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魔法の首輪をつけた猫 〜現代版長靴をはいた猫〜  作者: 東條 絢
拾われたネコ
17/71

17 ネコ、回転寿司に行く

小さなネコとのエピソードは、他にもいろいろ書きたいのですが、先ずはお話を進めます。

その内に、ぼちぼちエピソードで追加挿入する予定です。


 「さぶろぉー、ネコ、かいてんずしにいきたい」

 シャンプーハットなしでシャンプーしている俺に、浴槽から顔を覗かせて、珍しく甘えた声で猫がお願いしてきた。

「回転寿司?」

「そう、おさかながくぅくるまわんの」

「寿司だろ」

「おさかなのってるもん」

 ここんとこ猫はグルメ番組ばっかり見ているから、きっとそのせいだろう。

「こんなね、おっきなおみせでね、ずっとまわってんだよ!」

 バシャンバシャンとお湯を跳ね飛ばしながら手を振り回した。俺も随分回転寿司など行ってない。というか外食という外食をしていない。本当にこないだの居酒屋とファーストフード店くらいなのだ。余分な金も無いし、だいたいコンビニ飯かインスタントもので済ませていた。それで何の支障も無かった。

 しかし、猫の為に一念発起した先月からの労働で、週末にはいつもよりマシな報酬が入る予定である。ここで行かずしてどうする。


「いいぞ、行くかぁ。明日の夜ごはんは回転寿司だ」

「うぁーい!!さぶろうだーいすき!おせなかながいますかぁ?」

「背中はいいから、風呂から出たら肩トントンしてくれよ」

「はあーい!かいこまいまいたぁ!」

 猫の元気の良い返事に釣られて俺も笑顔になった。



 回転寿司もいろいろある。しかし俺は今回、100円で回らない店を選択してみた。たまの贅沢だ。猫にも良い思いをさせてやりたい。


「ふおおお」

「ふおぉぉ」

「おおぉ」

 聞いたことない声で猫は叫んでいる…。

 店に入った瞬間から、あの独特の匂いにネコは刺激されたようだ。そのまま入り口近くにある水槽に釘付けになりそうだったのを引き剥がして席に着くと、身をほとんど乗り出してレーンにかじ り付こうとする。

「ほんとに…ほんとにまわってる!ねぇさぶろう!まわってるぅ」

 周りからクスクス漏れ聞こえる笑い声に顔から火が吹きそうだった。

「ネコ、こっち!ちゃんと座りなさいよ」

「ネコって名前…?」と、後ろから聞こえて来た時もやるせない気持ちになった。でももう名前で定着しちゃったんだよ…

 お揃いの黒のダウンジャケットを着た、異様に大興奮している金髪翠眼きんぱつすいがんの子供と俺。気のせいではなく確実に注目されていた。



 まぁ良い。回転寿司屋は街に溢れている…。二度とここには来なければ良いだけの話だ。俺だけでも冷静になろう。湯呑み2つに粉茶を入れてお湯を入れ、ガリを皿に載せていると、レーン側の俺の隣に座らせた猫がテーブルの上の機械をおもむろに自分の前に置いてフフンと俺にのたまった。


「ネコがちうもんしてもいいでしょ?」

「?!」

 猫は手慣れた風にトントンと液晶を触ってマグロ、あなご、いくら、ほたてを立て続けに注文した。おいおい、今の回転寿司って機械で注文するの?!猫のなめらかな動きに俺は驚愕した。テレビ見たのをやりたかったという。そのまま今度はじーっとレーンを走るネタを見ている。

「欲しいのあったら遠慮なく取って良いからな」

 ときどき「ふおぉ」と言いながら、クンクン匂いを嗅いで、好奇心でネタに手を出しそうな猫を恐れてそう言うと、真剣な眼差しのまま顔だけ頷いた。

「機械で注文をするなんて、猫はよく知ってるなぁ」映画館でのチケット発券機といい、世の中のオートメーション化についていけていない自分が情けなくて独り言を呟く。


「ハイ!マグロといくらでーす!」

 レーンの向こうから、俺と同年齢くらいの板前が、ネタの載った皿を差し出した。猫の視線を感じつつ受け取ってテーブルに置く。

「あ、ネコ、お前ワサビ抜いたか?」 

「わさうィ?」

 分かってなさそうだったので、箸でぴらりとネタをめくってみるとやはり入っている。今後の為に実際に食べさせてみようかなとも一瞬思ったが、トラウマになったら悲しい。

「入れすぎると鼻がツーンときて涙が出るやつだから抜いとくぞ」

 と、猫の分を抜いてやったが、俺がわさび入りのままで食べるのを見て、例の病気が始まった。

「ネコも、たべらえるもん」

「…」


 いろいろ逡巡したが、結局箸に少し取って「初めて食べるんだから、一度味味してみろよ」と舐めさせてみた。案の定、途端に泣きそうな顔になる。

「だから言ったろうが」

 苦笑いしかない。ホレ、と言ってわさび抜きのマグロの寿司を口に押し込んでやる。

「おいしい〜!」

 目をキラキラさせてほっぺたを抑えながら口いっぱいにもぐもぐする。その後は、寧ろわさびを抜けとばかりに俺に皿を差し出した。

「ん、んマイな。」

 俺も舌鼓をうちつつ、ネコと微笑みあった。美味しいものは人も猫も幸せにする。

 そして食べ物は、一人きりよりやっぱり誰かと食べた方が美味しい。




 こんな風に、突如として始まった猫との日々は穏やかに過ぎていった。


 人間の子どもとは違い、猫は動物的感覚で俺のいうことを素直に聞いてくれる良い子だ。でなければ子育てなどしたことない俺がこんなに上手くやれるわけはないだろう。猫独特の感情のスイッチがわからない時もそりゃたまにはあるが、拙くとも言葉が通じるおかげで意思疎通ができている。

 したいこと、したくないこと、好きなこと、嫌なこと、楽しいこと、嬉しいこと…


 以前に比べて仕事の締め切りがいくつもあり、日々に終われることは増えたが、猫は俺の毎日を明るくし、実りのあるものに変えた。

 だから、いつかはネコに戻ると思いつつも、俺は現状に満足しきっていたのだ…。





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