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王都観光に行って迷子になる話①

 



 洗礼の儀。

 それは聖魔法が使える者を国が管理するためのただの登録作業ーーーーではない。

 確かにその側面もある。実際に聖魔法を行使できるものは少なく、数が必要なのは確かだ。

 だが、本質は違う。

 本質は、いずれ来る災厄。魔王と呼ばれる存在が持つ、闇の防壁と呼ばれる絶対防御を貫く力を持った聖人を捜すための儀式である。


 見分け方は単純だ。

 実は女神像は遥か昔、人間と神がやり取りをする場として使われていた。

 その時代では人と神がやり取りするのが当たり前なほど神の力が色濃く大地に存在し、多くの人々が神を降臨させるほどの力を行使できたのだ。

 闇の防壁を晴らすには神の力で対抗するほかない。

 つまりは、女神像に祈りを捧げて神を降臨させることが出来れば、それすなわち神の力を行使できる者ーーーー聖人として認定されるのだ。

 しかし近年ではその数は絶滅寸前とも言えるほど減っている。

 実際、最後に発見された例はもう五十年も前のこと。

 その女性ももはや年老いてしまい、いつ亡くなるか分からない。

 だからこそ、神父は目の前の光景をただ、ただ信じられない思いで眺めていた。


「ーーーーヒール」


 それは白い小さな少女だった。

 さらりとした白い髪の毛に、白を基調とした修道服。

 その碧眼の目だけが、唯一の色とも言えそうなくらい白い。

 整った顔立ちで、地面に膝をついて、胸の前で両手を合わせて祈るその姿は、彼女自身の純真さと無垢を感じさせた。

 変化があったのは直後だった。

 少女が祈り始めた途端、女神像が淡い光に包まれ、輝きだしたのだ。

 幻想的な光だった。白い小さな光、それらが女神像からあふれ出し、一か所に集まって幻影のようなものを形作っていく。

 その姿は、ぼんやりしていて神父には正確に見えなかったが、彼は不思議と女神の姿を幻視した。

 幻影の女神は祈り続ける少女に近づき、優しく抱擁して、やがて消える。

 その神話の一端のような光景を見た年老いた神父は確信した。

 彼女、彼女だ。間違いない。彼女こそ、聖人。

 ーーーー新しい聖女、その人なのだと。












 異世界に来てから八日目。

 トーヤ達が帰ってきた。全員無事で怪我一つないらしい。

 何が出たのかを聞いてみると、ビームオーガの群れが出たとか。


「ビームオーガは大きな一つ目のオーガで、名前の通りその大きな目からビームを撃ってくるのが特徴です。ビームだけでも脅威なのに、オーガらしく近接もこなせる困ったちゃんですね。しかも今回はビームオーガの群れに加えて、親玉にビームオーガグレートが居たのでとても大変でした。想像してみてください、十メートルくらいある巨人が目からビームを撃ちながら大暴れしてる姿。すっごい迫力でしたよ!」

「あいつら、厄介だったの。ビームの一発一発が木を破壊するくらいの威力があるし、地味に炎属性効果もあるから森が燃えまくってて、もうやべえの。ヒナが地面魔法で巨大な壁を作らなかったら丸焦げだったの」

「……何その近距離と遠距離両方から殴ってくる物騒な生き物」


 上からサイカ、ヒナ、俺のセリフである。

 相変わらずこの世界の魔物事情は意味不明だ。

 というかやべえな、そんな戦いに巻き込まれたら多分俺死ぬぞ。

 むしろどうやって倒したの?


「まず動かれると収拾がつかないので、足を止めることにしましたね。水魔法を使いこなすと氷も作れますから、私が地面を氷漬けにしてビームオーガ全員の足を氷漬けにしたんです」

「防御はヒナの役目だったの。地面魔法で防壁を作って、ビームを防いだり、森が燃え広がらないように土を盛り上げたりしたの。あとは闇魔法で遠距離攻撃したり、ついでにちょいちょい呪って弱らせたりもしたの」

「あとは私とトーヤが前に出て、ビームに当たらないようにしながら殺してった感じね」


 いや、話聞いてると君たちだいぶ強くない?

 魔法で防いだり足止めしたりも大概だけど、ビーム撃ってくる相手に正面から突っ込んでいくってやばくね?


「まあ後ろからサイカやヒナもサポートしてくれたし、炎魔法の爆発を利用して移動すればレーザーより速く動けるから」

「どういうことなの……?」


 レーザーより速く動くってもはや人間業ではないような。

 いやでも、二日前に見た戦いでジークがとんでもない大ジャンプしてたしこの世界だと人間の身体能力って高いのか?

