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女王にお願いをされる話

 





「……お前はもっと自分を大切にしろ。俺達はお前を迷惑になんか思っちゃいない。分かったら、もう阿呆なことを言うな」


 異世界に来てから一二日目。

 どのくらいのことをされたらトラウマが蘇るのか実験しようと思っていた俺だったが、トーヤに怒られて断念した。

 俺には分かる、あれは真剣な表情だった。

 本気で俺のことを心配してくれている顔だ。

 普段クールなあいつがあそこまで感情をあらわにしてくれるのは親友冥利に尽きる。

 確かに焦っていたのかもしれない。早く治さないと迷惑だとばかり思っていたが、それで無理して早く治そうとして悪化するのはもっと迷惑だ。

 自分を大事にしろ、と言われたのでしばらくはそうしようと思った。


「ユクモ、おかゆが出来たわよっ!」

「ふーふー、いつもすまないねえ。俺が普通の食事を食べれればこんな苦労かけなくて良かったのに」

「それは言わない約束でしょ」


 おかゆを冷ましながらボケるとルカがちゃんと突っ込んでくれた。

 この世界で分かる人間はごくごく少数だろう。むしろよく伝わったな。

 スプーンを使ってちびちびと少しずつおかゆを食べる。塩味の効いた美味しいおかゆだ。

 恐らく明日には普通のご飯が食べられるだろう。

 身体の傷自体は癒えてるし、あとは体力を戻して、トラウマさえ治せば完璧である。

 ちなみにトラウマ自体も一度目こそ発狂してしまったが、あれ以来怯えることはあっても意識が無くなるまではいっていない。

 サイカによる甘やかしが効いたのだろう。信じがたいが、あれは恐ろしい母性の暴力だった。それはそれとして真っ暗な場所は苦手になってしまったけど。

 例えば、暗い場所に放り込まれて、火を見せられたら再発すると思う、多分。

 対策としてしばらくは明るくして寝るつもりだ。

 後、あれから変わったことが一つある。

 何だか、みんなが優しいのだ。

 例えば今日の昼。急に部屋にやってきたヒナが翡翠色の小さな宝石を手渡してきた。首にかけられる紐が付いている。


「ほら、これをくれてやるの」

「……何これ?」

「ヒナお手製の御守りなの。それさえ付けてたら誘拐されようが、どこに連れ去られようが捕捉できるの」


 一見するとおしゃれなアクセサリーにしか見えないそれは、居場所を探知する機能が搭載されているらしい。

 もう迷子になられちゃ困るの、というのが彼女の談だ。

 ありがたく受け取って付けると、胸元で宝石がキラリと光る。パッと見高価に見えるので、盗まれないよう服の内側に垂らして、見えないようにした。

 急に優しくなったのはヒナだけではない。

 恐怖の母性で俺をあやし寝かせたサイカは、


「ユクモちゃん、夜はちゃんと寝れてますか? それと何かしてほしいことはありますか?」


 とかしょっちゅう聞いてくるし。

 ルカについては、


「じー……」

「な、なに? 見られると食べづらいんだけど」

「いやぁ、かわいいなーって。ちっちゃい子って何でこんなにかわいいんだろう。あ、そうだ。私がおかゆ食べさせてあげよっか?」

「俺の中身覚えてる? あーんならトーヤにやってやれよ……」

「と、トーヤにって……む、むりむりむり! そ、そりゃあ私だって出来るならやりた……い、いや! で、でもそんなの恥ずかしいじゃない」


 何でトーヤだと恥ずかしいのに俺だと大丈夫なのかが分からん。

 やはり容姿なのか!? このちんちくりんなプリティーボディが悪いのか?

 くそっ、完全に男として見られちゃいない。

 というか君、そんなキャラだったの? ツンデレ系じゃなかったっけ? 一年間でツン要素無くなったの? デレデレになったの?

