4 ネコ、話に乗る
「入っちゃダメだったの?」
首まですっぽり泡風呂に沈めて、怯えたふうに言ってみると、熊谷ゆかりは腕を組んでおれを訝し気に睨んだ…と思ったら、急に笑顔になって言った。
「ダメなんてことないわよ?ゆっくり、心ゆくまで、入ってて良いのよ」
でもおれには何故か聞こえるんだ…胸の内で『マジで胡散臭いガキだよ』と思っているのが…。さぶろうには言ってないけど、こういうのが聞こえる人がたまにいる。
さぶろうの家に現れた熊谷ゆかりは始めからこうだった。
『しけたマンションだけど本当に金持ってんの?』
『こいつチョロそ〜』
『顔はまぁイけてるけどそれだけじゃな…』
とかなんとかかんとか…
あの女がこぉんな風にずっと思いながら、さぶろうと話ししてたのを、おれは壁越しに聞いていたのだ。失礼すぎる!!そう思ってあのときは助け舟を出して…そうそう、さぶろうに水族館に連れて行ってもらったんだよな…。楽しかったよー。いっぱいいろんな魚がいたんだよ…思い出して自然と笑顔になっていた。
「エヘヘ」
言葉どおりゆっくりと心ゆくまでのバスタイムを楽しみ、良い気分で、もふもふのタオルで髪の毛を包み込みながら部屋に戻ると、熊谷ゆかりがベッドに腰掛けてタバコを吸っていた。
「…」
楽しい思い出に浸りながら、せっかくお風呂で良い匂いになったのに台無しだよ。
「…おれ胡散臭くなんかないんだけど…」
文句のひとつも出てきてしまう。
彼女は一瞬顔を引き攣らせたように見えたが、何もなかったように口だけで笑って話しかけてきた。
「ちょっとお願いがあって待ってたのよ」
『ガキのくせに長風呂なんて生意気なんだよ』
「…」
心の声を聞いておれはさらにしかめ面になった。
「さぶろう君のところに早く帰してあげられるから、少しお姉さんのお仕事を手伝って欲しいのよね」
「おばさんの?」
目元がピクリとしたが、口元は笑んだまま「そうよ」と言った。目は引き続き笑っていない。
「オバさんはさー、お金が欲しいんだよね?」
またも目元がぴくりとした気がしたが、おれはあくまでも「オバさん」を貫くことにした。
「お金が無いと何にも出来ないものね」
「…」
表情を変えずにウフフと笑うところが悪党過ぎて恐ろしい女である。まぁ、確かに?さぶろうはそう言ってほぼほぼ毎日夜中まで働いていたから、お金というものは大事なんだろう。拒否権はないだろうし、相手の出方も気になる。ここは乗ってやろうではないか。
「いーよ」
おれはあざとさ全開の、無邪気な笑みで答えてやった。




