19 ネコ、家に戻る
「胃腸炎ですね」
「いちょうえん…」
「普段何を食べさせていましたか?」
「…」
俺と同じもの…と答えるのは、やっぱりまずいんだろうな…。人間の姿で何でも美味しそうにペロリと食べていたし、それこそワサビやらなんやら、俺の食べるものは自分も食べられると常に主張してきたのだ。だからといって、こんな事態を招くとは…マズイと思う一方で、鉛を飲んだような気持ちになって猛省する。
「点滴でだいぶ衰弱の症状は落ち着いたようなんで、今日から炎症を抑えるお薬を飲んでもらって1週間後にまた様子見にこちらへ受診に来てください」
「はい、ありがとうございました」
「一応、これから触診しますね」
居ても立っても居られず、朝イチで病院に駆け込んで診察室で先生に話を聞いていると、入り口のドアが開いた。
遠くでぼんやり聞こえていたミギャーミギャーという鳴き声の正体はまさかのネコだった。ゲージごと連れてこられたネコが無事だったことに安堵するも、こんな風に猫って鳴くんだと、その意外性に呆気に取られた。ゲージの中のネコは物凄い勢いでニャーというよりはギニャーに近い発音で鳴き叫んでおり、ゲージの留め金を外した途端に、恐るべき瞬発力で俺に飛びついてきた。
(ひどいよ!ネコをひとりにして!!さぶろうのばかーあほー!)とでも言っているようだ。
「ネコ!!」
もう離れないぞとばかりに俺のダウンに爪を立てて引っ付き、診察しようとする先生にシャーっと口を開けて威嚇する。(やー!はなれないもん!!)この俺のアテレコは合っているのか?当たらずとも遠からずと思う。※以下()は俺の想像する猫のセリフ
「ネコ、なんも痛いことしないから。
ここでサッと診てもらったら、すぐ俺と家に帰れるぞ?言ってること、わかるよな?」
下を向いた俺と、腹にくっついて潤んだ猫の目が合う。(ほんとう?ほんとうにいたくない?いうこときいたらおうちかえれる?)
「先生困ってるだろ?」
俺の視線に合わせて猫は振り向いて先生を見る。俺は優しく猫の爪を服から外して診察台を指差した。少し上目遣いで睨まれたが、猫はおとなしくぴょんと飛び乗る。
「騒がしくしてすみません、先生。もう大丈夫なんで、診てもらって良いですか?」
俺と猫とのやり取りを目を丸くして見ていた先生は聴診器の準備をしながら
「なんか、本当に会話してるみたいだったよ。言うことをよく聞いて、すごく良い猫じゃない」
と言った。フフ、そうだろう。俺たちの絆を舐めてもらっては困る。猫も得意げな顔をしている。
ふと視線を感じて目線を上げると、ネコを連れてきた女性が部屋の片隅から俺たちを笑顔で見ていた。昨日の受付の女性だと思ったが、胸のプレートには『動物看護師 猿渡』と記載があった。彼女は看護師だったらしい。
「ネコさん…大山田ネコさーん」
「はい!」
後頭部に猫を張り付かせながらスックと立つと、待合室で待っている飼い主達の視線が一気に俺に注がれた。分かってる、ネコって名前がおかしいのは。悪魔とか光宙とか付ける親とは違うんだ…!とむなしく心の中で叫ぶ。
「初診料、点滴代、診療費、お薬代合わせてこちらになりますね。あと、1週間分のお薬がこちらです」
「…!!!」
18,000円と書かれた請求書に息を呑む。以前の俺の収入の約3分の1にあたる…。
「えっと…あの、お恥ずかしながら…えっと、も、持ち合わせが無いのですが…」
しどろもどろに正直に言うと、猿渡という女性は優しく微笑みながら分割払いが出来ると教えてくれる。とりあえず手持ちの五千円を出す。
「初めて動物を飼われて病気になるとびっくりしちゃいますよね、でもネコちゃん、点滴とお薬だけで済んで良かったですね」
「はぁ、まぁ…。」
「キャットフード以外は食べさせないでくださいね」
(そんなのネコたべないからね)
不満げな顔で、肩に乗ったままの猫が横から顔を覗いてくる。
「キャットフード食べなかったら、どうしたらいいですかね?」
猫の顔を避けながら訊ねると、彼女はニッコリ笑った。
「甘やかさないことですよ」
「ハハ…そうですよね…」
俺も力なく笑ってそう返すと、彼女はメモを手に握らせてくれながら小さく囁いた。
「私のアドレスです。お支払い方法とか、食事とか何か分からないことがあったらなんでも聞いてくださいね」
「あ、ありがとうございます…!」
本当に、世の中は優しい人で溢れているものだ。猫を見るとなんだか前に見たことのあるような複雑な顔をしている。
兎にも角にも、どんな姿であれ、猫と一緒に我が家に帰ることができて俺は心の底から嬉しかった。
必要な猫回ですが、いかんせん猫を飼ったことがないので、もし常識的に間違っていることなどありましたら教えていただけますと助かります。よっぽどGoogle先生が教えてくれるんですけどね…
猫回、もうしばらく続きますのでよろしくお願いします!