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魔法の首輪をつけた猫 〜現代版長靴をはいた猫〜  作者: 東條 絢
人間になったネコ

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14ネコと温泉宿に泊まる

 我が家のほかでは、入院した動物病院しか寝泊まりした経験がない猫にとって、温泉宿は相当物珍しいようだった。

 とはいえ俺も、ここ何年もこんな経験をしていなかったから実を言うとワクワクしていた。以前は面倒臭さしかなかったが、新しいことをすることに、今やこんなポジティブな気持ちでいどめるのは、猫のおかげでしかないと思っている。

 その猫は宿のおばちゃんにからまれて、俺の服のすそを握りしめ、モジモジしながらなんとか相手をしている。猫のこの、人に対する態度の法則は謎だ。


「友人の子どもなんですよ」

「あら、お父さんじゃないの?!」

 俺の要素がどこに入っていると思うのだろう…。猫に日本語が通じると分かるや否や、女将というよりは気の良いおばちゃんといった風体ふうていの宿の主人は、マシンガンのように話しかけてきた。まぁでも、何処かでさらってきた子どもと一緒かもと怪しまれるよりは健全ではある…。


「しばらく預かってるんで、海くらい連れて来てやろうと思って…」

 テヘと俺は笑った。

「優しいおにいちゃんで良かったわねえぇ」

「うん!さぶろう大好き!!」

 猫は無邪気に俺に飛びついた。人前で多いに照れるがまんざらでもない。おばちゃんもほっこりと微笑んでくれている。


 民宿というほど簡素でもないが、ホテルほど大きくない建物で、迷路のような廊下や階段に煩わされることなく、分かりやすい一本道の廊下を歩いて部屋にたどり着く。スンスン匂いを嗅ぎながら部屋に入るなり、猫は這いつくばって畳を撫ぜた。

 疲れた様子もなく、ゴロンゴロンと派手に転がった後、大の字になってうっとりして言う。

「ねぇこれ、タタミでしょ?いーい匂いー!!これ好きー」

「そうか…良かったな…」

 窓の向こうには夕暮れの見事なグラデーションの中、美しい海岸線が広がっていたが、猫の興味はそこではなかった。


「風呂、今のうちに入っとこう」


 風呂好きな猫は元気良くうんと良い、俺が浴衣やらタオルやらを準備するのを不思議そうに眺めた。

「猫、今日の風呂は驚くぞ。外にあるからな」

「そと?!」

「そう。温泉だ」

「そうだった!おんせん…!!!」

 説明するより見たほうが早い。とは言えテレビ番組のお陰なのか、ある程度は分かっているようだった。とにかく、今晩俺は飲むと決めている。()ずは1日の疲れを取って、夕食の後はそのまま布団にダイブして、猫と共にバタンキューしたい。

 補足が必要だな、おふとんにバタンと倒れてキュウっと寝てしまいたいということだ。



「ゆ!」

 そう言って、猫が思い切り良く、「ゆ」と書かれた入り口の暖簾(のれん)を指差すので、隣の女湯に入ろうとする家族連れにクスクスと笑われた。

「俺たちはこっち」

 猫の肩を押しながら、その奥の、男湯の暖簾をくぐった。なんとも懐かしい雰囲気の脱衣所だ。もうずっとソワソワしている猫が何かしやしないかヒヤヒヤしながら横目で確認しつつ俺も服を脱ぐ。


「待て待て待て待て!!!」


 案の定、素っ裸で浴場に走っていこうとする猫を捕まえて手を繋ぐ。ただでさえ目立つ容貌なのに、温泉の礼儀を教えないとさらなる注目を浴びてしまう。湯気で曇った入口のガラス戸を開ければ、思ったとおり「スゴーい!」と叫び、何人かの先客の、うろんな視線をちょうだいしてしまった。


「温泉はちゃんと手順を守って入らないと、他の人の迷惑になるからな。まずは体洗ってから湯船に入る」

「ハぁイ!」

 なかなかご機嫌な返事である。

 ヒリヒリすると言うので、ぬるま湯にして身体を洗わせる。あんなに日焼け止めを塗ったのに、よく見ればうっすらと赤くなっていた。ウェットスーツみたいなやつの方がよかったのだろうか。今日の浜辺には、昔と違ってそんな子供もそれなりにいた。なんでだろうと思っていたが、ここに来てやっと理由が分かった。



「ね、もう洗ったよ!」

 猫はもう露天風呂に行きたくてしょうがないようだった。外に出れば夜風が良い感じに肌を撫で、夜空の果てに星の瞬くのが湯けむりに透けてうっすらと見えた。


「そっと入れよ、ジャボジャボさせんなよ」

 目をキラキラさせて、声なく感激してる猫に声を掛けながら岩を(また)いで足を入れる。露天の湯はぬるめで、最初に入るにはちょうど良かったかもしれなかった。肩まで浸かると思わず声が出る。

「あぁ…っ!いーい湯だなぁ…っ」

 向かい合った猫も目を細めて俺の真似をした。

「いーい湯だなー!!」

 フフっと笑い合う。


 先客の爺さんと目が合った。

「こんばんは、仲良しだねぇ」


「どうも、こんばんは」

「うん、仲良しだよ!」

「温泉、初めてなのかい?」

「うん!!初めて!すっごい気持ちいいね!また来たいな…」

「どっから来たんだい」

「遠く!!さぶろうの車で来たんだよ」

「ハハハ、そうかい、そうかい」 


 猫のおじさんキラーは健在である。若い娘っ子と、なんでこうも態度が違うんだ。猫と爺さんは微妙に噛み合わない会話で楽しそうにしている。

 柔らかな湯の中で、一日の疲れが溶けるように解れていくのを感じながら俺は夜空を仰ぎ見た。

「あぁ、気持ちいい…」


 気づくと、呟いていた。

 確かにこれでは、猫の風呂好きなのも仕方ないと思えた。


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