18ネコVSタヌキVSちょっとイヌ
「またぁ?」
ネコの鋭い声に俺はため息をついた。
「仕事の打ち合わせって言われたら行くしか無いだろ?」
「そう言っておいしーもん食べたり、お酒飲んだりしてるだけだったじゃん」
俺のとなりで、クッションを抱えながらネコは頬を膨らませてプイッと横を向いた。
「…」
そうなんである。最近田貫さんからの連絡が頻繁にある。断れる場合もあるのだが、仕事にも関係するのでと言われ、渋々苦手な繁華街へ出かけるも、仕事の話にはならない。経費で落ちるという料理も酒も美味いが、どうも田貫さんのあの目で見られるといろいろ縮み上がってしまう。何が目的なのか不気味で、俺も持て余しているというか…
…
正直、行きたくないのだった。
「なぁ、ネコ、一緒に行く?」
「ネコ行っていいの?仕事なんでしょ?」
「…」
だよなぁ。言ってみただけ感は猫にも伝わったのか、塩対応である。まぁ実際、行った先に彼女の上司がいたり、例の展覧会の出品者なんかいたりするなら、かなり気まずい。俺は、現状を相談する体で犬神にラインを送り、とりあえずの保険をかけてみることにした。『最近打ち合わせで田貫さんに呼び出されるけど、こんな頻繁にあるものなんですか?また教えてください』こんなもんでいいかな。
「じゃあ行ってくる。戸締まりはちゃんとしてな。留守を頼んだぞ。知ってる人が来ても無視するように!」
「わかってるってば。それより早く帰って来てよ」
俺の膝の上に擦り寄って上目遣いで訴えられる。
「俺もそうしたいよ」
ふーと長いため息をつきながら、ネコの頭を撫ぜて答えた。
案の定、指定された場所には田貫さんしかいなかった。
「あの…今日は打ち合わせでしたよね??まさか2人きりではないですよね?」
おずおずとそう言うと、後から合流しますから!と勢いよく言われ、その場所から遠くないビル地下のお店に引っ張られた。
「とりあえず、先ずは乾杯してからで」
嫌な予感のまま、いつもの一言から始まってしまった。「ここのお料理、オススメなんですよ?!」からの「このワインが合うんですよ」からの「コレ!コレが美味しくってえ…!」からの…延々と仕事の話は微塵も無く進んでいく。俺も俺で、いつものように仕事の話を催促することも、合流するのは誰でいつ来るのかとも言い出せずに、注がれるままに杯を重ねた。
それにしても、今日はこじんまりとした薄暗いダイニングバーの雰囲気がそうさせるのか、呑まされてる気はないのに、いつもより酔いが早い気がした。
何杯目のワインだったのか、気づけば意識が朦朧としていた。こんな風になるのは初めてのような気がする。
「犬神と親しいようですけど、正直、さぶろうさんは彼女のこと、どう思ってるんですか?」
「…?どぉ…とは?」
「やだぁ、男と女ですよ。推して測るべしでしょ?…て、もう頭まわってないかしら?」
「まぁってますよ」
なんだか呂律も回らない。
「ンもう!ただの後輩なのか、女として見てるのか、いずれ恋人にしたいとか、いろいろあるでしょうに」
「とんれもない…!!アイツは恩人で…すよ…。足向けて、寝あえないえす」
「ふぅん、そーなんだ…」
いろんなことをつらつらと話したが、別の場所に頭があって、そいつが他人事のように喋っているような感覚で、俺自身はもう眠くて仕方がなかった。一瞬眠ったような気がした後、いつのまにか俺はタクシーの後部座席にぐったりともたれていた。俺の指先に何かが絡みついてフニフニと握られている。ネコ、猫に戻ったのか?俺は思わずソレに頬擦りをした。あれ?フワフワしてない…??
