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地下牢から少女を逃がす話


 残酷な描写があります。

 ご注意ください。


 

 





 俺は夢を見ていた。

 あの始まりの日の夢だ。

 俺がトーヤと、三人娘とともに街中を歩いている。

 唯一違うのは、視点だ。

 街中を歩く『俺たち』を、俺は外から眺めていた。

 

 三人娘が何事かトーヤに話しかけているのが見える。

 声は聞こえないが、内容は分かった。

 あれは、お昼ご飯の話をしているのだ。でも、三人娘の意見が分かれるので、俺が間に入る。

 そして、それは唐突に来た。

 降り注いだ隕石が、俺に着弾する。爆発したような衝撃と、砂煙が巻き起こって視界が失われた。

 話にするとこれだけ。

 偶然隕石の着弾点にいた、運が悪かっただけでしかない。

 急速に意識が浮上する。


「ーーーー!」


 声が聞こえた。

 だが、何を言っているのか聞き取れない。

 僅かに意識が目覚める。


「ーーーーきて」


 二度目は僅かに聞き取れた。

 でもまだ何を言っているかが分からない。でも、確かなことが一つある。それは聞こえるのが女の子の声だということだ。

 そんなことを考えていると、身体が目覚めるモードに入ったらしい。

 眠りから目覚めるとき特有の、水面から顔を出すときのような感覚とともに急速に意識が覚醒していく。

 そして。

 

「ーーーー起きて!」


 三度目の声。そこでようやく俺は目を覚ました。

 ゆっくりと瞼を開くと、ぼやけた視界ーーーーだが、それもすぐに鮮明となる。

 修道服を着た、シスターさんらしい黒髪の女の子が俺を覗き込んでいた。

 中学生、いや高校生くらいだろうか? まだ年若い女の子だ。

 状況が分からなくて、キョトンとする。

 俺を見つめる少女は心配そうな顔で尋ねてきた。


「あぁ起きた……! ねえ、大丈夫?」


 この子はいったいどこの誰なんだろう?

 というか、一体ここはどこだというのか。

 首を捻っていると、ふと目の前の黒髪の女の子が縛られていることに気づく。


「!」


 そう縛られているのだ。

 両腕が後ろで縄でガッチリと拘束されている。首には何やら首輪のようなものが装着されていた。

 更に足には鉄で出来た手錠のようなものが両足首に付けられており、チェーンで結ばれている。

 そしてそれは俺も同じようだった。

 目の前の女の子の拘束を外して上げようとして、ふと自分の手が動かないことに気づく。

 足元に視線を動かすと、手錠のような足枷が両足に嵌まっていて、鉄のチェーンがジャラリと両足を結んでいた。

 

「な、んで拘束されて……?」


 意味不明だった。

 何があったのかを思い出そうとしてみるが、どうにも頭が重い。

 一つ一つ、思い返していく。

 確か、俺はナンパ男から逃げて、気が付いたらスラム街みたいなところに居て、そこで女の子の声を聞いた。

 そうだ、声を聞いたんだ。微かな、消えそうなくらい小さな、たすけてって声を聞いて、長い間使われて無さそうな洋館に近づいたあと、そこで人が出入りしている痕跡を見つけてーーーー!


「!」


 記憶がよみがえる。

 完璧に思い出した。衛兵さんを呼ぼうと思って、その場を離れようとしたときに俺は背後から襲われたんだ。

 そして、そのまま気絶してしまったらしい。

 完全にコナンくんパターンじゃねえか! いや、毒薬は飲まされちゃいないけども!

