転生初日からブチ切れた話
異世界転生初日。
トーヤ達に案内され、謁見室と呼ばれる部屋に向かった俺は王様に挨拶をすることになった。
俺がラブホだと思っていた建物は、今俺たちがいる国。アークライト王国の城内だったらしい。
改めて見るとラブホのクオリティではない高級そうな調度品やらが並んでおり、隅々まで磨かれたそれは高級なホテルを思わせる作りだった。
そして、案内された謁見室で王様と対面したのだが。
なんと驚くことに王様は赤髪の美少女だった!
「私がアークライト王国の王。フランシェスカ・フォン・アークライトだわ。今朝方、召喚陣が現れたと聞いたのだけれど、彼女がトーヤ達の仲間で間違いないのね?」
「あぁ、間違いない」
そしてトーヤは安定のトーヤさんである。
いや、王様相手に敬語使ってないってこの一年間で何があったの?
というか王様も楽しげに笑っているし、まさか……。
「じゃあ彼女がトーヤの一番のお友達なのね? 随分と小さな子のようだけど」
「そうだ」
「ふーん……?」
トーヤと仲良く会話した王様はそこで会話を打ち切って、俺をしげしげと眺める。
その表情はどこか俺を値踏みしている様子だった。
うん、その態度だけで確信したわ。
流石トーヤさんだ。
息をするように異世界でもヒロインを追加しやがった。
つまるところ王様のあの視線は新たなライバルを観察する目である。
その様子だと俺が居なかったらしい一年間で誰もゴールインしてないって事だろうか?
と、王様の前だったな。
いかんいかん、ちゃんと第一印象良くしないと。
出来るだけ丁寧な所作で、玉座周辺の少しだけ高くなっているスペースに行くべく、小さな階段を登って王様の前に出る。
俺とて百戦錬磨の緩衝材だ。
多分王様は俺がトーヤを好きな女の子なんじゃないかと考えているのだろう、ならやることは簡単。
大事なのは初手だ。
「初めまして王様、高嶺湯雲です。トーヤとの関係はただの『友達』なので、王様が思ってるような事は一切ありません」
友達、に力を込めて挨拶する。
これはアピールだ。俺とトーヤはあくまで友達であって男女の関係ではない、という圧倒的アピールである。
事実恋愛感情なんか欠片足りとも無いどころかさっさとメインヒロイン決めてエンディング迎えやがれと思っている。
まぁ……今の俺は彼女を作る以前の問題なんだけど。
ともあれ初手の挨拶としては女の子を安心させつつライバルでないことを伝える見事なものだろう。
そう思っていたら、トーヤが前に出た。
「勝手にランクを下げるな。フラン、こいつは俺の親友だ」
「あっ、ばか!」
「……ふぅーん、親友なのねえ」
……おい。
いや、分かってる。こいつには何一つ悪気が無いのだ。
ただ純粋に親友だと思っているからそれを伝えたつもりなのだろう。
うん、それ自体は友人冥利に尽きるよ。逆効果だけどな!
何だか王様の視線が冷たくなったような気がする。
「……トーヤの親友のユクモです。あの、ほんと、違うんで。そんな目で見ないでください」
仕方ないので訂正する。
今の見た目はそりゃあカワユイ女の子かもしれない。
でもマジで無いから、ほんとに。
そう伝えて、お辞儀した後も、相変わらず王様は疑わしそうな顔で俺を見ていた。
う、なんだよう。日本にいた頃はこれでホモ疑惑は回避出来たのに。
何だか微妙な空気だ。何となく目を合わせづらくて、初手の挨拶を邪魔しやがった親友を睨みつけると、ヤツはため息をついた。
俺には分かる。これはヤツが内心俺のことを馬鹿にしてる時の顔だ。
どうやら助けてくれる気は無いらしい。
クソが、てめえのせいだぞ! こうなれば俺自身の力でどうにかするほかない。
仕方ないので王様に微笑みかける。
「…………(にっこー)」
これはにらめっこだ。
目を逸らした方が負けなんだと自分に言い聞かせながらじーっと眺め続けていると、王様はやがてふぅと息を吐いた。
「……分かったのだわ。どうやら彼女達の言っていた通りね」
彼女達が言っていた、というのはどういうことだ?
