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一週間が過ぎていく話(後編)






 異世界にきて五日目。

 今日も今日とて基礎トレーニング。

 ちなみに今日の担当はツンデレ系美少女のルカだ。

 彼女はトレーニングの前に言っておくことがあるわ、と俺に向く。


「今日は私がトレーニングを付けてあげるけど一つ約束して。トレーニングしてて、もう駄目な時はちゃんと申告しなさい。気合とか根性なんて時代遅れだし、無理をすれば強くなるわけじゃないから。私が監督する限りは無理して倒れるなんて絶対に認めないわっ。それに今のアンタは小さな女の子なんだから、いつまでも男でいた時の感覚で無茶しないようにね。分かった?」


 ド正論だった。

 いや、まったくもってその通りだと思う。

 先日の件は実際、倒れてしまって迷惑をかけてしまったので言い訳のしようがない。

 俺は頷く。


「それともう一つ。例外もあるけど……異世界に来たからって、すぐに漫画やアニメのような動きが出来るわけじゃないわ。大事なのは積み重ねよ。千里の道も一歩からって言うように、少しずつ強くなりましょう」

「……はい」


 少したしなめるように、彼女は言った。

 今の言葉の真意は俺でも分かる。

 焦らなくていい、彼女はこう言っているのだ。

 ルカは続けて呟く。

 

「正直さ、目が覚めたら一年も経ってて、見たこともない世界でただ養われている不安は分かるわ。私たちだってこの世界に来たばかりはトーヤにおんぶにだっこだったから。戦うのだって怖かったし、自分たち以外で心の底から頼れる相手もいないから、見捨てられたらどうしようってずっと不安だった。何かしなきゃっていう焦りがあった。アンタもそうだと思う。でも、それなら余計に無理して倒れるなんて駄目よ。それこそ本当に迷惑になるわ」

「!」


 ピタリと思っていたことを言い当てられて俺は驚いた。

 だが、納得する。当たり前の話だった。彼女たちも、最初は不安だったのだ。

 きっと、今の俺は彼女たちの過去の姿なのだろう。

 それだけに彼女の優しさが、すっと胸に深く届いた。


「結果的に私は剣を、サイカは知識と魔法を、ヒナは搦め手に対応できる力を鍛えてる。どんなことがあっても対応できるようにね。良かったら参考にしてちょうだい」


 ちょっと真面目な話になっちゃったわね、と彼女は微笑む。

 いや、今の俺には本当にありがたい話だった。

 彼女たちへの見方が変わる。いつもはトーヤをめぐって感情的だったりする印象が強かったけど、それは俺の視野が狭かっただけだった。

 彼女たちは尊敬できる人間だーーーーそう、思った。


「さて、じゃあランニングから。始めましょう」

「はい!」


 ルカの号令に合わせて俺は後ろをついて走り出す。

 心がとても落ち着いていた。

 不安が無くなったわけじゃない、でも焦らなくていいって分かったからだ。

 もともと、無意識のうちに体に力が入っていたのかもしれない。

 なんだか体が軽い……。

 晴れやかになった心で、駆けていく。

 こんな気持ちは初めてだ。

 あぁ、もう何も怖くないーーーー。







 


「コヒュッ……は、ひぃ……げほっ」

「……ウソでしょ、まだ準備運動なのに」


 駄目でした。

 数分後、俺は地面に横たわっていた。

 いくら気持ちが楽になったとはいえ身体能力は変わらなかったらしい。

 いや、うん。ルカが言いたいことも分かる。

 俺自身が一番信じられないもん、この身体はめちゃくちゃ貧弱だ。

 

「えっと、だいじょうぶ?」

「……こほっ、……けほっ……、ちょっと、きゅーけい……」


 ルカが心配そうに見下ろしているが、俺には返事をするのがやっとだった。

 前回同様に心臓はバクバクだし、喉の奥には鉄の香り。

 息を吸って、吐いてと繰り返しても中々収まらない。

 なぜだか、心臓が苦しい。


「う……っ、ふ、……ぐぅ……けほっ」


 咳をして、呻く。

 ぎゅうっと服を握りしめて、倒れたまま息を整えた。

 そうして数分、ようやく体調が落ち着いてくる。

 どうにか上体を起こして、起き上がるとルカが近寄ってきた。


「ユクモ、ほら、飲み物持ってきたわ! のめる?」

「う、ぃ」


 そう言って手渡してきた水筒を受け取る。

 手が小さくて片手だと持てないので、両手で落とさないように持ち、ちびりと飲んだ。

 冷たい飲み物が喉元を通り過ぎて、少し楽になる。

 ふぅ、助かった。


「ー-けふっ、ありがと」


 お礼を言って水筒を返すと、ルカは呆然とした表情で俺を見る。

 ……何かあったのだろうか?

