特別章2‐8 人見知りな私と初恋の行方
『……なぁ、やっぱ借りすぎだろ、これ。もっと少なくて良かったんじゃねえか?』
日曜日のお昼時、商店街を歩く私にブルースが呆れながら言いました
確かに、ブルースの言うように、私が左肩にかけているバッグの中には、図書館から借りてきた本がぎっしりと詰まっています。
『で、こん中から次の公演でやれそうなやつは決まったのか?』
うーん、それが決まってないから絶賛お悩み中なんですよね。
というわけで、ここは私たちの先輩にご意見を窺おうと思っています。
『ふーん、なるほどな』
ブルースも、私の足取りでどこに向かうのかなんとなく予想していたのでしょう。
それに、私が立ち寄る場所なんて、ごく限られた場所しかありませんしね。
『しっかし、お前だけに仕事させるっていうのも、兄弟も嬢ちゃんも冷てえんじゃねえか?』
いえいえ、そんなことはありませんよ。
これは、私が始めたことですし、大体、部活の延長って訳でもありませんから。
一応、誘ってみようかなとは思いましたが、陸くんは生徒会長さんと何処かへお出かけする予定だったみたいだし、華恋ちゃんもお友達の部活の応援に行くんだそうです。
『で、お前はその間に先輩らしく次の公演の準備ってことか。かっこつけるねえ』
別に、かっこつけているつもりはないのですが……。
『へいへい。まぁ、勝手にしな』
しかし、いまいち納得した返事をしないブルースでした。
そんなことを話している間に、細い路地を曲がって目的地へとたどり着きます。
古い建物に掲げられた看板には『Wonder Land』という文字が書かれていて。
店の前の扉には『OPEN』という木製の板が紐でひっかけられています。
私は、いつものように扉を開けました。
「いらっしゃい、汐ちゃん」
そして、まるで私が来ることが分かっていたかのようなタイミングで、結衣ちゃんに声を掛けられます。
その姿は、本当にいつもの変わらない結衣ちゃんで、少し安心します。
私も、いつものようにペコリと頭を下げ……ようとしたところで、結衣ちゃんの他に誰かがいることに気が付きました。
「……あれ、きみは……虎音さん、だよね? えっと、この前はごめんね、色々と」
ははっ、と笑みを浮かべている人物は、私たち人形演劇部のOBさんである渥見綱吉さんでした。
私も、慣れない動作で、今度はちゃんとお辞儀をします。
服装は紺色のセーターにジーンズと言う、いかにも休日といった感じのファッションです。
私は、気づかれないように、そっと結衣ちゃんの横顔を見ました。
だけど、やっぱり結衣ちゃんはいつものようにうっすらと笑みを浮かべているだけです。
一方、渥見さんは私の右手にいるブルースを見ながら、優しく話しかけてきました。
「きみは、その人形が大好きなんだね」
本当に、穏やかな声でお話してくれます。
私がずっと、他の人から浴びていた憐れみとか比喩などではなく、言葉通りに受け取っていいのだと、そう思わせるような口調でした。
『おう! こいつはオレ様がいねーと駄目だからな!』
ブルースも、意気揚々と宣言します。
「あはは、面白い子だね」
そう言って、渥見さんは子供のように無邪気に笑いました。
面白い子、というのが私を差しているのかブルースのことを差しているのかは分かりませんが、ひとまず、この前のストーカー騒動のことは全く気にしていないようでした。
あとで、華恋ちゃんにも伝えておいたほうがいいかもしれませんね。
先日の1件は、華恋ちゃんも結構気にしている様子でしたから。
ですが……渥見さんがこのお店に来ているということは、結衣ちゃんと渥見さんは仲直りをしたということでしょうか?
この前みたいに、ちょっと気まずい雰囲気ってわけではなさそうですし、そうだとしたら、後輩であり結衣ちゃんの友達である私としては、嬉しい限りです。
もちろん、それが私のおかげ、というほどおこがましいことは言いません。
ですが、ちょっとくらいのフォローをしても、バチは当たりませんよね?
