特別章1‐1 ツンデレなあたしの友達と幼なじみ
「おっはよ~、華恋。ねえねえ華恋、今日の宿題やってきた? やってきたよね? やってきたならお願い! 菫ちゃんに写させて~! 今度何か奢るからさ! そだ! 駅前に新しくできたアイスクリーム屋さんがあるよね! あれ一緒に食べに行こ! ね、ね!」
5月もそろそろ終盤に差し掛かった頃、朝の教室であたしは友達の菫から挨拶もそこそこに宿題の交渉を差し迫られた。
香澄菫。
あたしが日暮高校に入学してからすぐに仲良くなった友達の一人。
底抜けに明るい性格で、クラスでもムードメーカーとしてみんなから愛されている女の子だ。
そんな菫に、子犬のように目をウルウルさせて見つめられてしまうと、ついつい言うことを聞いてしまうのは、きっと必然的な行動なのだ。
「仕方ないなぁ。今回だけだよ」
「いえ~い! 華恋大好き! 愛してる!」
菫はあたしへの愛の告白を披露すると、その言葉通りぎゅっとあたしにハグをする。
菫からは、柔らかくて落ち着く甘い香りがする。
あたしはいつものように「はいはい」と言いながら、彼女の頭を撫でた。
「もう、華恋。菫を甘やかないで。言うことを全部聞いてたら、この子のダメ人間振りがどんどん酷くなっちゃうわ」
すると、そんなあたしたちの様子を見ていた女子生徒が、眼鏡の位置を直しながらあたしたちに話しかけてきた。
長い髪の毛に、いつもきちんと校則通りの制服を着こなしている女の子は、今度はあたしではなく菫だけに向かって、声をかける。
「菫。あなたはもう少し自分でなんとかするってことができないの? この前だって、華恋に見せてもらってたじゃない」
腕を組みながら、びしっと注意をするところは、さすがクラス委員長だ。
彼女の名前は、石橋菖蒲。
彼女も、菫と同じあたしが高校生になってからできた友達の一人だ。
「んも~! 菖蒲は真面目すぎるんだよ! いいじゃんちょっとくらい、ね? 華恋~」
そういって、あたしの腕を取って頬をすりすりさせてくる。
不覚にも、ちょっと可愛い仕草だ。
でも、残念ながらその可愛さアピールは菖蒲には効果がないみたいだった。
「そういう甘え癖がついちゃうと、いざというときに一人で何もできなくなる大人になるわよ。それでもいいの?」
ビシッ、と指摘する菖蒲に対して、菫も一歩も引かなかった。
「もう! 菖蒲には関係ないでしょ! ちょっとおっぱいが大きいからって偉そうにしないでよね!?」
「なっ!? す、菫……あなたね!」
菖蒲は、顔を真っ赤にしてクラスメイトたちの様子を窺う。
あたしでも分かっちゃうくらい、クラスの男子たちは気まずそうにあたしたちから視線を逸らしていた。
ほんど、男子って馬鹿だなぁ。
「と、とにかく! 今度からは宿題は自分でやってくること! いいわね!」
それだけ言って、菖蒲は自分の席へと戻っていた。
「ぐっふっふ。菫ちゃん、大勝利」
そして、あたしの腕をとっていた菫は、悪い笑みを浮かべている。
「菫、あとで菖蒲に謝るんだよ?」
「えっ、なんで? おっぱいが大きいって褒め言葉じゃん? 華恋も今度触ってみる? 菖蒲のおっぱいって、すっごく形も綺麗だし柔らかいんだよ~? 揉まなきゃ人生の半分は損してるっていうか、インドに行ったくらい人生観変わるよ?」
むにゅむにゅ、と手でジェスチャーをする菫だったが、あたしは菖蒲が怒りのオーラを発しながらこちらを見ていることに気が付いたので「え、遠慮しとく」とだけ言っておいた。
「ま、菫のおっぱいはともかく、華恋、さっそく宿題見せて~。朝のHRまでのは写しちゃうからさ」