 うーん、分からん。

 その後も一緒にトレーニングを続けたが、ルカはちょいちょい俺を見ていた。

 いったいなんだったのだろうか?







 異世界に来てから六日目。

 今日はこの世界に来てから初めてのオフの日。

 というのも王都から少し離れた場所で魔物の群れが現れたようで、トーヤ達が討伐しに行くらしく、俺はお留守番を言い渡されたのだ。

 誰か怪我するかもしれないわけだから、俺もついて行った方がいいのではと思ったが、今回は城お抱えの治癒術師さんが行くから問題ないとのこと。

 そんなわけで一日暇になったのでお城の中を散策してみることにした。


 アークライト王国のお城はとても大きい。

 白を基調としたお城で、見た目の印象はドイツにあるノイシュヴァンシュタイン城が近いだろうか。もしくは明るいホグワーツ?

 いわゆる白亜の城といった印象で、内部まで装飾が凝られている。お城が広いからか使用人も多く、せわしなく働いている様子だ。

 きっと地球にあったら観光地になっているだろうな、そんなことを思いながら歩いて一通りお城を見たあとは、城の外の訓練場に向かった。

 実は訓練場も一つではなく複数ある。

 俺たちが普段使っているのが小さな訓練場で、その奥には城の兵士さんたちが日々鍛錬にいそしむ大きな訓練場もあるのだ。

 思えば、俺はまだトーヤ達が戦っている様子を見たことがない。

 そのため、どのくらいの強さが求められる世界なのか分かっていない。

 だからこそこの世界の兵士さんを見ればそれが分かるかも、と思ったのだ。


「ここからなら、見れるかな」


 大きな訓練場に近づくと、芝の生えた広々としたスペースで兵士さんたちが訓練しているのが見えた。

 鋼の鎧というのか、鉄製の鎧を身にまとい、剣を構えて地面に突き刺さった棒らしきものに切りつけている。

 また横では走り込みをしている人々や、一斉に腕立て伏せをするグループもあった。

 そんな中で俺の目に留まったのが、端っこの方にある石造りのスペースだ。

 いわゆる天下一武闘会でもしそうなフィールドがあり、そこでは実戦形式で戦っている兵士さん達がいた。

 あれだ、あれを見ればこの世界で求められる戦闘スキルが分かるだろう。

 ここだとちょっと遠いな、もう少し近づけないか……?

 訓練を邪魔しないように、訓練場を大きく回り込んで実戦形式で戦っているエリアに近づいてみる。

 そして近づいてみると、思った以上の迫力があった。

 戦っていたのは赤髪の青年と、黒髪に髭を生やした渋いおっさんだ。


「はあああっ!」

「うおおおっ!」


 男達の叫びと、ガキンッ! とぶつかり合った剣が火花を立てた。

 その速度はとても速い、視認こそ出来るものの自分が向けられたらまるで反応出来ない速度だ。

 それが一合、二合と繰り返され、お互いに間合いを取る。

 続いて赤髪の青年が渋いおっさんに手の平を向けた。


「フレアっ!」


 直後、炎の弾が発射された。

 渋いおっさんはその炎の弾めがけて剣を振るう。


「なんの、これしきぃっ!」


 切り裂かれた炎の弾が真っ二つになって、背後で爆発した。

 だが、それは視界を遮るための牽制だったらしい。

 おっさんが目を見開く。


「ーーーーなっ!」


 気が付くと青年が空に飛びあがっており、その刀身が炎に包まれ、剣が巨大化した。

 炎に包まれた巨大な剣を全身で振り下ろすかのように青年がのけぞる。


「終わりだ、紅蓮斬(ぐれんざん)っっーーーー!?」


 そして青年が思い切り剣を振り落とそうとした時だった。

 ふと、俺と目線が合った。

 どうやらこっそり見ていたのがバレたらしい。

 見慣れない人がいたことに驚いたのか、振り下ろしが一瞬遅れた。

 それが原因だったのだろう。

 

