チューデレ! ハムスター獣人メイドは、ご主人様に愛でられる
秋の桜子さまより、イラストを。楠木結衣さまより、トップバナーを頂きました。
「大きくなぁれ♪ 大きくなぁれ♪」
チューミィはにこりと笑いながら、畑に水を撒いていました。
ハムスター獣人の彼女の見た目は、人間の少女の姿に似ています。
人との大きな違いは、頭にひょこんと茶色の耳がでていることです。
耳はツンと立っていて、ときおりピクピク動いていました。
彼女はゴールデン種のハムスター獣人なので、髪は艶のある茶色でした。
小さい鼻はいつもひくひく動き、周りの匂いを嗅ぎわけています。
目より鼻の方のが効くのです。
チューミィは畑に水をまきおえると、別の畑のお世話を始めました。
この畑には、主人が育てている薬草があります。
主人のダレルは、獣人専門の薬師であり、魔道具の発明家でもある、とっても有能な人です。
チューミィは身寄りのない自分を拾ってくれた優しい主人が大好きでした。
いそいそと土をいじり、メイドエプロンを泥だらけにしながら、チューミィは仕事をします。
ハムスター獣人は、砂や泥が大好き。
夢中になってお仕事をして、一息ついたとき、チューミィの手は、泥だらけになってしまいました。
「できたー」
満足して顔をあげると、ちょうどお日様が昇ってきました。
夜中に畑仕事をしていたので、チューミィの体はへとへとでした。
朝焼けの眩しさに誘われて、彼女はうっつら、うっつら、船をこいでしまいます。
ハムスター獣人は夜型なので、朝はちょっぴり弱いのです。
太陽を見ると、体をまんまるに丸くして眠るのが習性です。
でも、チューミィはメイドさん。
眠い眼をこすって、次のお仕事をしようとします。
「ふぁっ……ご主人様の朝ごはんの準備をしなくちゃ……」
眠気に勝てずに、体を上下にぐらんぐらんと揺らしていると、不意に主人の匂いがしました。
チューミィは鼻をひくひく動かします。
「チューミィ。大丈夫?」
いつの間にか、主人のダレルが背後にいて、チューミィの体を支えていました。
輝く金色の髪を持った彼。
青い瞳が心配そうに、チューミィを見ています。
チューミィは、とろんとした黒い目を大きく開きました。
「ご主人様、すみませんっ」
チューミィは俊敏な動きで、彼の腕の中から抜け出そうとしますが、ダレルは小柄な彼女の体を背中から抱きしめてしまいました。
チューミィは大慌てです。
足をじたばた動かして懇願します。
「お洋服に泥がついてしまいます! ご主人様!……はなっ……離してくださいっ!」
つぶらな瞳をうるませてダレルを見ましたが、彼はひょいとチューミィを、お姫様抱っこしてしまいました。
「だめ。また、夜中に仕事をしていたんでしょ? チューミィは頑張りすぎだよ。少しは休まないと」
そのまま歩きだしたダレルに、チューミィは小さい体を丸めました。
彼の服を汚してしまう申し訳なさでいっぱいです。
(どうしよう。どうしよう)
ぐるぐる考えた末に、チューミィはささやかな抵抗をしました。
自分の肩をしっかりと抱くダレルの指を、かぷりと噛んだのです。
げっ歯類の獣人である彼女の前歯は、鋭く尖っています。
彼の指を傷つけないように、震えながら、かぷかぷ甘噛みをします。
噛んだ後は、小さな舌をだして、ぺろぺろ舐めました。
顔を真っ赤にして、半泣きで、はむはむする姿に、ダレルは雷に撃たれたような衝撃をうけました。
ハムスター獣人は警戒心が強いので、心を許した人にしか、甘噛み&なめなめコンボはしません。
これは主人への甘え。
それをよく知っていたダレルの理性は、崩壊寸前でした。
──可愛い……可愛いすぎるっ! 一日中、膝の上にのせて、なでぐりまわしたいっ……決めた。今日は寝室に呼ぼう。彼女を抱きしめて寝るんだ。
どうやらダレルは、自分の中にあるケダモノスイッチを押してしまったようです。
チューミィへの愛で心が大爆発を起こしかけています。大変です。
青い双眸を欲に濡らして、ダレルは言いました。
「チューミィ……そんなことをしても可愛いだけだけだよ?」
「きゅっ?」
チューミィは驚いて高音の鳴き声をあげます。
ダレルはくすりと笑います。
でも、瞳の中は煩悩まみれです。
危険です。
「僕を噛んだ罰に、一緒に朝食を食べようね」
「そんな…… ご主人様と一緒だなんて、おそれおおいです」
項垂れたチューミィに、ああ、もうどうしてやろうかという気になりながらも、ダレルは悲しげな顔を取り繕いました。