 

「いや、前衛の二人がおかしいだけなの。あのレーザーの雨に突っ込んでいくのはハッキリ言って頭のネジとんでるとしか思えないの」

「ヒーナー? 喧嘩売ってる? 買おうか?」

「ぴゃっ、トーヤ、助けて! このままだと野蛮な女に襲われちゃうの!」

「誰が野蛮な女よ!」

「きゃー! 暴力反対なの!」


 口が悪いヒナに対して、ルカが良い笑顔で近寄ると彼女は鳥のような鳴き声を上げてトーヤの後ろに隠れる。

 だが、言葉選びが悪かった。

 野蛮呼ばわりされて我慢ならなかったらしいルカがヒナを追いかけまわし始める。

 その様子を眺めつつ俺はサイカに尋ねた。

 

「ねえ、ちなみにビームオーガグレートってのはどうやって倒したの?」

「そうですねえ。普通のビームオーガと比べてサイズが段違いなので、私とヒナちゃんの二人がかりで足を止めて、ルカちゃんがビームを防いで、トーヤくんが正面からぶった斬ってフィニッシュでしたね」

「十メートル級の巨人って正面からぶった切れるものなの!?」

「実際、それで倒しましたからねえ。かっこよかったですよー、トーヤ君が雷を剣にまとって巨人を袈裟斬りにする姿」


 何その主人公みたいな技! ずっこい! 俺も使いたい!

 いいなー、絶対かっこいいじゃん。

 わあ、と。目をキラキラさせて羨ましがるとサイカに撫でられた。いや、何故?


「ふふ、ごめんなさい。何だかかわいらしくって」


 そう言って微笑む姿は何だかとても余裕を感じさせた。

 なんていうか、大人が子供のほほえましいところを見た時のような、そんな感じ。

 だが、その髪を撫でる手は優しくて、気持ちよかった。

 子供扱いされてむっとするような心が狭いユクモさんではない。トーヤ狙いの子とはいえ、美少女に撫でてもらえることに若干の下心もあってサイカに身を任せていると、コンコンと扉がノックされた。

 扉を開けるとカイゼル髭の老執事さんが立っている。


「勇者様、王がお呼びです。謁見室へお越しください」

「フランが……? 了解した」


 王様がトーヤに何やら用があるらしい。

 トーヤが部屋を後にしていく姿を見ていると、サイカが不思議そうに呟く。


「……王様がトーヤ君に何の用でしょうか? この前のビームオーガグレートの件は報告したはずなんですけどね。それにトーヤ君だけを呼び出すなんて」


 確かにちょっと不思議だ。

 んー、あの王様もトーヤを狙ってそうな感じだったし、意外と公務を口実に二人きりの時間を作りたいとかじゃないだろうか。

 俺としては誰でもいいからトーヤと付き合ってくれる女の子が決まるならそれでいいし別に気にしないけどな。

 まぁでもサイカからしたらライバルだろうし、気になるところだろう。

 とはいえ国王が直々に呼び出して話がしたいってのを覗いたりするのは色んな意味でアウトだろうから、やめとくが吉だと思う。

 そう言うとサイカも頷く。


「そうですね。トーヤ君のクソボケ……もとい、鉄壁さは分かっていますから帰ってきたら聞くとしましょうか」


 そして話は雑談に戻った。

 そういえば、とサイカが尋ねてくる。


「ユクモちゃん、女の子としての生活には慣れてきましたか?」

「あー、うんおかげさまで。下着への抵抗感は無くなってきたし、お風呂とかトイレも気にしなくなってきた」


 初日の方を思い出す。

 下着を買った後、履くときは割と覚悟が必要だった。

 あとお風呂やトイレ事情。

 実はこの世界、お風呂にも入れば、座るタイプのトイレがある世界である。

 恐ろしいことにこの世界は下水道がちゃんと整備されているのだ! 初めて知った時はうっそだろ? と思ったが、マジだった。

 いや、実際の中世のように人々がお風呂に入らず、窓から溜まった排泄物を投げ捨てる公衆衛生激ヤバな世界とか絶対にごめんだったからむしろありがたいし、思わず感動してしまった。


「ちゃんと言われた通り髪のケアとかもやってるよ。女の子って時間かかるんだね」

「それが分かっているなら順調に女の子の生活に慣れているみたいですねえ。ちなみに仮定の話ですが、男に戻りたいと思いますか?」

「そりゃあ、戻れるならね。見た目はどうあれ、心は男のままだし。恋愛対象も女の子のままだし」


 男に戻れる手段ってあるの?

 あるなら割と戻りたいぞ。何せこの身体は貧弱が過ぎるし、ついでに女の子の生活が思ったよりも面倒なことも分かったし。

 そう思って少し期待の目をすると、 


「……あ、期待させたならごめんなさい。そういう手段は全くないし、心当たりもありません」

「そっか、残念」


 特に戻れる手段はないらしい。

 となるとやっぱり女の子として生きないと駄目なわけか。

 これまでの数日間は割となあなあで過ごしてきたが、そろそろ現実を受け止めないといけないかもしれない。

 下を向いてそんなことを考えていると、俺が落ち込んでしまったと思ったのだろう。

 サイカが「そ、そうだ」と話を切り替えるように提案してくる。


「ユクモちゃん、良かったら今日、街にお出かけに行きませんか? ここ数日間はお城から出てないんですよね?」

「街って王都? いいの?」

「はい、美味しいものを食べにいきましょうっ!」


 王都か、確かに最後に行ったのは教会で洗礼の儀を受けに行ったとき以来だ。

 あの時は神父さんがわざわざ城まで来て、連れて行ってくれたからな。

 確かに一度ちゃんと見てみたい。

 そういうわけで王都に行くことになった。











 王都は分かりやすいファンタジーな街並みだった。

 石材や木材を中心とした景観で、地面は見渡す限り舗装されている。

 大通りには多くの竜車が行きかい、大トカゲがそれを引いていた。馬よりもやや大きいぐらいのサイズ感だ。

 そんな街中を歩きながら、俺は興奮していた。


「ふおぉ! すごい、ファンタジーの世界だ」

「あのトカゲの名前はリザードスと言います。ドラゴンの一種ですが、空は飛べません。代わりにその強靭な足から生み出されるパワーは大きな竜車も軽々ひける力持ちさんですよ」