「おい、前! 前を見ろっ!」


 渋いおっさんが赤髪の青年に向かって叫ぶ。

 空中から剣を振り下ろす青年に対し、反撃で剣を突き出していたのだ。

 普段ならなんてことない一撃だが、青年が急によそ見をしたことで、防がれることのないまま真っすぐ彼の心臓に向かって突き出されていた。

 

「ーーーーっっ!!!?」


 ハッとしたように赤髪の青年が前を向き、慌てて身をよじるが回避しきれなかった。

 直後、鮮血が舞う。

 その一部始終を、俺は見ていた。

 青年が地面に倒れて、周囲に仲間が駆け寄る。

 その腹部を剣が貫いていた。


「ぐっ、ごほっ……! ごほっ」

「っ! 大丈夫ですか!? おい、誰か治癒術師を呼んでこい!」

「兵士長、駄目です! 常駐の者は今日、勇者殿と魔物の討伐にっ!」

「くそっ、今日に限って! 他の者は!?」

「こ、これほどの傷を治せるものは、今城内には……!」


 剣を突き刺した渋いおっさんは一瞬、呆然としていたがすぐに現実に戻ったらしい。

 叫ぶように兵士に声をかけると、青年の体をそっと動かし座らせる。

 その様子を見て、俺は自然と身体が震えていた。

 だって、間違いなく俺のせいだったからだ。

 青年が急によそ見をしたのは、俺と目が合ったからで、俺がここに来なければこんなことは起こらなかったのだから。

 だから、これは俺のせいだ。

 ーーーー奥歯をかみしめて、倒れた青年の元に駆け寄っていく。


「どいてください!」


 叫びながら集まった兵士さんをかき分けて青年の元に飛び出す。

 そして目の前で青年を見ると、酷い傷だった。

 血が流れ、ぐったりとしている。心臓からは外れているようだが、大けがには変わりない。

 内臓の知識がないから俺には判断が付かないが、お腹には色んな臓器があると聞いたこともある。

 傷口を見て顔を真っ青になる俺を見て、渋いおっさんが何事が怒鳴っているが、聞こえなかった。

 傷は治せる、と思う。でもそのためには剣を抜かなくてはならない。

 青年は酷く顔色が悪いが、意識があるらしい。こちらも何事か話していたが、耳に入らなかった。

 代わりにポケットからハンカチを取り出し、噛ませて叫ぶ。


「今から剣を抜いて治癒します。意識を強く持って耐えてください!」


 ええい、男は度胸! 頼むからショック死しないでよ! そんな思いで、青年の腹部に刺さった剣を引っ張りだすと、血が噴き出した。


「ーーーー!!!!」


 青年が口を大きく開けて、苦しそうな表情を浮かべた。

 腹部から噴出した血が、俺の顔や身体にかかるが、そんなことを気にしてはいられない。

 出血量が多くなると今度は失血死の可能性もあるのだ。

 早く治さなくては! 俺は地面にぺたんと座ると、胸の前で手を合わせた。

 魔力を練り上げて、魔法を唱える。


「ヒール!」


 この事件が起きたのは俺のせいだ。

 だから、お願い治って! 心の底から祈りながら聖魔法を行使する。

 倒れた青年を淡い光が包み、傷口が治っていくのが見えた。

 でも、まだだ。見た目だけじゃなくて内部の臓器も傷ついてるかもしれない。

 祈る、祈る、祈る。

 頭の中はもう真っ白だった。

 それからどれだけの時間が経っただろうか。

 確かなのは、魔法を使い続けたこと。

 そして、


「ーーーーあ、れ……?」


 前触れもなく、フッ、と俺の体の力が抜けたことだ。

 前にぐらりと傾いて、そのまま地面に倒れこむ。

 起き上がろうにもまるで身体が動かない。

 どころか、意識が沈むような感触がする。まるで寝る寸前のような、まどろみ。

 抗うことも出来ず、意識が闇に呑まれていく。

 ーーーーそして、俺の認識は途絶した。













 

