第5話 甘すぎる僕のお姉ちゃんとの再会
マンションを出てからも、並んで歩く僕と華恋。
すると、近くの道に並ぶ街路樹は桜の花を綺麗に咲かせていた。
近所では結構有名な桜並木で、この光景を見ると「春が来たんだな」と実感する。
日暮高校までは、距離も近いので徒歩で行くことになっている。
ぼんやりとピンクの花が舞い散っていくのを眺めていると、華恋が僕にこんなことを言って来た。
「そういえばさ……紗愛さん、一緒じゃないんだ……」
「えっ?」
「いや……あの人なら陸と一緒に学校に行くんじゃないか……って思ってたんだけど……」
あー、うん。そう思いますよねー。
この言動を聞いて分かる通り、華恋は姉さんの残念なところをよ~く知っている数少ない人間でもあった。
「……姉さん、あのときは僕と腕を組んで登校しようとしてたんだよな」
さすがに拒否したけど、そのやりとりの一部始終を目撃していた華恋は、今も思い出すように顔を歪めながらぼそりと呟いた。
「なんというか、高校生になってまであんなことしてたら、流石にあたしでもちょっと困るっていうか……、いくら姉弟だからって……」
「華恋?」
「なっ、何でもないわよ! 別に、陸と紗愛さんの仲が良くったって、あたしには全然関係ない話だから!」
「う、うん……」
何か悪いことを言ってしまったのかと恐縮していると……。
――その瞬間、ぞわりとした感覚が僕の背中を伝ってくる。
ゆっくりと振り返るが、後ろには誰もいない。
だが、僕には確信めいたものがあった。
「陸……?」
「華恋、次の道の角。すぐに曲がるから」
「えっ? ちょっと、どういうこと……! きゃっ!?」
僕は急いで華恋の手を取って、小走りになる。
そして、彼女に告げた通り、曲がり角に入って急いで身を隠した。
「なななななっ、どういうつもりよ!」
「しっ! 静かに……」
「静かにって……なっ、何するつもりなのよ……」
あわあわと慌てた様子の華恋だったけれど、今は説明している時間もない。
僕の判断が正しければ、あと数秒後に――。
「陸くんっ! 華恋ちゃん! そっちは道が違って……!」
……ほらね?
栗色の髪を揺らしながら、息を絶え絶えにした女の人が僕たちの目の前に現れた。
「……なにやってんだよ、姉さん」
「りっ、陸くん!?」
はい、残念ながら僕の姉さんです。
「もう~、ダメだよ~。そっちは日暮高校に行く道じゃないよ?」
何事もなかったかのように、満面の笑みを浮かべる姉さん。
なんというか、平然としているのが凄いよな。
「姉さん、僕のことずっと追ってきてたんだね……」
「えへへ~、バレちゃったか~」
「笑いごとじゃないからね!」
これでは、僕が先に出てきた理由がなくなってしまうではないか。
「だ、だってやっぱり陸くんと一緒に行きたかったんだもん!」
そして、僕にグググっと近寄って来て、告げる。
「お願い! 今日だけ! 今日だけ一緒に行こッ! それで我慢するから! ねっ!」
ううっ~と、上目遣いをしている姉さんに、僕は思わずたじろいでしまう。
「……ねえ、陸……そろそろ、離してほしいんだけど……」
すると、僕の後ろにいた華恋が、若干震える声で僕にそう言ってきた。
なんだろう、と思いつつ振り返ると、僕の手は未だに彼女の手をギュッと握っていることに気が付いた。
「あっ、ご、ごめん!」
とっさのこととはいえ、勝手に手を握ってしまって申し訳ないことをした。
素直に謝ると、僕に握られた手をじっとみつめたのち、「し、仕方ないわね」と不満そうにしつつも、許しの言葉が飛び出した。
そのことに安堵しつつ、突然現れた姉さんに対して華恋は言い放つ。
「紗愛さん、陸にはあたしがいるから問題ありません。だから、な~んにも心配することはないんですよ、せ・ん・ぱ・い」
ふふん、と何故だか自慢げに話す華恋に対して、姉さんは膨れっ面を見せる。
「むぅ~! ズルいズルい! 華恋ちゃんズルい!」
そして、駄々をこねるように首をブンブン振り回す姉さん。
子供か。
「それに、華恋ちゃんとも久々にお話したいんだもん!」
「なっ、何言ってるんですか! 今あたしは関係ないですっ!」
「関係あるもんっ! 華恋ちゃんだって、昔は『お姉ちゃん!』って言って甘えてきたでしょ?」
「そっ、そんな昔のこと、覚えていませんっ!」
全力で否定する華恋だったけど、僕の記憶でも、確か姉さんのことを『お姉ちゃん』と言って最初は嬉しそうに甘えていたはずだ。
だが、いつ頃だっただろうか。華恋はだんだんと姉さんと距離を置くようになってしまった。
……まぁ、こんな姉さんだ。思春期の頃になると華恋もさすがに過剰な愛情はノーサンキューになってしまっただけだと思う。
なんて考えていると、華恋に近づいて大きく手を広げる姉さん。
「えいっ!」
そして、そのまま全身を包むようにぎゅ~と抱きしめた。
「ん~、プニプニしてきもちい~」
「なっ! や、止めて下さい! こんな公共の場で! ふにゃあ! へっ、変なところ触らないで~!」
「プニプニ~」
必死に訴えかける華恋の抗議は、残念ながら姉さんには届いていないようだった。
ごめん、華恋。
どうやら僕は、君を助けることは出来ないみたいだ。許してほしい。
二人のじゃれあう姿を見ながら、僕は自分の上に広がる青空を眺める。
ああ、今日も平和な1日が始まりそうだ。