へへっ、と得意げに笑う菫の笑顔は、やっぱり可愛い。
それを菖蒲にも見せてあげたらいいのに、と思うんだけど、それとこれとは話が違うのかもしれない。
だって、菫と菖蒲は、幼稚園の頃からずっと一緒だったみたいだから。
性格も正反対だし、周りからみたら二人は喧嘩ばかりしているように見えるかもしれないけれど、本当はとても仲がいいことをあたしは知っている。
まだ二ヶ月くらいの付き合いだけれど、菫が本当に困っているときは、菖蒲はちゃんと手を貸してくれるから。
この前も、菫が不注意で失くしてしまった教室の鍵を、夜遅くまで菖蒲は一緒に探してくれていたらしい。
結局、菫の鞄の中に入っていたらしいけれど、そのとき、菖蒲は菫に文句の一つも言わずに「良かったね」と言ってくれたそうだ。
それは、菫から「聞いてよ、華恋~。この前すっごく大変なことがあってさ~!」といつもの早口で話してくれた内容だったけれど、その中身の殆どが「そのとき菖蒲がね」とか「菖蒲が一緒にね」と、最終的には菖蒲がいかに優しい子なのかを教えてくれるような内容だった。
多分、本人も無自覚なんだろうし、菖蒲は菖蒲で、あたしと二人でいるときは菫のことばかりを話している。
きっと、お互いが大好きな二人なんだと思う。
そして、そんな二人が、あたしと仲良くしてくれるのは、素直に嬉しい。
もちろん、他のクラスの子たちとも話くらいはするけれども、仲が良い人は? と言われれば、この二人ってことになるんだと思う。
あと、クラスで話す奴といえば……。
――ガラガラガラ。
と、教室の引き戸を開けると、一人の男子生徒が入って来る。
すると、それに気が付いた菫が、彼に声を掛ける。
「あっ、おっはよー、天海!」
菫が挨拶をすると、その男子生徒はちょっとだけ驚いた様子をみせて、返答する。
「お、おはよう、香澄さん……」
ちょっと。挨拶くらいでキョドってどうすんのよ、とついつい言いたくなってしまうし、もう学校だって2ヶ月経ったんだから、そろそろ慣れなさいよ、と指摘したくなってしまう。
そう、その男子生徒とは、もちろん陸のことだ。
天海陸。
あたしの幼なじみの男の子。
そして、陸がそのまま自分の席に座ろうとしたところで、菫は独り言のようにつぶやいた。
「あれ? っていうか、天海って今日、華恋と一緒に登校してないじゃん? どしたの? いつもは一緒に教室来るのに?」
その指摘に、陸だけでなくあたしまでドキッとしてしまい、声をあげそうになった。
だが、陸は乾いた笑みを浮かべると、ぼそぼそと呟く。
「え、えっと……今日は僕に用事があって……」
「ふ~ん、そなんだ。ま、そゆときもあるよね」
質問はしたものの、菫はそれほど気にしていなかったのか、すぐに別の話題へと移る。
「あっ、もう時間ないじゃん!? 華恋、早くノート見せて~!」
そう言って、菫はあたしの手を引いた。
そのとき、陸と一瞬だけ、目が合った。
だけど、陸はすぐに視線を逸らして気まずそうにする。
な、なによ! その顔は!
思わず喉まで出かけた声を、なんとか押し込んで消化した。
そのとき、あたしはまた自分が眉間に皺を寄せていることに気が付いた。
だけど、もう遅い。
陸は完全に、あたしが怒っているのだと勘違いしている。
いや、正確には、あたしは今でも陸に対して怒っているのは事実だ。
けど、それと同じくらい、どうしてこんなことになってしまったのかと、反省もしている。
あたしが、陸と一緒に学校へ行かなかった理由は、陸が話した通りではなく、もっと単純で、どうしようもないことで――。
あたしと陸は、現在、絶賛喧嘩中なのだ。