 異世界に来てから七日目。

 目が覚めるとベッドに寝かされていた。

 どうやら倒れた俺を誰かが運んできてくれたらしい。

 血まみれになった服も着替えさせられていて、いつもの白い修道服姿だった。

 近くの使用人の人にあの後の話を聞いてみたが、どうやらあの青年は助かったらしい。

 いや、本当に良かった。

 あの事故が起きたのだって、多分俺が居なかったらそもそもあの青年がよそ見をすることもなかったわけで、それが原因で死にました、なんてなったら罪悪感が半端ないし。

 無事で何よりだ。

 それと、俺が急に倒れた理由も知った。

 どうやら魔力の使い過ぎが原因のようだ。

 あの時は、頭の中が真っ白になってて、夢中で唱え続けていたからなあ。

 今日一日は安静にしていてくださいねと言われた。

 というわけで暇なので、この世界の文字でも勉強するかと、この世界の子供向けの絵本を読んでみているのだが……。


「……読めない」


 まるで読めない。

 多分この世界の童話で、勇者が魔王を倒す話っぽいんだけど。

 他の童話も開いてみて、文字の洗い出しをしてみるが、分からない。

 悩んでいると、扉がノックされた。トーヤ達が帰ってきたのだろうか?

 どうぞ、と返事すると扉が開く。そこに立っていたのは昨日の、赤髪の青年だった。

 無事だと聞いてはいたが、真っすぐ背筋を伸ばして歩いている姿を見て、改めて俺は安堵した。本当に完治しているようだ。

 トーヤの一件と今回の一件で確信したが、魔法は絶大な効果があるらしい。あれほどの怪我をしていたのにピンピンしているのがその証拠だろう。

 と、そこで俺は気づく。

 よく考えたらベッドの上で座ったままなのは応対として失礼だった。ベッドから降りようとすると、慌てて青年がとどめる。


「そのままで構いません。押しかけてきた身ですし、僕は気にしません」

「いえ、それではお……私の気が済みません」


 俺、と言いかけて私と言い直す。

 最近、ルカが仲間内はともかく知らない人相手には女言葉を使えとうるさいんだよな。

 と、それは置いておいて。

 ベッドの上でいいと言われても、別に俺だって病人ではないのだ。

 トーヤ達ならいざ知らず、ほぼ初対面の人相手にそんなことは出来ない。

 フルフルと首を横に振ってベッドから降りると、足に力が入らずにクラっとする。

 魔力切れって、思ったより体に負担があるらしい。

 咄嗟にベッドのふちに手をついて耐えたが、見かねた青年にたしなめられた。

 