「一人で食事をするのは、味気ないんだ。お願いだよ、チューミィ……一緒に、食べて?」
お願いをされたら、断れません。
チューミィは優しい主人が大好きなのです。
「ご主人様がそうおっしゃるなら……ご一緒いたします」
チューミィは胸の前に手を組んで、彼を見上げました。
ダレルは彼女の好物をたらふく食べさせてやろうと決意して、綺麗にほほえみました。
*
水に濡らした布で拭き取って、チューミィは体についた泥を落としました。
ハムスター獣人に水は大敵。
濡れると病気になり、最悪、死んでしまいます。
ダレルが作ってくれた魔道具──扇風機の前に立って、チューミィは濡れた体をすぐ乾かしました。
彼は星からの恵み──魔力を動力源にした道具を作る才能があります。
その腕前は、国内一でした。
すっかり綺麗になったチューミィは、新しいメイド服に着替えて、ダイニングルームへと向かいます。
ダイニングルームでは、主人の朝食の準備が始まっていました。
チューミィも、テーブルに真っ白なクロスをしきます。
クマ獣人の執事が、カトラリーをクロスの上に並べました。
すっかり朝食の準備を整えると、着替えたダレルがやってきました。
「ご主人様!」
チューミィは笑顔で、ぺこりとお辞儀をしました。
しぐさひとつとっても、チューミィは可愛くて、ダレルは心の中で悶絶します。
それを顔には出さず、彼女に微笑みかけました。
「一緒にごはんを食べよう」
「はいっ!」
ダレルがクマ獣人の執事に椅子を引かれて座ると、チューミィも自分で椅子をひいて、彼の対面に座りました。
ダレルに用意された朝食は、ハムエッグに野菜をとろとろに煮込んだスープ。焼きたてのパンです。
チューミィに用意されたご飯は、ナッツ類でした。
中でも食用のヒマワリの種は、チューミィの大好物です。
お皿にこんもり盛られた縦縞模様の種に、チューミィは目を輝かせました。
「わぁ。こんなに……」
「たくさん食べてね」
「ありがとうございます!」
チューミィはヒマワリの種を大事に両手でつまむと前歯でかじりました。
種は固い殻に覆われているので、器用に殻をとって、白い中身だけ頂きます。
カリカリ。はむ。カリカリ。はむ。
すごいスピードで食べていきます。
おいしい、おいしいと、笑顔で食べるチューミィの姿が尊くて、ダレルの胸は苦しくなり、中々、食事が進みません。
「ご主人様……どうしましたか? お体の具合が悪いのでしょうか……」
一人だけムシャムシャ食べていることに気づいたチューミィは、表情をくもらせました。
ダレルは咳払いをしました。
「大丈夫だよ。チューミィと食事をするのが嬉しくて、胸がいっぱいなだけ」
誰もが見惚れる麗しい顔の彼に、甘いことを言われたら、チューミィは照れてしまいます。
もじもじと体を揺らして、へへっとはにかみました。
「わたしも嬉しいです。ご主人様とお食事できて、幸せです」
心からの笑顔を見せられて、ダレルは手元をあやまりました。
手からフォークとナイフが同時に滑らせます。
カランと音をたてて、床に落ちた銀食器たち。
執事のクマ獣人がのっそりと近づき、黙って銀食器を拾い、テーブルに新しい食卓用のナイフとフォークを置きました。
(可愛いっ……)
口元を押さえて震えるダレルに、チューミィはこてんと首をかしげます。
わずかな沈黙の後、なんとか愛で心の限界突破をおさえたダレルは、食事を再開しました。
それにほっとして、チューミィも前歯を立てて、ヒマワリの種を食べました。
「おなかが、いっぱいになってしまいました……」
しばらくした後、チューミィはお皿に残ったナッツを見て、悲しげに呟きました。
ダレルは、またナイフとフォークを落としそうになりましたが、腹に力を込めて穏やかな声を出します。
「残したっていいんだよ」
「でも……ナッツは大地と山の恵みです。残すの、もったいないです」
チューミィはダレルに拾われる前、ひとりぼっちで、さ迷っていました。
悪い獣たちに村を襲われ、母親がどうにかチューミィを逃がしてくれましたが、この土地に来るまでは、おなかがすいて、ひもじい思いをしていました。
チューミィは残ったナッツをじっと見つめた後、キッと眉をつり上げました。
ナッツを殻ごと頬につめます。
ハムスター獣人には、わずかですが頬袋があるのです。
もこもこに膨らんだチューミィのほっぺ。
彼女は満足げに、両手で頬をはさみました。
「あとで、おふぇやで、たべまひゅ」
口の中がナッツで、いっぱいなので、うまくお話しできません。