 というか本当にここはどこだろう? キョロキョロと周囲を見回してみる。

 

「……牢屋?」


 俺と黒髪の女の子がいるのはどうやら牢屋のようだった。

 鉄製の牢屋だ。石造りの固く冷たい地面に、埃とジメジメした香りがする

 窓がないせいで通気性が悪いのか、空気全体が澱んでいた。

 

「……ここは、地下牢よ。この家に住んでいた貴族が昔、趣味で作った部屋らしいわ」


 俺が周囲を見回していたのを見ていたのだろう。少女がこの場所について教えてくれた。

 なるほど、地下牢ね。どおりで暗いわけだ。

 と、納得しているとふと疑問に思う

 聞き覚えがあったのだ。目の前の少女の声を俺は聞いた覚えがあるような、気がした。

 何だろう、と思い返してみて気づく。

 そう、あの洋館の前で聞いた微かな声と瓜二つなのだ。

 情報を照らし合わせてみると、ここはきっとあのボロボロの洋館なのだろう。外で聞こえていた微かな声は、地下室に閉じ込められていた彼女の声だったに違いない。

 と、同時に一つ疑問が浮かぶ。

 

「何で、地下牢だって知ってるんですか」

「……あたしをここに閉じ込めたやつがそう言ってたの」


 尋ねてみると彼女はこともなげに答えた。

 なるほど、犯人がそう言ったのか。

 そういえば、俺は後ろから襲われたせいで犯人を見ていないんだよな。

 もしかしたら彼女は犯人の姿を知っているのだろうか?

 

「あの、犯人って、どんな人かわかりますか?」

「人じゃないわ、犯人は魔族よ。人間に化ける力を持っているわ」


 魔族?

 魔族というと、ファンタジーに良く出てくるあれか?

 でも魔族が王都で何をしようというのか。

 いまいち目的が見えないな。

 俺を捕まえた理由は間違いなく、衛兵を呼ぼうとしたからで、偶然なんだろうけど。

 あれか、奴隷として売り払うとかそういうのか? 

 そんなことを考えているとカツカツと足音が聞こえた。

 誰かが階段を下りてくる音だった。


「……!」


 思わずびくりと肩を震わせる。

 ドクドクと心臓が鳴り、顔が引きつった。

 これは、多分犯人の足音だろう。

 身じろぎしたことで、足枷がジャラリと音を立てた。

 だが、臆していては何も進まない。

 腹を決めて、立ち向かうぞと階段の方を睨みつけると、黒髪の少女が俺の前に出た。


「だいじょうぶよ、あたしにまかせて」

「! で、でも」

「いいから!」 


 強い口調で、少女は無理やり俺を後ろに下がらせると前に出る。俺の見た目がまだ幼いのを見て庇護対象だと感じたのかもしれない。

 そうこうしているうちに階段を降りる黒い影は、こちらに向かって歩いてくる。

 ローブで隠れて顔は良く見えないが、それなりに身長は高そうだった。トーヤと同じくらい。

 犯人が無造作に檻を掴むと、ガシャンッ! と大きな音を鳴る。


「ひうっ!?」

「どうやら新入りも起きたようだな」


 ビックリして、カエルのような悲鳴が漏れた。

 聞こえてきたのは男の声だ。

 牢屋付近に来たことでようやく顔が見えた。紫色の長い髪の男だ。眼鏡を掛けている。

 男は俺を見た後に、黒髪の少女の姿を見て悪辣に笑った。


「やあ、ご機嫌いかがかな?」

「最悪に決まってるでしょ。早くあたしたちの縄を解いて、ここから出しなさい!」

「ついさっきまで、助けを求めていた割には元気そうじゃないか」


 男の言葉に黒髪の少女の顔がゆがむ。

 やはり、助けを求めていたのは彼女だったようだ。

 さっき話していた感じだと平静を装っていたが、もしかしたら精神的に限界だったりするのかもしれない。

 いや、見知らぬ男に捕まって地下牢なんかに一人で閉じ込められていたらそりゃあ心細いに決まっていた。

 少女は叫ぶように言う。

 

「うるさい! 黙って!」

「随分と嫌われたものだ。今回は、君に良いニュースを伝えにきたんだがな」

「……良いニュース?」


 震えた声だった。

 少女が聞き返すと男は大きく頷く。


「そうだ。君のお陰でついに見つけたのだよ。今までの素体は駄目だったが、ついに儀式が出来る」

「……見つけた? ……儀式? 何を言っているの?」


 上機嫌な男の声。

 ちんぷんかんぷんだった。黒髪の少女にも分かっていないようで、怪訝そうに聞き返す。

 男は嬉しそうに語り出した。


「無論、彼女のことだとも。彼女は君の声を聞いて、勇敢にも君を助けるためにこの建物に近づいてきてくれたのだ。本当に君には感謝しているよ」

「……えっ?」


 少女が目を見開く。

 一度、話し始めた男の言葉が止まらない。


「フッ、彼女は素晴らしい逸材だ。極上の魔力に、穢れのない血。高潔な精神性に、そして何より見た目が美しい。最高の生贄だ。きっと私の(あるじ)もお喜びになるだろう。全て君のお陰だ」

