第36話 ツンデレな僕の幼なじみの秘められた想い
「じゃ、じゃあ……適当にしてて……」
「う、うん……」
言われるがまま、華恋の家へとお邪魔した僕は、そのまま彼女の部屋へと通された。
華恋の部屋は、昔と変わらない玄関から一番手前の扉を開けたところだ。
昔の僕は、自分の部屋なんて割り振られてなかったから、羨ましいと言ったことを今でも覚えている。
そういった子供の頃の記憶が、華恋の部屋に入ってからどんどん蘇ってくる。
でも、今は僕も華恋も昔のまま時が止まっているわけじゃない。
何年も足を踏み入れてなかった華恋の部屋の香りは、なんだか甘いように感じられて落ち着かない。
あたりを見回すと。昔は置いてあった女の子向けのおもちゃは全部片づけられていて、代わりに雑貨屋で売っているような小物が何点かあるだけだ。
「ちょ、ちょっと! あんまりジロジロみないでよ……」
「ご、ごめん!」
「あっ、謝ってほしいわけじゃないわよ!」
華恋も先ほどから、腰を下ろすことなく腕を組んで立ったままだ。落ち着かない気持ちは分からないではないが、この部屋の主なのだからもうちょっと堂々としていてもいいんじゃないだろうか?
「の、飲み物持ってくるから、ありがたく思いなさいよ!」
僕が砂漠に迷った旅人なら、その言葉の重みも違ってくるのだろうが、平和な日本の部屋で発言する言葉にしてはいささか大袈裟な言葉を残して、華恋は部屋から出て行ってしまった。
取り残された僕はというと、何をするでもなく、ベッドの上に置かれた時計の秒針の音を聞きながら華恋の帰りを待つことにした。
そして、5分後に華恋はお盆に2人分のマグカップとケーキの乗ったお盆を持って扉の前に現れた。
どうやら華恋は、飲み物だけでなく先ほどニコさんがお土産にくれたケーキの準備もしてくれていたらしい。
「ごめん、華恋。僕も手伝えばよかったね」
「い、いいわよこれくらい! あたし一人でできるもん!」
そう言って、華恋はテーブルの上にお盆を置いて僕の隣に座る。
「それじゃあ、早く食べるわよ」
「そ、それじゃあ、いただきます」
僕は華恋に言われるままに、用意されたフォークを手に取ってケーキを食す。
華恋が僕に用意したのは定番のショートケーキだったが、生クリームの甘さと苺の酸味が互いの良さを引き合わせるように口の中で広がっていった。
さすがはニコさんが用意したケーキだ。味は申し分ない。
「ん~、おいし~!」
それは華恋も同じだったようで、さっきまでの不機嫌な様子はどこ吹く風といった感じで至福のひとときを堪能していた。
そんな感じで、僕たちの間に生まれていた緊張感は徐々に雪解けのように蒸発していき、気づけばお皿に載っていたケーキはなくなり、自然な会話をすることができていた。
「――だから、あたしも汐先輩の言われたことをちゃんと実行しなきゃいけないって思ってるの。昨日も練習してみたんだけどやっぱり一人じゃ上手くできているのかわからなくて……」
会話の内容は、昨日、汐先輩から言われた演技指導についてのことだった。華恋も言われていることは納得していたみたいだったけど、家でもちゃんと練習していたようだ。
「うん。わかった。それならちょっとやってみようよ。僕も練習になるからさ……って、そうか。今日は僕の人形がないんだった」
「あたしのやつ使えばいいじゃない。パペット用じゃないけど、たしか押し入れの中に……、ほら、あったわよ」
そう言って華恋が渡してきたのは、某有名テーマパークのマスコット人形だった。大きさもちょうど僕がいつも使っているパペットくらいなので、確かに代用品としては申し分なさそうだ。
「ふ、ふふっ」
ただ、僕は少しだけ可笑しくなってしまって笑い声を漏らしてしまった。
「なっ、なによ! あたし、変なこと言ってないでしょ!」
顔を紅潮させて反論してくる華恋の姿が面白くて、もう少し見たいという悪戯心をなんとか抑え込み、僕は彼女に告げた。
「いや、やっぱり華恋って凄いなって思ってさ」
「はぁ?」
まぁ、さすがにこれだけじゃあ説明不足感は否めないので、僕は自分がかんじてしまったことを彼女に伝えることにした。
「僕、実は華恋が変わっていく姿を見て、少し距離を置いてた時期があってさ」
「…………それは、うん……。なんとなく感じてたし、あたしもあんたに色々あったから……」
「やっぱり、あの時、気を遣ってくれてたんだ」
「…………」
華恋は何も言わずに、黙って下を向いた。
華恋が言っているのは、僕が中学生になった頃の話だ。