 ……こほん、ともあれこんな具合にみんなが優しいのだ。

 それはそれでとてもありがたいのだが、ただ飯ぐらいの身としては何だか申し訳なさがある。

 早くトラウマを乗り換えて、皆のために何か出来れば良いが。

 そんなことを思う一日だった。






 異世界に来てから十三日目。

 ようやく固形物が食べられるようになった。

 おかゆ生活から脱したことで、何だか元気も出てきた。

 体力が戻ってきたことでようやくベッドの上の生活も終わり、歩き回れるようになったぜ。

 正直、暇で暇で仕方ないからな。

 とはいえあんなことがあったばかり、城の外に出る気は起きず、城の図書館で時間を過ごすことにした。

 文字の勉強も順調に進めている。文法が日本語に近かったので、文字の音と意味さえ分かればそのうち文章が読めるようになるはずだ。

 そうやって文字とにらめっこしていると、トーヤがやってくる。


「ユクモ、女王(フラン)がお前を呼んでる」

「王様が?」


 何の用だろう? わざわざ王様に呼ばれるようなことした記憶が無いんだけどな。

 キョトンとしながらもトーヤと共に謁見室に向かう。

 部屋の奥には赤髪の美少女王様こと、フランシェスカが玉座に座っていた。

 ……相変わらずこの女の子が王様って信じられん。こういうのって白い髭を生やしたお爺さんとかがテンプレートなのではないだろうか?

 いや、別に彼女を貶したいわけではなく、純粋な見た目な話で。だってどう見ても十代後半から二十歳前半のお嬢さんだ。

 それが国のトップに立っているという光景は何というか、リアリティが無かった。

 彼女は俺達が入ったのを見て、使用人に何やら言うと人払いをさせる。

 そして、俺達に向き直ってにこやかに声を掛けてきた。


「ごきげんよう。急に呼んでしまってごめんなさいね。体調はいかがかしら?」

「お陰様で、今日からご飯を食べられるようになりました。この城に留めていただき、大変お世話になっています」


 バイト時代に培った丁寧な所作で頭を下げた。

 いや、本当にお世話になっている。衣食住の提供をしてもらっているし、使用人の人も何かと気にかけてくれるし、図書館などの設備も自由に使わせてもらっているのだ。

 正直、女王様には足を向けて寝れない。

 ありがとうございます、と言うと女王はふわりと微笑を浮かべる。

 

「それは良かったのだわ。健康が一番なのだから、自分を大事にしてちょうだいね」

「はい、分かりました」


 その言葉に俺は頷いた。

 優しい人だなあ。いやあ、本当に感謝しかない。

 さて、そろそろ良いだろうか。

 俺は頃合いを見て本題を切り出す。


「……それで、王様。お聞きしたいのですが、本日は何のご用件でしょう? もしや、何かご迷惑でもおかけしてしまったのでしょうか」

「そんなことないから安心なさい。貴女にお願いしたいことがあって、ここに来てもらったの」

「お願いしたいこと?」


 俺は首をひねった。

 女王様直々に俺にお願いしたいこととは何だろう? 

 フランシェスカ王は言う。

 

「貴女にお願いしたいことは二つあるわ。一つは教育を受けて欲しいの。といっても学校に通うのではなく、こちらで用意した講師によるマンツーマンの教育なのだわ。内容は主に歴史や常識、あとは魔法と対人マナーよ」

「……教育、ですか? その、失礼ながら何故でしょうか? 私はトーヤ達の仲間なので、ずっとこのお城にいるわけではありません。それなのに、私に教育を施す理由が見えないのですが」


 どういうことだろう。

 俺に勉強しろとは。それも常識やら魔法やらマナーやら。いや、ありがたい話ではあるんだけど、意味が分からん。

 それをして王国に何のメリットがあるというのだろうか。

 そもそも俺はトーヤ達の仲間であって、これから状況によっては城を離れることもあるというのに。

 ハッキリ言って金の無駄遣いとしか思えないんだけど。

 そう思っての疑問だったのだが、王様は首を横に振った。


「申し訳ないのだけど、事情が変わったのだわ。これから話すことは他言無用よ……絶対に、何があっても漏らしてはいけないわ」


 そう前置きして、王様は言う。


「……貴女はね、聖女なのよ」


 そして説明が始まったのだが、非常に長かったので簡単にまとめる。

 この世界では数百年周期で魔物達の王、いわゆる魔王が発生するらしい。

 現時点では魔王はまだ存在しておらず、満月が紅く染まる夜に蘇るのだとか。紅い月自体がレアなことと、少しでも月が欠けていれば復活出来ないという二つの条件が必要なため、簡単に復活することは無いが、周期的にそろそろ来てもおかしくないようだ。

