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4・美女と野獣と素敵なあなた

 ヒュー様とは、毎日たくさんお話しをする。

長くひとりでいたので、動くもの――つまり私――が新鮮だとおっしゃる。いるだけで楽しんでくださるなんて、何よりだ。


 座ってばかりでは体に良くないと、温室で花の手入れをしたり、中庭に出て木槌で玉を打ち転がして目指す場所にどちらが先に入れるかを競ったり、私にまったく音楽の素養がないからとご教授頂いたり。


 何しろ永く時間はあるのだ。習得にはどれだけでもかけられる。


 ひとり思索を深めるのは既にヒュー様が長年かけてやりつくしている。二人ですることの中になにかしら理解への糸口があればいいと、意見も一致した。






 一通り遊び、疲れてヒュー様の部屋の天蓋つきのベッドをお借りして昼寝をした。

 ヒュー様のお部屋には、それひとつで私の自宅の居間が入るくらい大きなベッドが二つ並んでいる。


 夜が更け、部屋まで戻るのが面倒な時など、そのひとつをお借りして眠ることもよくある。幕を下ろしてもらえば個室のようなものなので何の問題もない。


 ヒュー様は最初はためらっていたが、今はもう何もおっしゃらない。慣れとはすごいものだと思う。






 いつものようにヒュー様のすべすべの手を撫でながら、本を読んでいた。


「今はどの辺りだ、アリスタ」


 ヒュー様のくれた呼び名で呼ばれた。

珍しい、初めてかもしれない。ベルよりずっといい。


「黄泉の国から妻を取り戻すのに、地上に出るまではけっして振り返ってはいけない。と注意されるところです」


「それがどうなると思う?」

「理由は分かりませんけど、夫は妻を振り返るのでしょう」


自信を持って答える。


「なぜそう思う」

「そうしなければ教訓になりませんし、物語の山場がありませんから」


 そういう見方をするのか。言ったヒュー様が笑みを浮かべた。楽しげに「私にはない考えだ」と誉めてくださる。


「お誉めいただくことでは」

照れる私。


「いや、誉めているつもりは。強いて言えばただの感想だ」


そうは言うものの目元には優しさがあふれている。



 すべすべ? 笑み? 目元?

私は、となりにいるヒュー様をまじまじと見た。


 艶が良く黄味の強い茶色の髪はいつもの色で、茶目の中央が濃い瞳も変わらない。背丈も同じで、服は朝からこれだったと思う。気にもしていなかったので、よくは覚えていないけれど。


 でも、誰? これは誰。

頬骨の高いいかにも高貴な顔立ちなのに、冷たさはまるでなく、楽しげな表情には親しみがある。


 この見たこともないほど素敵な男性は誰。

ヒュー様が知らない人に変わっている。



 こう考える間も癖のように撫で続けていたヒュー様の手は、よくよく見れば、手入れの行き届いた骨ばった手だった。毛がない。

 爪の形までいい。ぷくぷくとした子供じみた自分の手が恥ずかしくなり引っ込めようとしたところを、握られた。


「今日はもういいのか」

ヒュー様の声をした見慣れない人が聞く。


 曖昧に頷いて済ませると「では、私が代わろう」といつもとは逆に手を撫でてくる。

 なんだかゾクゾクするので止めて頂きたい。そう伝えようとすると。


「なにか」と穏やかに聞かれる。

「いえ、なにも」

「そうか」

 

結局そのまま本の続きを読むしかなかった。







 退出の機会を逃して、今夜もヒュー様の部屋にお泊まりだ。天蓋の幕を下ろしてもらい、ひとりになって考える。


 何事もないかのように夕食を一緒にとり、おしゃべりをした。


 あの誰よりも格好良く物腰も柔らかで、信じられないくらい素敵な男性は、間違いなくヒュー様だ。


 鏡がないせいでヒュー様はご自身の姿の変化に気付いていない。驚きすぎて私もつい言いそびれてしまったけれど、もし明日獣人姿に戻っていたら、落胆は大きいだろう。


 今日は黙っていたのが正解だったのだと、自分に言い聞かせる。



「珍しいな、眠れないのか」


 幕を二枚挟んで隣の (と言ってもかなり離れている) ベッドに横になっているヒュー様から、声がかかる。

驚いて「ひっ」と声が出る。


「いえ、もう寝ます。寝るところです」


 ヒュー様が「そうか」と言う。どこか残念そうな響きがある。


「おやすみ、アリスタ。また明日」


 いつもの美声が、ふにゃりとなってしまいそうに甘い。でも、モフモフのヒュー様に会いたい。


 明日には戻っているといいのに。そう思う私は「真実の愛」がどうのという話を、すっかり忘れていた。








 今朝もふたりで朝食をとる。

最近は朝から、甘くてバターたっぷりのパンを食べるのが習慣になってしまった。


 服のサイズを気にする必要がないので、どれだけ太ってもいいとはいえ、そこそこにしておかなくてはと自戒する私。



「聞きたいのだが。私が人に戻ったというのに、そなたは、いつまで気づかないふりを続けるつもりか」


 単刀直入に切り出されて驚いた拍子に、食べていたリンゴを喉に詰まらせた。


 目を白黒させてむせる私に、ヒュー様が「悪かった」と、焦りつつ背中を叩いてくれる。


 ようやく通過して呼吸が整うと、速やかに謝罪された。


「済まない。それほど驚くとは思わなかった」

「わかっております。大丈夫です」


 初めて。初めて人型のヒュー様をちゃんと正面から見た。名ばかり美人の私が恥ずかしくなるほどのご尊顔。


 こんな素敵な方に呪いをかけるとは。ヒュー様の容姿を老婆が妬んだせいに違いない。輝くような若さも妬んだはずだ。いや、老婆が顔を見たかどうかも不明だけど。


「ヒュー様、気がついていらしたんですか? 人に戻っていると。鏡もないのに」


 ヒュー様が呆れたような、もしくはもの問いたげな顔で私を見る。そんな風で大丈夫か、と言われている気がする。


「手は自分でも見えるだろう。気がつかない訳がない」


――おっしゃる通りでございます。

私は肩を落とした。


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