「良いから、安静に。僕は貴女に無理をさせたくて会いに来たわけではないのです」


 ほぼ初対面の相手に気を使わせてしまった。仕方なくもぞもぞとベッドに戻る。

 うぅ、恥ずかしい。情けないところを見られてしまった。

 というかこの青年、改めて見るとイケメンだった。

 燃えるようなツンツンした赤い髪に、紅い目。だが、どこか優し気な顔つき。

 立ち振る舞いも何だか騎士らしい感じで、丁寧な所作だ。

 にしてもだけど、普通に考えたら立ち位置逆じゃない? 目の前の青年は平然にふるまっているけど、あんだけ大けがしてたわけで。

 俺は別に怪我も何もしてなくて、魔力切れなだけなんだから、むしろ目の前の青年の方が寝なきゃダメでしょ。

 そう考えながら見つめていると、彼は一礼した。 


「まずは感謝を、貴女のお陰で助かりました。きっと貴女がいなければ僕は死んでいた」

「えっ、いやその。頭を上げてください。むしろ謝るべきは私の方です。ごめんなさい、私が訓練場を覗いていなければ、貴方はよそ見をすることはなかった」


 そう言って俺は頭を下げる。

 彼が気を取られたのは、訓練場に俺という不審者がいたからだ。

 戦いを見ていた感じ、彼が優位に戦闘を進めていたんだから、俺さえいなければ元々あの事故は起きなかったと思う。

 そういうと彼は強く否定した。


「ーーーーあれは単に僕の未熟です。断じて貴女の責任ではない。それに僕はお礼がしたいのです、貴女のために何か出来ることはありますか?」


 結構強い口調だったのを見ると退く気は無さそうだった。

 お礼がしたいと言われても……。

 でも、何か要求しないと満足しなさそうだし、うーん。

 あっ、そうだ。


「……では、この本を読んでもらえませんか? 恥ずかしながら、私は文字が読めなくて」


 そういって童話を差し出してみる。

 文字を勉強するにあたって、読み方が分からないせいで難航していたのだ。

 これなら相手はお礼が出来てハッピー、俺も勉強になってハッピー、万事解決である。

 そう思ってニコニコしながら頼んでみると、青年は一瞬険しい表情を浮かべた。

 あれ? 何か変なこと言ったかな? 不安になってどきどきしたが、気が付くと青年の表情が元に戻っていた。


「では僕が読みながら文字をお教えしましょう。本を貸して下さい」


 そして優しい表情で本の内容を読み上げてくれた。

 勇者として目覚めた王子様が世界を駆け巡りながら、各地の魔物をやっつけ、最後には魔王を倒す物語だ。

 それを読み上げながら、一文字一文字丁寧に読み方も教えてくれた。

 今までの俺はいわゆる、Aという文字があっても、それを「エー」と読むことを知らなかった状態だったので、形と音を合わせることでだいぶ覚えやすくなったと思う。

 物語も純粋に面白かった。

 色んな町の問題や人々と触れ合いながら、最初は自分以外の力を信じず孤高な感じだった王子様が人間的に成長していって、いつしか多くの人が周囲に集まるようになっていく過程は楽しかったし、王子様がピンチになると度々現れる謎の仮面マントの剣士の正体が、昔許嫁だったという、魔物に滅ぼされた亡国のお姫様だったのはビックリした。

 最後に魔王を倒す時には二人は恋仲になっていて、お姫様の身体の中に子供がいると知った王子様は、魔法でお姫様を部屋に閉じ込めて一人で魔王に挑みにいってしまうんだけど、劣勢で今にも死んでしまいそうなときに、ギリギリで合流できたお姫様が怒って、それにハッとした王子様があらためて「一緒に戦ってほしい」と言って、立ち上がるシーンは良かったし、力を合わせて倒す魔王を打倒するシーンは感動した。


「ーーーーというわけで、魔王を倒した王子様とお姫様は結婚して、幸せに暮らしましたとさ」


 そう言って青年は本を閉じる。

 童話にしては大長編だった。

 だがとても面白い話だったので個人的には大満足だ。

 文字の文法も日本語に近かったことで割と覚えられたし。

 面白い映画を見終わった時のような脱力感がある。

 俺は長時間読み続けてくれた、この優しい男に頭を下げた。


「ありがとう、とっても楽しかったです。えっと……」


 そして名前を呼ぼうとして気づく。

 そういえば自己紹介をしていなかった。


「失礼、名乗っていませんでした。僕のことは、ジークとお呼びください」

「ジーク、ありがとう! 私は高峰湯雲(たかみねゆくも)です。改めてとっても楽しくて、勉強になりました」


 おかげでだいぶ勉強が進んだ!

 ぺっこりんと頭を下げる。青年、ジークは笑みを浮かべた。


「それなら良かった。貴女の力になれたなら何よりです」


 うーんイケメン。

 一緒に本を読む距離って普通の女の子ならガチ恋距離だぞ。

 いいなー、俺もこのくらい爽やかにセリフを吐いてみたい。でも、トーヤとかジークはともかく、俺が言っても女の子に響かないんだよなー。


「……長居をしてしまいました。では僕はこれで、また会いましょう」


 そう言ってジークは部屋を後にする。最後まで爽やかなやつだった。

 今思うと結構長時間拘束してしまったのは申し訳なかったな。

 今度会えたら謝っておこう。

 ともあれ、だいぶ文字も覚えたことだし、他の本とかも読んでみるか。

 そんなわけで安静に過ごした七日目だった。

 

 



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