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聖女教育を受ける話





 異世界に来てから十三日目。

 昨日言っていた講師の人がやってきた。


「うぉっほん、歴史担当兼、魔法担当のウォルドルフ・ドファ・ル・デリアール・ドドリドですぞ!」

「淑女教育及び、対人マナー担当のアンゼリカ・フォン・ミリカエルですわ。ユクモ様、よろしくお願い致します」

「そして全教育のサポート役担当のサイカです。ユクモちゃん、よろしくお願いしますね」


 合わせて三人だが、うち二人は見知った顔だった、

 ウォルドルフは城の学者として紹介されたでっぷり太ったおじさんだ。俺がどんな魔法を使えるか調査したときに、祝福の水晶なるアイテムを持ってきた人である。

 次のアンゼリカさんは新顔だ。

 金髪で髪の毛がツインドリルになっている、いわゆるコッテコテなお嬢様感のある方だ。ややつり目で性格が強そうな気がしたが、その口調や所作はとても丁寧だった。あんまりに自然に、丁寧な仕草を取るのでとても目立つし、思わず視線が向いてしまう。

 最後のサイカは言わずもがな。むしろよく講師陣に入ったな。サイカだってまだこの世界に来てから一年しか経ってないだろうに。

 そんなわけでこの三人による授業を受けることになった。


「うぉっほん! ではまず、このウォルドルフが歴史を教えますぞ。そうですなあ、初回なのでまずは、貴女にも関わりが深い聖人について話しておきましょうか」


 最初の講義は歴史だ。

 初回なのでまずはジャブ的なノリで、関わりが深い聖人についての話からしてもらえた。

 簡単にまとめると。

 昔、神々と人の距離はもっと近くて、人々は気軽に神様とお話できる時代があった。そのお話が出来る人物を聖人と呼び、神々の助言を得つつも人々は暮らしていたようだ。

 そんなある日、神のうちの一神が他の神々に反旗を翻し、邪神を名乗って魔族なる存在を作り上げた。

 そして邪神が作り上げた魔族達の王、魔王は人間に対し宣戦布告を行ったのだ。

 人類側はこれを倒し、また人類側についた神々と邪神が極めて激しい戦いを繰り広げたが、最終的には聖人達が協力することで、邪神を討ち滅ぼすことに成功したという。

 しかし、このときに邪神は自分が滅ぼされたときに月にある仕掛けを残していたのだ。

 それが、紅い月である。月が紅く染まると魔族の力が増し、また満月の日に紅く光ったときにだけ魔王が復活するようにしたのだ。

 結果として、数十年から数百年に一度のペースで魔王は蘇り、その度に人類はそれを撃退し続けている。

 だが、知っての通り近年は聖人の数が著しく減少していることや、神々が応えてくれることも減っており、過去に比べて厳しい戦いを強いられていた。


「魔王との戦いには必ず聖人が居ました。もちろん、勇者殿も非常に重要です。しかし、少し憚られる表現ではあるのですが、勇者は替えが効くのです。ですが聖人は替えが効きません。我々も聖人以外の方法で魔王が持つ闇の防壁を破る方法を模索はしていますが、あまり芳しくはありませんのが正直な実情ですな」

「闇の防壁がどんなバリアなのかが私達にも分からないんですよね。元物理学専攻の理系としては、物理でどうにかある相手なら爆弾でも作ってドカンって方法も思いつくんですけど、不思議パワーのシールドだとそういうのも効かなくて環境汚染になるだけですし、悩ましいところです」

「ひえっ」


 サイカが非常に物騒なことを言っている。

 あの、サイカさん? きみ爆弾作れるの? 