 最近の情勢として各地で魔物達の動きも活発であり、いよいよ魔王復活も近いと予測が立てられている。

 魔王の力は恐ろしく、各地の魔物達の強さも飛躍的に上がるため、早急に倒さなくてはならないのだが、魔王には厄介な点が一つある。

 それが、闇の防壁と呼ばれる絶対防御の力だ。この防壁は常時展開されており、解除しない限りありとあらゆる攻撃を無効とするまさにチートな守りらしい。

 これを唯一破ることが出来るのが神の力を行使できる聖人と呼ばれる人間なのだが、近年では数が減少し、ついには五十年前を最後にピタリと聖人は現れなくなってしまった。

 今はまだ、その五十年前に目覚めた聖女様。現在では大聖女様と呼ばれている方が健在だが、やはり年老いており、いつ亡くなってもおかしくない。


「そんな中、ついに発見された新たなる聖女。それが、貴女なの」

「…………、」


 俺は衝撃の情報に言葉が出なかった。

 いや、めっちゃ重要じゃねーか。

 世界に二人しか居ない聖人で、それも片方はいつ死んでもおかしくないお婆ちゃんなわけで、明らかに替えが効かない。

 そりゃあ、教育受けろって言うわ。だって、仮にお婆ちゃんが寿命で亡くなったりとかしたら、俺が世界唯一の聖人になるんでしょ? 

 冗談じゃ、ないよな。流石に王様が俺を呼び出して、人払いまでして話しているのにジョークってことは無いだろうし。

 となると、真実なのだろう。

 そうなると、もしかしてもう、お出かけとかアウトだろうか。それどころか一人で城内の散歩とかも避けなきゃ駄目だったりする?

 あんまりに重たい話に混乱する。

 王様は話を続けた。

 

「……貴女はとっても重要な存在なの。貴女の生死が我が国……いや、人類そのものの存亡に関わると言って良いわ。だから、貴女はこれから我が国の預かりとする。これは命令なのだわ。もちろん、一般向けには貴女が聖女だなんて公表もするつもりはないし、お城の中では普通に過ごしてくれれば結構よ。それと外に出る時は……必ずトーヤに声を掛けなさい」

「……トーヤにですか?」

「えぇ、トーヤは我が国最大の戦力だもの。彼が居れば大概の脅威からは守れるはずだわ。でも、はしたないことはしちゃ駄目よ」

「あ、それはしないんで大丈夫です……」


 王様の圧を逸らしつつ俺はトーヤを見る。

 王様はトーヤのことを我が国最大の戦力と呼んだ。

 パッと見の印象はあんまり前世と変わらない。いや、以前よりは鍛え上げられているのは分かるけど。

 ……マジで? トーヤってそんなに強いの?

 まだ異世界に来て一年だろ? 何があったの? いくらトーヤが天才でも一年で最大の戦力ってどうなってんだ。もしかしてこの国ガッタガタだったりするのか? いや、でも兵士さん達の動きを見た感じかなり強そーだったけどな。

 文化レベルも高いし、別にこの世界の人間が著しくアホだとか、虚弱だとかも無さそうだ。

 その辺りの話、気になるぞ。そんな思いを込めてキラキラした目で見つめるとトーヤは僅かに眉を顰めた。

 彼はポツリと言う。


「……色々あったんだ」


 分かりにくいが僅かに声が低い。

 俺には分かる、かなり命懸けだったようだ。あんまり話したく無さそうだが、俺が気になるのでそのうち聞き出すとしよう。

 王様に向き直る。


「……教育の件、承りました。ありがたいお話ですし、よろしくお願いします」

「物分かりが良くて助かるのだわ。信頼のおける講師を付けるから、励んでちょうだい。トーヤも彼女のこと、よく見ておいて」

「あぁ」


 理由に納得出来た。

 勉強させてくれるというなら存分に学ぶとしよう。

 マンツーマンの授業って塾の先生的な感じだろうか? 前世は貧乏で塾に通えなかったから、ひたすら教科書を読み込んでいたが、個別で教えてもらえるのは初めてだから何だかワクワクする。

