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異世界で帰りたいと願った話

 



 どうやら、壊れてしまったらしい。

 うつろな目で一筋の涙を流しながら、恐怖に怯えた表情で「かえりたい」と呟くだけになってしまった白い少女を見て男は思った。

 もう少し気丈な娘だと思っていたので、やや残念に思う。

 とはいえ少女が壊れたところで儀式に影響はしない。大事なのは極上の魔力と穢れていない血の持ち主である二点のみなのだ。

 

「……まぁいい始めるとしよう。これまでは素材の出来が悪く失敗したが、今回こそ。私の悲願を、我が主の復活を叶える時が来た。この王都に混乱を、災禍をもたらそうじゃないか」


 口元を歪めて男は笑い、そして儀式が始まった。





 結局のところ、俺はただの凡人だったのだろう。

 例えば物語の主人公なら、今にも殺されてしまいそうな場面でも諦めずに最後まで足掻くのだろう。恐怖に負けない強い心で、立ち向かい、最後には勝利を掴み取るのかもしれない。

 俺だって、そうしたかった。

 殺されると分かっている、このままじゃいけないことは誰よりも分かっている。

 心では分かっているのに、身体は真逆の行動を取っていた。


「……ご、めん……な、さ……い」


 なんで、俺は謝っているのだろう。

 身体が震える。怖くてたまらない。恐怖という感情に塗り固められてしまったかのように心が縛り付けられていた。

 この男には勝てないと分からされてしまったのか、それとも執拗に痛みつけられて、俺の心が折れてしまったのか。

 戦え、戦えっ! そう自分の心を叱咤しても、自然と身体が怯えているらしかった。

 謝る言葉は恥も外聞もなかった。プライドなんて一欠片もない。

 情けなかった。でも、それ以上に殺されたくなかった。痛い目に遭いたくなかった。

 そして、思う。

 こんな目に遭うくらいなら、異世界で目覚めることなく、あの隕石でそのまま死んでいた方がマシだった。

 だが、それ以上に。


「……か、えり……た、い」


 元の世界に帰りたいと思った。

 いつも通りの日常に戻りたいと願った。

 一度口にすると、それが何だかとても眩しいものに思えて、帰りたい気持ちが強くなる。

 かえりたい、かえりたいかえりたい。

 ぼんやりとそんなことを思っていると、男が何やら魔法を唱え始める。

 儀式が始まったらしい。

 どうやら最後の時が来たようだと俺は思った。

 これで、生贄とやらにされて殺される。

 自分に問いかけてみた。

 良いのか? これで本当に良いのか? まだ身体は、少しなら動かせるかもしれない。まだ出来ることはあるんじゃないか? 何にもできずに殺されて悔しくないのか?

 ーーーー帰りたくないのか?


「……か、えりたい……」


 答えなんて決まっていた。さっきだって口に出していたのだから。

 帰りたい、それがちっぽけな願いだった。

 さらに問いかける。

 じゃあ帰ろう、あの場所に。そのためにもう一度、もう一度だけ戦うんだ。もう自力で逃げる事は叶わない、けど、出来ることはまだある。悲劇のヒロインぶったって、現状は何も好転しない。ただ助けを待つだけの存在になりたかったわけじゃないだろう?

 さあ動け。もう一度、もう一度だけ!


「ーーーーかえりたい」


 身体は限界寸前だ。血を流しすぎたし、体力を使いすぎた。

 自力で逃げることは叶わない。なので出来ることは、ほんの少し時間稼ぎをするだけだ。

 その少しの時間稼ぎの間に、助けが来ることを祈る。

 作戦と呼ぶには他力本願が過ぎる代物だが、それしか手立てはない。

 一つだけ勝算があるとすれば、俺が生贄であるということだ。

 生贄として使う以上、犯人は俺を殺さない。どんなに痛みつけることはしても、儀式を完遂させるまでは絶対に殺さないはずだ。

 