でも、残しませんと、懸命にダレルに伝えました。
頬袋という萌えしかない行為を見せられて、ダレルはとうとう理性を崩壊させました。
誰か止められる人はいるのでしょうか。
「チューミィ……!」
ダレルは頬を紅潮させて、思わず立ち上がります。
「ほっぺを触らせて……!」
ダレルは、彼女の頬を指でツンツンしたくてたまりませんでした。
女の子のほっぺを指でツンツンして、指のはらでさわさわ撫でるなど、紳士としてはどうかとも自分でも思いますが、我慢ができなかったのです。
チューミィは困ってしまい、眉根をさげました。
「ほっぺは、いま、びんかんなので……ごめんなひゃい」
敏感というパワーワードに、ダレルは硬直します。
彼が鋼の理性を持っていなければ、今頃は、テーブルの上をバンバン叩いて身悶えていたことでしょう。
それぐらいの破壊力が、チューミィの言葉にありました。
「……わかった。無理をいって……ごめんね……」
ダレルは放心状態で言いました。
強く生きてほしいものです。
チューミィは首を横にふりました。
「ごきたいにそえられにゃくて、ごめんなひゃい。ほかのことなら、なんでも、ひましゅから……」
〝あなたの為なら、なんでもします〟というパワーワードで彼をぶん殴っているとも知らずに、チューミィはしょんぼりしました。
ダレルの欲には火がついて、ごうごうと燃え盛っています。
消火しないと、十八歳以上しか話せない展開になりそうです。
「じゃあ、洗濯のときに立ち会っていい?」
それぐらいならと、チューミィはこくこく頷きます。
「ふぁいっ!」
元気よく答えたつもりが、舌ったらずな言い回しになりました。
しかも、口を開いた拍子に、ポロっとナッツが落ちてきてしまったのです。
なんということでしょう。
チューミィは慌てて、落ちたナッツを頬袋につめます。
むぐむぐ。
今度こそ落とさないように、口を引き結びます。
そして、鼻をひくひく動かしました。
ダレルの鋼の理性は、もろくも崩れさりました。
熱くなった額を椅子の背もたれにつけて、ダレルは悶絶しました。
強く生きてほしいものです。
*
外で洗濯をする時間になりました。
お洗濯がチューミィの大好きです。
ダレルがチューミィが楽しく洗濯ができるように、回し車付きの洗濯機を作ってくれていました。
チューミィの背丈より大きな回し車。
その中に入って、回転させると、洗濯機が動く仕組みです。
シーツや汚れ物を洗うときは、この洗濯機が大活躍。
チューミィははりきって、回し車の中に入ります。
ダレルは両手を広げて、待機していました。
「はじめます!」
小さな肉球がついた指をしっかりと回し車につけて、せーので下に押します。
回転に合わせて、チューミィは走り出しました。
くるくるまわる回し車。
スピードが早くなってきました。
チューミィは「キュッ、キュッ」と嬉しそうに鳴きながら、どんどん駆けていきます。
すると。
「きゅっ?!」
スピードについていかずに、足がもつれました。
べちゃっと回し車の上に倒れたチューミィ。
体を倒したまま、一回転してしまいます。
ごろん、ごろん。ポーン。
回転しすぎて、ついにはチューミィの軽い小さな体は回し車から、吹き飛びました。
待ち構えていたダレルは、彼女をキャッチします。
目を回したチューミィでしたが、すぐに首をふり、ダレルに感謝を伝えました。
「ご主人様、ありがとうございます!」
「ううん。それよりも、酔って気持ち悪くない?」
「いいえ。もっと、いっぱいお洗濯をしたいです」
チューミィは満面の笑顔で言います。
「ご主人様と働いているみんなのシーツをお洗濯して綺麗にします。頑張ります!」
ダレルは苦笑しながら、彼女を地面に降ろします。
彼女が怪我をしないかハラハラしますが、やる気になっているチューミィに、やめろとは言えません。
何より、回し車に乗って駆ける彼女の姿は、尊いしかいえないのです。
ぐるぐる回って、ぽーんと弾かれて、ダレルがキャッチして。
それを五回繰り返して、お洗濯はやっと終わりました。
*
疲れはてたチューミィは、お昼寝するようにダレルに言われてしまいました。
「お仕事をやりたいです……」
「ダメだよ。チューミィはハムスター獣人なんだから、しっかり昼寝をしないと体が持たないよ」
ダレルはチューミィをたしなめ、彼女の部屋に連れていきました。
彼女の私室には、窓が一つもありません。
暗いところが好きなハムスター獣人には、最適のお部屋でした。