中学生になって、新しい環境に馴染めなかった僕は学校で孤立してしまった。
今までのように接してくれる華恋のことさえ、僕は自然と距離を取るようになってしまった。
何より、僕が一番負担になっていたのは、《《家族》》とのことだった。
姉さんは、出会った頃と変わらずに僕を甘やかす人だったけど、《《あの人》》は――。
それに今だって、僕は—―。
「ねえ、陸……」
「えっ……」
気が付けば、華恋はいつの間にか、僕の手にそっと自分の手を重ねていた。
少し震えているその手からは、ほのかな温かさが伝わってくる。
横を振りむけば、頬をピンク色に染めた華恋がじっと僕を見つめていた。
「あたしは、ずっと変わってないよ。だって、陸もずっとあたしに対して、変わらずにいてくれたから」
呼吸や心臓の音が聞こえるくらい、僕たちの距離は近くなっている。
「あのね……陸……あたし、たまに怖くなるときがあるの。陸があたしの知らない陸になっちゃいそうな気がして」
ぎゅっと、華恋が握ってきた手の力が強くなる。
「陸は、ずっとあたしの傍にいてくれる? あたしが困ったときは……ちゃんと助けに来てくれる?」
まるで、子供がわがままを突き付けるような、甘えた声だった。
「もちろん……だよ……だって、華恋は僕の、友達、だから」
「友達……か」
でも、それが僕には華恋の幼く儚い感情の塊のようであった。
「ねえ、陸はさ、今、ドキドキしてる?」
「えっ?」
そして、華恋は上目遣いのまま、僕に顔を近づけて来る。
「どうしてだろうね、昔は一緒のベッドで寝てたりしたのに、今はちょっと陸の身体に触れるだけで、恥ずかしくなる」
「そんなの……当たり前、だよ……」
気が付けば、僕の体温も少しずつ上昇していく。
「どうして、当たり前なの?」
「それは……華恋が……女の子だから……」
華恋は、僕の大切な友達で、ずっと一緒にいた親友だ。
でも、時々こうして女の子らしい仕草や表情をされると、自然とドキッとさせられる。
「陸はさ、あたしの部屋に来てエッチなこと、想像しなかった?」
「はっ!?」
そんなこと、ありえない!
そりゃ、少しも想像しなかったといえば嘘になるかもしれないけれど、華恋は……。
華恋は、僕にとって――。
「陸と、こういうことだって……」
重なった手とは逆の手で、僕の胸を押さえ、
「陸……」
そして、華恋の呼吸と僕の呼吸が混ざり合う距離まで近づいて――。
「あれー、陸くんじゃない~、久しぶり~」
部屋中に、陽気な女性の声が響き渡った。
僕は呆然と扉の近くに立っている女性に目線を向ける。
目元が少し吊り上がっているところは、華恋にそっくりだったが、その表情は大人の余裕を浮かべるようにニヤニヤとしている。
華恋と一緒に歩いていると、よく姉妹と間違われてしまうほどそっくりな彼女。
その正体は、僕も小さい頃によくお世話になった華恋のお母さんだった。
久しぶり、と言われたものの、マンションの前で会ったりすれば声をかけることもあるのだが、どうやら僕がこの家にお邪魔しているこの状況のことを差しているようだ。
すると、僕たちの様子をどこから見ていたのか、上品にわざとらしく口を押えながら告げる。
「あらあら~、華恋ったら、陸くんと同じ部活に入ったって聞いてたけど、そういうことだったのね~」
「おかっ! ちがっ! これは! そのっ!」
「はいはい~、お母さんはちゃんとわかってるわよ~。陸くん、うちの娘を宜しくね!」
僕に向かってウインクしてくるおばさんは、どこからどう見ても女子大生くらいの年齢にしか見えなかった。
「お母さんっ! ノックしてっていつも言ってるでしょ! お願いだから守ってよ!」
「え~、見られたら恥ずかしいこと、してたのかな~、華恋は~?」
「ししししし、しとらんわ!」
どこで覚えたのか、人生で一度も言ったことがないであろう関西弁で抗議する華恋だった。
「陸くん、おばさんは別にいいと思うんだけど、若いころからあまり進んじゃダメだからね?」
呆然とする僕をよそに、おばさんは部屋から退去していった。
そして、華恋はと言うと……。
「……ッッ!!」
めっちゃ僕を睨んでます。
「あの、華恋さん……?」
「さ、さっきのことは全部撤回!! 忘れなさいッ!」
ううっ~! と涙目になりながら僕を見てくる華恋の顔をみて、子供のころによく浮かべていた、僕に助けを求める顔をしていた。
やっぱり華恋は昔から変わってないな……と、場違いな感想を抱く僕だった。




