9 ネコVSサル
猫カフェは初めてだったので、例によって例のごとく猿渡さんに任せっ放しだった。システムやら注意事項やら、いろいろな決まり事を呪文のように係の人が話しているのを、慣れた様子で彼女は受け流し気味に聞いている。
そんなやりとりを横で聞きながら、ガラス張りの二重扉の向こう側に20匹近くはいるだろう猫がウロウロしているのを見ていた。自由そうに動き回ってはいるものの、思ったより部屋の中に閉じ込められている感があって、今頃猫をこんなところに連れて来てしまって良かったのかと一抹の不安を覚える。背中にピッタリくっついている猫をチラと見ると、中にいる猫たちを無表情で見つめていた。
え…?何それ、どういう気持ちなんだ?
「ネコ?大丈夫か…?」
顔を近づけて、こそりと訊ねる。
「ん。だいじょーぶ」
あっけらかんとした返事に少し安心する。
「じゃ入りましょか」
猿渡さんの明るい声にハッとして、思わずネコの手を繋いで中に入った。
俺たちが店内に入った途端、猫達の様子が一斉に変わったのが分かった。全ての猫の頭に「!」の文字が見えた気がしたのだ。皆、一様にピンと耳を立て、俺たちを凝視している。
「大山田さんて、やっぱり猫と何かありますよ!猫ちゃんの懐きようも凄かったし、ここの猫ちゃん達も様子が違いますもん」
「…」
多分俺ではなく、ネコのせいだと思う…が、しかし理由を聞かれると困るので、そうかなと軽く流した。
ここはカフェとは言うものの、喫茶店のようなテーブルは無く、ペーパータンブラーの飲み物を片手に、猫との触れ合いを時間制で楽しむ場のようだった。そんなところがお礼になるのかと猿渡さんに問うと彼女は悪戯っぽく笑って言った。
「次はちゃんとしたご飯食べられるところに行きましょうね」
「んッ?!」
「ここには一度来てみたかったんです」
「はぁ」
こんなオッサンと何度も会いたいもんだろうかと、呆れて猿渡さんを見下ろすと、さらに笑顔で言う。
「私、大山田さんのこと好きなんですよ」
ふうんと一瞬聞き流した後に意味を理解する。
「んんッ?!」
「さぶろう!!」
その瞬間、猫が黒猫を抱きながら横からタックルして来た。
「この猫可愛くない?」
目の前に突き出された猫は確かに可愛い顔つきだったが、仕方なく言うことを聞かされている感が漂っていた。気づけば、オヤツを持っているわけでも、オモチャを持っているわけでもないのに何匹かの猫に囲まれている。オヤツで猫を集めていた先客のところにいた猫達も、何かを気にするようにこちらをチラチラ見ている。
「こっちのグレーの猫も可愛くないか?」
猿渡さんの発言に動揺しつつも、会話をつなげようと何気なくグレーの猫を撫でようとすると、その猫はするりと俺の手を避けてネコの足にしがみついた。
「あら、嫌われちゃいましたね」
セミロングの髪を揺らして猿渡さんが上目がちに俺を見た。さっきのセリフを思い出し、年甲斐もなくウッと赤面してしまう。
「そんなことないよ」
ネコがそう言うと、グレーの猫はニャアンと鳴きながらネコの背後から俺たちの座っているベンチ、そこから俺の肩へと軽やかに跳躍して擦り寄ってきた。
「…」
俺にはネコが鋭く目配せをしたようにしか見えなかった…。そのタイミングでブチ猫とシャム猫が猿渡さんの方にニャアニャア言いながらすり寄って行く。
「アハハ、かーわいぃ」
猫たちは抱っこされるのに慣れてないからとかなんとか言って、抱き上げてはいけないとスタッフから最初に説明されていたが、猿渡さんの膝の上の猫たちは彼女の顔を覗き込むくらいに乗り上げていた。あんな状態ならば抱いてあげても構わんのではないだろうか。
「ねぇさぶろう、猫のオヤツ買いたい」
猿渡さんの様子を見ていた俺の腕に、ネコは細い腕を巻き付けて引っ張る。
「お前……
オヤツなんて必要ないだろ?」
この場所にいる猫達はネコの望むことなら何でもしそうな気がした。
「なんで?オヤツあげたいな、かわいいよ」
「お前がしたいなら良いけどさ…」
オヤツ箱は部屋の隅にあったので、猿渡さんと別行動気味になったが、時間はあっという間に過ぎ、制限時間の3時間まで、猫カフェの猫たちは入れ替わり立ち代わり、俺たちの相手をしてくれた。3人いたスタッフは3人ともが「猫たちがこんな風に懐くなんて、今まで見たことがないです」と驚いていた。
絶対にネコのせいだ…。とはいえ「そうなんですか」と、俺は苦笑いするしかなかった。
「あー。堪能しました!」
「猿渡さんは仕事で、猫でも犬でも触りたい放題でしょ?わざわざプライベートでも触らなくったって…」
「病院でなんか…!!怯えてたり嫌々するコ達ばっかりですよ!仕事ですもん…」
そういうものか。確かにネコを入院させていたときのネコの様子も普通じゃなかったもんなぁ…。
「だから今日は心ゆくまで猫ちゃんたちの可愛さに癒されましたよ〜」
「そりゃあ良かった」
彼女の満足した無邪気な笑顔に、自然と俺も笑みが溢れる。
「ちょっと、お腹すきません?」
制限時間までいるつもりはなかったので、中途半端な時間になっていた。
「確かに…何処か入ろうか」
「ここはカウントしないでくださいね」
ウフフと笑う猿渡さんには「分かってますよ」としかいえなかった。まぁでもそれなら気負わずに、と近くのファミリー向けレストランに入ることにする。
注文の後に行ったトイレから戻ってくると、猫と猿渡さんの会話は砕けた口調になっていて盛り上がっているようにみえた。
「……そーよ。狙ってるんだから、協力してくれない?」
「ヤダ」
「えぇー!なんでなんで?てか、そんなこと言ってさ、ネコくんて、大山田さんとこに一時的に預けられてるだけでずっと一緒にいるわけじゃないんでしょ?」
「でも俺の認めたやつしかダメ!」
ほう…猫、お前またオレって言っとるな…
俺以外とする猫の会話をもう少し聞きたくて、ゆっくり席に近づく。
「えぇー、じゃあネコくんはどんな人なら認めるのよ?」
んんーと考えた風な後に、うっとりとした様子でネコは応えた。
「さぶろうのことを心から愛する人かな」
「!!!」
俺は白目を剥いたに違いない。
「…何言っちゃってんの?!ネコ、お前ッ…!!」
「あ、お帰り。さぶろう」
「大山田さん、ネコくん、面白いよー」
「面白くないから!いつも真剣なんだから!!」
何を話し込んでいたのかよく分からなかったが、そのまま2人は食事が運ばれて来るまで、言葉尻を捉えてはギャイギャイ言い争いを始めてしまった。
喧嘩するほど仲が良い…ってこと??
俺は何だか複雑な気持ちになりながら、しかし口も挟めずに黙ってきいているしかなかった。