チューミィはしぶしぶ毛布を頭から被ります。
布にくるまって巣籠もりするのが、チューミィの眠り方です。
チューミィはダレルに向かって、ぺこりと頭をさげました。
「お休みを……頂き……ます……」
あまりに悲しげな顔をされたので、眠らなくていいよ!と、力強く言いたくなりましたが、ダレルはぐっと拳をにぎって堪えました。
「お休み、チューミィ」
すごすごとチューミィは、ベッド代わりのテントの中に入っていきます。
布がこんもりつまったテントの中で、体をまんまるにして眠るのが一番落ち着くのです。
しかし、申し訳なさがあったチューミィは、テントの入り口から、おしりをだしてしまいました。
ハムけつが、はみでています。
なんということでしょう。
彼女には産毛に包まれた短いしっぽがあります。
服にこすれると、しっぽが痛くなってしまうので、スカートには尾っぽが出る穴がありました。
ふにんと丸いおしりに、ちょろっと出たしっぽ。
ぴくぴくっと、しっぽがイタズラに震えます。
たまらん!と、雄々しく叫びたくなる状況です。
なんとか理性を留めていたダレルも同じ気持ちでした。限界がきてしまったのです。
ここまで本当によく耐えた。
もういいだろう。
本能のままに彼女をなでぐりまわしても、きっと神は許してくださる。
煩悩で心を満たしていると、彼の後ろで控えていたクマ執事がのっそりと言いました。
「ご主人様……今、チューミィに触ったら、寝込みを襲うことになります。おしりを撫でるのは、領主として許されないことですよ?」
ダレルはびくっと肩をゆらしました。
「頭を……撫でるだけだよ……」
「近づいたら、チューミィはすぐ起きてしまいますよ? 匂いで分かるのですから」
淡々とした物言いに、ダレルは口を結んで、我慢しました。
彼女には、ちゃんと睡眠をとってほしいのです。
「分かったよ……仕事する……薬を作るよ……」
「それがようございます」
ハムけつに後ろ髪を引かれつつ、ダレルは音を立てないように、静かに部屋の扉を閉めました。
*
夜。チューミィは困っていました。
前歯を整える、かじりん棒をカリカリ噛みながら、ため息をつきます。
(ご主人様に眠るまでそばにいるように言われちゃった……どうしよう……お仕事できない……)
ダレルが気持ちよく過ごしてもらうためならば、働くことは苦ではありません。
彼が寝ている夜こそ、色々としたいのです。
ダレルが起きていると、ついつい彼に頼ってしまいます。
彼の手を借りずにできるようになってこそ立派なメイドだと、チューミィは思っていました。
でも、寝るまでそばにいるとなると何もできません。
弱りました。
でも、彼の言いつけは守りたいのです。
チューミィは困りながらも、ダレルの寝室へと向かいました。
彼の寝室は豪華な調度品に囲まれていました。
ベッドも広くて大きなものです。
白いナイトガウンを羽織ったダレルは、チューミィの顔を見ると、顔をほころばせました。
「チューミィ、お願いがあるんだけど」
「なんでしょうか?」
「ベッドの上に座って、僕とお話してくれないかな?」
未婚の女性に対して、煩悩ダダ漏れでハアハアしながら、背後から抱きしめるのは、褒められた行為ではありませんよ、とクマ執事に諭されたダレル。
頑張って、チューミィと添い寝するのは我慢しています。
「ご主人様のベッドに、ご一緒するなんて……わたしはメイドですし……」
「声を近くで聞きたいんだ。お願い、チューミィ……ベッドの上に座って」
かすれた声で乞われては、チューミィも堪忍するしかありません。
靴をぬいで、すごすごとベッドの上に座りました。
こんなことをしてよいのか不安で、チューミィの耳は横に倒れていました。
ダレルはベッドの上にねそべり、恍惚の表情で彼女を見上げます。
「可愛い……チューミィを見てると、本当に癒される……」
思わずぽつりとダレルがつぶやくと、チューミィは黒い目をぱちくりとさせました。
「わたしがそばにいると、癒されるのですか……?」
「うん。すっごく満たされるよ」
ダレルはチューミィの小さな手を、そっと掴みました。
彼女の指のはらには、ぷにぷにとした感触の柔らかい肉球があります。
ふにふに。
触っているだけで、心が和みます。
「ご主人様の癒されるのなら、わたしはずっとおそばにいます」
チューミィは真っ黒な瞳を優しく細くしました。
「わたしは、ご主人様に拾われてから、本当に幸せな日々を過ごさせてもらってます。