 そしてもうひとつ、俺には気になっていることがあった。

 それは、儀式を始める前に、男が俺を魔法陣の中心に置いていたことだ。

 これは、何か意味がある行動なのではないだろうか。

 例えば、魔法陣の中に生贄が居ないと術が発動しないとか。

 だとすれば、一つ。たった一つだけ俺にも出来ることがある。

 そう、転がることだ。


「ぉ、……おっ!」

「な、んだと!?」


 後ろ手に縛られていて、両足を拘束されている以上立ち上がるには時間がかかり過ぎる。

 そもそもかなり力を入れないとまともに立ち上がるのも難しい。

 でも、転がるだけなら、縛られていても出来る。

 お腹が激しく痛むが、正真正銘、俺に出来る最後の足掻きだ。

 これが最後だと思うと、あと少し頑張ろうと思えた。

 ごろん、ごろんと転がる。魔法陣の外を目指し、転がり続ける。


「待て!」


 術式を唱えていた男が、それを打ち切って俺の元に駆け寄ってきた。

 どうやら予想が当たっていたらしい。

 やはり、術式には俺の位置が重要だったのだ。それが魔法陣の中央に居ないと駄目なのか、それとも魔法陣内に居ないと駄目なのかの、細かい条件は分からないが、男が術式を打ち切ってまで駆け寄ってきた以上それが全てだった。

 最後の力を振り絞って転がるが、簡単に男に追いつかれた。修道服を掴まれ、お腹を踏みつけられる。


「ぁ、あああああああああっっ!!!?」

「……時間稼ぎか。これは、やられたな。甘くみていたのは私の方だったらしい。やはり君は最上の生贄だよ。今度は、動けないように痛みつけなくちゃあな」


 悲鳴を上げた、意識が飛びそうになる。

 男が何か喋っていたが、耳に入らなかった。

 男はそのまま俺の腹をぐりぐりと踏みつけ続ける。

 いたい、いたいいたいいたい! 頭の中がそれいっぱいで何も考えられない。


「ぁ、ぁ……ぅ……」


 でも、やりきった。数分の時間稼ぎに成功した。

 やれることは全てやった。もう俺に出来ることは何もない。ただ助けを信じて祈るだけだ。

 けれど、その痛みは代償としては、デカすぎた。


「ぁ…………」


 何度も痛みつけられた身体から力が抜けた。

 まともに声すら発する事が出来ない。単に枯れ果てたのか、それとも極度の緊張とストレスで声帯が麻痺してしまったのかは分からない。

 大声を出そうとしても出るのは、微かな音だけ。

 完全に反抗する力も無くなったことを認識する。

 だらんと垂れた腕、酷く痛む腹部、ぼやけた視界。

 もうこれでやれることはもうない。

 男は魔法陣の中心に改めて俺を転がす。

 もう、動けない。


「ーーーーーー」


 男が術式を唱え始めるのが聞こえた。

 呼応するように魔法陣が紫色に輝き出した。

 その中心に寝かされた俺はぼんやりとそれを眺める。

 そして、変化は一瞬で起きた。

 身体から魔力が吸われていくのを感じる。

 以前、一度魔力切れになったことがあったが、この世界の魔力切れはまともに立てないほど体力を消耗していた。

 もう既に限界なのに、これ以上取られては間違いなく死んでしまうだろう。

 だから祈る。

 おねがいします、だれか、だれでもいいから、たすけてください。

 おねがいします、かみさま。

 願いも虚しく、魔力はどんどんと吸い取られていく。

 視界が暗くなり、呼吸すら億劫だ。どうにか繋ぎ止めていた意識が、ほどけていった。

 まだ、助けは来ない。

 心が弱る。絶望に侵食されていく。

 ……結局、無駄だったのだろうか?

 数分間の延命でしかない、最後の足掻きは意味がなくて、ただ痛い目に遭っただけだったのだろうか?