小首を傾げる。彼女達、とはルカ達のことを指しているのだろうか?
とすると彼女達は王様に何を吹き込んだんだ?
分からないまま困惑していると王様が口を開いた。
「ユクモ、これからよろしく頼むわね」
「は、はい、こちらこそ……」
どうやらこの場は勘弁してくれるようだった。
助かったと、俺は小さな息を吐く。
女同士のバチバチのバトルとか絶対巻き込まれたくないからな。
思い返すは中学生の頃。
お弁当を広げると必ず女子達がトーヤの近くにやってきて、机を合わせてお昼を共にしたものだが、表面上は仲良く談笑していても、足元はお互いの足を踏みまくる地獄だった。
あくまで俺は友人キャラとして使って欲しいね。
結構便利だと思うんだけどな。トーヤのことは大体知ってるし、相談だって親身にのる、だから誰でも良いからさっさとトーヤを射止めて欲しいものである。
そう思いながら、立ち上がり、その場を後にしようとして。
俺は謁見スペースから降りるための小さな階段を踏み外した。
「ほ、ぇ!?」
思いっきり前に倒れ込んで、そのまま固い大理石が近づく。
体勢が悪かったのか、まるで受け身も取れなかった。
これは絶対痛いやつ! 直後に来るであろう衝撃を予想して、口から変な声が出る。
が、すんでのところで俺は抱き止められた。
「……あ、れ?」
「ーーーー考えごとしてないで、周囲に目を配れ。悪い癖だぞ」
目を開けるとすぐ目の前にトーヤの顔。
どうやら助けてくれたらしい。
ついでに俺が考え事してるときに注意散漫なことまで指摘された。
うん、これは素直に俺が悪いな。
「……ごめん。ありがと、気をつける」
「気にするな、親友だろう」
そう言って普段のクールな顔でトーヤは俺を離す。
こう言っちゃ何だが、ふつーその親友が女になったらもう少し対応が変わったりしそうなもんだが、呆れるくらいいつも通りな対応だ。
それがむしろありがたかった。
まぁ、それは置いといて。
何だか寒気を感じる。
周囲を見ると何となく女性陣の目が厳しい。あと王様の目も厳しい。
ひえっ、と小さな悲鳴を頭の中で上げた。
なんか怖いので盾役としてトーヤを前に出す。
トーヤは溜息を吐いて言った。
「……昔からこういうやつなんだ、お陰で目が離せん。まあよろしくしてやってくれ」
「ええ、ええ。良く分かったのだわ!」
トーヤの言葉に深く深く頷いた王様は小さく息をついて言った。
「……改めてアークライト王国へようこそ、歓迎するわ。では、下がりなさい」
その言葉に従って俺たちは部屋を後にした。
どうにかしのげたと思いたい。
いや、なんか致命的にやらかした気がしなくもないけど。
そういうわけで王様との謁見は完了した。
謁見後。
部屋を出たあと、何故か俺は女性陣に囲まれた。
「……事故なのは分かってるけど、女の子になった自覚を持ちなさい」
「おいたはいけませんよ? ユクモちゃん」
「さっきのはあざといの。早めに処した方が良いかもしれないの」
表面上は笑顔だったが、どいつもこいつも『後で覚えてろ』という顔をしていたのを覚えている。
というかヒナさん? 処した方が良いって怖いんですけど! いくらなんでも判断が早すぎだろ!?