 ちょっと恐怖を覚えたのであえて何も突っ込まないことにした。

 ウォルドルフがごほんと咳き込む。


「……話を戻しますぞ。魔王を倒すにはやはり、現状は聖人に頼るのが確実な状況というわけですな。とはいえ聖人は現在、世界にたった一人しか居ません。ですので仮に今、新たな聖人が見つかったとなれば大事に守らなくてはならないというわけです」


 なるほど、話の内容は理解した。

 あと多分この人は俺が聖女だと知っているのだろうが、わざとぼかして話してくれているのだろう。

 関連の話で一つ気になったことが生まれたので俺は質問する。

 

「聖人が闇の防壁を祓う方法ってどんなものなんですか?」

「ごほん、それはですなあ。神聖陣(しんせいじん)と呼ばれる陣を描き、『神降ろしの儀』を行うのです。成功すれば一時的に神の力を纏い、行使することが出来ます。その力で魔王が持つ闇の防壁を祓うのです」


 回答してウォルドルフはふぅと息を吐いた。

 中々に説明の上手いおじさんだ。聞いているだけで脳内で物語が再生されるかのようにすっと頭に入ってきた。

 とりあえず聖人がどんな存在かは理解出来たぞ。

 神聖陣と神降ろしの儀というのも、いずれは覚えることになるのだろうか。

 ふむふむ、と心の中でメモをしておく。

 こんな具合で歴史の授業は進んでいった。

 次に淑女教育だ。


「改めてアンゼリカと申します。ユクモ様、どうぞ宜しくお願いしますわね」

「ご丁寧にありがとうございます。アンゼリカ、さま。ユクモと申します。ご指導のほど宜しくお願いいたします」


 可能な限り丁寧な対応を心がけて、頭を下げる。

 めちゃくちゃ自然で、美しい所作にこちらとしては合わせるので精一杯だ。バイト先でもここまでの丁寧さを求められたことはない。

 というか向こうに様付けされたからこっちも様付けして返したけど対応としてこれで合っているのだろうか? 全く自信が無くて不安だ。

 

「では、そこにお掛けくださいまし」

「は、はい」


 椅子に座るように言われたので返事して座る。

 学生時代は何て言われてたっけか。椅子に音を立てないように座って、手はグーにして膝の上に。

 あっ、これって男子のやつだっけ? 女子はどんな体勢で座れって言われてたんだったか。

 分からないので仕方なく普通に座る。

 するとアンゼリカさんは少し考え込むようにして言った。


「ふむ、貴女の場合は言葉遣いよりも所作が問題ですわね。男性らしい所作が目立つ……というよりもそれが自然であるかのようです」

「!」


 一瞬で見抜かれたことに驚く。

 二十年近く男として生きてきたわけだから、それが染み付いてしまっているらしかった。

 

「良いでしょう。まずは女性らしい仕草や所作についてお教えいたしますわ。仕草というものは人に与える印象を大きく変えるものです。一つ一つの動作や仕草が丁寧であれば、人に好印象を与えることが出来ます。人に好かれて基本損することはありませんから、是非ともマスターしましょう」

「はい……アンゼリカ、さま」

「私のことは様付けする必要はありません。アンゼリカ先生とお呼びくださいまし」

「はい、アンゼリカ先生!」

 

 頷いて、アンゼリカ先生と呼ぶ。

 うん、この呼び方なら前世で慣れてるし呼びやすい。

 基本様付けなんかしかことなかったから違和感があるんだよな。

 そんなわけで所作の授業が始まったのだが、中々に覚える項目が多い。

 例えば座り方、挨拶の仕方、一つ一つの動作や、部屋への入室退室、王様との謁見時の態度、殿方との接し方、自然な微笑み方。

 ザッと挙げただけでもこれだけあるが、更に細かい内容まで踏み込んで理論的に教えてくれた。

 ありとあらゆる動作は丁寧に行うべし、というのが彼女の教えだ。

 素早い動きや、激しい動きはせかせかした印象を与えてしまう。一つ一つの動作を丁寧にするだけで落ち着きある、余裕のある態度を印象付けることが出来るらしい。

 また指先の動きは特に注意を受けた。人の目は指先の動きに向くことが多いらしい。

 例えば物の取り方や、持ち方。

 指先をピンと揃えておくと上品に見える。モノを取るときは親指、人差し指、中指の三本を使うと優雅に見える。コップを持つときは片手ではなく、あえて両手を使うことで丁寧に物を扱っていると印象付けられる。

