10 ネコVSイヌふたたび(後)
「ネコちゃん、私のこと忘れちゃったのかな?」
警戒心を露わにするネコに、犬神が寂しそうに言った。
「ネコちゃん?おいでー」
何度目かのその言葉に、ネコはすっかり姿を隠してしまったのだ。
「なんか最近誰にでもこうで、すみません…。猫にも反抗期ってあるのかなぁ…ハハ…」
俺はコーヒーを新しく淹れながら、レオ君のときのことも引き合いに出して言い訳をした。ネコのやつ、あんな立派なものを貰ったんだから、気に入らなくても愛想くらい振りまいてくれれば良いのに…。
「さぶろうさんにだけ懐いてるなんて、やけちゃうなぁ」
「このケーキ食べられないから、拗ねてるんですよきっと」
笑いながらそう言うと犬神は微妙な顔をしている。慌てて準備をしてコーヒーをテーブルに載せ、たわいもない話を始めた。あの作家さんがどーの、最近のブームはどうの、今の出版業界のアレコレ等々…。
甘過ぎないブラウニーは文句なしに美味くて、そう言うと犬神は嬉しそうにはにかんだ。昔こんな風な表情のネコを見たことがあったな、いつどんなときだったろうか。そんなことを思い出していると…
…いた。
レオ君のときと同じで、音もなく縁側の隅からじっとりと俺らを見ている。気になるならコチラに来れば良いのだ。
「ネーコ!!こっちおいで!鰹節やるから」
来やすいようにと声を掛けてやったのに、ネコは居住まいを正しただけだった。本当に最近のネコはどうしたというのか。
犬神が期待してソワソワしたが、最後までネコはこちらを見ているだけで近くには寄ってこなかった。
「こんな時間まですみません、楽しくて時間を忘れちゃいました」
「こちらこそ、わざわざ来てもらった上にあんな素敵なのいただいちゃって、ホントにありがとうございました」
「でも、ネコちゃん、気に入ってくれなかったのかも…もしお邪魔になるようだったら引き取りに来ますから、遠慮なく言ってくださいね!!」
「近日中に寛いでる写真を送ることになりますよ、安心してください」
そんな会話をしながら玄関口で靴を履いた。
「んニャン」
久しぶりの鳴き声が足元から聞こえて振り向くと、ネコがを何かを咥えている。見ると、女物の腕時計である。
「あ、私の…」
気まずそうに犬神が呟く。俺はネコを抱き上げ、時計を返しながらそのまま背中を撫でた。
「ネコ、お手柄だな。何だかんだでちゃんと見てるんだなぁ、忘れていくところでしたね」
「さっき外したんでした、うっかりしてて…ありがとうネコちゃん」
その割に犬神は嬉しそうではなかったが、ネコの返事のような「んーニャン」と言う声に微笑んだ。
「また遊びに来ても良いですか?」
「もちろん。もう手土産なしで遠慮なく来てくださいよ。なぁネコ?」
「ニャん」
どういう意味から分からないが、ネコは短く、鋭く鳴いた。
その夜、ネコはうなだれながらひらがなシートを咥えて来た。
『さ、ぶ、ろ、う、は、い、ぬ、が、す、き、な、の、?』
「いぬって犬神のこと?」
目線は変えずにこくんと首を下げる。
「今さら何言ってんだ、好きに決まってるだろ?じゃなきゃ家になんか呼ばないよ。」
ネコはピクリと動いて目を見開いた。
「ほんと、犬神に関しては感謝しかないよ。仕事が順調なのは彼女のおかげだからさ…」
ネコは固まって動かない。
「でも、1番はネコだぞ?もうお前のいない生活なんて考えられないんだから、こないだみたいに出て行ってしまわないでくれよ?」
ネコは固まったままだ。耳をちょいちょいと触りながらおどけて言った。
「おーい、聞いてんのか?ネコ?お前も俺のこと好きなんだろ?」
言うや否やネコは胡座をかいた俺の膝の上に飛び乗り、ところ構わずこれでもかと頭を擦り付けた。喉が壊れちゃわないか心配するくらいにゴロゴロと鳴らしている。フハハ、可愛いやつめ。
ネコとの日々が舞い戻って来て、俺は幸せを噛みしめていた。仕事は大変でのんびり…とはいかないが、自分のやれることをそれなりに何とかのどかにはやれている。
しかしまぁ、安息はそんなに続かないものだ。人生は50/50、良いこと悪いことにはちゃんとバランスがあるって、この間、お節介にもインスタでそう流れて来ていた。
そう、それを知るのはそう遠くない未来なのだった。




