13 さぶろう、ネコを泣かす
ショッピングモールを地下から抜けて、バス乗り場に向かう途中にある大きな公園に出た。映画館は混んでいたが、公園を歩く人はまばらだった。
遊歩道沿いに立ち並ぶ街路樹の紅葉が美しい。はらりと舞う色のついた落ち葉を、猫が飛び上がって捕まえたりするのを後ろから微笑ましく見守りながら歩く。猫が興味を持ったモール内の店をひと通り見てきたので、それなりに時間が過ぎていた。
スマホがなった。
「犬神さん」
俺の声に猫が振り向いた。
『先輩、作品受けとりました。早めにいただけて、ありがとうございます!今回もバッチリでしたよ』
「それなら良かったです。こちらも、こないだ貰ったチケットで映画を見て来たところで。良い気分転換になりました。ありがとうございました」
俺の電話を気にしながら、そのまま進もうとする猫の上着を捕まえて、近場にあったベンチに座らせ、自分も隣に座る。
『ネコ君、喜んでくれました?』
「ハハッ、あいつ音響にビビっちゃって涙目になってましたよ、しがみついて来て可愛いもんです」
向こうからも、あらあらと可愛い笑い顔が聞こえた。が、その瞬間、腿に痛みが走った。猫が噛み付いている!
「痛っ お前…っ」
猫の細い小さい歯が、小さいがゆえに、針で刺したかのように鋭く痛んだ。
「痛いって!!」
思わずスマホを取り落とし、その拍子に猫もころんと地面に転がった。
「何すんだ…?!大丈夫か、猫…」
抱き起こそうと手を伸ばすと、その手をパシンと叩かれる。唖然としたところで、落としたスマホから犬神のもしもしという声が聞こえた。
『大丈夫ですか?!』
「あ、ハイ大丈夫です、すみません…、ちょっと猫が…えーと…」なんと言えば良いのか、口籠る。
『先輩、さっきの、ネコくんの前で言っちゃったの… ?』
「え?!」
『ネコくん、拗ねちゃったんじゃないですか?こないだも自分は一人前みたいにふるまってたし…』
確かに鑑賞直後も不機嫌そうにしていた。そんなに気にしていたとは…犬神の通話を慌てて切った。猫は不動の立ち姿で下を向いてブッスとしている。もちろん涙目だ。
「ゴメン!からかい過ぎた…俺が悪かった!」
「…」
いつも無邪気な猫の、初めての表情だった。
「なぁ、機嫌なおしてくれよ」
「…」
「ネコ、おい、家、帰るんだろ?」
「…」
猫のマシュマロみたいなほっぺは膨らんだままだった。斜め下を睨む目も赤い。俺は困り果てた。
「ゴメンなって。もう、子供扱いしないから…許してくれよ」
毎晩シャンプーハットでシャンプーする猫を何が子供扱いしないだと、胸の中で自分に突っこみながら、目線を同じにすべく、膝を着いて懇願する。通り過ぎる人達がふふと笑って通り過ぎるのを感じてさらにバツが悪い。
「なあ、ネぇコぉ…」
肩に手をかけると、ぽろりと涙が頬を伝って落ちた。猫の中の、何の地雷を踏んだのか分からないが、その涙には狼狽えた。それこそ学生の頃、好きな子を前にしたとき以上に、大いに動揺した。思わず抱きしめると、力強く抱きしめ返された。ふかっとしたダウンを握りしめる小さな手の感触が、背中越しに伝わった。
「かんで、ごめんなしゃ… っぐ」
後の泣き声は聞こえなかった。
俺は苦笑するしかなかった。
「俺がごめんなぁ」
頭をヨシヨシするが、顔を上げない。猫を抱いたままバスに乗って家路についた。買ったばかりのダウンには猫の鼻水やら涙やらが大量についたが構わなかった。丸洗いOKというやつだからな。
猫との初めての映画はおかしな具合に終わったが、不思議と猫のことが以前よりも愛おしくなり、何かしら守ってやらねばと思ったのだった。