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魔法の首輪をつけた猫 〜現代版長靴をはいた猫〜  作者: 東條 絢
人間になったネコ

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6 さぶろう再び怒られる

「お待たせしました」

 と言われてポカンとしてしまった。犬神はいつものかっちりとしたスーツ姿ではなく、オフホワイトのふんわりしたワンピースで、ウェーブのついた髪もおろしていたので始め誰だか分からなかったのだ。なんとなく顔つきも柔らかで艶っぽい気がした。

「何か、おかしかったですか?」

 マジマジと見てしまったので犬神が顔を赤らめて問う。

「雰囲気が全然違ってて、犬神さんだと思わなかったから…すみません」 

 正直にそう言えば、ますます赤くなったようだった。


 お見舞いのお礼をするのに、猫と一緒だといろいろ面倒だ…と、外で会うことを提案し、彼女の希望で土曜日にランチをすることになった。彼女が行ってみたいといった都心のファッションビルの最上にある、横文字が長すぎて覚えられなかったイタリアンの店である。建物の入り口がショップとレストランとで違うため、案内してもらおうと駅を出たところで待ち合わせた。

 天井までガラス張りの窓際の席に着くと、眼下に街が一望できて気持ちが上がる。とりあえず先ずはお礼を伝えねば。

「本当に、先日はありがとうございました」

 深々と頭を下げた。

「いえ、納品も全然間に合いましたし、特に何した訳でもないのに、私こそ今日はありがとうございます。このお店、気になっていたから嬉しいです」

 犬神の微笑みは日差しに照らされて眩しかった。


「良かったです。それに、気兼ねなくこういうことが出来るようになったのも犬神さんのおかげですしね…」

 先日、久しぶりに見た通帳の残金を2度、いや6度見くらいしてしまった。これまでは五桁が関の山だったはずなのに、七桁を超えていた。労働の対価とはこういうことかとこれほど実感したことはない。本当はディナーくらい奢るべきだったかもしれない。

「私なんて何もしてませんよ。というか、あの…あの…き、今日は完全にプライベートですし…

 私のことも名前で呼んでくれませんか?」

 ときどき犬神は不思議なことにこだわる。俺はフハッと笑って言った。

「え?あいりちゃん…あいりさんか!学生のときは苗字読みだったから…なんか恥ずかしいな。そういえば先輩とはもう呼んでもらえないの?」

 グギュと変な声がしたが、

「そ、そーですよね…じゃあせめてあのときみたいに呼び捨てで…お願いします」

 なんとなく照れてしまって奇妙な雰囲気になったところで給仕がメニューを聞きに来た。横文字料理はよく分からないので犬神に合わせて土日限定のコースにした。

「ワイン、飲んじゃいませんか」

「猫がいるからなぁ…」

 飲んで帰ると言い訳が面倒くさいよな…そう思ってつい口にしてしまった。


「ネコ…?」

 犬神はスルーしなかった。グギュと今度は俺の喉が鳴った…。



「さぶろうさん、こう言ってはなんですけど、少しお人好しが過ぎるのでは…?」

 用意していた言い訳を話し終わると、想像に反して犬神からはひどく心配されてしまった。

「はぁ、まぁ。今回はその子に面倒見てもらえて助かったんですけどね…」

 アルコールをやめて頼んだブラッドオレンジジュースをチュウと啜る。

「大丈夫なんですか?以前も自由業だからって笑ってましたけど、今は相当売れてるイラストレーターなんですから自覚しないと…」

 売れてる…まぁ確かに仕事に追われているのは間違いない。人の息子まで預かって倒れていたら本末転倒だと言われては返す言葉はなかった。

「必要なら全然私お手伝いに行きますから、頼ってくださいね」

「…」

 俺の担当ではあるかもしれないが、文豪でもないのに、ただの編集者にそこまで甘えてはいかんだろう。犬神の優しさを当たり前だと思ってはいけない。構ってもらえるのは大変ありがたいが、犬神には犬神の生活もあるだろうし、俺などに時間を使っていてはもったいない。せっかくの好意をどう断るべきかと頭でグルグルと考えていると犬神は大きく息を吐いて言った。


「またネコ君なんですね…チェコではポピュラーな名前なのかしら。それにしても、さぶろうさんは本当に猫に縁があるんですね」

「…」




「おかえり」

「ただいま」を返しながらリビングに入るまでの間にスンスン匂いを嗅がれる。

「え、なんだよ、俺何か匂う?」

「イヌと何してた?」

「え…」 

 じとりと上目遣いで睨んでくる。いろいろ訊かれる隙を与えないように仕事だからと短く言って、サッと出て行ったのだが、この物言いは誤魔化せない気がした。とはいえ悪あがきしてみる。

「俺…仕事って言ったよな…?」

「お仕事の匂いしない。おいしそうなにおいしかしない」

 気のせいじゃない?と言おうとしたが猫の剣呑けんのんとした雰囲気に飲まれてしまった。

「え…そんなん分かんの?犬みたいだね…」

「ネコ、犬じゃないから、犬のことは知らない」

 臭覚に優れているのは犬のお家芸だと思っていたが、けものは皆一緒なのかもしれない。せっかく飲まなかったのに…!!後悔しても遅い。


「イヌとデェトしてたんだ」

「えっ?!いや、それは違うよ」

 慌てて否定する。一緒に行くと確実にお前の説明をしなければいけないのも面倒臭かったんだよと正直に言うべきか迷って目を泳がせてしまったのがいけなかったのか、半目でジロリと睨まれ、その後も猫はずっと機嫌が悪かった。

 帰りに買ってきた惣菜の夕飯を終えても黙ったままの猫に居心地が悪くて、俺から口火を切った。


「…ネコ、怒ってんのか」

「だってネコにウソついた…」

「正直に言ったら付いてくって言うじゃない」

「ついてっちゃまずかったの…?!やっぱりデェトじゃん!!」

「違うって!別にまずくはなかったけどさ……今日はこないだの見舞いのお礼だったから」

「て…テーペーピーくらい分かるもん…!」


 テーペーピー?!?!


「TPOのこと?お前難しい言葉知ってるな…」

「まちがえてたじゃん!!!」

 褒めたのに、顔を真っ赤にして突っ込まれた。コレは見たことがある…目を潤ませて、エサを頬張るハムスターみたいな頬をしている。本当に可愛い生き物だよ、お前は。顔を隠すようにぎゅと抱きしめ、背中をポンポンと叩いた。

「ネコ、大好きだぞ」

 小さな頭にそっと顎を乗せてそう言うと

「それ言えばいいと思って…!」

 抗議のセリフだったが、抱きしめ返されながらだったのでホッとした。

「ネコは俺に甘いなぁ」

「今ごろ気づいたの?ホントさぶろうはニブいよね」

 胸に顔を埋めたまま言う。しばらくじっとしていたが、モゾモゾ動いて俺を見上げた。感情のピークは去っていた。


「もうウソつかないでよ」

 エメラルドみたいな瞳が潤んで、余計にキラキラしている。泣いたのか泣きそうだったのか、色白の顔の目の周りが赤くて、ロココ様式の西欧絵画に出てくる天使のようだ。

 俺はもう眉毛を下げた情けない笑顔で「ハイ」というしかなかった。


いやもう、甘いのはさぶろうだと思っております…

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