ずっと頭がぼーっとして、視界もはっきりしておらず、次に気づいた時にはふらつく体を誰かが抱き止めてくれていた。
「あ…しゅいません…」
真っ直ぐに歩けず、壁で半身を支えた。見慣れた俺のマンションの廊下だった。
「もうすぐお部屋ですから、頑張って」
目線だけをずらすと、そこに田貫さんの笑顔があった。ふらふらになった姿を支えてくれていたのは田貫さんだったのか。その場で寝転がってしまいたい衝動と自分のベッドにダイブするのを天秤にかけながら、マンションのドアの前まできたところで、お互いの息が感じられるほど、彼女の顔と数センチも離れていないことに気づいた。腕が動かないのは酔いのせいなのか、田貫さんの支える腕のせいなのか…フニャと唇に柔らかいものがくっついたと思う。フフといつもの田貫さんの妖しい笑い声が頭に響いた。
バン!!
いきなり玄関のドアが開いた。
「きゃっ?!」
「さぶろうに何してる?!」
「ええ?!キミは誰?!なんなの?!」
「さぶろうを迎えに来たんだよ!」
「迎えに…?!えぇ?!誰なの?!」
「そこ退いて!」
「ちょっと!!ボク、何者なのよ?!いったい…」
「俺はさぶろうの家族なの!!」
あれ?ネコの声が聞こえる…またオレって言ってないか…?まぁ別にどうでも良いんだけどさ…肩と腕に細い猫の手が掛かって引きずられ、自分の家の玄関の匂いにたどり着くと安心感に気持ちが緩んだ。
「えぇ〜?!なんなのぉ?!」
田貫さんの声が遠ざかり、さらに気が楽になる。そうだ、俺の家まで来たんだからベッドじゃなくて玄関でも良いっか…俺は猫の引っ張る力に逆らってかまちを枕にして寝そべった。なんだか遠くに犬神の声も聞こえてくる。
「美穂先輩!!信じられない!!!」
「犬神?!あんたも何でいんの?!ストーカー?!」
「そんなわけありますか!!さぶろうさんからの連絡でイヤな予感したから来たんですよ!」
「そんなウソつかなくったっていーから!」
「てゆーか、先輩恥ずかしくないんですか?こんな…酔わせて…!!!」
普段聞いたことない女性特有のキャワキャワとした声をぼんやりと聞いてると再びバン!という音が響いた。ネコが玄関扉に手をついて仁王立ちしている後ろ姿をぼんやりと見上げた。
「おばさんたちうるさいよ!!ケンカするならよそでやって!!」
「…おっ!おば…!おばさん〜?!」
「ちょっと!先輩!!隣の人に見られてますよ!!行きましょ!!」
俺は笑っていたらしい。俺の身体はフワフワしていて無性に陽気な気持ちになっていた。
「さぶろう?!起きて!!さぶろうー!!」
心配顔で俺を覗き込むネコは久しぶりに見る猫の姿の猫だった。抱きしめて、ところ構わずキスをした。
「ネコぉ、おまえはかわいいなぁー」
「さぶろぉ…!!」
朝7時。
開けられたカーテンからの眩しい朝日が俺の顔を照らした。二日酔いの鈍痛に耐えながら、それでも頑張って、うめき声のような「おはよう」を喉から絞り出す。挨拶は無く、ネコが怒り顔で枕元に立っていた。
「さぶろうはぁ、隙があり過ぎる!!」
「えぇぇ…??」(掠れ声)
「とりあえず水飲んで」
サッと出てきた500mlのペットボトルを寝たままごくごくと一気に飲み干した。なんで俺はこんなに喉がカラカラなんだと思う内に、昨晩の醜態の数々が脳裏にフラッシュバックする。え、嘘だろ?!これ本当に俺の記憶…?!
「サンキュ」(掠れ声)
「さぶ…」
ネコが口を開く前に俺は酒焼けた声で早口に叫んだ。
「わーーーーすまん!反省してる!!!本当にごめん!!とりあえず昼まで寝かせてくれ!!」
そう言ってタオルケットを頭からばっさと被った。大の大人が何と言う恥を晒したのか、猫と顔を付き合わせて話せる厚顔は今は持ち合わせられなかった。
「まぁね、さぶろうは特別だから、大目にみてあげるよ。貸し二つくらいにしとく」
フッと笑ってネコは寝室を出て行った。
「ゔゔぅ…」
そんな台詞を何処で覚えて来るんだ…この頭痛は深酒の理由だけでは無さそうだった。
なおかさんに言われて追加したタヌキ回。私にはこれが精一杯…。
もっと迫らせたかったなぁ…