 更に座る際は背筋をピンと伸ばすべしという話から、歩く際は前屈みにならないようにすることで見た目が美しく見えるだけで無く、疲れにくくなると徹底的に矯正された。

 このように思ったよりも非常に理論的な内容だった。


「……人に良い印象を与えるためのテクニックは無数にありますが、全てを覚えるのはとても大変です。またこの考え方を常に実践するのは、相手から自分はどう見えているのだろう? と常に相手の顔色を気にしてしまいがちです。それは人への対応として時には卑屈に見え、本人の良さを潰してしまうことにも繋がりますわ。ですので大事なことを一つ。目的を見失わないようにしましょう。丁寧な所作はあくまで手段です。好印象を与えるための武器でしかありませんわ」


 そこを履き違えて、丁寧な所作をすることが目的になってはいけませんと彼女は語る。

 ふむふむ、なるほど。

 確かに非常に強い武器だと感じた。例えば就活生ならめっちゃ生きそうな考え方だ。

 丁寧な所作は好感度を得るための手段。考え方が非常にロジカルで納得出来る。

 男だった頃の感覚で、女性らしい仕草をしていると自分がオカマになったかのような気がして、何となく難しさを感じていたが、手段だと割り切ってしまえば出来るような気がした。


「ユクモちゃんはかわいいので、マスターしたらきっと男の人にモテモテですよ」

「俺は女の子にモテたいんだけど……」


 サポート役のサイカが話しかけてきたので俺はアンゼリカさんに聞こえないようにコソッと答える。

 そうか、よく考えるとこういう仕草って男性ウケするのか。

 確かに男だった頃の記憶を思い出すと、仕草が丁寧な女の子は目線に留まりやすかった。

 でもまぁ現代日本基準だと丁寧な所作って学生レベルだとそんなに気にされてなくて、可愛いかどうかが大事だったけどね。

 三人娘の話をするなら、全員トーヤに惚れていたけども。サイカはいわゆる所作が丁寧なタイプだし、お姉さん的な雰囲気がある正統派美少女でモテていたし、ルカはツンとした態度が目立つ強気な子だったけど、モテていた。ヒナは小悪魔的な態度が目立ち、言動がめちゃくちゃ自己中だけど、見た目が可愛いからモテていたわけで。

 

「そこ、話してないで次に進みますわよ」

「あっ、はい! アンゼリカ先生」


 考え事をしていたせいか、注意されてハッとなる。

 そして意識を戻して、授業を続けたが、非常に有意義な講義だった。

 勉強というのは、何のためにそれをやらないと駄目なのかが分からないままだとイマイチ身が入らないが、何のためにやるのか、自分にどんなメリットがあるのかが、分かれば受ける側の態度も変わる。

 ウォルドルフさんの講義もそうだったが、最初に何故やるのかと、興味のある分野から入ってくれたことで、とても分かりやすかった。

 教え方が上手いなぁと思う。

 これからの講義も楽しみだなぁ、そんなことを感じた一日だった。






 異世界に来てから十四日目。

 今日も授業だ。ウォルドルフさんから聖魔法について教わった。


「聖魔法は主に二つの系統の魔法が使えますぞ! 一つが回復魔法、そしてもう一つが強化魔法です」

「回復はヒールを初めとした怪我や病、あるいは毒などを癒す力です。対して強化魔法は、結界などの守りを固める力ですね。ユクモちゃん向けに言うなら、スクルトとかフバーハみたいなものです」


 今更な話だが、回復魔法について教わったのは初日にヒールを覚えたっきりである。

 というわけで改めて一から説明をしましょうということになった。

 回復魔法は主に治癒と強化が使える……覚えたぞ。

 サイカがものすっごい平たく教えてくれるので分かりやすい。

 

「この講義では色々な聖魔法を覚えて貰うのと同時に、より効率的に魔力を扱う方法を伝授します。むふん、魔法のエキスパートであるサイカ殿にご参加いただき大変心強く思っておりますぞ」

「えっへっへー、照れますねえ。お任せあれっ! ユクモちゃんは魔力をたくさん持っているので、ちゃんと使い方を学べばより少ない力で沢山の人を癒すことが出来ますから、がんばって教えますね」


 そう言って、むん! とサイカが胸の前で拳を握る。

 かわいい、かわいくない? 