ご主人様にお会いできていなかったら……わたしは、の垂れ死んでいました」
ハムスター獣人は、弱く儚い生き物です。
彼との出会いは、チューミィにとって幸運としか言えないものでした。
「かあさまに辺境の街の領主さまは、優しい人族さまよと言われましたが、本当にご主人様はお優しい方です。
これからも、精一杯、勤めさせていただきます」
ぺこりと頭をさげると、ダレルは苦笑しました。
苦味がある笑顔です。
「僕はただの人嫌いなだけだよ。
僕の方こそ、チューミィとの出会いは、奇跡みたいな幸運だったんだ……」
そう言って、ダレルは淡々と自分の生い立ちを話ました。
ダレルは三番目に産まれた王子様でした。
彼は星の恵みである魔力を使って、道具を作る才能を、わずか八歳で開花させた天才児です。
初めて作った火を使わない魔法のランプは、多くの人を驚かせました。
彼は容姿に似合わず研究肌で、道具作りに没頭しました。
しかし、王都ではきらびやかな社交が尊ばれます。
道具の話は退屈がられてしまいました。
同世代の子供には難しすぎたのです。
周りに合わせて笑顔だけは取り繕うようになりましたが、ダレルの心は磨耗していきました。
そのうち、彼は笑い方を忘れてしまいました。
冷たい表情しかしなくなった彼を、周りの子供たちは気持ち悪がり、美しいだけの蝋人形と揶揄する人もいました。
そんな彼に手をさしのべたのは、母の姉でした。
彼女は変わり者と呼ばれて、王都を出て辺境に行って領主となった人です。
母に連れられて、初めて辺境を訪れたダレルはびっくりしました。
そこには獣人がたくさんいたからです。
獣人と人間は、住処を分けて暮らしています。
優秀な獣人も王都にいますが、ごくごくわずかでした。
人間の、特に貴族は、獣人の見た目が怖いと思う人がたくさんいるので、ダレルも獣人を見る機会はありませんでした。
辺境は、人と獣人の境目にある土地。
そこで母の姉は、白い魔女と呼ばれて、薬師の仕事をしていました。
彼女は星の恵み──魔力をコントロールして、大地を豊かにして、とてもよく効く薬草を栽培していました。
薬草を煎じて、薬にして、獣人たちに渡していました。
獣人は様々な種族がいます。
空を飛ぶもの。水を泳ぐもの。
土の中で暮らすもの。大地を歩くもの。
それぞれの種族にあった薬を作る彼女は、獣人専用のお医者さんでした。
獣人には優しいのですが、人間は大嫌いで、口が悪い人です。
白い魔女は、ダレルを見てふんと鼻をならしました。
「あたしゃ、人間は嫌いだよ。
でも、あんたは同じ匂いがするから、一緒に暮らしてもいいよ」
彼女は独身でした。
次の領主になるように、ダレルが連れてこられたのです。
好きなだけ魔道具研究をしてよい。
ただし、獣人の暮らしを豊かにするものを作りなさいと白い魔女に言われました。
「なんで神様は獣人という存在を産んだのか知っているかい?
それはね。動物が人間と会話したいって願ったからなんだってさ。
はんっ。人間なんて腹黒いだけだと思うけどね。動物や獣人は純粋なんだよ。
会話したいって願ってくれたのなら、それに答えてやんなきゃいけないよ。
決してひと昔みたいに、獣人を戦争の道具にしたり、奴隷にしちゃダメだよ」
白い魔女は、かつて獣人を私欲に使っていた人間の歴史を嫌っていました。
あの悲劇を繰り返してはいけないと、ダレルに言いました。
「ネズミ族の子たちなんて、ひどい有り様だった。
見た目が可愛くて、繁殖力が高いからって、どんどん増やされて、小間使いとして売られたよ。
ネズミ族の子は、すっかり減っちまった。
短命だしね……
今頃、どうしているかね……」
辺境の土地に、ネズミ族の獣人はいませんでした。
彼らを憂いて、白い魔女はときどき、獣人たちが住む森の方を見ていました。
(ネズミ族か……会ってみたいな……)
稀少種となった彼らに会ったら、何ができるだろうと、ダレルは考えてしまいました。
ダレルは白い魔女から様々な薬の作り方を習いました。
薬をたくさん、高品質に作れるように専用の道具も次々と開発しました。
白い魔女はニヤリと笑って、ダレルのことをうんと褒めました。
「あんたは賢い子だね。助かるよ」
自分の作った道具が誰かの喜びになる。
自分の作った薬で病気が治る。
はじめての体験に、ダレルはやっと笑顔を取り戻していったのでした。
白い魔女はダレルが十六歳のときに、病気で亡くなりました。
彼女は病床に臥せながらも、ダレルに言い聞かせました。
「いいかい。今日からあんたが領主だ。
