第21話 甘すぎる僕のお姉ちゃんと廃部危機の部活
人形演劇部とは、汐さんが所属する部活動のことだった。
そして、彼女の他に去年までは三人の生徒が所属していた小規模な部活動だったが、三人の先輩が卒業してしまったことにより、汐さん一人の部活となってしまった。
これが、汐さんが抱えている問題。
「それで、今年の新入生が部活に入らなければ、活動の停止を生徒会としては決定しなくてはいけないわ」
状況を分かっていなかった僕に、波瑠さんは簡潔な説明をしてくれた。
でも、それは僕に話すためだけじゃなくて、汐さんにも納得してもらうように話したようにも、僕には感じた。
そして、その汐さんはというと、ずっと俯きながら佇んでいるだけだった。
ブルースさんすら、口を開こうとしない。
「私も、人形演劇部の活動内容を確認させてもらいました。公民館や幼稚園などでの活動はとても素晴らしい功績だと思います……でも……」
言い淀む姉さんの代わりに、波瑠さんがきっぱりと告げる。
「虎音さん一人では、その活動も難しくなると思うわ。新入生の勧誘期間もそろそろ終わりになるし、覚悟はしておいてほしいの」
生徒会室の空気が、ピンと張り詰めたものになる。
僕だけが、蚊帳の外にいるような感覚。
実際、僕はこの話には何の関係もない一般生徒だ。
人形演劇部の存在なんて、今の今まで知らなかったし、汐さんに会ったのも、つい三十分前の出来事だ。
なのに、どうして僕は――。
こんなにも、胸が痛くなるんだろう。
「ですが虎音さん。まだ正式に決まったわけではありません。まだ新入生の勧誘を続けることは許可できますし、まだ諦めるわけには……」
下を向く汐さんをみて心配になったのだろう。姉さんがいつもの優しい声色で話しかける。
だが、その言葉は、最後まで続かなかった。
何故なら――。
『それが、出来てねえから、オレ様たちはここにいるんだろ……』
ブルースさんが、姉さんの言葉を遮ったからだ。
『オレ様たちは結局、一人じゃなにも出来ねえってこったよ。やっと、オレ様の居場所が見つかったと思ったんだけどな……』
ブルースさんは……いいや、汐さんはここにいる全員に向かって、自分の感情を吐露した。
汐さんの存在が、どんどん小さくなっていくような感覚。
ああ、そうか。
どうして僕が、こんなに胸が痛んでしまうのか、なんとなく分かってしまった。
似てるんだ。
自分の存在を肯定できなかった、あの頃。
姉さんと出会う前の僕の姿に――。
「ねっ、姉さん!」
僕は声をあげて、姉さんに話しかける。
「陸くん?」
急に僕が話しだしたのが意外だったのか、目を丸くする姉さん。
でも、僕は続けて姉さんに告げた。
「僕が……僕が新入部員として入るよ!」
「えっ……?」
「だって、僕だって新入生だし、あの……活動内容とかは正直全然分からないんだけど……」
なら、どうして人形演劇部に入るのか、と問われてしまったら、僕は上手く言葉に出来なかったと思う。
だけど、姉さんが問いかけてきたのは、全く別のことだった。
「陸くんは……、生徒会には入ってくれないってこと?」
いつものような、優しくて甘い声ではなかった。
姉さんの瞳が、悲しい色を帯びてこちらを見てくる。
すると、波留さんが補足するように、口を開いた。
「陸くん。うちの学校の生徒会はね、部活動と平行してできないことになってるの。だから、きみが人形演劇部に入るっていうのなら、必然的に生徒会への傘下はできなくなってしまうわ」
ああ、そうか。
そういうことになってしまうから、姉さんはこんなに悲しい顔をしているのか。
僕は今まで、なんだかんだと言って、姉さんが喜んでもらえるような行動をとってきた。
ちょっと恥ずかしいこともあったけれど、姉さんが喜んでくれる顔が、僕は嫌いじゃなかったから。
生徒会のことだって、普段の僕ならなんだかんだ言って、最終的には従っていたと思う。
姉さんがいる生徒会室で、波瑠さんや他の上級生たちに可愛がられるのも、決して悪いことなんじゃないかと思う。
でも、今の僕は、姉さんの期待に応えられることができないみたいだ。
「ごめん……姉さん」
これ以上は、何も言えなかったし、姉さんの顔をみることもできなかった。
僕はこの日、初めて姉さんの期待を裏切ってしまった。
「……そっか。分かった」
姉さんの頷いた声だけが、僕の耳に入ってくる。
その声は、少しだけ震えているように聞こえたのは、僕の気のせいかもしれない。
「弟くん、色々先走っているようだけど、部活に入りたいのなら、紗愛じゃなくて、もう一人ちゃんと言っておかないといけない人がいるんじゃないかしら? それとも、もう事前に言ってあったの?」
波瑠さんの問いかけに、はっとする僕。
気づけば、隣にいた汐さんが顔を上げて、じっとこちらを見ていた。
その瞳は、少し潤っていて、頬も朱色に染まっていた。
「ああ、そうですよね! えっと……」
僕が勢い余って言ってしまったことだけど、後悔はない。
自分がやりたいと思ったことを、やりたいと素直に言う。
それが、僕なりに大人になっていくための必要なことだと思うから。
「汐さん、僕が新入部員として入っちゃいけません……かね?」
恐る恐る、汐さんにそう告げる僕。
「 りが うっ!」
わずかに動いた唇から、汐さんの声が確かに聴こえた。
何て言ったのかは、正直聞き取れなかった。
だけど、それでも今までと違って、こちらを見てくれる汐さんの瞳からは、力強い何かを感じた。
汐さんは自分でちゃんと話せなかったことを悟ったのか、右手のブルースさんを動かそうとする。
でも、途中まで上がった右腕は、胸のあたりで止まって、また元の位置へと戻ってしまう。
その代わり、汐さんは僕に向かって、深々と礼をする汐さん。
それが、僕を迎え入れてくれた合図だということは、鈍感な僕にもすぐに分かった。




