第52話 甘すぎる僕のお姉ちゃんと副生徒会長
もうお分かりかと思うが、僕の穴埋めのために協力してもらった最後の一人が、副生徒会長である姉さんの親友、仁科波留さんだった。
波留さんは、ちょっかいをかけた華恋からこっぴどく怒られていたようだが、本人が全く聞いていないと悟ったのか、それとも、断続的に聞こえる華恋の『ひゃ、や、やめて……!』という変な声が聞こえたのが何か関係があったのかは僕には判断はできないけれど、いつのまにか華恋は波留さんに自分のスマホを渡して、どこかに行ってしまったようだ。
やっぱり、華恋にとって波留さんはちょっとした天敵らしい。
それはともかく、僕も波留さんに話しておきたいことがあったので、丁度よかった。
『弟くん、紗愛、大分よくなったみたいだね』
波留さんは、いつもの抑揚のない落ち着いた声で、僕に話しかけてくれる。
「ええ。今はまたゆっくり横になっていると思います」
『そう。流石のあの子も、弟くんに迷惑をかけたと思っているみたいだし、しばらくは大人しくしてるわよね』
「あの、波留さん。今日は本当に……ありがとうございました」
僕の姿など、波留さんからは見えないだろうけれど、それでも精一杯、自分の頭を下げて感謝の意を表した。
『これくらいならお安い御用よ。それに、ただ公演を観に行くよりも、よっぽど楽しめそうだしね』
それは、実に波留さんらしい回答のような気がした。
『あと、これを頑張ったら弟くんを一日だけ貸してもらえるって、紗愛と約束したから』
「えっ? 貸す?」
『そう。一日だけ、弟くんを好きに使っていいって交換条件なの? 知らなかった?』
姉さんがそんな約束を? 一体、いつ?
波留さんに、今日起こった出来事を話したのは僕だ。
波留さんの連絡先を知らなかったので、姉さんに教えてもらって今回のことを話したんだけど、そのあと、姉さんとも連絡を取り合っていたのだろうか?
「あの、波留さん……本当に、姉さんはそんな約束を了承したんですか?」
『してないよ? いま私が勝手に作っただけ』
「波留さん!?」
こんなときに冗談はやめて!?
嘘か本当か全然分からないんですよ、波留さんの場合は!?
『でも、私は結構本気で言ったわよ? それとも、弟くんは、私に興味なんてないのかしら?』
「い、いや、あの……」
『ふふっ、本当に、通話越しでも動揺してるのがバレバレだわ。もっとしっかりしなきゃ、お姉ちゃんを守れないでしょ?』
それこそ、冗談っぽく波留さんは僕にそう告げた。
でも、その言葉は僕にとって、とても大切なもののように思えた。
「……そうですね。肝に銘じておきます」
『やっぱり、きみは紗愛にとっては自慢の弟なのね』
波留さんは、感慨深そうにそう呟いた。
『弟くん、こっちの代役は私でもできるけど、あの子の弟はきみにしかできない。そのことを、よく覚えておいてね』
最後に、波留さんは僕にそう告げる。
そのことも、僕は十分に理解していた。
だからこそ、僕は天海紗愛の弟として……ちゃんと姉さんの弟として、役目を果たすつもりだ。
「それじゃあ、波留さん。本番もよろしくお願いします」
『ええ、任せて。台本も全部覚えたから』
「ぜ、全部、ですか?」
まさか、こんな短時間で?
『やるからには、私も完璧にこなしたいじゃない?』
正直、僕の役はほとんど台詞がないため、波留さんなら十分対応できると踏んでいたのだが、予想以上の万全の態勢で挑んでくれるようだ。
さすが、副生徒会長の肩書は伊達ではない。
『むしろ、ナレーションは全部、弟くんが担当するってことになったみたいだから、大変じゃないの?』
「いえ、僕もずっと華恋や汐先輩と一緒に練習をしてきましたから、台本はバッチリ頭に入っています。それに、こっちなら堂々と台本を見ながらできますしね」
本来の予定では、ナレーションは僕ではなく華恋がやることになっていた。
だけど、現場での作業の負担が多くなった分、代わりに僕が担当することになったのだ。
すると、波留さんが僕に向かって、こんなことを尋ねてきた。
『あっ、そうだ。この最後のナレーション、付け加えたのは弟くんでしょ?』
どこか面白がるように、波留さんは僕に言った。
それは、今日、まさに数時間前に、僕が華恋と汐先輩に頼んで追加した台詞だった。
ギリギリのタイミングだったというのに、二人とも、何も言わずに僕の意見を取り入れてくれた。
きっと、あの二人は僕の心境に何かがあったことに気付いているのだろう。
本当に、優しい人たちだ。
そして、やっぱり波留さんにも気づかれてしまっていたようだ。
多分、昨日までの僕だったら、波留さんの問いかけも変に誤魔化して話を逸らしていたんじゃないかと思う。
だけど、昨日のことがあってから、僕の心はほんのちょっとだけ素直になっている。
だから、波留さんに向かって、僕は力強く肯いた。
「はい、少しだけ、みんなに僕のわがままに付き合ってもらうことにしました」
汐先輩が作ってくれた台本の最後のページに、僕が鉛筆で書いた最後のモノローグ。
これは、単なる僕の自己満足だ。
だけど、僕が今伝えたい、大切なメッセージだった。