あんたなら獣人たちとうまくやっていける。
薬の作り方はすべて教えた。
獣人たちを守っておくれ」
彼女は最期まで獣人を案じて、息を引き取りました。
多くの獣人、そしてダレルも彼女の死を悲しんで、街は沈んだように暗くなりました。
そんな時です。
チューミィが迷い子としてダレルの屋敷に来たのは。
昔の話を終えたダレルは、愛しげにチューミィを見ました。
「ネズミ族の獣人はもういないと思い込んでいたから、チューミィの姿を見て奇跡だって思ったんだ。
伯母さんが言ったとおり、とても可愛くて、チューミィと仲良くなりたくて、必死になったよ」
チューミィは彼と出会った時の頃を思い出しました。
一年前の出来事です。
チューミィを見つけたダレルは、すぐさま彼女に声をかけました。
でも、チューミィはダレルを見て、さっと逃げました。
ネズミ族は警戒心が強いのです。
彼女と仲良くなりたかったダレルは、美味しそうなヒマワリの種を彼女の前に差し出しました。
チューミィはおなかを鳴らしましたが、餌に飛びつきませんでした。
じー。じーーーーっ。
夜がきて、朝日がのぼっても。
二人はその場を動かず、無言で見つめあいました。
沈黙の攻防は、三日間、続きました。
四日目の夜、チューミィは警戒心をといて、そろそろと彼に近づきました。
眠りかけていたダレルは、手のひらにのっけたヒマワリの種をつまんだチューミィを見て、破顔しました。
「チューミィがヒマワリの種を食べてくれて、本当に嬉しかったんだ」
あの時のように、ダレルが破顔します。
「チューミィに出会えてよかった。
毎日、楽しいし、とても癒される。
いつまでも、僕のそばにいてね」
チューミィは朗らかに笑いました。
「わたしこそ、ご主人様に出会えて、幸運です。
最期まで、ずっとずっと、おそばにいます」
チューミィは自分が短命種であることを知っています。
きっと、彼と一緒にいられるのは、あと五年くらいでしょう。
それまで、精一杯、彼の役に立ちたいと思ったのでした。
*
あくる日、チューミィーは街に出かけました。
丸い噴水がある中央広場には、たくさんのお店が並んでいました。
もうすぐダレルのお誕生日です。
彼に何かプレゼントしたいと思って、お休みをもらい、買い物にきていました。
ダレルはたいそう心配しましたが、贈り物は内緒にしたかったので、一緒に行きたがる彼を説き伏せました。
三時間にも及ぶ攻防でした。
とても長かったです。
赤い頭巾を被った彼女は、足取り軽くお店を眺めます。
大好きな主人を思い出して、何軒も、何軒も、お店をめぐります。
へとへとになって、うっかり立ったまま寝そうになりましたが、気合いで足を進めました。
そして、あるお店の前で、チューミィはピンと耳を立てました。
「わぁ、素敵……」
お店のショーウインドウに飾ってあったのは、青い色の万年筆でした。
星屑のような金色の模様が入っていて、とても綺麗です。
青色はダレルの瞳。金色はダレルの髪色です。
主人にそっくりな万年筆のデザインを、チューミィはすっかり気に入ってしまいました。
笑顔でお店に入り、万年筆を買います。
プレゼント用の赤いリボンをつけてもらい、大事に手にとって、頭巾のポケットにしまいました。
(ご主人様、喜ぶかなあ~♪)
スキップしながら屋敷に戻っていきます。
噴水のある広場にさしかかったとき、チューミィは一人の女の子とぶつかりました。
「ごめんなさい!」
チューミィは慌てて頭をさげますが、女の子はツンと眉をあげました。
すらりと長い手足に、褐色の髪の女の子。
彼女はリビアヤマネコ獣人でした。
「あら、あなた。領主さまの所で働いている子ネズミ?」
女の子は不躾な眼差しで、チューミィをじろじろと見ました。
「はい。チューミィと申します」
チューミィはにこにこ笑って答えました。
「ふーん。愛玩用に飼い慣らされてるって噂は、本当みたいね。
……ねぇ、あんた、街で暮らさないの?」
「え?」
「他の獣人は街で、のびのび暮らしてるわよ?
ネズミなら、自由に暮らしたいでしょ?」
本来、ハムスター獣人は自分で巣を作り、野性的に生きる種族です。
女の子からしたら、チューミィのお屋敷暮らしは窮屈そうでした。
でも、チューミィの心は決まっています。
「いいえ。わたしは命ある限り、ご主人様のそばにいたいのです。今がとっても幸せなんです」
チューミィは朗らかに言いきります。
女の子は、その答えが気に入りませんでした。
「命ある限り、ですって?
