第八九話 シャルロッタ 一五歳 暴力の悪魔 二〇
——わたくしのこめかみに冷たい汗が流れる……完璧ではないにせよ、カラクリを理解し始めていたからだ。
「こいつは……ひどい結界魔法ね……」
数回腐死の女王を粉砕したはずの拳でも、すぐさま肉体を修復してくる不死者への違和感……そしてこちらをじっと見てなぜか蔑みと哀れみの表情を浮かべる知恵ある者を見てようやく頭に血が昇っていたわたくしの思考が冷静さを取り戻す。
ようやくわかった、腐死の女王をいくら攻撃しても意味はない、骨の槍をいくら叩き落としても減ることはない……この中にいる限り、延々と攻撃を受け続けることになるだけなのだ。
これは普通の人間なら永遠に終わらない拷問を受けてるようなもので、空間に流れている死の気配で死んだら相当に運が良いと考えた方がいい。
一定以上の強さを持つ人間……英雄クラスの能力を持った者は終わらない責苦を味あわせるという意味でも悪趣味だし、こんな結界を作り上げたあの知恵ある者は相当に性格が悪すぎる。
空間自体を破壊しないと永遠に続く牢獄のごとく、わたくしが疲れ果てて攻撃を避けきれなくなるその時まで、攻撃を叩きつける奈落の牢獄を再現したかのような魔法……それはこの混沌魔法腐死の女王の真骨頂。
しかも一度展開して仕舞えば知恵ある者は魔力をほぼ消費することはない、地獄そのものにある何かを触媒に空間を構成しているようで、地の底から湧き出すような魔力の波動が常に空間内を満たしている。
こいつは省エネかつ永遠に駆動している拷問マシンのようなひどい魔法だと思う、うん……初見だってのもあって色々慎重になりすぎたのも良くなかった。
「カラクリさえわかればこんなセッコい魔法なのに、苦戦しているように見えちゃっているしちょームカつくですわ……わたくしを舐めやがってええええっ!」
怒りで意識が弾け飛びそうになるが、だが不思議と不滅を握っていると柄の冷たさというか、まるで剣自体がわたくしに冷静になれ、と呼びかけているような気分になる。
そうだ、ここで怒りのままに攻撃を繰り出したところで空間から脱出できるわけじゃない……だからここは一撃必殺、空間を完全に破壊する一撃が必要になるだろう。
大きく息を吐くとわたくしは一度剣をしまう……この空間を破壊するためには拳戦闘術の方がいいだろう、という判断からだ。
突然剣を仕舞ったわたくしを見て、知恵ある者がほくそ笑み、パチンと指を鳴らすと腐死の女王がまるで時間停止したかのように立ち止まる。
「ようやく諦めたか……なら思い通りに殺してやる、いや殺す前にゴブリンの繁殖力を確かめるためにお前を苗床にしてやるから楽しみにしていろ……」
「お前ら全員セクハラばっかりしやがって……いいかげん淑女への礼儀を叩き込んでやりますわよ?」
「何をしようというのだ……この結界を崩さない限りお前には勝ち目はなかろう? 剣無くしてどうしようというのだ!」
「……だったらぶっ壊してやりますわ! 我が拳にブチ抜けぬもの無し……ッ!」
わたくしが右拳をゆっくりを引いていく……少し腰を落とし全身の力をこの拳へと伝達していく……ただ目の前の空間をぶち抜くために。
異様な雰囲気を醸し出すわたくしを見て、知恵ある者の表情が変わる……彼がゆっくりと手をかざすと、その動きに合わせて腐死の女王と骨の槍がわたくしへと殺到する。
攻撃が迫っても微動だにしないわたくしを見て知恵ある者の口元に歪んだ笑みが浮かぶ、わたくしが反撃できないのだと思ったのだろう。
「何かしようとしたとしてもお前はアンスラックスではない……ッ! このまま不死者に食い散らかされて死ぬがいいっ!」
「空間ごとぶち抜いてやりますわああっ! 拳戦闘術……昇星拳撃ッ!」
わたくしは宣言と共に拳を少し低め、スリークォーター気味に突き上げるように全力で振り抜いた。
この拳には膨大な魔力が込められており、拳自体が黄金色の輝きを帯びて恐ろしいまでに加速していく……拳を振り抜くと同時に、空間を歪めながら凄まじい衝撃波と轟音が目の前と空中にあった全てをブチ抜いていく。
目の前まで迫りわたくしへと飛びかかろうとしていた腐死の女王の肉体を瞬時に粉砕し、そのままの勢いで迫り来る骨の槍を荒れ狂う暴風でへし折り、衝撃波の勢いは止まらずに空間の境目となっている巨大な骨へと叩きつけられる。
前にスコットさんが構成した空間より攻撃に特化した空間は構成能力が弱いのだろう、衝撃波の勢いは今いる空間自体に大きな亀裂を穿ち、甲高い音を立てながら崩壊していくのがみえる。
大砲拳撃が正面に向かってブチ抜く技だとしたら、この昇星拳撃は対空技とも言える攻撃とも言える……まあ隙が大きいので動きの早いドラゴンとかにはなかなか使えないんだけどね。