何だか目つきが怖かったのでトーヤの後ろに隠れて、ヤツを生贄として差し出したが余計に目つきが怖くなった。
……と、それは置いておいて。
王様と謁見した後にトーヤ達に連れられて、城の学者を紹介された。
「うぉっほん。ではこれを触ってください」
おっさんの学者だ。
名前はウォルドルフ・ドファ・ル・デリアール・ドドリド。
長い! もう忘れたぞ! とりあえずウォルドルフと呼ぼう。
学者のおっさんことウォルドルフは透明な球を持ってきて、俺に触るように言ってきた。
どうやらこの球は『祝福の水晶』と呼ぶらしい。
これに触れると色が変わるらしく、色によってその人物の持つ魔力適性が分かるのだとか。
複数の属性を持つ場合は水晶が複数色に染まり、その割合で一番適性が高い属性を知れるらしい。
属性は赤、青、緑、黄、茶、白、黒の七種類。
赤は炎、青は水、緑は風で、黄色は電気、茶色は地、白が聖魔法、黒が闇魔法とのこと。
例えばトーヤは炎と電気の二属性があり、ずば抜けて稲妻属性が高いそうだ。
ルカの場合は炎のみだが、出力が高い。
サイカは水と風の二属性で、魔法のコントロール力がピカイチ。
ヒナは地と闇の二属性で、地属性で大地を自在に操作したり、闇属性で相手を呪ったりして弱らせたりなどダーティな頭脳プレイが得意だそうだ。
「むふん! そもそも複数の属性持ちの時点で珍しいのです。勇者殿達は逸材ばかりでとーっても驚きですぞ! さあさあ、貴女の可能性を見せてくだされ!」
ウォルドルフ曰くトーヤ達は非常に珍しいらしい。
まぁトーヤ達曰く、神様が勇者の適性ありって言ってるんだから当たり前な話かもしれない。
そう考えると俺自身の才能にも期待が持てるってもんだ。
早速触ってみると水晶が白く光り輝き、部屋を白に染めた!
「……えっ?」
視界全てが白に染まる。
だが、不思議と目は痛くなかった。柔らかい光に包まれているというか、そんな感触。
そのまま数秒ほど経って、ようやく部屋の光が収まった。
視界が定かになり、水晶の色がようやく見える。
「……白色、だ」
白。
完全なる真っ白だった。
さっきの説明だと白は聖魔法というらしい。
すると、横のウォルドルフがブルブル震え出した。
直後、俺の手を掴んで叫ぶ!
「す、すす……すばらしいっ!! これはまさに聖魔法! 癒す力を持った属性ですぞ! それもこれほど白く染まるとは……これは聖女の誕生と言っても過言ではありませんぞっ!!!!」
「えっ」
「うおっほん! 光の強さは魔力量が豊富である証! これほど球が白く染まるのは、魂の穢れが少ない証拠です。真に相手を思いやり、正面から向き合うことができる者で無ければこうはなりません!」
やたらハイテンションだった。
あと手をブンブン振るなや。地味に痛いぞ。
とりあえず分かったこととして俺は魔力量が多いらしい。
あと魂の穢れが少ないと言われたが、どういう意味だ?
俺といえば自分が彼女作るために、モテすぎる親友をさっさとくっ付けようとするヤツだ。
ついでにこの城を見た第一印象がラブホだぞ。
どう考えても穢れまくってると思うんですが……。
「これは後で王にも報告せねばなりませんな。と、聖魔法の説明ですがーーーー」
その後も話を聞いてみたが、聖魔法は回復と強化特化で攻撃魔法は覚えられないらしい。
個人的には攻撃魔法に憧れがあったのでちょっと残念だ。
でも魔法は魔法、ワクワクする!
