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魔法の首輪をつけた猫 〜現代版長靴をはいた猫〜  作者: 東條 絢
拾われたネコ
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4 さぶろう、ヒゲを剃る

 クチュン 

 …クッチュン


 猫がさっきからクシャミをしている、と思って目が覚めた。なんだか今日は冷え込む。このまま布団にくるまっていたかったが、猫はすでにもう朝ごはんを頑張って用意してくれているようだ。あんな小さい子どもにメシの支度をさせるなど忍びなさすぎる。しかもくしゃみをしている…

 ハッとして、素早く起き上がりキッチンに行く。この寒いのにTシャツ1枚の猫がマグカップにスープの素を入れていた。

「猫ぉ…!」

 慌てて寝室からトレーナーを持ってきて猫にかぶせたが、布団にくるまっているみたいにしかならず、袖をまくってもまくっても重さで落ちてきてしまう。足元は裸足だ。触ってみると冷たい。

 ゴメンなぁ、と思わず抱き上げた。猫はキョトンとしている。猫のサイズの靴下なんか持っていない。朝食後、俺はサイトで子ども用の下着と服をひと揃え購入した。ひょっとしたら明日にでも猫に戻るかもしれないと思って、洋服を買い与えるのをケチっていた自分が恥ずかしい…とりあえずで呼んでいる『ネコ』も、実はまずいと思いつつ、猫も自分のことを猫だと認識しているので、なんとなくそのままになっている。


 Amazonは次の日の朝イチに品物を届けてくれた。

「ちょっとおいで」

 ランニングシャツの上に赤色が基調になったタータンチェックのネルシャツを着せ、ジーパンに黒の靴下を履かせる。子供服の流行りなど知らんから、値段優先で適当に買ったのだが、その風貌から、異国から抜け出してきたように、なかなかに似合った。心配していたサイズもちょうど良さそうだ。

「似合うなぁ」

 猫は俺がネルシャツのボタンを留めてやるのを注意深く見ていたが、全身でソワソワしていた。鏡が風呂場にしかないので、俺の褒め言葉を待たずに走っていった。

「すごい」「すごーい」と連呼しているのが風呂場から聞こえてきて少しこそばゆい気持ちになる。微笑ましいなと思いながら配送の箱やらを片付けているところに、走ってきて後ろから体当たりされた。


「うおっと」

「さぶろう!ありがと!うれしい!!」

 小さな柔らかいモミジのような手で俺の薄汚れたジーパンにしがみついて顔をすり寄せる姿にキューンと胸を鷲掴みにされてしまった。こんなことで大はしゃぎするなんて…なんだこの可愛い生き物は!!

「かぁわいいなぁ」

 俺も思わず頬を擦り寄せてぐりぐりすると、ビクッと固まった。

「どうした? 」

「おひげが…」

「あ…痛かったか」

 躊躇ためらいがちにうなずかれる。そういえば髭を剃るための道具は掃除で出てこなかったな…とあごを撫でながら思い返していた。洗髪も面倒くさいし、この際、髭を剃りがてら、この長い髪も何年ぶりかにばっさり切ってみようかと思い立った。ちょうど猫の洋服も買ったことだし近所に散歩も良いかもしれない。念のため、と猫用の靴も買っておいて良かった。

 昔馴染みの理容店までは歩いていける距離だ。

「お出かけしてみるか?この髭、剃ってこようと思うんだが」というと、猫はぶんぶんと頭を大きく振って頷く。  


 あの雨上がりの夜以来の外出で、猫が怯えることがあるかもしれないとほんの少し身構えたが、俺の不安をよそに、猫は行き交う車や、通り過ぎる自転車、道中の花屋や公園にキョロキョロと目を奪われては興味深そうにしている。そのうち何かに驚いて飛び出すかもしれないと、手を繋いで歩いた。秋晴れの乾いた空気が心地よい。俺の年齢を考えれば、これくらいの子どもがいてもおかしくない。なんだかくすぐったい気持ちになった。ここのところ、何かしら起こる毎日が楽しい。日々をそんな風に思えるのはいつぶりなのだろう…。猫のお陰だな、と元気よく歩く猫のプラチナブロンドのつむじを見下ろした。


「さて、ここだ」

 カラランとベルを鳴らしながら理容店の扉を開けると、以前と変わらない店主が、若いスタッフと話をしていた。

大山田おおやまだです。予約してないんですが、今からやってもらえますか?」

「えっ?!三郎さん?!ずいぶんお久しぶりだね…」

 店主の目線は俺の頭のてっぺんから爪先までを何度も往復しながら、俺の変わり果てた姿に驚き、次に連れていた猫に驚いた。

「どうしたの?!そのキレイな子。誘拐してきたんじゃないだろうね?」

 妥当な想像だ、と苦笑する。

「ちょっと知人の子を頼まれたんだよ」

「ハァン、だから見たくれもちょっとは気にするって?女が理由じゃないのが三郎さんらしいねぇ。彼、ウチに来たばかりのアシスタントなんだけど、練習台になってくれるなら無料ただにするよ。眉毛も整えて、髭も髪も全部込みで」

 昔と違う俺のみすぼらしい姿をみて忖度してくれたのか素晴らしい提案をしてくれる。 

「じゃあそれで。お願いします」



 ジャキジャキと思い切りよく切られて床に落ちてゆく俺の毛束にジャレつきそうな猫にハラハラしつつ、こざっぱりしていく鏡の中の自分は見ていて気持ちがよかった。椅子を倒されて髭と眉を触られる。人に手入れされるのは久しぶりなのもあって心地よい。

「出来ましたよ」というと声にビクッとなって起きた。気持ちよくてすっかり寝ていた自分に驚いた。

 視線を感じて手元を見ると、猫が目をキラッキラさせて俺を凝視している。

「さぶろう、かっこいいー!!」

「え、そうか??」

「さっぱりしましたね」

 俺の周りをクルクル回ってはしゃぐネコに笑顔になる。鏡を見ると、もっさりとただただ長かった髪の毛はツーブロックで整えられ、目を覆っていた前髪もサイドに流されておでこが全開になっている。しっかり形を取られた眉、ほぼ顔を覆っていた無精髭もすっかりなくなり、なんだか若返ったようだった。

「やっと三郎さんらしくなったねぇ、もうちょっと痩せたら昔とそんなに変わらないんじゃない」

 僕にはそう言って、店主は若いスタッフに細かい技術指導をし始めた。


「これが練習なら、次回はしっかりお金取れますね、また来ます!」

 そう言って理容店を後にした。

 切った髪の毛の分、頭が軽くなったようで視界も広がった。気分が上がって腕にまとわりつく猫に昼ごはんでも食べて帰るかと思わず声を掛けていた。




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