20 さぶろう、ネコを肩にのせる
管理人の落胆ぶりは、想像以上だった。
「そうか、ネコくん帰っちゃったのか…そりゃ親御さんのとこに戻ったならその方が良いもんな…
でも、こんな急なんて…最後に何かしてやりたかったよ」
がっくりと肩を落とす様子がいたたまれない。
「すみません…急なことだったんで、俺も…」
「…」
2人して黙り込んでいても仕方ないと、管理人は指差して訊いてきた。
「んで、肩に乗ってるその猫はどうしたんだ?」
「えっ…あっ、コイツはまた代わりに預かった猫なんですけど…」
「…さぶろうさんもアレだね…」
呆れられ、苦笑された。
「分かってると思うけど、うちは一応ペット禁止だから。いずれは返却するんだろ?それまで上手くやってくれよ」
「ありがとうございます!迷惑をお掛けしないようにします!」
はぁ、家内になんて言や良いんだ…ブツブツと管理人は部屋に戻っていった。
俺は猫と目を合わせ、頭を撫でてやる。
「分かってると思うけど、迷惑かけないように上手くやろうな」
「ンニャー(はぁい!!)」
キャットフードを食べなかったらどうしようかと思ったが、俺も食べてみて、「あ、イケるな、コレ」と言ったら食べたそうにしたので、そこからはそう苦労しなかった。実際そこまで不味くもなかった。あんまり贅沢をさせなかったのも幸いしたようだ。複雑だが。
他にも、爪研ぎやら猫のトイレやらといろいろ買わねばならなかった。猫は最初人間のトイレを上手に使っていたのだが、一度バランスを崩したのか便器の中に落ちてしまい、トラウマになってしまったのだ。あの時の叫び声は今思い出してもドキドキする。助けようにも爪まで伸び切った手を荒まじく振り回すのでなかなか引き上げられず、やっとの事で助け出して風呂場で洗ってやったのだが、お湯だったのにも関わらず、ネコはずっとブルブル震え通しだった。
俺としては、人間のトイレを使い続けてもらえた方が楽だったのだが、あんなに怖がっているネコに無理強いは出来ない。じっとりと上目遣いで怖そうにというか、申し訳無さそうな顔をされると、なんでもしてやらないと、という気持ちになる。そういう訳で、我が家にはトイレにネコのトイレが置いてある。
つまり、猫との暮らしはそれなりに金が掛かった。俺はずっと猫のために稼いでいるようなものだ。しかし、目的のある労働はそこまで厭うものではない。
人間と猫ではお世話の仕方が随分違うので、動物看護師である猿渡マイさんの存在は大変ありがたかった。キャットフード以外にあげても良い食べ物をメールで聞いたのが始まりで、結局今や1週間に1度くらいの頻度で会っている。猿渡さんからは猫カフェでお茶しながら相談を、という提案もあったのだが、猫に首輪やハーネスをつけたり、猫をキャリーバッグに閉じ込めたりするなんてとんでもなく、会う時はだいたい近所の公園である。申し訳ないと、会うのを遠慮しようとしたこともあったが、ネコちゃんに会いたいんですと言われるとデレてしまう。猫はネコでも子どもの姿でも、とにかくすごく可愛いのだ。猿渡さんは、猫はミヌエットと何かの雑種のようだと言った。
「ネコ、行くぞー」
「ニャン」
小さく鳴いて猫は俺の肩に載った。最近の俺たちのお出かけスタイルだ。たまに俺の頭を背後から抱えるように乗っかったりしている。なんとなく道ゆく人の視線を感じるような気がしないでもないが、誰に迷惑をかけるでもないし気にしないようにしている。猿渡さんにも何も言われないので、そこまで変でもないのだろう。
「いや、そんな訳ないでしょ」
「え…」
「普通そんなに大人しく、手乗り文鳥みたいに肩に乗ってる猫なんていないですからね。ネコちゃん、ほんとに大山田さんの言うこと聞き取ってるみたいで凄いというか、怖いくらいですよ」
「そうなの?
まぁ、確かにネコは俺の言うことをよく分かってくれてるよなぁ」
「なぁああん(あたりまえでしょ)」
「猫の姿した妖怪だったりしてね」
猿渡さんはときどき凄いことを言う。妖怪か…、当たらずとも遠からずだな…。内心ドキリとしつつアハハと笑ったらネコに猫パンチされた。
「ごめんごめん…本気で思ってないからさ」
フンッと鼻息を荒くされる。
「ほんとに、会話してるみたい。ラブラブですよね」
「アッ!」
「どうしました?!大山田さん?!」
「喉ならしてますよコイツ!嬉しいのかぁー、そうかぁー」
猿渡さんがため息をついて「手強いな…付け入るところがない」と言っていたような気がしたが、何のことか分からなかった。