「はっはっはーっ! 腕力……やっぱり腕力が全てを解決いたしますわ〜、これぞ淑女の一撃ッ!」
「ば、バカなああっ! そんな無茶苦茶な……!」
力技で目の前の事象を打開したわたくしを見ている知恵ある者……呆れのような怒りのような複雑な表情で崩壊していく空間と、結界を維持できずに消滅していく腐死の女王を眺めている。
そして結界の外には突然崩壊した上に、何か凄まじい攻撃が空に向かって放たれた結界を見てポカンとした顔をしているユルと「赤竜の息吹」の面々がこっちを見ている。
「シャ、シャルロッタ様がやったのか?」
「シャル? 何をしているんです……?」
「見てわかりません? とっても面倒な結界をブチ破ったんですのよ」
呆れ顔になっている仲間たちにわたくしは満面の笑みを向ける……だが、全員がめちゃくちゃドン引きした表情を浮かべて黙って頷いている。
だがそこでわたくしの足に力が入らなくなり、カクン! と腰が落ちる……あ、そっかかなり慣れてきたとはいえ本気で能力を使ったから体力がほぼ限界近いのか……。
震える脚を何度か叩いてなんとか立ち上がるが、自分でもびっくりするくらい一気に心拍数が上がり、ゼエゼエと荒い息が口から溢れる。
そんなわたくしを見て呆然としていた知恵ある者だが、すぐにこちらの状態に気がついたのだろう、その太く力強い手の先に、まるで肉食恐竜のような鋭い爪が伸びる。
「……能力は高いが使いこなしていない……? 今が殺すチャンスということか」
「ぐ……この程度で負けるようなシャルロッタ様ではないんですわよ?!」
わたくしは無理やりに全身に力を込めると、一度鞘に戻した不滅を引き抜いて構え直す。
大丈夫わたくしはこの程度の相手では殺せない、体力がない? そんなことで勇者であるわたくしは引き下がらない……混沌の眷属を倒すために磨き抜かれた剣技と魔法はこの程度の疲労で鈍ることは決してない。
知恵ある者とわたくしが同時に前に出る……彼はその鋭い爪で、わたくしは魔剣不滅を振るい……お互いの攻撃が体へと叩き込まれようとした瞬間に、そいつは現れた。
「……こんなところで全力を出してどうする……知恵ある者、お前はもう少しクレバーな性格だと思っていた」
「……闇征く者……」
「だ、誰ですの? 闇征く者……?」
わたくしの斬撃を受け止める魔人……黒いローブを着たその人物の顔は、鳥を模した仮面にて隠されているが不気味すぎるくらいにひどく鈍く輝く赤い瞳が覗いている。
背は高く大柄であり、そしてわたくしの剣をまるで棒でも掴むかのように無造作に握っている……手応えはまるで壁でも相手にしているかのようなどっしりとした重量感を感じる。
そして不滅が危険を伝えるように瞬く……それはまるでこいつとは戦ってはいけないと警告するかのように、激しくだが鈍く明滅を繰り返す。
「お前がシャルロッタ・インテリペリ……クフフッ! お初にお目にかかる私の名前は闇征く者……訓戒者を統括する筆頭と呼ばれている」
「そ、そいつはご丁寧にどうも……わたくしは名乗る必要はございませんわね?」
「そうだな、お前の名前は数年前より知っている……知恵ある者が失礼した、我々の邂逅は少し後になる予定だった」
闇征く者は知恵ある者に軽く視線を送るが、その視線で訓戒者が不満そうな表情を浮かべて、渋々引き下がるために後ろへと下がる。
だがわたくしの不滅の刀身を握ったまま……わたくしと闇征く者は睨み合う。
こいつは何か違う、得体の知れない不安感と嫌悪感、そしてわたくしの目から見ても明らかなる強者……魔王? と言われても違和感がないくらい恐ろしいまでのプレッシャーを放っている。
「数年前からわたくしを知っていた? やだ、もしかして変質者とかそういうやつですの?」
わたくしの言葉に引き攣るような笑い声をあげると闇征く者は無造作に刀身を手放し……そして攻撃を受けないようにふわりと距離をとった。
今攻撃チャンスかと思ったけど全然隙がないな……下手に打ち込むと反撃を喰らう可能性があったためわたくしは出鼻を挫かれて一歩も前に出れない。
闇征く者は再び引き攣るような笑い声を上げながらわたくしへと話しかけてきた。
「クフフッ! 少し前にサルヨバドス……汚物を倒したのはお前だろう? せっかく器を勇者へと目覚めさせないために画策したというのに、お転婆なお姫様だ」
_(:3 」∠)_ 腕力……やはり腕力は全てを解決する……ッ! とりあえず殴ればいいんだ(違
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