2 さぶろう、涙ぐむ
人の気配で目が覚めた。寝起きのぼんやりした鼻腔にコーヒーの香りが漂う。
「おはよう、さぶろう!」
シャッとカーテンを開けながら猫が言った。一瞬誰が居るのかとギョッとするが、すぐに昨日のことを思い出す。
「ネコ…おはよう…」
そうだった、猫は少年の姿になったのだった。のっそり上半身を起こして伸びをする。ニャアと鳴きながら、もふもふの毛並みを揺らして自分を飛び越えていく猫の姿が見られないのを物足りなく、少し寂しく感じた。
「あさごはんのしたくしてあるよ!」
リビングに行くとコーヒーとミルク、そして茶碗によそったご飯が2人分置いてある。
「パン、なかった…」
俺が何か言う前に、俺の脇から顔を突き出して猫が申し訳なさげに言う。
「用意、ありがとな。コレからはネコも食えるし、パン買ってこなきゃなぁ」
そう言うと嬉しそうにした。朝ごはんの支度は人間のときの猫のルーティンだったから、少し懐かしい。
昼イチの配達で洋服が届いたので、猫は早速着替えて風呂場に姿を見に行った。前回感じたこそばゆさを思い出しながら配送の箱を片付けていると、背後から「さぶろう」と静かな声で呼びかけられる。おや、今回は様子が違う…。
「どうした」
「ネコ、なんでこんなにおっきくなってるの?」
今頃…?!
しかも疑問形…?!
服をなぜ買い直したと思ってるんだ。思ったよりも成長しているのに驚いたのか?
なんと言っていいのか言葉に詰まり、暫しの沈黙の後に「なんでだろうな」と投げやり気味に答えると、猫は足を寄せてモジモジしながら言った。
「ネコさ、ネコさぁ…、さぶろうのおてつだいができるようになりたいって、ずっとおもってたからなぁー。
きょうだってごはんのしたく、ぜんぶネコだけでできたもんね、パンはよういできなかったけど」
俺は絶句した。
「やっぱり、じもおぼえたいな。ネコおっきくなったから、べんきょうもできるとおもわない?ね、さぶろ…」
皆まで言う前に、俺は猫を抱きしめた。なんて可愛いことを言うんだ。こんな健気な猫に素っ気ない態度をとってしまったことを恥じた。
「そうだな、なんでもできるぞ!ネコは頑張り屋さんだもんな」
プラチナブロンドの髪をわしゃわしゃと撫ぜながら気がつく。とういうことは、猫のときに愛想がよかったのも、あの例の撮影に積極的だったのも、俺の為だったのか。好奇心の旺盛な、単なる猫の無邪気さから来る行為だと思っていた。あの小さな猫が、猫なりに考えてやっていてくれたことだったのかと、改めてそう思うと堪らなくなり、抱きしめる腕にも力が入る。
「さぶろう、くるしいよ」
俺は少ししか力を加減することができなかった。もし猫が俺の顔を見上げたら、しばらく人に見せたことのない俺の涙を見られてしまう。歳を取ると涙脆くなるというが、もうそんな域に入ったのだろうか、胸の奥がただただ熱かった。
その後、いろいろ頭をひねってみたが、結局何もしないことに決めた。冷静に考えてみれば、猫が10歳くらいの歳を一気にとったなどと誰も思うまい。俺は知人からまた少年を預かり、名前も偶然にまたネコだと言い切ることにした。俺もおかしいと思いながら預かっているんだという体でいれば、皆信じざるを得ないだろう。証拠があるわけでなし、そもそもおかしなこの状況に、新たに設定をつくったところで自分で自分の首を絞めかねないと、完全に開き直ることにした。
さらに、外国籍の子どもには教育の義務が無く、小中学校に行くのは任意であると知り、随分気が楽になった。学校に通う子供の方が普通だし、本当に人間なら集団生活を楽しんでもらいたいが、所詮猫である。戸籍も住民票も無い、親さえもわからぬような子供を学校に通わせるのは無理ゲーというものだ。見た目が100%外国籍なのがこんなところで役に立つとは。
日中に街をチョロチョロしていても、児童相談所や役所に通報される恐れはないことが分かってひとまずはホッとした。
もちろん、対外的なことを考えると、絶対に猫のネコの方が良いに決まっている。しかし、特撮やアニメみたいにへんしーんと言って自在に変化できるのならそれでも良いが(いいのか?!)その辺がよく分からない以上、コミニュケーションの取れる今の状況は利用すべきではなかろうか。
実際、猫と会話ができるのは便利だし…何しろ俺も楽しい。これが存外に一番の理由だとは思う。
前回同様、首輪を外したら本当に猫に戻るんだよな…
今のところ、それが1番の懸念事項だった。
だんだん猫があざとくなってきた
と、思われるようにしたいのですが
私にあざとさがないため難しいですね…




