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魔法の首輪をつけた猫 〜現代版長靴をはいた猫〜  作者: 東條 絢
幸せをもたらしたネコ

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12 さぶろう兄の家に行く

 一郎兄さんと二郎兄さんからの再三の招集メールに折れ、俺は重い腰を上げなければならなかった。N市K区という、いわゆる富裕層区域にある実家を長兄が継いでいる。地下鉄でも行けなくはないが、駅からの距離と今にも降り出しそうな雨模様をみて、俺は車で出掛けることにした。この頃には当然のように車を(あし)にしており、ネコと海に行った時のおっかなびっくりのあの運転を懐かしく思い出して1人、ふっと笑った。

 坂道が入り組む閑静な住宅街の実家に辿り着く。入り口の電動扉から進入し、半地下になった駐車場に車を停めた後、俺は固まった。車のドアを閉めようと、何の気なく振り向いたその下からネコが現れたからだ。


「ネコ…おまえ…」


「ンニャアん」

 語尾にハートマークがつきそうな可愛らしい声で鳴かれても、しっぽの先を足元にするりしても、今回ばかりは俺の(まなじり)は下がらなかった。こんなところまで付いてくるなんて俺のこと好きすぎるだろうと、一瞬よぎりはしたが。一体どうやって入り込んだんだ。

 長居はしないつもりだったから、車の中で待たせようとネコを座席に放りかけたが、そんな俺の腕に爪を立ててしがみつき、小首を傾けながら上目遣いでウルウルしてくるあざとさにウッとなる。

 そーだよな…ひょっとしたらこの密閉空間で何かあるかもしれない。だがしかし、たかだか兄の家に行くのにペットを同伴させるなんて俺結構痛いやつじゃないか?グルグルとりとめなく考えていたが、服に食い込んだ爪を優しく取り外してやりながら、俺の口から出てきたのは真逆の言葉だった。

「仕方ないなぁ」


 そう言った瞬間に耳をピン!とたて「ヴぅーる」と嬉しそうな声を喉奥から出したネコは手土産として用意した菓子折りの紙袋の中にサッと綺麗におさまった。

 こうなるともう自分自身への苦笑いしかない。俺はもういろいろと諦め、猫の入った袋を引っ提げながら半地下の駐車場から続く裏口に行き来訪のブザーを押した。


 待つことなくドアはすぐに開いた。

「あら三郎さん」


 ツイードのツーピースに身を包んだ、色白のほっそりとした女性が出迎える。


「ご無沙汰してます…」

 一郎兄さんのお嫁さん…の筈だと俺は記憶を辿(たど)った。ほとんど接点がないので(おぼろ)なのだ。まさか彼女に最初に会うとは思っていなかった。彼女は俺を上から下まで二度見して片頬だけをあげてうっすらと微笑んだ。歓迎されていないと感じるのは被害妄想だと思いたい。


「あ、あの、これ、皆さんで…」


 菓子折りを渡そうと言いかけてネコの存在を思い出して言い淀んだところで紙袋の中にネコがいないことに気づいた。

「ンぐヲっ(いつの間に何処行ったんだ?!)」


 俺の変な呻き声には気づかず、「後でお出ししますね」等とお礼を言って受け取ってくれた。

「皆さんはもう居間にいますから」

「…ありがとうございます」

 ネコをどうしようかと思ったが、普段寄り付かない兄の住む実家で取り乱すのはやめたかったし、あんなことがあったのだからネコもそう無茶なことはしないはずだと、すでに約束の時間を過ぎていたこともあり、帰ったら説教することに決めてとりあえず居間に向かった。


「早かったな」

 二郎兄さんが俺を一瞥(いちべつ)して言った。

「いえ、遅れてすみません…」

「ずいぶんサッパリしたんだな」

 無精髭にまみれた長髪の俺しか知らない一郎兄さんも話しかけてきた。

「あ…えっと、はい…」

 この面子(メンツ)の前ではどうしたって萎縮(いしゅく)してしまう。俺はもしょもしょと答えた。

 ここ数年では父と母の法事以外に兄貴たちからの連絡など無かったが、その用事には早い気がした。しかも13回忌の時はネコを拾う直前のニート真っ盛りのときのことで、随分居心地の悪かった思い出しかない。

「最近三郎は頑張っているそうじゃないか」

 家長である一郎兄さんが(おもむろ)に話し出した。

「家はどうだ。仕事に精は出てるのか」

「あ、お陰さまで…ありがとうございました…」


 一軒家に住めるなんて思ってなかったので…とか言いたいところだったが、嫌味にとられてもいけない。俺はネコが今この家の一体何処にいるのか、そしてそれ以上に、人間のときのネコのことを今さらにでも話題にされるのかと、気掛かりが多過ぎて挙動不審になっていたようだ。兄2人が俺を見る目は以前よりあからさまでは無いが、俺を認めるようなことを言いながらも胡乱気(うろんげ)なのは変わりなかった。


 不定期にこうやって兄弟で話をしているらしい。何度も辞退しているうちにアイツはいいやという扱いになっていたのには気づかなかった。俺のあの当時の卑屈さは自分にも問題があったのかもしれない。2人で会社の話をしていたと思っていたら、俺にも目線が向いていた。

「お前らはいつ身を固めるんだ」

 長兄はため息まじりに言った。それってこの間の少年(ネコ)を買ったとか何とかの話から()いてるわけじゃないよな…?目を合わせたくなくて、お茶を飲みつつ何も言わなかった、というか何も言えなかった。


「2人とも、もういい歳だろう?」

「いつでも出来るから、別に急いでないだけだ」隣の二郎兄さんを横目で見れば、余計なこと言うなよと、俺に目配せしながら何でもないように答えている。

「二郎は相変わらずだなぁ、女遊びはもうしてないんだろう?」

「やめてくれよ、そう言う話は」

 バツが悪そうにンフっと咳払いをする。

 居心地の悪さにどうしたもんかと視界をずらしたとき、ふと、視線を感じた。


 この感覚…扉の向こうから何かが見ている…。

 ハッとして、ネコかもしれないと目線を上げると、数センチの扉の隙間から少女らしき顔が覗いていて、俺は二重に驚いた。確かに誰かがいたのだが、確かめられるほどの時間はなくて混乱だけが残った。


 なんだったんだ今のは…?

「おい、お前の話だぞ」と次兄に肘で小突かれてアタフタしていると扉が空いてお嫁さんが入って来た。


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