第35話 ツンデレな僕の幼なじみとのトラブル
「んっ~~! 大変だった~~」
「はぁ……疲れた……」
一仕事終え疲労困憊で歩く僕とは違って、隣の華恋は実に朗らかな様子で背筋を伸ばしていた。
今の時刻はお昼を過ぎたくらいの、春の日差しがポカポカと感じられる時間帯。
『ラブリーキャット』がある商店街の通りも、いつもより賑わっていたような気がする。
「全く、あんだけでへばっちゃうなんて、陸も大したことないわよね。でも……たまには楽しいわよね。接客業の仕事も」
スキップでもしそうなくらい上機嫌な華恋。
エプロンを付けてお客さんと話をしている華恋は、なんだか様になっていた。
華恋は、坂田さんたちともあの数時間の間にすっかり仲良くなって、来年も是非ともお店で働いている姿を見たいと言われていた。
なんとなくだけど、華恋もちょっと孫属性が強い感じがするのも、おじいちゃんたちに人気だった理由だろう。
いわば、人から好感を持たれるようなタイプの人間だってことだ。
「なのに、どうして僕にだけツンケンしてるんだろうな……」
「ん? 陸、何か言った?」
いいえ、何にもおっしゃっていませんとも。
決して、僕も華恋に優しく接して貰いたいとか思っていませんよ。
そんなことをされた日には、この世の天変地異が起こる前触れだと思ってしまうだろうからね。
「……なんか今、すっごい失礼なこと思われた気がする」
「なっ、なんでもないよ! それより……お土産まで貰っちゃったね」
「うんっ! ちょっとした贅沢ができそう」
華恋はニコさんから貰った箱を嬉しそうに掲げる。
そう、僕たちはお手伝いをしたご褒美として、ニコさんの一押しというケーキを頂いていた。フランス語だかドイツ語か分からない、おしゃれな袋に入っているものだ。
確か、僕たちが働いていたときに、いま華恋が持っている箱と同じものを、サラリーマンっぽい姿をした男性が届けに来てくれたのを見たような気がする。
店内が忙しすぎて、あまりちゃんとは見ていなかったけれど、ニコさんの知り合いなのだろうか? 今度、思い出したときにでも聞いておこう。
華恋だけじゃなくて、僕もちゃんとお礼を言っておかなくてはいけないしね。
「華恋、落としちゃ駄目だよ」
「失礼ね、そこまでの子供じゃないわよ、あたしは」
とは言いつつも、持っている袋を今にも回してしまいそうなくらい、僕には今の華恋が上機嫌にみえる。
華恋のこういったところは、やっぱり今も昔も変わっていない。
僕はそのことに少しだけ、ほっとすることがあるのだ。
何気ないやりとりをして、帰路につく。
「……あっ」
そして、僕たちの住むマンションのエントランスホールに到着したときに、僕は自分の失態に気付いたのだった。
「鍵……忘れた」
僕は普段、家の鍵を学生鞄に入れている。
もちろん、今日は学校ではなかったので鞄は持参していない。
朝が早かったというのを言い訳にできないけれど、すっかり鍵を入れ替えることを忘れていた。
事態を把握した華恋は、念のためといった感じで、僕に尋ねてくる。
「もう、何やってんのよ……。それで……紗愛さんは家にいないの?」
「姉さん、今日は波留さんたちと出かけるって言ってたから……」
詳しいことは聞いていなかったけれど、「晩御飯までにはちゃんと帰ってくるからね」と言われたことは憶えているので、昼過ぎの現在時刻ではまだ帰ってきていない可能性のほうが高いだろう。
一応、僕は自分の家の扉の前まで確認をしに行ったけど、鍵は開いていないのはもちろんのこと、インターフォンを鳴らしても中から反応が返ってくることはなかった。
「ねえ、紗愛さんに連絡しといたほうがいいんじゃない?」
律儀に僕と一緒に家の前まで来てくれた華恋がそう言ってくれるが、僕は首を横に振る。
「駄目だよ。姉さんのことだから、僕が連絡したらすぐに帰ってくると思う」
僕からのSOSの連絡が入ったら、姉さんは全ての予定をキャンセルして家に戻ってくるだろう。
それは、姉さんにも悪いし、一緒にいる波留さんたちにも申し訳ない。
「まぁ、適当に時間を潰してくるよ」
駅までいけば、ファストフード店や漫画喫茶だってあるし、時間つぶしなら、いくらでも方法はある。
「んじゃ、華恋。また学校で……」
と、僕がその場から立ち去ろうとしたとき、ふと華恋を見ると目をキョロキョロとさせていた。
何か言いたそうにしていることは、きっと幼なじみというレッテルがなくても分かるくらい分かりやすい。
「あ、あのさ……」
そして、予想通り口を開き始めた華恋が、僕に告げる。
「うち……来ない?」
「…………へっ?」
ただ、内容は僕の予想を斜め上に行くものだった。




