5 さぶろう少し怒る
意外すぎる兄の提案に呆然としていると、俺の腕から抜け出したネコが兄さんの足元に着地した。
「お前、猫を近づけるな」
「え?あれ?兄さん、猫嫌いでしたか?」
「気づいてないのは三郎だけだぞ!いつだったか、実家でも猫を飼ってたろ。昔っから嫌がらせばかりしやがって…」
「嫌がらせって…」
「一郎兄も俺も猫アレルギー持ちなのに、何言ってんだ」
そう言っているそばから、ネコが兄さんの足元に擦り寄り、転がって前脚をちょいちょい動かしたりして、めっちゃ媚を売ってる…。いや、分かってやってるアレは嫌がらせだ。
「ぅわっ」
両足をビュンと上に抱えて悲鳴を上げた兄さんの姿は、アレルギーを怖がると言うよりは単純に猫を怖がっているようにみえた。ネコも同じことを思ったのか、面白がるようにソファに飛び乗ってじりじりと近づき、それに合わせて兄さんはぎこちなく固まっていく。今までの兄さんのことを思うとちょっと面白い。が、はたと我に帰って窘める。
「おい、ネコ?いい加減にしとけよ」
ネコは一瞬ピタと動きを止めてニャぅ?と、あどけない感じで顔を傾けながら俺を見上げた。
うう、可愛い…あざといなぁ、もう。
「ホラこっちおいで、鰹節あげるから」
心を隠し、怒ったままの顔でそう言うと仕方なさそうにこちらに来る。鰹節やるって言ってんのに…。
「お前、猫にネコって名前つけてんのか」
猫が離れてホッとしたのか、いつもの調子で兄が訊ねてきた。
「え、あ、うん。やっぱり変かな?」
「良いんじゃないか?お前の猫なんだろ?」
「…」
どうでも良さそうに素っ気なく返されて拍子抜けしたところで、一瞬躊躇する。そういえば、対外的には友人から預かっているという体だったな…と思い返したのだ。だが、もう首輪をつけさせるつもりもないし、まぁ良いか、と訂正はしなかった。
もはや言うべきことは言ったと、兄は居住まいを正した。後のことは税理士から聞くようにとその連絡先をもらい、これ以上猫が寄ってくる前にとばかりに、「一郎兄貴も気にしてるから、一度実家に来るように」と言い置いて、最後はそそくさと帰っていった。
「ネコ、兄さんに何言ったんだ?!」
俺はひらがなシートを床に置き、それをタシタシと指しながらネコを睨んだ。
「グゥルニャーン」
そんなことより遊ぼうよとばかりに、くねりながら背中を床に擦り付ける。正座している俺は膝を叩いて強めに言う。
「こら、ネコ!」
しばらく見つめ合ったが、お互いに折れようとしない。
「んニャ…ア」
沈黙に根負けしたネコは大きな伸びをして、プイと何処かに行こうとする。捕まえようとするとスルリと逃げる。最後には追いかけっこになって、俺だけがハアハアいう始末である。
「なぁ、オイ頼むよぉネコ。兄さん達にこれからどんな態度取れば良いんだよ?お前、変なこと言ったんだろ?なんで、俺、お前を買ったことになってんだ?」
猫を買ったなら分かるが、兄さんが言ったのは少年のネコの方だ。俺相当にヤバいやつではないか。
…家族が欲しくてどっかから…一郎兄も気にしてる…
突っ込まれたらどう答えれば良いんだ。どの面下げて実家に行けと?
そんな俺を尻目に、身軽に飛んだ本棚の上からネコは俺を見下ろしている。
「…わかった。ネコがそういう態度取るなら俺にも考えがある。こないだ買った煮干しは全部味噌汁に使う。お前は無しだ」