 いつの間にか、魔法陣の輝きが増していた。

 術式の完成が近いらしい。残った魔力はもうほぼ空になっていた。

 意識が、沈む。もう、本当に限界だ。

 心の底から思う。

 ーーーーたすけて。


 そして魔力が空になってしまう直前だった。

 心の声に呼応するかのように、閃光と共に、硝子の割れる音が響き渡った。






 ユクモが迷子になった。

 三人娘から報告を受けたのは、別件の調査を始めようとした夕方頃だった。

 食事に行こうと王都に連れ出したところ、急に姿が見えなくなったらしい。


「……迷子になった辺りを探しても見当たらないんです。王都は一部を除いて安全だから、大丈夫だと思いたいんですけど。ユクモちゃんは可愛いから、もし攫われたりしてたらと思うと……私がちゃんと見ておけば」

「ついさっき。広場で、白い髪の女の子がナンパされてたって話は聞いたわ。その後路地裏の方に逃げたって……」

「……一つ、気になってることがあるの。あいつの魔力が、ヒナの魔力感知に反応しないの。あれだけの魔力だからすぐ分かるはずなのに、おかしいの。どっかの奴隷商に騙されて魔法殺しを嵌められている可能性が高いの」


 その報告を聞いたトーヤは嫌な予感がしていた。

 昼間に女王(フラン)から報告を受けた、王都で発生しているという連続誘拐事件の話が頭をよぎったのだ。

 消えているのは少女で、魔力持ちの修道女ばかりと聞いた。

 ユクモは非常に多くの魔力を持つ少女だ。そして着やすいという理由で白い修道服を好んで着ることが多い。

 条件が一致していた。

 だが、見た目麗しい少女であることも事実。ヒナの言う通りどこかの奴隷商に騙されたり、性的な目的で攫ったりする可能性も捨てきれない。

 少し悩んだトーヤは告げる。

 

「……ルカ、サイカは奴隷商の線を漁ってくれ。確か、サイカは街にある施設を一通り覚えていたな? あと念のため衛兵にも連絡を頼む」

「は、はい…‥わかりました」

「任せて」


 有事が起きた際は、ルカが剣で戦える。サイカはその知識で効率的に奴隷商を中心とした探索が可能なはずだ。


「ヒナは、俺と聞き込みをしよう。ユクモの魔力を感じたらすぐに教えてほしい」

「ガッテン承知なの。感知を常時使うのはかなり魔力を使うから、背中はお願いなの」


 そして二手に分かれて調査を始めたトーヤ達は聞き込みを行い、ナンパされた少女が逃げたとされる路地裏を調べた。

 そこで有力な証言を入手する。

 

「へへ、まいど。白い髪の女の子なら、スラムの方に走って行ったぜ」

「……ん、嘘はついてないみたいなの。信じていいの」


 既に太陽が沈みかける時刻であった。

 路地裏にたむろする男に声をかけ、金を払うとこんな証言をしたのだ。

 闇魔法には嘘を見抜く魔法もある。それが真実だと分かったらしいヒナの言葉で信憑性が増した。


「……トーヤ。今回の件、きな臭いの。魔力を感知しない以上、魔法殺しが使われていると思う、けど。魔法殺しはそれなりの値段がするから、スラム街に住むような人間が持っているとは思えないの」