『なあ、兄ちゃん。あんたもこの街に住んでるなら、今度の公演を見に来てくれよ。まだ演目は決まってねえけどな』
今度の公演は、夏休みに入る前くらいの予定です。
結衣ちゃんも、今度は観に来てくれるという約束でしたし、そこでまた結衣ちゃんと仲良くなってくれれば……なんて考えてしまうのは、少しお節介が過ぎるかもしれませんけど。
「うん、そうだね……。もしお邪魔じゃなかったら観にいってもいいかな?」
『おう! 待ってるぜ!』
期待通りの返事に、ブルースも元気よく頷きました。
「はい、ツナ。これでいいかい?」
――ですが、私が考えていたほど、時間の流れというものは残酷なのだと思い知ります。
結衣ちゃんの声に反応して見ると、カウンターの前にはテディベアがちょこんと座っていました。
「おっ、やっぱりユイは凄いな。これだけ綺麗に直してもらったら、ウチの娘も喜ぶよ」
そういうと、渥見さんは大事そうに、そのテディベアを手に取りました。
『娘……?』
――テディベアは乳児が落ち着く愛玩具として親しまれていますし、実際に赤ちゃんと一緒に布団の中に入れてあげるというケースだってあると聞いたことがあります。
いや、そんな知識はどうでもよくって、渥見さんに娘がいるということは……。
「ああ、これ、ウチの娘が生まれたときに作ってあげたんだ。もう1歳になるんだけど、ずっと離さなくてね。そのせいで手が取れかけていたのを、ユイが直してくれるっていってくれたんだ」
「料金はちゃんといただくけどね」
わかってるよ、と渥見さんは頷いて財布を取り出していました。
そのときの左手の薬指には、ちゃんと指輪が嵌っています。
どうして、そんなことにも気が付かなかったのでしょうか。
私は、探偵には向いていないのかもしれません。
「じゃあ、ユイ。また娘も連れてくるよ。こういう場所は、子供のほうが好きだろうからね」
「はいはい、あんたの自慢の娘を見れるのを、楽しみにしとくよ」
そう言って、結衣ちゃんは店を後にする渥見さんを見送りました。
私は、ただ茫然とすることしか、できませんでした。
「……結婚したことは、親から聞いてたんだけどね。あいつ、立派なパパをやってるみたいでよかったよ」
しばらくして聞いた結衣ちゃんの声は、悲しいとか、辛いといった感情は含まれていませんでした。
「……ねえ、汐ちゃん。汐ちゃんはさ、好きな人っている?」
えっ? と首を傾げる私の頭を、結衣ちゃんは、ポンポンと叩きます。
「……大人になるって面倒くさいよ。だけど……あいつが幸せそうにしてくれてるのなら、これで良かったんだと思う」
……私は、何も答えることができませんでした。
そして、最後に結衣ちゃんは、私にこう告げたのです。
「汐ちゃんは、後悔しないようにね」
それだけ言って、結衣ちゃんはまた、カウンターに戻ってしまいました。
「さて、それじゃあ今度は汐ちゃんの番だね。ウチのお店に、どんな用なのかな?」
そして、結衣ちゃんはいつものように私に話しかけてきました。
やっぱり、そのときの結衣ちゃんも、何も変わらない『Wonder Land』の店長としての結衣ちゃんの姿でした。
――もし、私も結衣ちゃんのように、誰かに恋をする日が来たのだとしたら。
――私はちゃんと、大人になることができるのでしょうか?
私の初恋は、まだ始まってもいないです。
だけど、いつの日か。
私も誰かを好きになる日が、来るのかも知れません。
そのときは、ちゃんと自分の口で、想いを伝えようと思います。
――だって、それはきっと、私だけの想いだから。
〈Side 汐 End〉
いつも、拝読して頂き誠にありがとうございます!
こちらの作品は、当初想像していたよりも沢山の方々に読んで頂き大変驚いております。
そして、本来は今回の更新で別サイトで投稿していた原稿は全て更新したことになり、このお話も終了する予定でした。
ですが、これだけ多くの人に読んで頂けたということもあり、次の更新は時間がかかってしまうかもしれませんが、出来ればもう少しだけ続けてみようと思っています。
また一から始めるような形にはなってしまうのですが、もし、また更新されるようなことがありましたら読んで頂けると非常に嬉しいです。
そして、少しお待ち頂く間に、良ければ別作品を同じく更新していますので、そちらのほうもご興味がありましたら少し見に来て下さい。
本当に、ありがとうございました。
また必ずお会いできるように頑張りますので、何卒宜しくお願いいたします。




