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(幕間) 騎士たる心 〇二

「今日も来てくれたんですね、ありがとうございます!」


「やあターヤちゃん、いつものお願いしていいかな?」

 俺の顔を見ると笑顔を浮かべてテーブルへと走ってくるターヤちゃん……だが俺はふと彼女の顔を見て頬に痣のようなものができていることに気がつく。

 そういえばお嬢様が話していたっけ……「わたくしがいない場所で友人を虐めている人がいる」と。

 だが彼女はそんな素振りも見せずに笑顔を浮かべて頷くと、厨房へとパタパタと小走りに走っていく……うーん、可愛いな。

 小動物のような可愛さがあるよなあ……と思って周りを見ると、やはり同じようなことを考えている大人たちが多いようで、酔っているのにも関わらず生暖かい視線を彼女に送っているのが見える。

 いきなりゴン、と脛を蹴られて痛みで思わず声をあげそうになるが……蹴ってきた方向を見ると、初老の冒険者らしい小太りのおっさんがジョッキ片手に小声で囁いてきた。

「おい、兄ちゃん……あまりあの子をジロジロ見るな、この店にゃ面倒なのがいるんだよ」


「え? あ、ああ……すまない」


「おめえさんもあの子狙いみたいだけどな……やめとけ、あの子狙われてるんだよ」

 小太りのおっさんは周りを気にするように俺に囁いてくる……面倒なの? 狙われてる? 騎士として流石に聞き捨てならないものを聞いた気がして少しだけ眉を顰める。

 ふと他の客層を確認していくが……生暖かい視線を送る男達の中で一際目立つ、巨漢と言っていいほどでっぷりと太った一際豪華な服装をした男とテーブルを囲む数人の男達が下卑た笑みを浮かべてターヤちゃんの動きをつぶさに観察している。

 なんだか嫌な視線だな……と思いながらその様子を窺っていると、俺の注文したエールのジョッキと、小皿に乗せた料理を運んでいるターヤちゃんが慎重にその男達の脇をすり抜けようとした瞬間、一人がわざとターヤちゃんの進む方向へと見えないように足を出した。


「きゃああっ!」

 ガシャーン! という大きな音を立ててターヤちゃんが思い切り転んでしまい、エールをその巨漢の服へと思い切りかけてしまう……それを皮切りに男達がいきなり立ち上がってターヤちゃんの周りを囲む。

 ターヤちゃんは自分がどうして転んだのか分かっていなかった様だったが、客に何か粗相をしてしまったことはすぐに理解をしたのだろう……慌てて立ち上がるとその巨漢へと頭を下げて必死に謝罪を始める。

「も、申し訳ありません!」


「……おいおいターヤちゃん、ずいぶんひどいじゃねえか……」


「おう、てめえうちの兄貴になんか恨みでもあんのかコラァ!」


「ご、ごめんなさい! すぐに拭くものを持って……」


「いいっていいって……俺はこのくらいじゃなんともねえけどヨォ……」

 巨漢はニヤニヤと笑いながら懐から取り出したハンカチでかかってしまったエールを拭き始めるが、周りの男達は威嚇するように口々にターヤちゃんに向かって「コラァ!」とか「やっていいことと悪いことがあんだろうガァ!」とか難癖をつけ始める。

 ターヤは必死に謝罪を繰り返すが、俺は少し離れていた場所から様子を窺っていて、最初からこの男達がターヤちゃんに粗相をさせるためにタイミングを見計らっていたことに気がついた。

 巨漢の男は馴れ馴れしくターヤちゃんの肩に腕を回すと、ねっとりとした視線を送りながら彼女に話しかけている。

「俺ぁ怒ってねえぜ? でもよ……謝罪ってなら俺とちょっときてくれよ」


「え、で、でも……お店の仕事が……」


「店長にはこいつらが話してくれるからよ、安心しろや……さあこっち行こうぜ」


「ちょっと、あんたらうちの店員に何しようと……!」


「うるせえババア! オメエの教育がなってねえんだよ!」

 騒ぎを聞きつけて慌てて厨房から出てきた女将さんに取り巻きの男達が騒ぎ始める……その様子を見て我先にと食い逃げを始める酔客や、見て見ぬ振りをする客、俺を止めた男も自分のテーブルで小さくなって酒を煽っている。

 その間に巨漢はターヤちゃんを引きずるように店の外へと引っ張り出していってしまう……まずいな、騎士としてこれは見過ごせない……俺は立ち上がるとそっと女将さんと言い争いになっている男達の背後へと忍び寄ると、まず一人目の鳩尾に掌底を叩き込む。

「うぐぁあっ!」


 リヴォルヴァー男爵直伝の格闘術……鎧を着けていない相手を制圧するときに使う攻撃方法だが、インテリペリ辺境伯領の衛兵はこの格闘戦術を学ばされるんだよなあ。

 一人目を昏倒させると振り返った二人目の顎に掌底を叩きつける……三人目は反撃を試みようと、懐に手を入れて武器を取り出そうとするが、それでは遅い。

 俺はそのまま前蹴りを繰り出すと、モロにくらった男は吹き飛んで壁に叩きつけられてひっくり返ってしまう。

「おい、手が空いているなら捕縛を手伝え!」


「は、はいぃ……っ」

 俺の声でそれまで見て見ぬふりをしていた男達がノロノロと動き出す……巨漢の姿を探すがすでに店の外か。

 まずいな、衛兵を呼んで状況を説明する間にターヤちゃんに何かあった場合、お嬢様が悲しむ。

 軽く舌打ちをしてから、俺は女将さんへと振り返ると彼女はあっという間に暴漢を制圧した俺を見て少し呆然としたような表情を浮かべていたが、すぐにターヤちゃんがいないことに気がつき表情を変える。

「す、すまな……ターヤがいない……!」


「衛兵を呼べ、俺があの子を救い出す……何か聞かれたらインテリペリ伯爵家のシドニーが制圧したと答えろ」


「え……は、はいッ! あの子を、あの子をお願いします!」


「任せておけ」

 俺はすぐに店の外へと飛び出す……店の裏手の方で何か叫び声が聞こえてた気がして駆け出し角を曲がると、そこにはあの巨漢と、嫌がるターヤちゃんの姿が見えた。

 巨漢は無理矢理にターヤちゃんの細い腕を引っ張ってさらに奥へと移動しようしている……暴行でもする気か?

