4 さぶろう再び兄と会う
客の少ない我が家のインターホンが鳴る。熊谷ゆかりがやって来た事を思い出し、ドキドキしながらモニターをのぞくと、意外にも兄が一人で立っていた。
突然やってきた二郎兄さんは、俺を見下すどころか、いつになくモジモジしてるというか、俺を前に気まずそうにしている。
「あのボウズは戻ってきていないのか…」
「え…?あぁ、うん…」
俺が今抱っこしている、この猫がその子ですよー…とは言えず、変な返事になってしまったが、兄さんはその態度をどうとらえたのか、ますますシュンとした顔になった。
とりあえずリビングに案内する。
「部屋、綺麗にしてるんだな」
兄さんと俺が、こんな風に兄弟っぽいシチュエーションにいるのは初めてかもしれない。
ソファに座ってもらい、淹れたお茶をテーブルに置きながら向かい合わせに座る。
「お前、いくらでアイツを買ったんだ?」
「…う…ン?」
理解できなくて一瞬固まる。
「お前、家族が欲しくて、あのボウズをどっかからか買ったんだろう?」
「何だって?」
言い返そうと身を乗り出そうとしたら猫がお腹に張り付いて目を見開き、必死そうに俺にニャンニャン言ってきた。
まさか…ネコお前、二郎兄さんになにか言ったのか?!抱き上げて目から読み取ろうとするとフイと気まずそうに顔を背ける。コイツ…いったい何やったんだ…
「家族を買うだなんて…お前がそんなに思い詰めていたとは思わなかった」
えーと。
状況が読めず答えられないせいで沈黙が続き、兄さんは大きなため息をついた。
「あのボウズのおかげと言うか…あの女とはやっと切れることが出来たんだけどな」
「あの女って…熊谷ゆかりのことでしょう?そんな、婚約者なのに…」
「婚約者だって?!」
今度は兄さんの方が唖然とした。よくよく思い返せば、確かに俺は婚約者とは聞かず、兄さんも婚約者とはひと言も言ってなかったのだ。
言い淀んだ末に、兄さんは正直に説明することにしたらしい。彼女とは夜の店で知り合ったらしく、その頃はいろいろ買ってやっていたが、綺麗なだけの女だと思ったら寄生虫みたいにつきまとわれたこと。彼女に無心されて会社のお金にも手をつけてしまったこと。それを弱みとして握られていて無碍に出来なかったこと。
始めは言いにくそうにしていたが、誰にも話せなかった愚痴を聞いてもらえるという状況に気持ちが乗って来たのか、だんだんと饒舌になり、熊谷ゆかりへの悪態を小一時間ほど続け、気づけばお茶はすっかり冷めていた。
「…身の破滅も覚悟してたんだが、あの女、どうもヤバい組織の怒りを買ったらしくてな。俺が独自で雇った興信所の話だと海外に逃げたらしい」
「かいがい…」
俺は呆然と呟き、そのまま下を向いてネコの顔を見た。ネコの目はしっかりと泳いでいる。ネコ、おまえ…
「しばらくは戻って来れんし、たとえまた日本に戻って来たとしても、因縁のついたこの辺には足を踏み入れられないだろうな…」
そんな組織と関係があるとは、なんてサイコパスな女なんだ。マジ怖い。そしてそんな女を、ネコは多分何とかして来てしまったんだよな…これは事情を聞いた方が良いんだろうか…。聞きたいような聞きたくないような、聞かないでおいたほうが良いような…
何処か行こうともがき始めたネコを俺は逃すまいと抱き直した。
「詳細は分からんが、どうもあのボウズが絡んでるらしい」
「あの子はどうなったんです?」
「いつの間にか逃げ出していて消息は不明らしい」
そういって兄はやるせ無さそうに遠くを見た。
「…」
こうして猫として戻って来てるので、俺としては全然何ともないのだが、その事情を知らない二郎兄さんとしては当然、あの少年だったネコがどうにかなってしまったと思い込んでいるし、さらに、どういうわけか俺がどこかから買ったと思っているネコに深刻な負い目を感じているようだ。そりゃそうだよなぁ。
しかし、事情を説明出来るわけもない。俺は猫を再度抱え直して顔ごと撫でた。
「あの子にとってはその方が良いのかもしれないよ、兄さん。俺は、今は、コイツがいるから良いんだ。あの子の代わりだと思って可愛いがることにしたから気にしないでよ」
「このマンション、ペット禁止だろう」
俺がウグと言葉に詰まると、ふうとため息をついて
「猫を気兼ねなく飼える駅近のマンションもあるし、M区にある一軒家もある。どっちもお前にやるよ」
思いもかけない言葉に腕が弛んで、にゅるりとネコが飛び出した。
「ニャニャーン!!」(やったー!!)
俺ではなく、ネコが返事してる…。
「お前ももう贈与税やら何やら、払えるくらい働いてるんだろう?」
「兄さん…」
「一郎兄貴も最近のお前を認めてる。とりあえず内覧して住みたい方に住め。俺なら一軒家に住んで、マンションは人に貸すがな」