 サイカが教えてくれた時もそうだけど、一対一だと質問もしやすいし、授業ベースも合わせてもらえるからありがたい。

 まぁ同時に、自由に外に出れなくなってしまったけれど。元々、外に出る予定もない。一人で歩くのは懲り懲りだった。


「……それで、貴女にお願いしたいもう一つのことなんだけどね」


 あぁ、そういえばお願いしたいことは二つあると言ってたっけ。

 何だろう、と首を傾げると彼女は言った。


「ーーーー孤児院を回って欲しいの」


 





 孤児院を回って欲しいの。

 王様の言葉に俺は疑問を抱いた。

 さっき、基本はお城で過ごしてもらって、街に出る時はトーヤに声をかけるようにとまで言われたのに、街にある施設に行ってほしいというのは何というか、矛盾しているように感じたのだ。

 質問をそのままぶつけてみる。


「孤児院って、街にある孤児院ですか? ……それは、その。さっきのあんまり外に出ないでねって話と矛盾しているような」

「……思い出させて申し訳ないのだけれど。先日の事件で、貴女がトラウマを発症してしまったことを聞いているわ。こちら側の事情でしかないけど、魔王が復活した時に、闇の防壁を祓う役目が貴女になる可能性がある以上トラウマを治してもらいたいのだわ。理由は、魔法の行使には精神の安定がとても大事だから……そこで、まずは子供から人に触れ合ってみてはどうかと考えたのよ。これはトーヤからの提案でもあるわ」

「……お前は子供が好きだったからな。一足飛びに無茶な方法を取るんじゃなくて、一歩一歩積み重ねていこう。俺もついて行くから」


 なるほど、俺のトラウマを治すためにか。

 先日、トーヤにトラウマ再現の為に押し倒してほしいってお願いして断られたけど、確かにあれは方法として直球過ぎた。

 トーヤが自分を大切にしろと言っていたのは、少しずつ慣らしていけって事だったのだろう。

 よくよく考えてみると、あの時の俺は怖くて震えながらお願いしてたわけだ。

 そりゃあトーヤからしたら、中身はともかくちっこい女の子が震えながら、トラウマ再現実験をしてくれってお願いしてたわけで、その様子見てたら明らかに無理してるのはすぐ伝わるだろうし、無理だとも思うだろう。

 だから怒って、部屋を出ていったのだ。誰だってそーする、俺もそーする。

 そっかあ、俺のこと考えてくれてたんだなあ。

 ちゃんと考えてくれていたことに心がじんわりと嬉しくなる。


「……俺のこと、考えてくれてありがとう」


 思わず「私」という一人称を使うことを忘れて、本心で口にした。

 自然と笑顔になる。ありがとう親友。

 これ以上ない友情を感じてーーーーとくんと心臓が高鳴った。


「……気にするな、俺がやりたくてやってるだけだ」


 トーヤは僅かに口元を緩めている。

 俺が喜んでいるのがあいつにも伝わったのだろうか。表情の変化が僅か過ぎて、多分俺にしか分からないけど、でもそうなら良かった。

 そうして見つめあっていると王様が「ごほん!」とわざとらしく咳払いする。


「……もう、良いかしら? 王の面前で見つめ合って良い雰囲気になるとは大した度胸なのだわ。それと貴女、一人称は俺なのね。それも教育で修正してもらうから覚悟しておきなさい。良いわね?」

「あっ、……申し訳ありません、陛下」


 言われて初めて気付く。

 思わず感情が昂ってしまって、ついいつも通りの口調で話してしまった。

 王様の前でやらかしてしまったことにシュンとする。

 

「用件は以上だから下がって良いわ。明日から講師が来るから、よく学ぶように。では退室なさい」

「はい、王様。ありがとうございます。失礼いたします」


 頭を下げて俺はその場を後にした。

 色々と重たいことが分かった一日だったが、ありがたい話や実りも多い一日だったと思う。

 




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