにしておくか」
新聞を片手につまらなさそうな顔でお茶を啜るわたくしをみてアイリーン様は少し苦笑いを浮かべると、目の前にあるお茶を軽く啜る……ああ、はっきりとは言わないけどこの人はわたくしの裏の顔に気がついている方か。
まあ……高位貴族セパルトゥラ公爵家の令嬢でもあり、冒険者として数々の偉業を成し遂げた人物だけあって観察眼が素晴らしい。
冒険者ロッテの活動は最近全く行えていない……まあ忙しかったのもあるけど、王都近辺の冒険者活動について一定の制限がかけられているためだ。
国内に悪魔他、恐ろしいものが出現している現状で、魔獣討伐なども個人の冒険者のみで対応することが禁止されている。
「……「赤竜の息吹」は今や金級ですわ、わたくしのような小娘では足手纏いになってしまいますので」
「……まあ、はい……すまないね、これ以上は野暮というものか」
つまり……ソロ冒険者は討伐系の任務を受注できず、パーティを組むことを余儀なくされている。
これは冒険者ロッテにとって死活問題であり、パーティを組むとしたらわたくしの能力を知っていて、口外したりしない「赤竜の息吹」以外に所属できない現状があるからだ。
それ故のロッテとしての活動自粛……寂しいのだけど、結果的に裏でわたくしは全力で戦闘できているので不思議とストレスにはなっていない。
「では本題に入りましょうかアイリーン様、本日わたくしとお茶をしにきただけではございませんよね?」
「そうだな……貴女の護衛が周囲に防音魔法を張っているのだろう? ある程度突っ込んだ話をしたい」
「ええ、ユルがやってくれておりますわよ」
まあ、これは嘘だ……ユルは戦闘に特化した魔法は得意だが、こういった場所で使えるような魔法を習得しているわけではない。
ただこの「ユルがやってます」という言い訳はかなり便利で、最近はよくこの言い訳を使うようにしている……本人からするとものすごく不満だと言われているが、さすがに自分でやってますとは今更言い出しにくいからな。
アイリーン様は少し周囲を気にしたような仕草をした後に、わたくしへと尋ねる。
「今後悪魔が大量に出てくる、なんてことは考えられるかい? ガルムの知識などからそういうものを聞くことは可能か?」
「……わかりません、わたくしもそうならないことを祈っておりますが……」
「シャルロッタ嬢……防音しているのだろう? 秘密は守る……思うところを話してくれ」
アイリーン様はじっと強い視線でわたくしを見つめている……強い瞳、この意思のある目は前世の記憶を強く呼び起こさせられる。
仲間であった女騎士の瞳もこのように意志を強く感じさせる瞳だったな……しばらくの間わたくし達はじっとお互いを見つめたまま黙っている。
ふうっ、とわたくしが大きく息を吐く……この国に何かが迫ってきているのであれば、冒険者達の力を借りる必要もあるか……。
「エルネット卿からどのあたりまで聞いていますか?」
「暴力の悪魔という個体が出現し領内の民衆を殺戮、激闘の末倒したと」
「……これはユルによる見立てですが、悪魔を操るものが存在します」
「悪魔を操る……?」
「訓戒者という存在、それが今回の黒幕です……その者たちはこの王国、いや世界のどこかに潜伏し日夜謀略を仕掛けていると考えます……とユルが言っています」
アイリーン様はその言葉に何か思い当たる節があるのか、少し考え込むような表情を浮かべて顎に手をやっている。
うーん、このユルが言っていますシステムはちょっと無理があるよなあ……とはいえアイリーン様は違うかもしれないけど「わたくしがそう判断してます!」と伝えたところで信じてくれない層が一定数存在していることも理解している。
王国の貴族大半からするとわたくしはクリスの婚約者で、たまたま気まぐれなガルムの契約者に収まっている運のいい女性でしかないのだから。
まー、そのくらいの方が気楽に生活できるからいいんだけどね……スコット・アンスラックスが勇者であることに疲れていた、という理由もなんとなく察しがつくんだよね。
「わかった……ちなみにユルは他に何か? どれくらいの数がいるとか教えてくれるか?」
「……わかりません、ただ少なくとも複数人、人を超え「赤竜の息吹」でも立ち向かうことが難しいものが存在しているはずだ、と」
だが、今の段階ではそれでいい……クリスを支援する派閥とアンダース殿下を支持する派閥の間にはかなりの亀裂が入っている、いつ大規模な暴発が起きてもおかしくないくらいにお互いのことを牽制し合っている。
そんな中わたくしが勇者としての超戦闘能力を見せてしまったら……派閥の均衡は簡単に崩れてしまうだろう。
一つ言葉を思い出した……「安易に力を見せびらかすものではありませんよ」と前世のわたくしに忠告してくれた聖女のはにかんだような笑顔が脳裏に浮かんでくる。
「……古き時代に世界を侵略した魔王のようだな……だが、それが見立てであれば……ありがとうシャルロッタ嬢、あ……いや護衛殿に感謝を」
「わたくしの実家インテリペリ辺境伯家もアイリーン様の助力ができるかと思います、紹介状を認めてまいりました、お使いください」
わたくしは懐から書状を取り出す……これにも辺境伯家捻れた巨竜の紋章と、わたくしを示す小さな翡翠の図柄が刻まれている。
これを見せればインテリペリ辺境伯家の人間であれば大抵の融通を利かせられるはずだ。
わたくしから書状を受け取るとアイリーン様は大事そうに仕舞い込むと、すぐに立ち上がってわたくしへと優雅な一礼を見せるが、女性が行うカーテシーではなく男性と同じボウ・アンド・スクレープなんだな。
「ありがとうシャルロッタ嬢……エルネットが言っていた通り君は信頼できるな、そして私個人の信頼は君と婚約者殿に向けられている」
「……わたくしもアイリーン様のことを信頼しております、どうか殿下のお力になって欲しいのです、お願いいたします」
わたくしも椅子を立って軽くスカートを持ち上げて優雅なカーテシーを見せる。
ふとお互いが同時に目を合わせて、思わずどちらからともなく笑みが溢れる……そしてもう一度会釈を交わすとわたくし達は荷物を持って別々の方向へと歩き出す。
彼女はこの後冒険者組合に戻ってインテリペリ辺境伯領へと向かうのだろう、魔導列車に乗れば負担も少ないだろうし、何より彼女自身がそれだけの身分の人間だ。
「最近戻っていないなあ……領地の海の幸も山の幸も久しぶりに食べたいけどなあ……残念」
思わず独り言が漏れる……一四歳で学園入学のために王都に来てからというものほとんど領地に戻ることはできていない。
王都の生活は確かに刺激的でさまざまな魅力があるのだろうけど……慣れ親しんだ食事を食べたいと思うのはノスタルジーなのだろうかしらね。
わたくしもこの後別の用事が待っており、そちらへと向かわなければいけない……手に持った日傘を広げると、のんびりとお店の外へと歩き出す。
わたくしを見た他の貴族が少し驚いた表情を浮かべているが、そりゃそうだろうな……護衛なしでうろつく貴族令嬢など普通いないからだ。
しかし声をかけてくるものはいない……学園での顛末でガルムというとんでもない幻獣がわたくしを陰ながら護衛しているということが公になっているからだ。
「公にしなきゃ、絡まれたりして鉄拳制裁できたのかしらねえ……これはこれで退屈だわ」
_(:3 」∠)_ ということで新編開始! 大体三〇話くらいの構成です。
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