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魔法の首輪をつけた猫 〜現代版長靴をはいた猫〜  作者: 東條 絢
人間になったネコ

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25 さぶろう焦る

「なん…何を言い出すんです?」

 唇を()めて俺は絞り出した。熊谷ゆかりはゆっくりとコーヒーカップに口をつけた後、トーンを変えずに言った。


「だって…えらく可愛がっているみたいなのに、その子の素性を全く見せないってのは……奇妙な話よねぇ?」


 俺は息をするのも、瞬きするのも忘れそうだった。


「そもそも何処の国の子どもなの?あんなに流暢りゅうちょうに日本語が話せるなら、義務でないにしてもで普通は学校に行かせてるわよね?おかしいなって気になると私、徹底的に調べちゃうのよね」


 俺は蛇に睨まれた蛙だった。何を考えているのか分からない彼女の眼が俺を絡め取っている。『…ネコ、あの人好きじゃない』『さぶろう、狙われてる…』…猫の台詞が脳裏をよぎる。野生の勘を侮ってはいけなかった。最初から猫は彼女のことを警戒していたのに。


「まぁでも別に、正直言って私はあの子の正体なんてどうでもいいのよ」


「…」


「ねぇ、さぶろうさん。私は誰に黙っていたら良いのかしら?」


「…」



様子を見るどころではなかった。


 まさかこんな話をされるとは…。別に犯罪を犯した訳でも、悪いことをしている訳でもないのに、どう答えればこの場が収まるのか分からずに俺はすっかり固まった。俺が何も言い出さないので彼女はじれったそうにハァとため息をついた。


「誰にも、なにも言わない方が良いのでしょ?」

 そう言って、手のひらを上にして親指と人差し指で丸を作り、彼女の豊満な胸にくっつけるように滑らせた。

「言わないわよ。コレ次第でね」


「えっ…お、お金?」

 意図が正しく伝わったと満足気に微笑んで、彼女は何色と言って良いかわからない、キラキラした爪を見せつけるように人差し指を一本立てた。

「先ずは…これくらい欲しいな」


「え、あ、一万円…ならまぁ…」

「100万よ。1そんな訳ないでしょう」

 冷たい口調ですかさず突っ込まれる。

「ひ、100万…?」

「あら、売れっ子作家さんなんでしょ?こないだ、高そうな新車も買ってたし、ね?」

「いや、あの…」


 なぜ、そこまで知っているのかと、俺は心底ゾッとした。二郎兄さんの婚約者がこんなことをする理由も分からなかった。


「と、トイレ行っていいですか」

「どうぞ?」

 目の前にいると丸め込まれそうで、とりあえずトイレに逃げた。

「ハァーーーーーーっ」

 広くないトイレの個室に入った瞬間、自然と息がこぼれた。大きく息を吐くと、今まできちんと呼吸できていなかったことに気づく。胸に手をあてて早鐘を打つ心臓を労った。 

 そして思う。


 やはりネコは猫のままでいてもらわないと!!



 そうだ。そこだ!嫌な予感はしてたのだ。毎日楽しくて(楽もさせてもらって)見て見ぬフリをしていたが、法治国家の日本では、戸籍のない人間なぞ、ややこしいことになる。まず帰ったら、そのことこそネコに相談しよう!とりあえず、申し出は丁寧に断ろう!!


「すぅーーーーハァーーーーーーっ」

 俺は大きく深呼吸をした。喉に届く安っぽいトイレの芳香剤で少し惨めな気持ちを味わいながら、よし!と気合を入れる。


 席に戻り、俺は立ったまま静かに伝えた。

「とにかく、100万円?は払いません」

 彼女は顔をしかめて俺を見上げる。

「頭、冷やしちゃった?それとも誰かと相談でも…」

「誰に、なにを言ってもらっても構わないんで。」

 彼女の言葉を遮って、コーヒー代として二千円をバンと机におく。100万円に比べたら安いものだ。お釣りは要らない。俺はもう席にはつかず、店を飛び出した。



 慌てて家に帰ると、玄関の鍵が開いていた。

「え…?」

 嫌な予感がする。

「ネコ…?!」

 靴を脱ぎ捨てて呼ぶ。

「おーい!ネコ!!かくれんぼしてる場合じゃないんだ!大事な話もあるし!!」


 部屋は静まり返っていた。今日の俺の心臓はもうたない。あんな話をされた後では、猫が家を勝手に出ていったとはとても思えなかった。ぎこちなく部屋を見回すとちゃぶ台の上に、猫の使っていた漢字ノートがきちんとおいてある。

 違和感を感じて手に取ると、端っこが少しお茶のようなもので濡れていた。猫はどのノートも大事に扱っていて、自分用の引き出しに筆箱と一緒に必ずしまうようにしているのだ。机の上だろうがなんだろうが、出しっぱなしにはしないし、まして濡れたままなんておかしい。


 俺は少し震える手で帳面をめくった。

 漢検でも受けるのかというくらい難しい漢字が並んでいる。最近は聞かれることも少なくなって採点もしていなかったから、こんなレベルの高いことをやっているなんて知らなかった…と、一瞬気を取られたが、慌てて最後のページを探す。



『さぶろう、おれがんばってくるね』



「へっ?」

 前後のページをめくっても、書き取り以外の言葉はそれだけだった。


「何を…?」

 俺はノートをもったまま立ち尽くした。


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