「…………っ!?」

 

 そう言って男はニヒルに笑う。

 黒髪の少女は衝撃を受けたようだ。俺の表情を見て、絶望したような顔つきを浮かべている。

 多分だが、彼女は優しいのだ。目覚めたばかりの俺を心配そうに眺めてくれていたこともそうだが、さっきも見た目が幼い俺をこの男から庇うためにわざわざ前に出てくれた。

 これはひとえに彼女が優しいからだ。

 ……だから彼女は、責任を感じているのだろう。

 自分が助けを求めたから、俺が捕まってしまった、と。

 目の前の男はそれを分かっていて言っているのだ。

 

「……あ、たしのせい、なの?」

「あぁ、君のお陰だとも」


 分かっていて、彼女の心を執拗に痛めつけている。

 俺はイカれていると思った。この男はイカれている。ヤバいやつだった。

 それと同時にふつふつとした怒りを感じた。この男に対してもだが、間抜けにも捕まった自分自身に。

 見た目こそこんなだが、俺は彼女より年上だ。この優しい少女を守ってやらなくてはならない。

 そのために何とかして、何とかして彼女を逃がそうと思った。

 だが、逃がそうにも両手は縛られてるし、仮に隙をついて逃げれても足を拘束されてるせいですぐに追いつかれてしまう。


「さてと。早速儀式を始めようか」


 男が牢屋の扉に手をかける。ガチャガチャと鍵を開けるつもりらしい。

 何か、何かないか? 必死に頭を張り巡らせる。

 せめて足の拘束さえ無ければ隙をついて股間を蹴り上げてやるのに。

 縛られている現状だと、まともな攻撃なんて頭突きか、噛み付くくらいしか出来ないぞ。

 そうこうしていると、ガチャンと音を立てて鉄の扉が開く。


「ーーーー!」


 くそっ、良い手が思いつかないし、こうなったらやるしかない。

 どーにか隙を作って、少しの時間でもいいから男を押さえつけるのだ。

 最低目標は彼女を一階まで逃がすことである。地下ならほとんど声は届かないかもだけど、一階まで上がって助けを求めれば、声も響くはずだ。

 もし成功して、彼女一人逃がせれば儲けものだ、きっと衛兵を呼んでもらえる。

 ……俺は治癒魔法が使えるんだ。多少痛みつけられても、少し、少しなら耐えれるはず。いや、耐えてみせる。

 二人とも生き残るには、これしかない。

 俺は、固まっている少女の耳元でそっとささやく。


「ーーーー時間を稼ぎます、助けを呼んできてください」


 頼むぞ、本当に頼むぞ。

 男が牢屋内に入り、一歩、また一歩と近づいてきた。

 壁を支えにしてどうにか立ち上がる。腕を後ろで縛られていることと、足が拘束されている二重苦で、体勢が安定しない。

 多分、初撃を外せばデッドエンドだ、その事実に心臓が張り裂けそうなほど早鐘を打つ。カタカタと身体が震えた。

 きっと、今の俺の表情は恐怖におののいているように見えることだろう。

 現に、近づいてきた男は俺を見て口元に笑みを浮かべていた。

 そして、その時は訪れる。

 男が、俺を連れ出そうと手を伸ばした瞬間だった。


「ーーーーお、っらぁ!」

「がっーーーー!?」


 手が、俺の身体に触れる直前、思いっきりしゃがみこむ。

 男の腕が空を切った。直後、両足に力を込め、飛び上がる様にして、俺は男の顎にヘッドバッドをかます。

 ゴチンッ! と男の顎から良い音がなると同時に、俺の頭に激しい痛みがはしった。


「逃げて! 助けを呼んできて!」

「!」


 一瞬視界がくらくらするが、どうにか耐えて、少女に向かって叫ぶ。

 フリーズしていた彼女は何が何だか分からない顔をしていたが、俺の叫びは届いたらしい。

 ハッとした顔をして、少女は両足でピョンピョンと跳ねるように牢屋の入り口をすり抜けていく。

 さて、ここからは俺がどれだけ時間稼ぎできるかの戦いだ。

