5 ネコ、売られる
「…が言ってたのよぅ、あーゆー感じのボウヤが欲しいって」
少し甘えたような声で、熊谷ゆかりはじろうおじさんに説明していた。
「俺はっ…そういうのは好きじゃないんだよ」
「甘いわねぇ、ガキの1人や2人で変な正義感だして。素性も分からない、戸籍もない、それでいて見目の良いコは使い途がたくさんあるんだから有効に使わないと」
よく分からないけど、おれの話っぽい。さぶろうも、おれの「こせき」問題では何度か頭を悩ませていた。
「だいたい、三郎君は何も言ってこなかったんでしょ?」
「いや、一度会社に来た」
じろうおじさんの声は、とにかく低くてくぐもっていて聞き取りにくい。元々そういう話し方なのか、話したくなさそうだからそうなのかはわからない。
いつものように朝6時に起きた後、軟禁されている部屋を隅々まで探検していたら、なんだかまたまた悪い気配を感じ取ったのだ。朝というよりは昼に近い午前、おれは全神経を集中させて廊下の向こうの、多分居間にいるであろう2人、熊谷ゆかりとじろうおじさんの会話を、壁に齧り付いて一生懸命聞き取っていた。
「あら、そうなの?なんて言って来たの?」
「…よく分からんかった。」
「だったら問題ないじゃない」
「なんでハッキリと聞いてこないのか全く分からん。アイツはあのボウズと仲が良さそうだったんだろう?親身になって面倒見てると部下も言っていた」
「でも、亡くなったご両親の友達の子供っていうのは嘘だって分かったんでしょ」
「あぁ、まぁ、そうだ」
「あんな金髪の美少年、実はさぶろう君も人には言えないルートで買ったんじゃあないの?普通だったら、あんな風にいなくなったら探し回るでしょ」
じろうおじさんの沈黙は長かった。
「さぶろう君にもそぉいう趣味があるのかもよ?ずっと独り者だったし。そんなことが出来る男とは驚きだけどねぇ」
嘲けるようにゆかりは言い、シュボっとタバコに火をつける音が聞こえた。
そぉいう趣味って何かしら?
確かにおれ、あんまり人には言えないルートでさぶろうん家に連れてかれてるなあ…それに、おれ自身、自分の素性も分かんないし。でもさぶろうにはおれを探してもらっては困るのだ。このおれが決着を付けるんだからな!!そのためにもメモを残して来たんだけど…
「あのコは早めに手放した方が良いわよ。下手にここに置いとくと、こっちが勘繰られるかもしれないじゃない」
「言っておくが!」
じろうおじさんは初めて声を荒げた。
「そもそもお前が連れ出して来たんだろう?!俺は頼んでなんかない!!厄介だとか勘繰られるとか言われたって知るかよ」
「何言ってんのよ。気になってソワソワしてたのはアナタでしょ?ひと目見たがってたじゃないの」
怒鳴られても、熊谷ゆかりは飄々(ひょうひょう)と返して全然動じない。離れてるから分かんないけど、『はー、何言ってんだコイツ』くらい思ってそう。この女はどうしたら追い詰められるんだろう?
「さぶろうとはずっと疎遠だったんだ。気にはなるじゃないか」
憮然とじろうおじさんは言い返した。はぁ、とため息をついて熊谷ゆかりも言い返す。
「今さらガタガタ言ったところで、実際、もう攫ってきてるから。ごめんなさいして、さぶろう君に返したって良いけど、それじゃ何の金にもならないでしょう?私に良いツテがあるって言ってるんだから…」
「だったらお前の勝手にやれ。俺はこの件は無関係だからな」
じろうおじさんは最後まで言わせなかった。
えっ…それって…。
おじさん、おれを売った…売ったなぁ…!!
がく然としていると、居間のドアが開いてこの部屋に向かってくる足音がする。おれは慌ててテレビをつけ、クッションを抱えて濃紺のベルベット生地で出来たソファに飛び乗り、のんびりしている風を装った。てっきり熊谷ゆかりかと思ったのに、入って来たのは暗い顔をしたじろうおじさんだった。
「おはよぉございます!」
あんな会話を聞いた後だけど、一応笑顔でこう言ったのに。挨拶も返さずにおれの前に来ていきなり質問してきた。
「おまえはさぶろうとどういう関係なんだ。どうやって知り合った」
見下ろしてくるおじさんを見上げながら、さっきの会話を思い出しながらおれは考え、テヘペロな感じにこう答えた。
「えーとォ、さぶろうには買ってもらったの。家族になりたいから」
「っ…!」
おじさんは低く呻いて、しばらく躊躇うように目をつむり、最後に大きくため息を吐いた。
「…そうか、わかった。あとで食事を持って来させるから、もうしばらく大人しくしてろ」
「はぁーい!!」
おれは無邪気な子どもらしく、手を挙げて元気良くはしゃいで答えた。




