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第2話-1 影魔術の魔女


 多くの人が往来する白昼の大通り。その一角、路地の手前でレンリは足を止めていた。


「はあ、報告するの嫌だなあ」

「先生毎回そう言ってるの」


 銀髪の助手――ララは淡々と突っ込みを入れる。彼女からしてみれば事実を述べているだけで、レンリを急かすような意図はない。先生であるレンリが足を止めるなら、ララもまた足並みを揃えて立ち止まり、自分からは動かない。

 もちろん例外はある。先刻のようにレンリに危害が加えられようとしたとき、ララは半自動的に敵を迎撃する。それは彼女自身の意思にかかわらず実行されるプログラムのようなものだった。


「助手ちゃんはイヤじゃないのか? あの人怖くない?」

「イヤじゃないよ。報酬にいつもコンペイトウくれるし」

「餌付けされてんじゃん」

「でも、怖いといえば怖い。何されるかわからない」

「激しく同意だ」


 レンリにとって相手の行動の予測がつかないのは非常に不安な要素だった。彼が異世界に召喚されたことも、元を辿れば()()()()()()()()()()()()のが要因ともいえる。

 一方でララの感じる不安はより直接的な『身の危険』に起因していた。


 ようやく決心のついたレンリが動き出すと、ほとんど同じタイミングでララも足を進める。路地は奥に入るほど立体的になり、時には壁伝いに設置された階段を上っていく必要があった。

 そうして辿り着いた扉の前。頑丈な石造りをした集合住宅の最上階。背後には隣接する建物の壁が迫っており、解放感は皆無に等しい。しかしその窮屈さが、この扉の先に向かう前のセーブポイントとしてレンリを落ち着かせる方向に作用する。

 レンリは一旦息を整えたあと、物音がしないようゆっくりと扉を開けた。


「ただいまかえりましたー……」


 返事はない。ほっと胸を撫で下ろし、慎重に足音を忍ばせながら屋内へと踏み入る。

 外観からはワンルームしかない部屋。だが内部は当然のように空間拡張の魔術が施され、横幅はそのままに奥行きだけが軽く十倍近い長方形の大部屋が形成されている。どんなに広くとも一部屋は一部屋、というのが部屋の主の言い分だった。

 両端に立ち並ぶ本の山によってもはや通路に近い室内を進む。最奥にはこちらに背を向けて座る人影が見える。近づくにつれ、その人物の状態が明確になっていく。

 レンリの召喚主にして雇用主――美しき“魔女”ラプラス。

 彼女は全裸だった。


「いやなんでだよ!!!」

「ん……? ああ、おかえりレンリ」

「待ってその格好で振り向かないで! せめて隠して!」

「つれないこと言うなよぉ、私ときみの仲でしょぉ」

「寝ぼけてないで服を着ろ!」


 中略。


「マジで、心臓に悪いから、やめてください」

「ちぇーっ」


 “魔女”は唇を尖らせ、椅子の上ですらりと長い脚を組む。煩いながらも身にまとった黒のワンピースは着丈が短く、青年の煩悩を刺激する結果はあまり変わらなかった。


「ちょっとだけ目を瞑るつもりだったんだけどなあ。座って寝たせいで逆に疲れちゃった」

「それと服を脱ぐことが繋がらないんだが」

「聞いたことない? 寝ている間に自分で全裸になっちゃう人の話」

「そういう特異体質は先に自己申告してくれ」

「いや、それはちょっと恥ずかしいかな」

「全裸見られるほうが恥ずかしいでしょうよ」


 乙女心がわからないやつだなあ、とかぶりを振るラプラス。

 この予測のつかなさがレンリにとっては天敵ともいっていいほどに苦手だった。ラプラスからすれば常に優位に立って扱える者を使役するに越したことはないのだから、合理的といえば合理的ではある。

 とはいっても――この魔女が合理性を無視して力を行使できる存在である以上、レンリがどれだけ推測を重ねても意味はないのだが。


「で、今回の成果はどうだったかな?」

「これです」


 ララが宿泊者名簿を差し出す。受け取ったラプラスは空いている手でララのハンチング帽を取り上げる。直後、瞬く間に帽子は消え、また空いた手でララの銀髪を撫でた。


()()()()()()()()

「返り血が飛んできただけ。飲んではいないの」

「どちらにしても現象としては同じことだよ。気をつけなさい」

「はい」


 やんわりとした注意ながらもラプラスの言葉の端には厳しさが垣間見える。

 対して、ララの口調は平坦で感情の介在しない機械音声のようだ。


 ララに帽子を返したラプラスは、渡された名簿をめくるそぶりも見せずに消し去る。この一連の動作を見慣れているレンリだったが、未だに不可解さは拭い切れていない。

 “影魔術”――この世の様々な概念を『光』と定義することで、その概念に生じる『影』を具現化する魔術系統。通常は高等魔術に位置する“複製”を基本魔術として行使できるほか、複製物から逆算して『光』――すなわち無形の情報そのものを得ることもできる。

 それをレンリは疑似的な情報通信技術と解釈していた。この異世界にインターネットは存在しないが、今後影魔術が発展していけば同様の技術が発明されても何ら不思議ではないだろう。


「うーん、今回もハズレっぽい」


 宿泊者名簿に付与された情報の解析を終えたラプラスがため息を吐く。ララとは対照的な、夜空のような濃紺の長髪がさらさらと肩から流れ落ちる。


「辺境の宿場にしては人の出入りが多いようだけれど、特段変わった経歴(プロフィール)の持ち主は居ない。異世界人もお察しね、通りがかった形跡すらない」


 名簿が宿す情報は名前や滞在期間だけではない。影魔術にかかれば、筆跡やインクの状態からその記述者の癖、状態、更には経歴まで読み取ることが可能だ。

 特に経歴の収集は、ラプラスの目的達成のために不可欠なミッションだ。同時に、その実行はレンリが果たさなければならない契約の履行でもあった。

 

「ハズレならしょうがない。次に期待するさ」

「うん、お願い。今度は無駄足にさせない」


 目的に対しては一貫して真面目な態度をとるラプラス。奇抜な言動に普段はかき回されているレンリも、彼女がその目的に懸ける思いを一部ながら理解していた。


 ――お願いします。どうか、力を貸して。


 この世界に召喚された日から、レンリの存在理由は魔女と共にある。


「……ん? 今度って言ったか?」

「レンリは察しが良くて助かるなあ」


 ラプラスは透明な瓶から取り出したコンペイトウをララに与えながら、自分も一粒口に入れてはにかむ。

 その蠱惑的な笑みに、レンリは別の意味で危機感を覚えていた。


「帰ってきて早々悪いけれど、お遣いを頼まれてくれないかな?」



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