それじゃ、一昔前に人間に飼われていたネズミたちと変わらないじゃない。
そんなの変よ!」
声を荒げた女の子に、チューミィは困ってしまい、耳を横に寝かせました。
どうして分かってくれないのでしょう。
チューミィはダレルの近くにいられれば、他に何もいりません。
ただ、ただ、彼のそばにいられればよいのです。
「ねぇ、人間に飼われるなんて、やめちゃいなさいよ」
女の子が乱暴にチューミィの肩をつかみます。
爪が肩に食い込んで、痛みがはしりました。
「離してください……
わたしはご主人様のそばにいたいんです……!」
チューミィは鋭い前歯をみせて、女の子を威嚇します。
これ以上したら手を噛むぞ、と目で脅しました。
女の子は口を結んで、チューミィをにらみました。
チューミィを押しながら、乱暴に手を離しました。
「わっ……」
軽いチューミィの体は、後ろに倒れそうになりました。
背後には噴水があります。
水に濡れたら、チューミィの体は冷えて仮死冬眠に入ってしまいます。
寒さはハムスター獣人には大敵。
じょじょに手足が動かなくなり、眠るように死んでしまいます。
(落ちちゃダメ……!)
チューミィが体をひねって、噴水を避けようとしました。
その時、ふわりとダレルの匂いがしました。
チューミィはひくひくと鼻を動かして、匂いが漂う方を向きます。
「チューミィ!」
茶色いフードを被ったダレルが、目の前に現れます。
彼はチューミィの手を取ると、自分の方に引き寄せました。
ダレルはチューミィをしっかり胸の中で抱きしめると「水に落ちなくてよかった……」と声を震わせていいました。
抱きしめる手も震えていました。
顔は真っ青です。
ダレルはチューミィが仮死状態になるんじゃないかと怯えて、とても怖かったのです。
「ご主人様……なんでここに……」
屋敷にいるはずの彼が目の前にいて、チューミィはびっくりしていました。
「やっぱり心配で、後をこっそり付いてきた」
チューミィは黒い目を丸くして、「きゅゅ?」と鳴いてしまいました。
三時間の説得はなんだったのでしょう。
ダレルは眉をつり上げて、拗ねた顔になりました。
「だって、チューミィは可愛いし、変な男に連れて行かれちゃうかもしれないでしょ?」
「……そんなことないですよ……」
「いいや。チューミィは心配になるくらい可愛いんだよ。
もっと自覚して」
チューミィはこてんと首をかたむけ、「きゅう?」と鳴きます。
ダレルは辛抱たまらんと、彼女をお姫様抱っこしてしまいました。
「それに外は危ない所がいっぱいあるでしょ。
今だって、落ちたら大変だったんだから。
出かけるときは、僕がいなくちゃダメだ」
確かに危なかったので、チューミィは体を丸くしました。
「屋敷にいるのが一番、安全だよ。
あそこは湿度と気温の管理が万全なんだ。
気温は二十六度を越えないし、湿度は四十~六十パーセントを保っている。
僕が魔道具を開発したんだ。
それに、適度に運動もできる道具もそろっている。
ハムスター獣人に、ストレスは大敵だからね。
絶対、抱えちゃダメだ。
ストレスはチューミィの寿命を縮める!
食事だって、屋敷で栽培したヒマワリの種じゃないとダメ!
屋敷の菜園は、伯母さんが土の力を整えてくれたから、栄養価の高いものが取れるんだ。
市場のものより、ずっと品質がいいんだよ?」
ダレルは女の子を一瞥しました。
「チューミィは僕のところにいれば、長生きできるんだ。
邪魔しないで」
そして、チューミィを抱っこしたまま屋敷に戻ってしまいました。
屋敷に戻った後、ほへっとしていたチューミィは改めて彼の話を聞きました。
ダレルは短命種族を、長生きさせる方法を探して、実戦していました。
「伯母さんが言っていたんだ。
獣人は、元々の動物に近い環境にしてやるってことが一番だって。
だから、僕はハムスターの生態を調べて、チューミィが長生きできる環境を整えたんだよ」
「長生きするために……ですか?」
「そうだよ。僕はチューミィと、長く一緒にいたいんだ」
ダレルは跪いて、チューミィの右手をそっととりました。
小さな手の甲にキスを落とします。
チューミィはびっくりして、「きゅっ?!」と小さく鳴きました。
彼女の反応に、自分のが思いがちっとも伝わっていないことに気づいたダレルは、意を決して告白をしました。
「チューミィ。僕と結婚して。
僕のお嫁さんになってください」
ダレルは真剣な顔でいいました。
「チューミィのいない人生なんて、考えられないんだ。
幸せにすると誓う。
あらゆる努力をして、チューミィの命と生活を守っていく」
ダレルは立ち上がり、すがるように言いました。
「これからのチューミィの人生を僕にください。
僕の一生を、チューミィにあげるから……お願い……」
チューミィはびっくりしすぎて、顔を真っ赤にしました。