 顎を思い切り打ち、ふらついた男に全力でタックルして、押し倒す。


「お、おおおぉっ!」


 小柄な体躯なので、正直押し倒せるかどうか怪しいと思っていたが、直前のヘッドバッドが効いていたらしい。

 訓練の時はトーヤから武器の扱いをボロクソに言われていたが、これでも素手の喧嘩なら前世じゃそれなりに場数を踏んでいるのだ。

 ……主にトーヤのせいでな!

 何で不良抗争に巻き込まれたと思ったら、見てないところで美人だけど性格きつそーなスケバンと意気投合して地区制覇を目指すことになるのか。

 そしてなぜ俺も巻き込まれるのか、これが分からない。

 ……ともあれ、この場で大事なのは俺が場数を踏んだ経験があることである。

 いざという時は躊躇なくやれ、という精神があるのだ

 というわけで今日のユクモさんはバイオレンス。

 縛られている状態で思いっきりタックルしたので、俺も男とともに地面に転がる。

 当然受け身は取れない。頭から落ちるのだけは回避しようと横倒しに倒れこんだ。

 結果、頭をぶつけることだけは回避したが、全身を強く打ち付けた。先の背部からの強襲もあってひどく痛んで、涙がにじむ。

 しかし今は少しでも時間を稼がなくてはならない。

 追撃とばかりに男に噛みついてやろうと口を開けて、とびかかろうとして。

 俺のお腹に、ズンッ! と衝撃がはしった。体が持ち上げられる。


「ーーーー」

「……ずいぶんとおてんばな子だ。だが、身を挺して彼女を逃がそうという精神は嫌いではない。実際、手際も良かった。思い切りが良いというのかな?」


 男の声はもはや俺には聞き取れなかった。口からカヒュッと空気が抜ける。

 いったい何が起きたのかまったく分からない。

 動かなくちゃ、動いて時間稼ぎをしなくてはならないのに。

 何が起きたのか。目を見開いて、自分のお腹を見て驚く。

 ーーーー男の腕が、俺の腹に突き刺さっていた。

 いや、腕ではない。男の腕から先が紫色の鋭い爪に変化していた。

 真っ白い修道服が、赤い血に染まりだす。

 直後、勢いよく爪が引き抜かれた。


「あ、ぁああああああっ!?」

「良いだろう。生贄は君一人で十分だし、彼女は見逃そうじゃないか。どのみち儀式さえ終われば私の目的は済むのだからな」


 腹から前世の死にざま以来、感じたことのないような激痛がはしった。

 とびかかった俺を支えていた腕が引き抜かれたことで、俺はそのまま冷たい地面に倒れこむ。

 痛みにただ、叫ぶしか出来なかった。

 これは、ダメだ。死ぬ、死んでしまう!

 そう思って回復魔法を使おうとどうにか祈りを捧げようとするが、上手く魔力が練り上げられない。

 何でだ!? 思わず混乱していると、男は説明する。


「無駄だ、君に付けた首輪は通称、魔法殺し。付けている限り君は魔法を使えない」

「!?」

 

 それを聞いて、俺は思わず顔面蒼白になった。

 多少なりとも乱暴されようが、魔法で回復してやれば助けが来るまでは耐えられると思っていたのに。

 回復できないんじゃ、そもそもの前提が成り立たない。

 腹部から染み出した血が、白い修道服を染めていく。

 どう考えても、不味かった。回復が出来ないとしたら、この傷は致命傷になりかねない。

 

「……ひーる!」


 祈る。体内の魔力を練り上げようとするが、上手くいかない。

 今の俺に取れる手段はこれしかないのだ。諦めずに繰り返す。

 だが、上手く魔力が練れない。練ろうとしても、霧散してしまう。

 身体が震える。気がはやった。血が流れすぎたら死んでしまう! なのに、上手くいかない。

 

「……ひー、る」


 祈る。

 そうしている間に、地面に血が広がっていく。

 魔力が練れない。昨日まで簡単に動かせていたのに、今は体内の魔力をまともに動かすことができない。

 まずい、これは本当にまずい!

