第8話 甘すぎる僕のお姉ちゃんの噂
自己紹介も終わり、新田先生からの学校についての簡単な案内が行われたところで、今日の学校での行事は終了となる。
壁にかけられた時計は、11時頃を差していた。
「それでは、明日からも宜しくお願いしますね」
ペコリ、と可愛らしくお辞儀をした新田先生は、今度は転ばないように慎重な足取りで教室から去っていった。
新田先生は、どうやら僕たちが初めて担任を受け持つことになったクラスらしい。
僕たち以上に緊張していた理由はそれだったのか。
でも、おかげでクラスの雰囲気も明るい感じになったし、それはそれでいいキャラクター性だよな、なんて思っていると、数人のクラスメイトが僕に歩み寄って来た。
「ねえねえ、天海くん」
しかも、なんと女子生徒である。
もう一度言おう。
女子生徒である。
話しかけてくれたのは、活発そうなショートカットの女の子で、いかにも皆を引っ張っていきますという感じだ。
僕みたいな気配を消しているようなタイプとは真逆に位置する存在。
いや、華恋ならいざ知らず、僕が女子に声を掛けられるなど、去年の中学校では数えるくらいしかなかった。
それが、どうしたことか……今は数人、正確には三人の女子生徒たちが僕を囲んでくれているではないか!
自然と心拍数が上昇してしまう。
いや、変な期待はするな。
別に、今からどこかに行こうとか、そんな甘い誘いがあるはずがない。
まだ慌てる時間じゃないぞ、天海陸!
ちなみに、前の席からは痛いくらいの視線を感じるが、きっと僕の思い違いだろう。うん、そうに違いない。
「わたしたち、天海くんに聞きたいことがあるんだけど……」
こちらは眼鏡をかけた黒髪のロングヘアーの女の子だ。
恥ずかしそうに前髪をかき分けている様子が、先ほどの新田先生と少し似ている。
女の子のこういう仕草って、どうしてこんなにドキドキするのだろうか。
不思議だ。
ちなみに、前の席からの鋭い視線がさらに強くなったような気がするのだが、絶対に僕の勘違いだと願いたい。
「あのさー、天海ー」
そして、女子三人グループの最後の一人が、自分の髪をクルクルとしながら、陽気な声で話しかけてきた。
いわゆる、ギャル系というのか、入学式だというのに、襟の結んであるリボンを緩めてしまっている。
しかし、彼女の八重歯がチラッと映る快活な笑顔がどこか人懐っこい雰囲気を醸し出している。
ちなみに、前方からの放たれている視線は間違いなく僕に対してのものだと最初から気づいていたけれど、今はこの三人組に集中させてもらおう。
果たして、ギャル系の女の子が話してくれた内容とは……
「あんたって、あの生徒会長さんの弟なわけ?」
……ああ、なるほど。
……僕に話しかけるってなったら、その話題しかないよな。
僕自身、どうしてこんなに落胆した気持ちになってしまうのか分からないけれど。
「うん、そうだけど……」
「ほら! あたしの言った通りだったじゃん! あたし、天海があの生徒会長さんと話してるところみたんだよねー」
ギャル系の女の子が嬉々とした表情で、他の二人に自慢げに話す。
「いいなぁ、天海くん。あんなに素敵なお姉さんがいて……」
恥ずかしそうにモジモジしてるのは、黒髪の女の子だ。
その様子を見ながら、ショートカットの女の子が僕に話しかける。
「この子、入学する前から天海会長の……その、ファン的なものになっちゃってさ。だから、弟の天海くんからも色々話が聞きたいんだって。いいでしょ?」
多分、この人たちは、悪い人じゃないんだと思う。
ただ単に、僕の姉さんのことを知りたいだけなんだ。
分かっているのに、僕はどうしてか、暗く、落ち込んだ気分になってしまう。
いったい、いつから僕はこんな風になってしまったんだろうか。
「どうしたの、天海くん?」
僕が何も答えないからだろう。
ショートカットの女の子が訝しげな声を上げる。
「あの……悪いんだけどさ……」
僕が顔を下ろして、ぼそぼそと呟いたときだった。
「ごめん。あたし、そいつとこれから用事があるんだ」
前の席でずっと様子を見ていた華恋が立ち上がる。
えっ? と、突然入ってきた華恋のことを不思議そうな目で見ていた三人組だったが、華恋は全く気にした様子もなく、無理やり僕の腕を引っ張って席に立たせる。
勢い余ってこけそうになるのを何とか堪えて、僕は華恋と一緒に教室をあとにした。
「ちょ、ちょっと、華恋」
僕が何度呼び止めても、彼女は自らの歩みを止めはしない。
僕たちのことを訝しげな様子で見る生徒も多かったが、そんなことを意にも返さず進んでいく華恋は、校舎を出たところでやっと僕の腕を解放してくれた。
そして訪れる、静寂の間。
何故だかわからないが、ものすごく気まずい。
「華恋……あのさ……」
「トロピカルアラモード」
はっきりとした口調で、彼女は呪文のようにそう呟いた。
「……えっと」
「トロピカルアラモード! 生クリーム多め!」
そして、さらなる注文を付けくわえたあとに、華恋は言った。
「今からあたしと食べに行く。わかった?」
振り返った華恋の顔は、怒っているようにも見えたし、頬が紅潮していて照れ隠しをしているようにも見えた。
華恋が、どうして顔を真っ赤にしているのか、僕には分からない。
「わ、わかった……」
だけど、この場はそう返事をすることが正解だということだけは、よく分かった。
ありがとう、華恋。
やっぱり僕の幼なじみは、僕の気持ちなんてお見通しのようだ。