 お姉さん的な人がふと見せる可愛い仕草って良いよね。

 ……つい変なことを考えてしまった。真面目に授業してくれているのにいかんいかん。

 頑張ります、とアピールするために俺はサイカの真似をして、むんと拳を握る。


「ごほん! ではまず解毒の魔法からお教えしますぞ。まずはここに紅茶があるのが分かりますな? これは毒です、飲んでください」

「……えっ? 毒? 毒を飲むんですか?」

「ああ、毒といっても非常に軽度なものですぞ。精々が身体が痺れる程度で痛みはありません。ささ、ずずいとどうぞ」


 そう言われても毒と言われた物を飲むのはなんだか抵抗があった。

 見た目は香りはただの紅茶にしか見えないが、本当に毒なのか。

 とはいえこれも練習、ええい男は度胸だ!

 淑女教育で教わった通りに、コップを両手で持って、一つ一つの動作を丁寧にして、飲み干す。

 すると効果はすぐにでた。全身が痺れたように動きが鈍くなる。

 舌が上手く回らない。


「こ、え……が……うま……くっ、でな……」

「これは痺れ薬です。水で薄めているのでその程度で済んでいますが、薄めていない実物はすぐに対応しないと身体がまるで動かなくなります。無味無臭なので御令嬢が使われて攫われたりなどの被害が出たこともありますな。さて、これを解毒してもらいます。アンチドーテと唱えてみてください」

「……ぁ、んち……どーて」


 いつものように魔力を動かし、言われた通り唱える。

 要領はいつもと変わらないらしい。全身が痺れているので、その痺れている箇所に魔力を回していくと治っていく。

 全身に魔力を回し切る頃には、体の痺れがさっぱり消えた。


「ーーーーふぅ、治りました」

「うむうむ、流石の効果です。やはり治癒魔術の才能がおありですな。では次は他人に掛けてみましょう。サイカ殿、紅茶を飲んで頂けますかな?」

「はーい、いただきますね」


 早速次のステップということで、サイカが紅茶を飲み干す。

 こちらも効果はすぐに出たようだ。にっこり笑顔のままサイカが口を開く。


「いやあ、痺れますねー。ではお願いします」

「……あれ?」


 いつも通りの口調だった。

 あれ、舌がまともに動かなくなるくらい痺れたのに、あんまり効いていないのだろうか?

 キョトンと見つめるとサイカは答える。


「あぁ、口調はいつも通りですけど、ちゃんと痺れはありますよ。多分、ユクモちゃんは子供なので効果が大きいんじゃないでしょうか?」

「な、なるほど。アンチドーテ!」


 つまり俺が子供なので毒の効果が大きいと。

 納得して、サイカに解毒の魔法を唱える。手のひらから飛び出した回復エネルギーがサイカの全身に降りかかった。

 どうやら回復出来たようだ。

 ふぅと息を吐く。


「ありがとう、ユクモちゃんの魔力は暖かくて優しいですねえ」

「魔力って暖かいとか優しいとかあるの?」

「ありますよ。術者によって違いが大きいです。効果の高さも人それぞれですが、ユクモちゃんの回復魔法は一度の回復ごとに多すぎるくらいの魔力を込めているから、効きは非常に良いですね。ちょっと勿体ない魔力の使い方ですが……」


 そこまで言ったところでウォルドルフが口を開く。


「はっはっは。サイカ殿の言う通りですが、魔力の使い方はやや高度で難解なので、今後の講義でゆっくりと学んでいきましょう。まずは魔法の楽しさや、興味を持ってもらいたいですからな。色んな魔法覚えた、楽しい! そこでこの分野に興味を持っていただければ実りある学びを続けられるでしょう」


 その言葉に俺は素直にありがたいと思った。

 アンゼリカさんもそうだけど、昨日の今日で俺に教育をするよう命令されてからあんまり時間も無かっただろうに、ここまでしっかりカリキュラムを組んでくれているのは感謝しかない。

 魔王を倒すとかは、あんまりまだよく分からないけど、まずはできることを一歩一歩やっていこうと俺は思った。

 




 

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