「……最近王都では、魔力持ちの修道女が行方不明になる事件が多発しているらしい。そういった犯罪組織の根城がそこかもしれない。何にせよ急ごう」


 そう言ってスラム街目指して進んでいくと、途中で悲鳴が聞こえた。

 やめて! 離して! こんな場合じゃないの! そう叫ぶ声は女の子の声だった。


「トーヤ」

「あぁ、分かっている」


 ヒナの言葉に頷いてトーヤ達が声のした方向に駆けていくと、地べたに倒れ込んだ少女と、彼女を見下ろす小汚い格好の二人の男を発見する。

 男達は転がっている黒髪の少女を見て、下衆な会話をしていた。


「へへ、最初から縛られてるとはありがてえ。見た目も悪くないし奴隷商に売ればいくらになるかな」

「まったくだぜ、当然折半だよな兄弟」

「お願い! 見逃して! 私以外に捕まってる子がいるの! 私が助けを呼びに行かなくちゃ、殺されちゃう!」


 悲鳴のような声を聞いて、トーヤは迷わずにその空間に飛び込んだ。


「おい、何をしている!」


 そして割って入って驚く。

 地面に倒れた黒い髪の少女は、両腕を後ろ手にされて拘束されていた。

 足錠を掛けられ、首には魔法殺しまで嵌められている。

 ついで目に入ったのは、少女の服装だ。修道服を見に纏っている。

 行方不明者とぴたりと合う条件に、トーヤは彼女が修道女行方不明事件の被害者だと理解した。


「おう、兄ちゃん。こいつは俺達が先に見つけたんだ」

「割って入るたあ、ふてえ野郎だ!」


 トーヤはわめく男達を無視して、優しい表情を浮かべて少女に手を差し伸べる。


「もう大丈夫だ、俺の名はトーヤ。君は誘拐事件の被害者だな? すまないが、君が言っていた捕まっていた子について教えてほしい」

「っ! スラム街にある大きな洋館に、白い髪の幼い子が捕まってるの! 私のせいで捕まったのに、私を逃してくれて、それで……」

「…‥分かった、貴重な情報ありがとう。ヒナ、すまないが彼女を任せてもいいか?」

「了解なの、任せるの」


 話は済んだ。

 トーヤはこの場をヒナに任せ、全速力でスラム街に駆けていく。

 残されたヒナは男達に向いて、呟いた。


「というわけなの、今のヒナは機嫌が悪いから、さっさと彼女を諦めてこの場を去ることをオススメするの」


 そう言って、お前らにはまるで興味がねえの、といった顔で、拘束された少女に向き直る。

 そして手持ちのナイフで縄を解こうとし始める様子を見て、男達は激昂した。


「ふざけるな! こいつは売っぱらうと決めたんだ!」

「背中なんか見せて舐めやがって、後悔しやがれ! てめえも捕まえて売ってやる!」


 そしてヒナに向かって襲い掛かった瞬間だった。

 地面が蜂起し、四角い柱が生えて、男達に直撃する。

 空中に数メートル吹っ飛ばされ、地面に落下する男達を背後に、ヒナは呟いた。


「ほんと、頭が悪いやつらなの。何の仕込みもせずに背中向けるわけねーの」


 気絶した男達に興味はない。

 機嫌が悪いのは本当だった。さっきの話を聞くに、多分だがユクモは事件に巻き込まれたのだろう。

 トーヤが行った以上、きっと彼女は救われるはずだ。

 だが、それでも。そもそもちゃんと見てさえいればそんな目に遭うことも無かったのは確かな事実なわけで。

 拘束された少女の縄を解きながら、ヒナは心の内で呟く。

 ーーーーバカなのは、私も同じか。

 せめて、せめて無事に帰ってきたら、優しくしてやろう。

 そう思った。






 目的の洋館はすぐに見つかった。

 蔦が壁にびっしり生えた、ボロボロの洋館だ。

 正面玄関は崩れてしまっていて入り口は見当たらない。

 だが、その室内から紫色の眩い光と、魔力を感じたトーヤは、一刻の猶予もないと雷魔法を唱えて、窓ガラスを粉砕して室内に飛び込んだ。

 そして室内に飛び込んだトーヤは目撃する。


「……………っ!」


 ユクモが魔法陣の中心に横倒しで倒れていた。

 彼女の白かった髪は、血と埃やら泥で汚れてしまっていて、その身に纏っていた白い修道服も、腹部が赤黒く染まっていた。

 致命傷に近い傷だ。こうして飛び込んできたにも関わらずピクリとも動かない。

 よほど怖い目にあったのだろう。

 絶望した表情を浮かべ、頬には涙のあと。

 目はうつろで暗くなっているが、微かに息をしていたのでまだ生きているらしい。ギリギリ間に合ったことに安堵する。

 と、同時にユクモが倒れている魔法陣が、彼女の身体から魔力を吸い取っていることを理解した。

 魔力がゼロになれば不味い、トーヤは迷うことなく剣を抜き術者目掛けて一閃する。

 