動揺しすぎて、鼻を忙しなく動かし「きゅぅぅぅっ!」と鳴きます。
耳は興奮してピンと立って、ひくひく動いていました。
「け、結婚……ですか……?」
「うん。僕とね」
「キュッ?!……ご、ご主人様と……ですか……?」
「うん。花嫁衣装は白にしようね。
絶対、可愛いから。
あぁ、でもピンクもいいな。
絶対、可愛い。
青もいいね。
絶対、きれいだ。
オレンジも緑も捨てがたいな……悩んじゃうね。
もう、いっそのこと全部の色のドレスを用意しよう。
そうしよう。
結婚式の衣装替えは、二十四回しようね」
にこりと笑ったダレル。
彼の瞳には、彼女とのめくるめく未来しか見えていませんでした。
タガが外れたダレルの言葉に、チューミィはとうとう腰を抜かしてしまいました。
「わたし……ご主人様のお嫁さんになるのですか……?」
「うん。嫌?」
チューミィは鼻をひくひく動かしました。
大好きな彼の匂いが、ふわりと香ります。
チューミィは首を横にふりました。
「わたし、ご主人様が大好きです。お嫁さんになりたいです」
チューミィの告白に感極まって、ダレルは彼女を抱きしめました。
ここぞとばかりに、モフります。
「僕もチューミィが大好き。名前で呼んでほしいな」
「キュッ?! ……それは……」
「夫婦になるんだから、ご主人様はおかしいでしょ?」
「きぃ……っ……あの、えっと、練習するので、お時間をいただけますか?」
上目遣いで困った顔をするチューミィ。
そんな彼女を見て、ダレルは理性を失くしました。
もう、止まりません。
よく頑張りました。
「だめ」と甘く囁き、彼女の頬に鼻をすりよせて、求愛をします。
チュー、チューと、小さく鳴く彼女の唇をふさいで、本当にちゅーしてしまいました。
三日後。ダレルの誕生日でチューミィは万年筆のプレゼントを渡しました。
彼女の後をつけていたダレルは、プレゼントの中身を知っていましたが、知らないふりをしました。
彼の過保護っぷりに気づかないチューミィは、幸せそうに微笑みました。
その後、ダレルの野望をふんだんに取り入れた結婚式が開かれました。
街は祝福ムード一色となり、獣人たちはお花をたくさん摘んで、ふたりに渡しました。
ダレルの母親も来てくれて、父や兄たちからはお祝いのメッセージと、めんたまがこぼれ落ちるほどの、ご祝儀が送られました。
ダレルのベッドは改造されて、テントみたいな天蓋が付けられました。
ふたりで眠るときは、ベッドで巣籠もりします。
はじめてのふたりの夜は、ダレルのケダモノ化が天元突破してしまったので、チューミィは一晩中、求愛に答える声をだしていました。
そして、チューミィはすぐに妊娠しました。
ハムスター獣人は繁殖力が強いのです。
ハムスター獣人は安産するタイプなのですが、チューミィの妊娠にダレルがあまりにも取り乱していたので、クマ執事が一度だけ、大声で彼に吼えました。
ふたりの間には、チューミィによく似たハム耳を持つ金髪の女の子が産まれました。
青い瞳はダレルにそっくりです。
産まれた娘をみて、ダレルは男泣きしました。
娘を見たダレルが「可愛い。尊い。絶対、嫁にはださない」と、呪詛のように呟いていたので、クマ執事はまた咆哮して、彼の正気を取り戻させました。
天幕付きのベビーベッドで、小さな命が丸まって眠っています。
二人はそれに目を細めて、自分達の巣籠もりベッドに入りました。
ダレルは両手を広げて、幸せでとろけた笑顔を見せます。
「チューミィ。抱きしめさせて」
チューミィは「チチチ」と甘え声をだして、彼の腕の中で、まあるくなりました。
産毛のある白いしっぽは、安心しきって、くたっとなっています。
一人で寝ていたときよりも、大好きな人の腕のなかは、とてもあたたかいです。
チューミィは幸せで胸を膨らませて、愛しい旦那さまの指を甘噛みしました。
その後は、もちろん、ぺろりと舐めます。
かぷかぷ。ぺろん。はむはむ。かじっ。
甘えてくる彼女に、ダレルの愛で心が大爆発をしたのは言うまでもありません。
チューミィは寿命よりも、ずっとずっと長生きして、たくさんの子供と、愛しい旦那さまに囲まれた生涯を過ごしました。
はっぴーえんど。
©️ 秋の桜子さま
(」〃>Д<)」「ハム耳をもった女の子が、メイドエプロンをつけて、目の前をちょろちょろしていたら、尊いしかいえません!」
誰かに共感してほしくて、この話を書きました。
お読みくださって、ありがとうございます。
ふんわり可愛らしいイラストをくださった
秋の桜子さまのマイページはこちら。
https://mypage.syosetu.com/1329229/
可愛いトップバナーをくださった
楠木結衣さまのマイページはこちら。
https://mypage.syosetu.com/1670471/