 俺が急いでその場へと走っていくと、気がついたターヤちゃんが俺に手を伸ばして必死に叫ぶ。

「助け……助けてええっ!」


「ターヤちゃん!」


「……ふしゅるるる……追いかけてきやがったのか……」

 巨漢は俺に気がついたのか、軽く舌打ちをしてからターヤちゃんを自らの背中の方へ通しやると、俺の方へと向き直る。

 でかいな……身長は一九〇センチ近いし横幅から考えると体重は一〇〇キロをゆうに超えているだろう、というかこいつターヤちゃんはお嬢様とあまり変わらないくらいの背丈だし、体重も非常に軽そうだ。

 そんなか弱い女性に何をする気だったんだ……? 俺はその巨漢に向かって叫んだ。

「おい、お前……女性に向かって乱暴しようなんて不届ものが、ターヤちゃんを離せば不問にしてやる、そこを退け」


「ああ? 若造が何言ってやがる……ターヤは俺と気持ちいいことすんだよ、邪魔すんじゃねえぞ?!」


「何言って……」


「ふがああっ!」

 巨漢は恐ろしく大振りのモーションで拳を振り上げると、俺に向かって殴りかかってくる……だが、騎士として厳しい訓練で鍛えられた俺にはそんな大振りの拳は当たるわけがない。

 軽々と身を翻して躱すと、俺は巨漢の腹に掌底を叩き込む……ドズン! という鈍い音があたりに響くが、巨漢は悶絶するどころかグフグフという笑い声を上げながら左腕を振り回してくる。

 腹の肉が厚すぎてこれじゃダメなのか……? 大振りの左腕を体勢を低くして回避し、俺は前蹴りを再び腹部へと叩き込む……だが、動きながらの前蹴りでは十分な効果が出ないのだろう、巨漢はそのまま俺の脚を掴むと、恐ろしいまでの腕力で俺を振り回して大きく投げ飛ばす。

「効かねえんだよぉ!」


「う、うわああっ!」


「シドニーさん!」

 俺が投げ飛ばされたのを見てターヤちゃんが悲鳴をあげる……近くに積まれていた木箱に叩きつけられた俺は、全身に感じる痛みに耐えながら、なんとか立ち上がる。

 いてて……骨は折れていない、木箱にはたくさんの果実が詰め込まれていたようで、全身果汁まみれになってしまっているが、クッションがわりになったのか不思議と怪我らしい怪我はない。

 俺が立ち上がったのを見て、すぐに巨漢がドタドタと音を立てて俺に向かって拳を振り上げる。

「しねええっ!」


「……がら空きだよっ!」

 俺は相手の拳が振り下ろされるのに合わせ、相手の顎に向かって掌底を叩きつける……自分の筋力だけで相手を倒せない場合はどうするのか? というリヴォルヴァー男爵への疑問に彼はこう答えた。

 曰く「相手の力を利用して威力を上げる」のだと……そしてそのときには必ず相手の急所となる顎、腹部、股間などに攻撃を叩き込めとも。

 カウンター気味に入った俺の掌底で、巨漢の顎を撃ち抜くと彼の意識が一気に飛んだのだろう、フラフラと何歩か歩いた後に、糸の切れた人形のように地面へとどう、と倒れて動かなくなる。

「はあ……なんてタフなんだ……」


「シドニーさん! ありが……ありがとうございますぅううっ!」

 いきなり涙をボロボロとこぼしながら、ターヤちゃんが俺の胸へと飛び込んでくる……彼女を受け止めて優しく抱きしめると、彼女は細い肩を震わせて泣き始めた。

 怖かっただろうなあ……俺はそっと彼女の青く柔らかい髪を撫でて、彼女を慰めるためにそっと彼女に微笑みかける。

 俺の笑顔を見たターヤちゃんは再び涙をボロボロとこぼしながら、俺の胸へと顔を埋めた。

「怖かった……怖かったです……」


「大丈夫だよ、もう大丈夫……いったん女将さんのところへ戻ろう」

 俺の言葉にターヤちゃんは頷くと、しっかりと俺の腕にしがみついたまま下を向いて涙をぬぐう……少し困ったな、という気分にはなったが腕に彼女の柔らかい感触が伝わってきて思わず背中がぞくっとした感覚に襲われる。

 細い体なのに、驚くほど柔らかい……いやだめだ、この子はお嬢様の大事な友人……無事に送り届けるのが騎士たる務めだ……!

 俺たちは路地裏から店の方へと歩き出す……入口の方からは何やら騒ぎのような状態になっているらしく、叫び声や怒鳴り声が聞こえてくる。


「こりゃ……お嬢様に来てもらったほうがいいかな……思ったよりも大事になってそうだ……」

_(:3 」∠)_ ちなみに微妙に苦戦しているのはシドニーくんが普通の人だからで、シャルだとデコピン一発で頭がなくなります。


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