「なっ、キサマっ!?」

「ーーーーサンダーブレイド!」


 稲妻を纏った剣。

 元々複雑な魔法陣を行使しようとしていた男には、超スピードで迫ったトーヤの攻撃を逃れる術は無かったらしい。

 一太刀だった。

 袈裟斬りに斬り裂かれた男の身体が真っ二つになり、地面にぐちゃりと落ちる。

 術が止まったことで、魔力吸いも止まったようだ。

 すぐさまトーヤは倒れたユクモの元に駆け寄り、抱き起こす。


「ユクモ! しっかりしろ!」

「…………」


 近くで見ると酷い傷を負っていた。

 路地裏で保護した少女同様に両腕を縛られていて、足錠を掛けられている。

 首には魔力殺しが嵌められていて、これが原因で回復出来なかったのだろうとトーヤは察した。

 腹部を鋭利な刃物で貫かれ、焼かれた痕跡があった。焼け爛れた肌が痛々しい。

 赤黒く染まった修道服を見るに、かなり血を流しているようだ。

 先ほどの魔法陣に吸い取られたのか、魔力も尽きかけている。

 早急に治療しなければ、死んでしまうと思った。

 トーヤは自分の腰に付けた道具袋を漁り、迷いなく小さな瓶を取り出す。

 創世樹の雫と呼ばれるアイテムだった。


「…………、と、……や」

「そうだ、トーヤだ! これが飲めるか?」


 声を掛けると、彼女はうわごとのように呟いた。


「……か、えり……たい」

「……!」


 その言葉は、トーヤの心にずしんと重く響いた。

 それだけ言い残して、少女の反応が無くなる。トーヤはハッとした。


「おい、ユクモ! しっかりしろ!」


 声をかけるが反応はない。

 生きてはいるようだが、顔色が悪かった。

 絶対に死なせるわけにはいかない。トーヤは小さな瓶を開けると、それを口に含んで少女に口づけする。

 気道を確保して、創世樹の雫を飲ませると、すぐに効果は出た。

 腹部のひどい傷がたちまちに回復する。

 親友の呼吸が安定したのを確認して、トーヤは拘束を解くとユクモを抱き上げた。


「……くそ、ふざけるなよ」


 怒りが込み上げる。

 大事な親友をこんな目に遭わせた犯人に対する怒りだった。

 同時に、自分がもっと早く見つけられていればと思う。

 そして振り向くと、上半身だけになった男が、こちらを嗤っていた。

 

「その容赦の無さと、稲妻の剣。お前は、勇者だな。だが、遅かったな。既に術式には必要な魔力と血は、注ぎ終わった」


 ぽつり、ぽつりと、男は語る。

 

「……彼女を生贄として捧げられなかったのは残念だが、もう何もせずとも術式は発動する。ふっ、ははは! この地に我が主が降臨するのだっ! だからっ!」

「あ、それは無理なの。その魔法陣ならもう止めたの」


 そこまで口にした瞬間だった。

 ふと横合いから声が響く。そこにはヒナが立っていた。その背後には黒髪の少女が心配そうな顔で、意識がないユクモを眺めている。


「なっ、にを……言っている!?」

「やべー魔力を感じたから来たけど、正解だったの。発動したらドラゴンくらいは召喚されてたところだったけど、ヒナの手にかかれば他人の魔法陣を止めるくらいお茶の子さいさいなの」


 意味が分からない、といった顔で目を見開く男に向けて、ヒナは懇切丁寧に解説する。

 男が首だけ動かして魔法陣を眺めると、光り続けていた魔法陣が、色を失い始めた。

 真実だと悟ったのだろう、初めて憎々しげに顔を歪める。


「嘘だ、ありえない……! ふ、ざけるな。私の、私の悲願だぞ! くそっ、覚えていーーーー」

「パラライズ」


 直後だった。

 トーヤの言葉とともに、男が痺れたように痙攣し、動けなくなる。

 対象を痺れさせる魔法だった。


「覚えていろというのは、俺の台詞だ。取り調べで覚悟するんだな」


 呟いてトーヤはヒナに向かって言う。


「すまんが、そいつの回収は任せた」

「あいあいさーなの。今回は……そいつに譲ってやるの」


 頷いて、トーヤにお姫様抱っこされたユクモを見た後に、ヒナは空中にブラックホールのようなものを生み出すと、その中に痺れて動けない犯人を放り込む。

 闇魔法の一つの収納魔法だった。

 それを確認してトーヤは言う。


「……城に帰ろう」


 こうして、王都観光から始まった誘拐事件は終結した。

 





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