「……はぁ、何でヒナまで付き合わされてるの? あとその態度はいかにも田舎から上京してきました感があるからやめるの。みっともないの」

「いや、ヒナ。アンタも初めて見た時お目目キラッキラだったでしょうに」


 現在、俺たちは四人で街中を歩いている。

 サイカが、「ルカちゃんとヒナちゃんも一緒に出掛けましょう」と誘ったのだ。

 そういうわけで女の子四人で外に出たというわけである。

 にしても、こうやって改めて見ると三人とも美少女だな。

 横に立って歩いていると俺のちんちくりん具合が目立つわ。

 サイカが一番身長が高くて、次にルカが、その次に小柄なヒナで、さらに小柄な俺。

 一般的観点で言えばヒナも十分小さい部類なのだが、俺はそこからさらに背が低い。

 多分百三十五センチくらいしか身長が無いのではなかろうか。

 トーヤが百八十センチあるから、立っている時は顔を見上げないといけないんだよな。

 何だか子供に戻ったような気分だ。

 と、そんなことを置いておいて目の前のファンタジーである。

 馬車が行きかう大通りから、人々が多く行きかう通りに入るとまた別世界であった。


「おぉー! ファンタジーっぽい謎の露店が立ち並ぶエリアだ」

 

 道の左右にずらっと露店が並んでいたり、店がある通りが目に入る。

 見たことない果物を売っている店や、よく分からない文様のアクセサリがあったり。

 目に入るもの全てが気になって、思わずキョロキョロと見回す。


「この辺りは露店通りですね、事前に許可証を取る必要はありますが、誰でも露店を出せるスペースです。主に旅の行商人の方が一時的に物を売るときに使用されていますね。王都に無いものを売っていることが多いので珍しいものがあることもありますよ」

「……あんまり大きな声では言えないけど、アクセサリ系は呪われている場合があるから注意が必要なの。触れるだけで呪われるやばやばアイテムもあるの」


 例えばそれ、とヒナが指さしたアクセサリを見る。

 三日月のアクセサリだ。見た感じは普通のアクセサリに見えるが、


「見た感じ悪夢の呪いがかかっているの。持っていると夢見が悪くなって、微妙に気分が悪くなるの」


 へえ、そういうの分かるものなんだ。


「ヒナは闇魔法使いの中でも特に感覚が鋭いから、分かるの」

「なんだかんだ優秀よ、こいつ。前にサイカが呪われてた時も逆探知して、呪い返ししてたし」

「邪道、搦め手どんとこいなの。ヒナが返り討ちにしてやるの」


 そう言ってクスクス笑うヒナは何というか、悪役っぽかった。

 三人の中じゃ多分一番良い意味で性格が悪い子だからなあ。

 あと苛烈な子だから、やり返すときは倍返しじゃすまないだろう。

 ともあれ色んな商品があって気になるな。


 赤色のみずみずしい色の果実とか、ホカホカと美味しそうな香りの串焼きのお店とか。

 いつか、自分でお金を稼げたら、色々自由に買い物もしてみたい。

 ……どうやってお金を稼ぐかが問題だけどね。

 うーん、怪我を治療して代わりにお金をもらうとか? それとも何か便利系グッズでも作ってみる?

 魔物を倒すのはこの貧弱ボディでは多分無理だろうし。

 そんなことを考えてーーーー


「ーーーーあれ?」


 ふと気づいた、さっきまで居た三人娘がいない。

 周囲をキョロキョロ見回してみるが、身長が低いせいで人垣に阻まれて見えない。

 近くには居ないようだった。

 先に行ってしまったのだろうか? 焦りの感情が生まれて、もう一度遠くを見つめると、居た。

 見慣れた金、オレンジ髪、ピンクの髪が見えた。

 ごめんなさーい! と人々を押しのけて追いかける。


「待って待って! おいてかないで!」


 そして先行く三人に声を掛けた。

 だが、その時気づいた。装備が違う。

 振り返った三人は俺を見てキョトンとした。


「誰、この子? 知ってる?」

「私しらなーい」

「私も」

「ご、ごめんなさい。間違えました!」


 知らない人だった。

 謝って離れ、道の端に向かう。

 改めて周囲を見回してみるが、三人娘らしき姿は見えない。

 街の中で、ポツンと一人きりになった俺は、呟く。


「もしかして、迷子?」


 そう、それは完全無欠に迷子であったーーーー。

 







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