 頭が上手く働かない。つい先日味わったばかりの、死を感じた。

 血が抜けて、声が、上手く出せない。


「……ひ、……ぅ」


 三度目の祈りをする頃には、もはや呪文すら唱えられなかった。

 身体が冷たくなる感触がする。

 じわりじわりと時間が経つたびに、死が近づくのを感じた。

 アドレナリンでごまかされていた恐怖があたまをもたげる。

 同時に急速に後悔に襲われた。

 こんなことになるなら女の子を逃がそうなんて考えず、自分で逃げれば良かったのだ。

 いや、それより前に、声なんか無視しておけば良かった。あるいは確認なんてせず、迷いなく衛兵を呼んでれば、こんなことには。

 ……現実逃避だった。でも、本音だった。

 こんな時でも、あの子が逃がせて良かったと思えるくらい、心が綺麗だったら前世で彼女も作れていただろうか?

 もしくはトーヤだったら、上手いことこの場を切り抜けるんだろうな。

 ぼんやりとした思考を浮かべていると、不意に男が俺を転がした。


「さて、このまま死なれては困る」

「がっ、あ、あぁっ!?」


 ただでさえ痛いのに、無理やり動かされたせいで激痛がはしる。

 だが、地獄はここからだった。男が俺の腹部に手を当ててこう唱えたのだ


「ーーーーフレア」

「ぁ、ああああああああああっ!?」


 直後、燃えるような熱さを感じた。

 じゅうっと肉の焼ける香り。だが、それが自分のお腹からしていた。

 激痛なんてものじゃなかった。もう思考なんて全部飛んでいく。

 悲鳴を上げることしか出来なかった。

 やめてぇっ! と懇願したけど、やめてくれなかった。

 前世の死にざまも酷かったが、あれは短い時間だったからまだ良かった。転生したあとにも、そこまで大きく尾を引くことはなかった。

 それが、今回はじっくりと傷口を焼き上げられたのだ。

 耐えられるわけもなかった。もう、何が起きてるか分からなくて、泣きわめいて、悲鳴を上げた。

 途中、意識を失った。だが、ほとばしる痛みでまた目が覚める。

 これが何度かループした。

 男は顔色一つ変えずに、傷口を燃やし続ける。


「ああああああああぁっ!!!? やめてっ!! たずげてっ、たずげてぇっ!!!!」


 ごめんなさいと泣き叫んだ、許してくださいと泣きわめいた。

 何度もたすけてと叫んだ。

 でも駄目だった。

 男は執拗に傷口を熱していた。

 恐怖を感じた。本当に殺されると感じた。

 逃れたかった、今すぐこんな痛い目から抜け出して、解放されたかった。

 時間の流れが恐ろしく遅かった。

 やがて、何も考えられなくなる。

 そしてーーーー。






 どれだけの時間が経ったのだろうか。

 案外、時間にすると数分の出来事だったのかもしれないし、数十分経っているのかもしれない。

 もう、何もかもが分からなかった。

 泣きわめく力すら使い果たしていて、思考することもままならない。


「…………」


 いつの間にか、俺は抱き上げられていたらしい。

 疲れ果てているからか、地獄を見せられたからか、反抗する気は起きなかった。

 もう駄目だった。反抗しても痛い目を見るだけだと理解させられたのだ。

 耐えがたい激痛に長時間晒されたせいで、指先すら動かす気にもなれなかった。身じろぎ一つでもして、この男の機嫌を損ねるのが怖かった。

 男に抱き上げられたまま、しばし揺られる。階段を登っているらしい。

 やがて、視界がほんの僅か明るくなる。一階に出たようだ。外は夜になっていた。

 そのまま運ばれた俺は、どこかに寝かされる。

 固く冷たい地面だった。

 男は言う。


「ーーーーさて、儀式を始めよう」


 と。










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