「聖魔法の基本は『ヒール』です。それなりの怪我であれば瞬時に癒すことが出来ますぞ。全快では効果が無いため、ここでは少し試しづらいかもしれませんな」
なるほど。
まぁこれは仕方ない。魔法を確かめるためだけに無駄に怪我をするのはアホだしな。
そのうち使う機会もあるだろう。
そう思ってたら、急にトーヤが懐を漁り出した。
「ねえ、何やってんの?」
「……準備だ。少し待っておけ」
そう言ってヤツはおもむろにナイフを取り出すと、慣れた手つきで腕に切り込みを入れた。それも結構な勢いで。
ピュッと血が噴き出して、流れる。
思わず固まった。
「ーーーーは?」
「このくらいで良いか。ほら、ヒールを試してみろ」
当たり前の顔をして言っているが何を言ってるんだ?
馬鹿なのか? 俺が居なかった一年の間に馬鹿になったのか?
「お、おまっ! 何やってんの?」
「……? 実戦の前に効果を確認しておくのは当たり前だろう?」
「絶対痛いよね!? ばか! ほんとバカ! ウォルドルフさん、魔法の使い方はどうすれば良いんですか!?」
「うおっほん! 聖魔法のコツは祈ることです。癒しの強さは、相手への思いやりの強さとも呼ばれています。心の底から治ってほしいという真心こそが、癒しの基本なのです!」
なんかすっげえふわふわしたこと言われた!
でも仕方ないので祈る。胸元で手を合わせて、心の底から祈る。
何考えてんだ、バカなことしやがって! 治れ、治れ治れ!
そう考えていると身体の中を暖かい力が巡るのを感じた。
それを身体の中で動かして、両手に集める。
そのままトーヤの手に触れて、俺は呪文を唱えた!
「ヒール!」
すると俺の手から淡い光が飛び出して、トーヤの身体を包んだ。
血が流れていた腕の傷がみるみるうちに小さくなり、元の肌に戻っていくーーーー!
そして数秒後、トーヤは完全に完治した。
無事に治ったことに安堵する。ちゃんと魔法が使えた。治った。色々なことが頭の中を駆け巡って思考が上手くまとまらない。
そうしていると横合いから奇声が響いた。
「ふ、ふはは! すんばらしいーっ! 見事な癒しの力でしたぞ! あの心の底から祈る姿はまさに癒し手! このウォルドルフ・ドファ・ル・デリアール・ドドリド。まっこと感服いたしました! これは王に報告せねばなりませんな! はっはっはーっ!」
そんなことを叫んだウォルドルフはそのでっぷりとしたお腹からは予想が付かないほど身軽に城を駆けていく!
その間も俺はまだ思考がまとまらず、固まっていた。
安堵で力が抜けてしまっていたのだ。
そんな俺の前でトーヤは自傷した腕を眺めて呟く。
「……完全に治っているな。効果も早いし、全く痛みもない」
まるで何でもなかったかのような言葉だった。
その言葉を聞いてようやく俺は現実に戻る。
これは怒らなければならない。
俺はヤツの胸ぐらを掴む。
するとトーヤはまるで意味が分からないといった顔で俺を見た。
「……?」
俺には分かる。
こいつは本当に何もわかっていない。
だからちゃんと伝えてやろう。
「ねえ、何で腕を切ったの?」
「何って、実戦の前に効果を確認しておくのは当たり前だろう?」
……なるほど。
トーヤなりの論理があるのは分かった。
でもそれとこれとは別だ。
「……いや、それで何でいきなり腕を切る選択肢になるのさっ!」
「……確認するなら早い方が良いだろう。それにこのくらい大した傷じゃない」
「大した傷だよ! あと効果を確認するだけなら他の方法もあっただろ!」
胸ぐら掴んだまま俺は怒鳴った。
「親友がいきなりリスカし出したらどう思うかくらい分かれよ! バカやろう!」
「!」
そう言って手を離す。
トーヤもやっと理解したらしい。
世話の焼けるやつだまったく。分かったならもう一度腕を見せろ。
一年間この世界で過ごしてきたトーヤたちと違って俺は、魔法にどのくらいの効果があるかすら分からないんだ。
ちゃんと治ってるか念入りに確認するからな。
傷一つだって残してやるもんか。